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第11話 軍師、内情を探られる

 その者の名は、ルソンメ、王国の秘密諜報員だ。

 これまで様々な地に潜入し、情報を得て来た。


 そんなルソンメが、この、魔王領となったカルバスの街に潜入するのは容易な事だった。

 なにしろ、町の入り口にも警備も魔物はいるものの、立っているだけで素通りしても何も言われなかった。


 おそらく魔王は、人の出入りを制限していないのだろう。

 戦時下で、占領直後の街の警備とは思えない。

 何か怪しい。

 警戒が必要だが、ここまで簡単に入れるなら、諜報だけではなく、工作活動も出来るかも知れない。


 街の中はルソンメが思っていたよりも遥かに活気がある、住民も明るい。

 占領下の街というのは何かの誤った噂ではないか? と思えてしまう程、活気がある。

 だが、不思議に思うのは、働き盛りの若者をあまり見かけないという事だ。

 ここは情報収集をしてみるしかないだろう。


「失礼、私は旅人なのですが、聞いてもよろしいか?」


 ルンソメは軒先で暇そうに座っていた老人に声をかける。


「何かね? ふむ……あなたは元兵士じゃな?」

「! いえ、ただの旅人です。昔、城の建築をしていたことがあるからそう見えるのでしょう」


 肉付きから兵士と指摘されるが、その程度はよくあることだ。

 特殊工作員の身の引き締まり方は、確かに街の力自慢とは違う。

 細くてしなやかな筋肉だ。

 それを兵士の肉体、と考えるのは不思議ではない。


「それで、何を聞きたいのかね?」

「はい、私はこの街に前々から立ち寄ろうとしていたのですが、別の街で、この街が魔王に占領されたと聞き、通るのを諦めたのですが、魔王に占領されている街を見るのも初めての経験ですから、遠巻きに覗こうと思ったら、普通の街のように活気があったので、こうして街に来てみたのです」

「ふむ、そうじゃな、この街は以前より活気が出て来た」

「そうなのですか。私にはその原因が分かりません。何故、魔王に占領されてからこのように活気的になったのですか?」


 ルンソメの調査すべきは本来、魔王軍の占領地を、いかにして王国の手に取り戻すかだった。

 だが、ここまで活気的な街の様子を見て、別の調査が必要と判断した。



 魔王軍は、住民を洗脳しているのではないか?



 でなければありえない。

 魔王軍に占領された街が、こんなに活気になるなど。

 


「全ては、スィ姫様のおかげじゃ」

「スィ姫様、ですか?」


 ルンソメはこの近隣の大小国の王族は熟知している。

 その中にスィ姫、という王女は聞いたことがない。


 となれば、魔王の娘なのか?

 それとも貴族の娘を便宜上そう呼んでいるのか?


「そのスィ姫が何をされたのですか?」

「魔王軍がこの街を占領した時、税金は九一になるはずじゃったのじゃが、スィ姫の献身で三七になったのじゃ」

「三七……?」


 それは、かなり安い税率だ。

 この辺りの貴族領王国領は大抵五五、多いところは六四のところもある。

 本当にその税率でやっているのか?

 町の防衛や公共施設の修復の費用程度にしかならないのではないか?


 いや、そういう理屈は異なるのかもしれない。

 税率、という概念はあくまで人間のものなのだ。

 魔族からすれば、金というものは人間が統率できる分だけあればいいのではないだろうか?

 そう仮定するなら、おそらく別の何かを住民から徴収している可能性もある。


 例えば魔力。

 魔族は魔力がなければ生きて行けず、魔力を住民から徴収しているのではないか?


 それならば、魔法使いでない住民と相互協力関係にもなりうる。

 そうやって、強い支配ではなく、きちんとしたサービスを与えることで住民を統治しているのか?


 いや、先ほど言った「スィ姫の献身」という言葉が引っかかる。

 スィ姫とは何者か?

 魔族の姫という事でいいのか?

 魔族の姫をカリスマに仕立て上げて住民を操っているのか?


「失礼、私はそのスィ姫という方を知らないのですが、それは魔族の姫様なのでしょうか?」

「いや、あれは魔族がさらって来た人間の姫じゃ。魔族のために働かされておるのじゃ。時々街に現れるのじゃが、常に我々住民の事を心配なさってくれて。そのお姿が健気でのう……」


 老人が目を細める。

 スィ姫は人間?

 魔族に働かされている?

 そして、そんな犠牲者を目の当たりにしながら、どうして住民たちは活気づいているのだ?


 スィ姫、というのはおそらく仮名だろう。

 王族の恥だと本人が変えたのか、魔族に変えさせられたのかは分からない。


「その姫は、何歳くらいでどのような様子ですか?」

「一度に言われてものう……。そうじゃ、今日は広場に現れる定期連絡の日じゃ。会いたいなら行ってみるといい」


 定期連絡。

 そのようなものがあるならどうして誰もその姫を助けない?

 姫もどうして逃げないのだ?


 分からないことだらけだ。

 とにかく、行ってみよう。


「ありがとうございました、行ってみましょう、では」


 ルソンメは礼を言って老人と別れた。




 広場に行くと、昼なのに若者が大勢集まっていた。

 おそらく、この時間は仕事をしているべき年齢の若者ばかりだ。

 働きもせず、何をしているのだろうか?


 妙な熱気もある。

 興奮していると言ってもいい。

 まさか、魔族に洗脳されているのか?


 よく見れば奇抜な衣装をしている。

 いや、普通の衣服の上に一枚派手な色の服を羽織っているのだろうか。


 そこかしこで雄叫びが上がる。

 それに呼応するかのように他の者が雄叫びを上げる。

 なんだこれは?

 とにかく異様な風景だ。


 昔、こんな光景を見たことがある。

 あれはまだルンソメが幼少であった頃。

 王国が他国との戦争を始めた時の事。

 陛下のお声を戴くための城下の庭に集まった勇猛な騎士たち。


 それと同じように見える。

 魔王は人間を使って戦争をするつもりなのか?


「オオオオオオオオオオオオッ!」


 前方から絶叫が轟き、それに呼応するかのように、ほぼ全員が絶叫する。


「お待たせしました。プリンセス・スィの登場です」


「オオオオオオオオオオオオッ!」

「アイラヴ! アイラヴ! アイラヴスーィ!」

「スィスィスィスィスィアイラブスィ!」



 怖いくらいの熱量。

 何がそこまで彼らを駆り立てる?


 背を伸ばして見てみると、確かに可愛い女の子が立っている。

 確かに美少女ではあるが、ここまで熱狂するほどの魅力があるとは言い難い。


 いや、それよりも「プリンセス・スィの登場です」と言った彼女自身がスィという少女のようだ。

 妙な違和感がある。

 彼女は何者なのだろう?


「今日の連絡事項は特にありません」


 彼女がそう言った瞬間、爆発的な歓声が上がる。


「このまま帰るのもなんですので、歌を歌いたいと思います」


 大きな拍手と歓声。

 地響きが轟きそうだ。

 開戦前の城下でもここまでではなかった。


「今日は、もう一人連れてきています」


 そう言うと彼女は奥に引いて行った。


「ちょっと! まずいですって! 魔族が人前に出るのはまだ早いって言われてるんですよ!」

「そんなことは知りません。リリフィーが怒られてください」

「庇ってもくれないんですか! わ、ちょ、ちょっと……」


 奥から嫌がる女の子を引き連れて出て来た。


 小さな身体は褐色の肌に、ふわふわとしたシルバーの髪。

 これは、魔族ではないか?

 初めて見るが、聞いていた特徴通りだ。


「私の親友(マイメン)のリリフィーです」


 さすがに魔族を目の前にして、観衆は恐怖するのではないか?

 この人数が狂乱したら、巻き込まれる。

 攻撃されたら、逃げられない。

 ルンソメは、懐の担当を握りしめながら、いざとなったら身を守りながら逃げる位置取りに動く。


「可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「よろしくー!」

「リリフィーちゃん可愛いいよリリフィーちゃん!」


 だが、観衆は誰一人恐れず、むしろその登場を歓迎した。


「リリフィーとは一緒に寝たりお風呂に入ったりしています。仲良しです」


「ごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごく!」

「ごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごく!」


 ルンソメはその反応にちょっと以上に引いた。


「それではリリフィーから一言」

「え? え? えっと、その……甘いおやつが好きです」


「おぢさんがお菓子あげるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「俺の甘いおやつ食べるぅぅぅぅ? (ぼろん)」


「では、歌を歌いましょうか、いつもの曲です」

「え? わ、私、全然知りませんよ?」


「わーたしは、可憐な、プリンセースー」

「え? 歌っちゃうんですか? フォローは!?」


「はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい! はい!」

「パンパパンヒュー! パンパパンヒュー! パンパパンヒュー!」


 ルンソメは、このままここにいると心が不安定になるので、逃げだした。


「ふう……」


 歓声を背後に一息つく。

 カルバスの街は活気づいている、それは理解した。

 そして今、街に人がまばらにしかいない理由も分かった。


 スィ姫という、人間の姫が、この街を住民の心を掴んでいるのだろう。

 現在まだ、魔王軍に対する明確な打開策は出来ていない。

 以前、エンマルの街を奪還しようとした騎士団が全員爆死してからは、誰もが及び腰だ。


 そして、今日の住人の様子。

 もし、仮に大軍を準備出来て、魔王軍と交戦し、勝利してこの街を奪還したとして、住民たちは歓喜を持って王国軍を迎えてくれるだろうか?


 いや、それは難しいだろう。

 何しろあれほどまでに熱狂的に愛されている者が魔王側にいるのだ。


 これを、どう報告すればいい?

 ルンソメは頭を抱えるしかなかった。


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