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入学式の一コマ

作者: 山木 深

 例年より少し遅れて咲き誇る桜の下、とある高校の校門にて、浮き足立つ学生服姿がちらほら。彼ら彼女らは、今日、入学式を迎えていた。

 それは、わいわい騒ぐ集団から少し離れたところにいる彼、雄二にも言えることで。大多数と同じように、大きな希望と僅かな不安を胸に抱えていた。

 が、しかし。

 雄二はボッチであった。別に、イケメンでないとかコミュ障だとかそんなわけではない。ただ、つい数ヵ月前に他所から引っ越してきたばかりなせいで中学以来の友人が皆無なのである。

 高校生になってはじめての登校、そして顔合わせな中、中学からの友人とつるみ、新しい親交を築くための第一歩を図っていたこともあり、雄二は未だ誰とも会話すら出来ていなかった。

 しばらくして時間になると、一同は入学式が行われる体育館へと動き出した。雄二もまた例に漏れず、人の流れについていく。

 と、肩が、ぶつかった。


「おっと。あの、大丈夫ですか?」


 雄二は軽くよろけて、相手は尻餅をついた。見れば女子で、雄二がまあまあ体格がいい方ということを加味しても小柄に思えた。

 声をかけて、尋ねる。

 幸い、雄二は集団の中でも後ろの方、しかも端であったから周りに人はいない。後続の邪魔になることはない。

 女子は、特にダメージはなかったのかすくっと立ち上がった。

 そして、身長差から、やや上目遣いで。


「う、うん、大丈夫。あの、そっちは、大丈夫だった?」


 少し吃りながら言われた。

 お、おう、と、何故か雄二も吃りながら返す。

 なんとなく気まずい雰囲気が漂う。

 雄二は、それがわかって、変えようと思い、口を開く。


「あーっと、俺、雄二。青山・雄二。新入生だ。……えっ、と。その…………」

「あ、明里っ。し、東雲(しののめ)・明里って言うの。青山くんと同じ、新入生だよ……」

「あ、やっぱり? なら、これから三年間一緒だな。よろしくな」

「う、うん、よろしく……」


 なんとか会話のキャッチボールが成立しだしたそのとき、見回りの先生の声が聞こえた。


『もうすぐ式が始まります、新入生の皆さんは、急いで席に着いてください。繰り返します、もう──』


 あーぁ、と、会話をぶったぎられたことを残念がりながら、雄二は東雲の方を向いて。


「んじゃ、クラス一緒だといいな」


 言って、長くて短い入学式へ、進んで行った。


******


 校長先生とかがいろいろ言うのを右から左に流しているうちに、気づいたら終わり、解散となった。

 保護者たちはこの後PTA総会なるものがあるため残り、雄二たち新入生は、クラス発表の張りだしがされている一年生用昇降口へと誘導されていく。ここでもまた、友人どころか知り合いもいない雄二は一番後ろに着いていく。

 ざわざわ、ざわざわ、と、自分のクラスを確認して一喜一憂する新入生ばかり。一向に減らない。

 そんな現状を見て、雄二は、これは長くかかりそうだ、と、ため息ひとつ。


「はぁ、三十分くらいで見れるといいなぁ」


 そうして待つこと一時間、ようやく人がいなくなり、近づけるようになった。

 どのクラスになっても、どのみち知り合い皆無だからかわらないんだよなぁ、と、あまり気乗りしないまま見る。一組から順に、一番上を見ていく。

 テスト返却やら整列やらでは毎度先頭にされるのが嫌ではあるけど、クラス発表の時だけは自分の名字に感謝する。頭文字が「あ」で、次の文字も「お」だと、まず間違いなく名簿一番だからだ。

 と、見つけた。


「九組かぁ」


 ふむふむ、と、自分のクラスとその位置を確認する。胸ポケットからメモ帳を取り出してスラスラッと書きこむ。


「クラスわかったし、帰るかなぁ。───ってあれ、東雲?」

「あっ…………。青山くん……」


 見れば、東雲がいた。

 涙目になって、おろおろしている。……なんというか、こう、クるものがある。

 なんてことはさておき、話しかける。


「……東雲お前、何かあった?」


 言って、雄二は待つ。ぐずるうちはどうせ聞けないと割りきっていた。

 ゆっくり泣き止ませていく。

 東雲は、落ち着くと、ぽつりぽつりと話しはじめた。

 曰く、自分の名前がない、らしい。そこから、実は自分は落ちてたのではないか、とも思ったりして、マイナスな想像が止まらず、ついに泣き出してしまったらしかった。


「んー、ならさ、先生に確認とってみよーぜ。学校側の不備かもしれないんだしさ」

「え……そ、それはちょっと………………」

「いやなのか?」

「だって、その、実は受かってなかった、とかだったら私、わたし……!」


 また泣き出そうとするしだしたのを、必死に慰めていると、雄二の視界の端に、先生が見えた。東雲が、あっ、と声を上げると同時、雄二は駆け出した。

 え、ちょっ、と言う東雲の声を意図して流して、先生に聞く。


「あの! 俺の友達が、受かってたのにクラス発表の張りだしに名前がないらしいんです! か、確認してもらえませんか!? 東雲・明里っていうんです!」

「おっ、おおぅ、そ、そうか」


 いきなり声をかけられて驚く先生に、怒濤の勢いで話す。

 雄二も途中から何を言っているのかわからなくなっていたりもした。

 というか、今さらだが、これで実は落ちてた、だったりしたらヤバイな、と思いながら、東雲のところに戻る。


「も、もぉ! なんで行っちゃうの! …………で、でも、その、ありがと。私だったら、たぶん尻込みして聞けなかったから……」


 尻すぼみになりながらそう言う東雲は可愛かった。なんとなく、照れる。

 雄二のそれが伝わったのか、東雲も照れて、甘酸っぱい雰囲気になる。

 そんな風に、二人で照れ合っていると、先生が戻ってきた。

 雄二を見ると、申し訳なさそうな顔をして、言った。


「えーっと、君の友人の、東雲くん、だっけ? フルネームで、東雲 明里で合ってるよね? それだったら、ちゃんと受かってたよ。こっち側のミスだったよ。心配させて、ほんっとうに、ごめんね」


 え、と思い、あ、とも思い、振り返り、東雲を見れば。

 泣いている。

 あ然とした顔で、自分が泣いてることにも気づいてないのかぬぐうこともしないで、泣いてる。

 先生は、それを見て、でも見ないふりをして、続けた。


「クラスは九組だ。場所、確認しとけよ?」


 それだけ言うと、さっさと戻っていった。その後ろ姿に、ありがとうございました、と言っておいた。

 そして、良かったな、と、声をかけようとして振り向いて、固まった。

 東雲が、抱きついてきて、それで。


「あり、ありがとっ」


 言って、離れて、フリーズしたままの雄二に、笑顔を向けて。


「いち、一年間よろしくねっ」


 ああ、今年はいい年になりそうだ。

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