第2話 軍師、魔王城に向かう
勇者の元を去ったスィだが、このまま家に帰ると勇者が追いかけて来て、説得されるか顔面をグーで殴られると思ったので帰らなかった。
そんなわけで、流浪のニートになった。
が、彼女もキャリア気にする身であり、ニートの期間は致命的だと理解している。
そこでふと考えた。
勇者軍に軍師が必要なら、魔王軍にも必要だろう。
あちらで雇ってもらって軍師としてのキャリアを積めばいいのではないか? と考えた。
だから、その足で、魔王城まで逃げることにした。
とは言え、魔王城はかなり遠く、馬か馬車でも使わないと、何日かかるか分からない。
更に女の子一人で馬に乗って旅に出られるほど治安がいいわけではない。
乗り合い馬車を使うべきなのだろう。
だが、家から持ってきたのは小遣い程度で、今後の事を考えるとなるべく使う事を控えたい。
しょうがないので、そこらにいた金持ってそうな旅商人の偉い人に会いに行き、「私はとある王国の王女……けほん、いえ、身分はわけあって明かせないのですが、西方へ連れて行ってはもらえませんか?」とか騙くらかして連れて行ってもらった。
時々「特権商人かあ、お父様なんておっしゃるかしら」とか独り言を言い、特権商人になりたい主人から甘いおやつを貰ったりして、まるで大金を払った王侯貴族のように快適に西方まで移動した。
西方の森の前に到着したスィ。
森の奥には魔王城が見える。
森を抜ければすぐだろう。
が、さっきまでの王侯貴族のような扱いに慣れていたので、けもの道しかない、この茂みを抜けて魔王城に行くのが苦痛になっていた。
また誰かを騙くらかして奥まで連れて行って貰おうと思うが、魔王城に連れていってくれる人はなかなかいないだろう。
そもそも、魔王城によく人が行くなら、もっと道が整備されているはずだ。
ちなみにこの近辺の住民は悪ふざけして言うことを聞かない子供に「言うことを聞かないと魔王城に連れて行くよ?」って言ったら号泣するので、教育にも役に立っていた。
だが、別に連れて行ってもらうのは人間でなくても構わない。
むしろスィはそちら側の人間になる予定なのだ。
そんなことを考えていると、白い布が通りかかった。
これは雑魚魔物だ。
ちょうどいい、こき使ってやろう。
「そこのおばけ布のクソガ……ご子息様」
「……俺か?」
布が翻るように振り返る。
「今クソガキって言おうとしたよな?」
「してません」
「いや、してただろ」
「気のせいです。勘のいいガキは嫌われますよ」
「言っただろ! ていうか、今言ったよな!?」
「気のせいです」
それはおばけ布という雑魚モンスターの子供だった。
子供が布をかぶってお化けのまねをしている、と見せかけて、実はお化けでした、というお化け、の子供。
「そんな事より、おばけ布さん、私を魔王城に連れてって下さい」
「え? 俺が? 何でだよ?」
不機嫌そうに答えるおばけ布。
どうも出会いのやり取りで気を悪くしたらしいが、どうしてそうなるのかスィには分からなかった。
「連れて行かないとあなたのお母さんが」
「ママに何かするつもりか!」
「ママて(○´艸`)」
「な、なんだよ?」
「あなた、まだお母さんの事をママと呼んでいるのですね」
「咄嗟に出て来たんだよ! 悪いかよ!」
「いいえ、そうですね。まだ子供ですからね」
「お、おう……」
「……ママ( ´,_ゝ`)」
「何だよ! 悪いかよ!」
不思議なことに、おばけ布が激高してしまった。
何故だろう、理由が全く分からない。
魔物言うのは畜生みたいなもので、理性を求めるのは間違っているのだろうか。
しょうがない、ここは権力を使うしかないのか。
「えー。おばけ布くん」
「おう」
「私は魔王の幹部です(予定)」
「え? そうなのか?」
「ええ(予定)」
小さな女の子、将来的に自分が脅かす対象のような子が、魔王の幹部だと言う。
おばけ布は信じがたかったが、こんなことを堂々と嘘を吐く者などいないだろう。
幹部であったとして、邪険な態度を取れば、後で怒られるかも知れない。
お仕置きで済めばいいが、家族にも影響が及んで、ママもお仕置きされるかもしれない。
「私を連れていかないと、ひどい目に遭いますよ(確定)?」
「…………」
ほら、本人もお仕置きすると言っているし。
確かに何となく魔族という気品がある。
魔族の人たちはみんな人間の姿の人に近いとも聞く。
やはりこの人は幹部なのか?
となれば、魔王城まで案内すれば、パパにママ、いや、魔王様にだって誉めてもらえるかも知れない。
「分かった。連れて行くから……連れてきます、こっちです」
「そう、では」
スィは目の前の藪を指さした。
「ここに私が通れる道を造ってくれないかしら?」
「え? え? なんで!?」
「だって通れませんし」
「いや、通れるし! 枝がちょっと伸びてるだけで!」
「それに蜘蛛の巣もありますね」
「それくらい避けて通ればいいんじゃないかな?」
「言い方を間違えてしまいましたね」
「何の?」
「造れ」
命令されてしまった。
この理不尽に高圧な態度は、まさしく幹部の貫禄なのだが。
どうしよう、これ、自分には無理だ。
きちんと言わないと。
「あの──」
「早く道を」
「あ、はい……」
おばけ布は流された。
風で吹き飛ぶ布っ切れですから。
ばきばきと枝を折り、蜘蛛の巣を取り除いて元の道を整備して、すぐに疲れた。
「すみません」
「早く」
「な、仲間を呼んでいいですか?」
「早くなるならしなさい」
「はい……」
おばけ布は仲間を呼んだ。
じゃりん、じゃりん、という音が、森の奥から響いて来る。
「呼んだか?」
「どうした?」
わらわらと現れたのは、ぴょんぴょん跳ねる小さな石の群。
「この魔王軍幹部の人のためにちゃんとした道を造りたいから手伝ってくれ」
「分かった!」
「やろうぜ」
この石は岩石兵士、の子供。
将来は最強の防御力を持った、動きがちょっと鈍い戦士となる。
今は子供だから、砂利を大きくした程度だが、力は強いようだ。
だが、頭は悪いようだ。
そして、岩石兵士の子供のおかげで、道はみるみる出来た。
「ご苦労様」
魔王城の前で、スィが言ったのは一言だけだった。
後は彼らがいなかったかのように魔王城を向く。
目の前には大きな鉄の門があった。
「すみませーん」
とりあえず、呼び出してみるスィ。
だが、元々小さな声のスィは全く響かず、誰も出てこなかった。
こんこん
鉄の門は、非力なスィが叩いても音はほとんどしない。
中に入れて貰わなければ、話すら出来ない。
どうすればいいだろう?
大丈夫、彼女には卓越した頭脳がある。
振り返ると、そこには用が済んで帰ろうとしているおばけ達。
「そこの子たち、おいでおいでー」
スィは彼らを呼びつけた。
「何だ何だ?」
「ご褒美か? おやつか?」
おばけ達が寄ってきた。
彼らに手伝って貰おう。
その日も門番は居眠りしていた。
それも仕方がない。
どうせ今日も誰も来ないんだろ?
来ないなら寝てても誰も困らないだろ?
魔王軍は城を構えたものの、誰も攻め入って来ないので暇なのだ
まあ、本気で何者かが攻め入って来れば自分などではどうしようもないのだが。
そんな穏やかな午後の日の事だ。
がんがんがんがんがん
「うわーん!」
がんがんがんがんがん
「うわーん!」
がんがんがんがんがん
「うわーん!」
がんがんがんがんがん
「うわーん!」
なんだかとにかく異様な物音が門の向こうからして来た。
鈍器のようなもので、門を叩く音と、子供たちの泣き声。
「な、なんだ!?」
慌てて飛び起きた門番。
「誰か、魔王様に伝えてくれ! 何かの異常が発生してるって!」
奥にそう叫んでから、おそるおそる扉を開く。
がんがんがんがんがん
「うわーん!」
そこにいたのは一人の少女だった。
彼女は白い布に石を包み、それを武器として扉を叩いていた。
門番は気づいてしまった。
その布は、おばけ布で、その石は岩石兵士だという事に。
「お、おい、やめろ!」
慌てて止めに入る門番。
「お城の方ですか?」
少女はたった今までやっていた凶行がなかったかのように、穏やかな声で言う。
「私、魔王軍の軍師をやりたいのですけど」
門番はこいつが人間だと、かけらも思わなかったという。