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第19話 軍師、ねだる

「久しいな、スィ!」

「離してください、あなたは私の好みの性別ではありません」


 体育会系のキャンヴェラはスィに会うと同時にハグしてきたが、貧弱なスィは抵抗しても無駄だと思い、何もしなかった。

 いつも通り頬をくっつけて乳液を擦り付けて来る。

 なんだかフローラルの香りが漂って来た。


「フローラル(○´艸`)」

「? どうかしたのか?」

「いえ」


 その、あまりに似つかわしくないコロンを嘲笑したのだが、キャンヴェラには通用しなかった。


「じゃ、行くわよ?」

「魔王様、本日の目的をまだ聞いておりません」


「オボキの街の領主に、街を明け渡してもらえないか交渉に行くのよ」

「なるほど、遂に交渉による無血開城を行うのですね?」


 にやり、と笑うキャンヴェラ。

 魔王は、え? そんな計画あったっけ? とか思いながら、悟られないように不敵に笑い返した。


「交渉自体はスィが行うわ。ただ、最終的には我々の出番があると思うわ」


 スィが領主を怒らせて戦いながら逃げることは、ほぼ確実だろう。

 え? 私、そんな危険なところに行くの?

 あれ? なんで?

 魔王は途端に怖くなり足が震える。


 今日は正式な場に行くため、オムツをしていないのだ。

 いや、魔王は別のオムツァーでもないのだが。

 年齢の割に地味なパンツを普段は穿いているのだが。


「出番……なるほど、肝心な部分は我々の交渉、という事ですね、了解です」


 ビビり魔王とは違い、戦いになってもどちらかというと心弾みそうなキャンヴェラは、交渉の肝心な部分は我々が訴えるしかない、と捉えたようだ。

 魔王は「膝の調子が悪いわね」とか誤魔化しながら不敵に笑った。

 これ、キャンベラがクーデター起こしたら一瞬で政権交代するよね。


「じゃ、行くわよ? ついてきなさい」


 颯爽と馬に乗り走り出す魔王。

 だけど、スィを乗せているので、キャンヴェラより遅い。


「おはなし馬さん、あなたは魔王さんを乗せていてどう思っていますか?」

「え? あ、光栄に思っています!」


「こんなのでも?」

「こんなのとか言わないで!」

「もちろん光栄です!」


 「こんなの」の部分は否定しなかったおはなし馬。


「ですが、おはなし馬は乗せる人間の人格で格が決まると言います」


 初耳だった。


「あなたのような由緒正しきおはなし馬が、このような者を乗せていていいのでしょうか?」

「…………」

「黙らないで!?」


「あなたはもっと輝けます。いえ、輝くべきなのです」

「……確かに、こんな三分に一滴漏らすような人を乗せている場合じゃない」

「そこまで行けばかなり重度の病気だから! そもそも、あんた由緒正しきも何も、私が創ったんだから!」


 確かにそうだった。


 そんな感じで和気藹々と、オボキの街に向かった。



「謎のプリンセスがおいでになったので、領主に会わせてください」


 自分が門番をしていて、言われたら無視する言葉ベストテンに入りそうな言葉を門番に言ったら無視された。


「謎のプリンセスを無視するとはいい度胸ですね。領主を呼ぶといいです」


 まだ無視された。


「私が本物である証拠に、謎プリを讃える唄を歌いましょう」


 深夜か32時のアニメみたいな略だった。


「わーたーしーはーなーぞーおーおーきー」

「うるさいっ! あんたは黙ってなさい! ていうか、讃える唄なのに一人称って何なの!?」


 泳がせてみたけど、何も出そうにないので魔王が止めた。

 けど、黙って睨んでる門番が怖かったので、目を合わさないようにした。


「キャンヴェラ、ちょっと交渉して、私はこの子を押さえてるから!」

「了解しました。門番よ、魔王様と軍師、そして、魔王軍元帥が領地明け渡しの交渉に来た! 早急に連絡し、ここを通せ!」

「魔王……軍……はっ! お待ちください!」


 門番は奥に走って行った。

 ていうか、キャンヴェラって、魔王軍元帥だったのね。

 

 そして、少し偉そうな人と共に門番が戻ってきて三人を奥に迎えた。



「この田舎までよくぞお越しくださいました。私が領主のトゥーフです」


 白髪に白い髭の老人。

 穏やかそうではあるが、その瞳の理知はまだ老いていないことが窺える。

 その彼が挨拶をした。


 キャンヴェラに。


「いえ、私は魔王軍元帥にございます。魔王様はこちらです」

「それは失礼いたしました」


 間違えても仕方がない、とスィは思った。


「お爺ちゃーーーん!」


 スィがその領主に向かっていきなり走りだして、衛兵に止められた。


「何をするのです。これから孫のおねだり地獄の始まりですよ?」

「あんたは邪魔だから引っ込んでなさい!」


「お爺ちゃん、スィね、土地が欲しいのー!」

「黙れって言ってるでしょうが!」


「土ー地! 土ー地! 土ーむぐっ」


 喧しいスィの口を、魔王が塞いだ。

 いや、手の平でだよ?


「こいつは私が押さえておくから! キャンヴェラ、代わりにお願い」


 いい感じで人に押し付けられたね?


「了解いたしました。領主殿、お目通り感謝いたします。して、この街を魔王軍の領地にする件でございますが。実は独占して配下に治めよう、というわけではございません」

「ほう。して、どのような意味で?」

「我々は魔族、呼ばれております。これは、人と呼ばれる生物、つまりあなた方よりそう呼ばれているだけで、我々は見た目が多少異なるだけで、人とほぼ同じものであります」


「ですが、我々はこれまでの歴史上、常に人から迫害を受けてまいりました。だからと言って、我々は人に恨みがある、人を征服して仕返しをしたい、などとは望んでおりません。我々は、我々の種族が差別をされない社会を作りたいのです」

「ふむ……」

「ですから、もし、この領土をお預かりいただいたとしても、我々は圧政を行いません。ただ、移民として、人が魔族と呼んでいる者を住ませることはあります。そして、彼らが溶け込めるように尽力する。それだけの事です」


「あなた方のご要望を理解いたしました。そして、あなた方の理想も」

「恐れ入ります」

「私には子孫はおらず、後継者も育ててはまいりませんでした。私が死んだのなら、この街は陛下にお返しするつもりでおりました」


 老領主はこだわりもしがらみもない、ただ、若い頃「預かった」領地を、返すだけのつもりでいたのだ。


「ですが、もしあなた達が、この街の住民をこれまで同様に幸せな生活が送れるよう、計らっていただけるのであれば、私はあなた達を応援したいと思います。つまり──」


 領主は、キャンヴェラ、そして、魔王を見る。


「あなた方──魔族、と呼ばれる方々にお譲りしたいかと思います」

「感謝、致します」


 キャンベラが深々と頭を下げる。

 慌てて魔王も下げる。


「そんな事より土地下さい」


 魔王が手を離したので、口があいたスィが、その場の空気を変える発言をした。


「あんたちょっと黙ってなさいよ!」


 さすがに半ギレの魔王。


「そちらのお嬢さんは、我々と同種族のように思えますが?」

「彼女はスィ。人間でありながら、我らに賛同し、軍師として、活躍してもらっております」

「ほう、人間。でしたら──」


 領主は、この街の見取り図を持ってくる。


「街のこの部分に広大な土地があります。ここはこの街とは別に褒章として陛下より賜りました。私はこの土地も返すつもりでおりましたが、よろしければどうぞお使いください」

「分かりました。私、人間のスィが責任を持って使います」


 魔王は何らかの物理的おしおきでもしようと考えたが、なんかまとまった感じになったので我慢した。



 こうして魔王軍はオボキの街を傘下に治めた。


 スィは貰った土地を担保にマンションを立てようとしたが、魔王によって止められ、魔族の居住地に充てられることになった。


 が、スィもしつこく抵抗したため、彼女の別荘がそこに建てられることになった。

 スィは自由に使える自分の家を持ち、魔王はスィから解放され、魔族は移り住め、そして、領主は後継の者に託すことが出来た。


 全員が得をする取引となった。


 そう、誰もが思ったのだ。

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