第18話 軍師、戦わない
「あの……お風呂が妙に鉄臭いんですけど、何か入れました……?」
「何も入れていません。『もうお乳が出ません』と泣きながら訴えるおはなし牛の前でビーフステーキを食べたら、大人しく出した牛乳がこれです」
リリフィーは、ああ、これは血の匂いか、と納得した。
「いや、そんなに無理させちゃ駄目でしょ! もう無理なんですって!」
「そうですか。ではそろそろ食肉ですね」
「引退させて、余生を過ごさせるって発想はないんですか!?」
「? 余生? どうしてですか?」
不思議そうに聞かれると、リリフィーも返答に困る。
でもこれ、畜産業の現状だからね?
「……まあ、それはそれとして、スィさまは軍師ですよね?」
「アイドル兼謎のプリンセス兼魔王評論家兼軍師です」
「……自称で謎は痛いですが……とにかく軍師ですよね?」
「そうですね……ああ、間違えました」
「何がですか?」
「魔王(○´艸`)評論家です」
「魔王さまとか、どうでもいいです。軍師ですよねって聞いてるんです!」
一応仕える主人をどうでもいいと言い放つリリフィー。
よほどイライラしたのだろう。
「そこまで言われると軍師と認めることに抵抗がありますね」
「何でですか!? 軍師が軍師って認めるのに抵抗があるっておかしいですよね?」
「それが軍師というものです」
何か分かったような分からないようなことを言われ、穏やかな性格……でもなかった、よく考えたら最初怒ってたっけ、とにかくリリフィーがキレた。
「あなたは軍師! 反論は認めません! 絶対! 何があっても!」
「言われるまでもなく、私は軍師ですが?」
半ギレで決定づけて、あっさり認められるとそれはそれで腹が立つ。
だが、リリフィーは落ち着こうとして、深呼吸をした。
血の匂いで肺が満たされた。
「軍師なら、今後の侵攻先のことを考えるべきなのではないですか?」
「ほう」
「その……もっと真面目に今後のことを考えてくらませんか……?」
「そう言えと、魔王(○´艸`)に脅されたのですね?」
「いえ……別に脅されたわけでは」
言われたという事実は否定しなかったリリフィー。
「久しぶりにお風呂に来たと思ったら、そういうことですか」
「いえ、その前に私はスィさまの監視役ですが」
「私の親友を使うとは卑怯な」
「そうですね」
まだ親友と思ってもらえているのが嬉しかったリリフィーが、魔王を裏切る。
ちなみにスィはリリフィーのことを使えるけど性的に自分を見てくる奴隷と思っている。
「分かりました。とうとうあの案を実行する時が来ました」
「何かあるんですか?」
何もなかった。
「まあ、また魔王(○´艸`)には言っておきます」
それまでに考えることにした。
「ごきげんよう」
「……何しに来たの?」
「高貴で麗しいご尊顔を伺いに来ました」
「嘘ね。で、何なの?」
「グルーポンは元気ですか?」
「元気よ、あの子も暇そうだから、そのうち少しは仕事して貰うかも知れないわね。で、何しに来たの?」
「私の職業を知っていますか? アイドルと謎のプリンセスと魔王批判家以外で」
「その職業だったことを知らないわよ! 魔王批評家って何よ?」
「魔王(○´艸`)の悪口を広める人です」
「なんてことしてるのよ!」
「魔王さんは二人いる、とか」
「あんたのせいでしょ!」
「かなりのヘタレとか」
「……だいたいあんたのせいでしょ!」
「かなりの屁たれとか」
「してないわよ!? ……いえその……してないわけじゃないけど、人前ではしないわよ」
「かなりの尿たれとか」
「漏らしてない! この前はオムツ穿いてたからノーカンよ!」
新たな事実が発覚した。
「私は軍師なのです」
「そんな事より、私の悪口を広めるのやめて!」
頼れる軍師はそんな事呼ばわりだった。
「次の領地は決めてあります。オボキの街です」
「割と近いわね?」
「その領主は、若い頃勲功を立てた人で、今はもう年老いています」
「それがどうかしたの?」
「ここは攻めるのではなく、無血開城の作戦です」
「なるほど?」
分からなかった。
「領主は年老いた老人なのです。穏やかな性格と聞いています」
「それで?」
「妻も娶らず、子供もいないそうです」
「つまり、後継者もいないのね」
「そこで私です」
「なんであんたなのよ?」
「私の孫パワーでおねだりするのです」
「あんたに孫パワーとかあるの?」
「あります。常に孫オーラが溢れているのです。魔王さんには孫がいないので分からないだけです」
この上なく胡散臭そうにスィを見る魔王。
「じゃあ、その領主にも見えないんじゃない? 孫も子供もいないんでしょ?」
「老か……老人には見えるのです。この、むんむんの孫フェロモンが」
「フェロモンは普通に見えないものだけど?」
もはや、つっこむためのつっこみしか出来なくなった。
「では、念のためについてきますか?」
「え?」
この軍師を一人で行かせるのは、魔王軍の評判を地に落とす可能性があるためついて行きたいところではある。
だが、魔王自身そこそこヘタレなので、知らない人、しかも領主の老人を前にちゃんと話せるかどうか分からない。
これからこういう事は増えていくはずなので、慣れなければならないのだろうが、今日明日に行けと言われると戸惑ってしまう。
「分かったわ、私とキャンヴェラもついて行くわ」
ヘタレなので、そういうの得意そうなキャンヴェラを連れて行くことにした。
「私はキャンヴェラさんが苦手なのです。私の好みの性別ではないですし」
「だからこそ! 連れて行く意味があるわ!」
いい理由が出来たのでそれに乗った魔王。
「仕方がありません、その三人で行きましょう。おはなし馬一頭で」
「それぞれ一頭……あんたと私で同じ馬よ!」
「私の好みの性別ではないのでごめんなさい」
「私もよ! あんた一人で乗せると、おはなし馬を追い込むでしょうが!」
「生まれてこの方、そんなことをしたことがありませんが」
「とにかく! あんたは私と一緒! いいわね?」
「そこまで熱烈に言われると、好みの性別ではなくても切なくなりますね」
「ならないで! そういうのいいから!」
とりあえず、キャンヴェラを呼んで三人で行くことになった。




