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第13話 軍師、勇者を撃退する

 魔王が引きこもってしまった。

 いや、今までも引きこもりだったけど、自室から出て来なくなった。

 つまり、スィが気軽に遊びに行く魔王の間にも来なくなったという事だ。


 スィは見舞い品として「ストレスのたまったおはなし牛の乳で作った乳液」を送ったが、毒薬を添えて返されてきた。

 魔王は暇に見えて色々と指示を出したりしていたので、いなくなると代わりが必要となる。

 とは言え、スィが代わりをすることはなかった。

 誰一人賛成したものがいなかったのだ。


「私が今日から魔王様の代理として指揮を執るキャンヴェラだ」


 長身に、冷酷な瞳。

 ベリーショートのシルバーヘアに、褐色の肌は魔族の象徴。

 年齢は魔王と変わらない程度だろうか。

 だが、魔王のようなまだ少女っぽさを残したあどけなさは、消え失せている。


 彼女を見たスィは、この子は何の表情も感情もなく、兵を殺し、それを数字としてしか捉えない冷酷な女の子ではないのか、と思った。



 それ、お前じゃん。



 スィより成熟した身体は、だが、魔王より痩身で、身軽にも思える。

 武器でも持たせたら、血を好むのかもしれない。

 例え味方であっても、自分の目的のためなら酷使も躊躇わず、結果潰れてしまっても何の感情も抱かない、いや、「使えない道具ね」とかイラっとしそうだと思った。



 だから、それ、お前じゃんて。



「初めまして、私は魔族様たちの生活と地位を向上させるためにやって来た、プリンセス・スィです。プリティ☆スィちゃんって呼んでください」

「黙れ、貴様の事は魔王様より聞いている。私は魔王様のように慈悲はない」


 スィのトーク術が通じなかったが、通じたこともないので特に怯まなかった。


「そもそも貴様は必要ない。私がいれば今後も領地は拡げられる。だが、これまでの功績から、追い出すことはしない。我々の厚遇に感謝して今後の人生を送れ」

「でも、あなたではお色気が足りませんよ?」

「知らん、これからは私が仕切る。貴様は何もするな」


 スィが得意な安っぽい挑発にも乗らず、そのまま玉座に座ってしまった。


「この部屋に頻繁に来ることを止めろ。リリフィーに報告させる」

「でも、そのうち私の力が必要になりますよね?」

「ならん」


「人間に支持もありますし」

「必要ない。人など力で抑えればいい」


「そういう考えはしっぺ返しを食らいますよ?」

「その時に考えればいい」


 自分の提案を聞き入れてくれない。

 こういうのは、面倒だ。

 自分を過信している人間は大体失敗する。


 こういう奴を前にも見たことがある。

 今では懐かしい、勇者だ。

 勇者は自分の気を惹くためにあえて反対の事をして失敗した。


 その結果スィが見限ることになったのだが。

 もしかして、このキャンヴェラとか言うのはそれなのだろうか?

 スィの、気を惹こうとしているのだろうか?


「キャンヴェラさん」

「まだいるのか、さっさと出て行け」


「ごめんなさい、あなたは私の好きな性別ではありません」

「出て行けと言っているだろう!」


 追い出された。

 だが、照れ隠しにも見える。

 もしかすると……。

 あの人に力で襲われたら、どうすることも出来ない。

 何か対策を練らなければ。


 スィは色々考えながら、魔王の執務室を去った。




 さて、勇者軍だが、あれ以降しばらくしてから、快進撃を続けていた。

 理由は勇者が勇者の剣を手に入れたからだ。

 そして、そのまま魔王城目がけて進軍していた。

 魔王ならとうとう恐怖で漏らしていたところだが、キャンヴェラは違った。


「先鋒突撃せよ!」


 チキンではないキャンヴェラは軍を率いて勇者軍を迎撃しに行った。

 彼女が作った屈強な魔物たちを連れて陣を構える。


「うおおおおおおおおおおっ!」


 兵士たちは勇者軍へと突撃して行った。


「秘技、風撃一閃(エア・ソーズ)!」


 ゴォォォォォォォォッ!


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 魔王軍は勇者の放った風撃一閃(エア・ソーズ)とかいう、三日くらいかけて考えた名前の技で一掃された。


「くっ……」


 キャンヴェラは先鋒に攻めさせている間に左右から攻撃を加えようとしていたのだが、先鋒がほぼ全滅してしまったので、作戦自体失敗した。

 普通なら撤退しかないのだが、彼女の背後にはエンマルの街があり、撤退して市街戦を展開するか、エンマルの街を明け渡すしかない。


 魔王領を奪われては魔王様に顔向けできないし、この街を占領したあの小娘に何と言われるか分かったものではない。

 だから、ここは。


「全軍──」


 玉砕覚悟で特攻するしかない。


「進……」

「ちょっと待ってください」


 全軍で攻めようと思っていたキャンヴェラを止めたのは、スィだった。


「貴様! 何しに来た!」

「ドジっ子魔王代理が、大切な兵站を無駄に消費しようとしているのを止めに来ました」



 おまいう。



「……今更何をするつもりだ。もはやもうどうすることも出来まい。私の責任を問いに来たのか?」

「それは私の仕事ではありません。私は軍師として参戦に来たのです」

「……言いにくいが、もう、連れてきた兵も少ない。こうなったのは私の責任。私がどうにかする」


「どうにか出来るのですか?」

「……差し違えるつもりだ。私だってこれでも魔王様ほどではないにしろ、強い」

「それで勇者が倒せるのですか?」


「……それは分からない、だが、やるしかない。私の責任だ。私の背中を見ておけ」

「無駄に兵站と有力な人材を消費するだけの作戦に賛成は出来ません。あなたは魔王軍にとって必要な人材です」


「…………!」

「下らないプライドは捨てて、ここは私に任せてください」

「……分かった。貴様が何とかしてくれるのなら、貴様を認めよう」


 キャンヴェラは意地を捨てることにした。

 彼女が真に優れているなら、認めてもいい、そう思った。


「私が何とかするのではなく、魔王さまの作った新しい魔物が倒すのです」

「魔王様が!? という事は復活されたのか?」

「私が魔王さまの寝室に行って、寝ているベッドに潜り込んで『今夜は寝かせてくれないのですか?』って言ったら、逆切れしたのです」


「普通にキレるわっ! そっとしておいて差し上げろ!」

「でも、そのおかげで新しい魔物を造ってくれました」

「……まあいい。それで貴様は、貴様自身は、それを見て、何も思わないのか?」


 キャンヴェラは少し言いにくそうに、彼女の後ろに控える魔物を見て言う。


「特に何も思いません。これは『美しき反逆者~砕け散る醜き者』という魔物です」

「魔王様の考えた魔物の名前とは思えないな……まあいい、やってくれ」

「分かりました」




 勇者は、スィがいなくなって落ち込んだこともあった。

 もう魔王退治とかやめようかなって思ったこともある。

 だが、彼女が自分を見限った根本原因である、自分のこの弱さがなくなれば、戻ってきてくれるのではないか、とそう思ったのだ。


 そして、頑張って勇者の剣を手に入れた。

 これは、強い。

 これを一振りすれば、面白いように魔法の技が飛び出てて来る。


 しかもそれは自分にしか使えない。

 これがあれば魔王なんて瞬殺も可能かもしれない。

 それからは快進撃を続けた。

 近隣の野生の魔物は全て倒し、そして、遂に魔王討伐のための旅に出た。


 今、魔王軍と交戦しているが、何と弱い事か。

 これさえあれば必ず勝てる。

 勇者はそう確信していた。


 そうしたら、いつしかスィも戻ってきてくれる。

 そう、信じていた。


「前方から何者かが走ってきます! 勇者様!」


 前にいる者からの声を聞き、剣を構える勇者。


「ス……ィ?」


 前から走ってくるのは、彼が失って落ち込んだ、スィその人だった。


「スィ! スィ! 帰ってきたのか!?」


 嬉しかった。

 また一緒にやれると思った。

 強くなった自分を見せて、尊敬してもらいたかった。


 いや、駄目だ。

 あいつは自分の意志で離れたのだ。

 強くなったから戻って来ようと考えても、そうなるとまた、違う理由で離れるかもしれない。


 まずは一旦突き放そう。

 突き放して謝って反省するなら許してやろう。

 それだけの段取りで、二度と離れようとは思わなくなる。


「ス、スィ。久しぶりだな。だがお前は、勝手過ぎないか? お前は俺たちを裏切──」


 走ってきたスィは、勇者をスルーして、彼のそばの男に抱きついた。


「え? 俺? ええっ!?」


 勇者の隣にいたのは、強いが不細工な男で、男としては勇者よりもモテないはずだ。

 何故スィは彼を選んだのか?


 そう、思った時。


「え? あ、スィ?」


 もう一人、更に一人、スィが走って来た。

 それらはそれぞれ、勇者軍の男たちに抱きついていったが、誰も勇者には抱きつかなかった。


「お、おい! スィ、そこまで俺が嫌いなのか!? おい! おい!」


 大人数のスィがいることに、何の疑問も抱かない勇者が半狂乱で叫ぶ。

 そして、その直後──。


 スィたちが、爆発した。


 派手に爆発して抱きつかれた男達は吹き飛んだ。


 呆然とする勇者。

 残ったのは、勇者を含め数人。

 あ、これはヤバい。

 そう思った勇者は、全力疾走で逃げだした。




「それで? 私の作った『ブサイク大好きサイコちゃん』はどうだった?」


 魔王がいきいきとした笑顔で聞く。


「そんな名前の魔物は知りません」

「見たかったわぁ、あれが爆発するところ。また造ろうかしら!」


 めっちゃ活き活きした表情になり、完全に復活していた。

 スィに作った魔物を消費されることが許せなかったが、あの見た目の魔物だけは、爆発すればするほど魔王は気分がよくなった。


 スィはそれはそれでいいや、って思った。

 とりあえず、魔王は復活した。


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