クレヨンジュウ 3
グレイ一色の空から、ポツリポツリと雨が降り出した。
雨が、空を洗い流している。
僕が、そんなふうに思ったのも無理はない。雨が降り出した途端、クレヨンジュウの輪郭がどんどん流れ出して……。
雨は通り雨で、すぐにやんでしまった。
それでも空に描かれたクレヨンジュウは、跡方もなく流れて消えてしまっている。
そうだ。クレヨンは、水性だったのだ。
ガラスの窓には、それでもクレヨンで描いた怪獣がそのまま残っていたけれど、色が落ちて灰色になっていた。
魔法の効き目は、もうなくなってしまったらしい。
僕は、水で濡らしたティッシュで、灰色のクレヨンジュウの名残を、奇麗に拭きとった。
そっか、慌てずにこうして消せばよかったのだ。
家の前の道に、一人の人が通りかかるのが見えた。
その人は、僕の家の前で足を止めると、僕の方を見上げる。
それは、道端で露店を出していたあの黒ずくめの男の人だった。
男の人が、このクレヨンをとり返しに来たのが分かった。
僕は、クレヨンの箱をもって階段を降りると、玄関で靴に履き替えて外に出る。
男の人は、トランクをぶら下げていない方の手で、やぁと僕に手を振ってくれた。
あんなふうにクレヨンを使ったことを、怒られるかと思ったけれど、男の人は別に僕を叱ったりしなかった。
「クレヨンは返してもらうよ。それは、僕の大切な仕事道具なんだからね。君には、代わりにこっちを上げよう」
そう言って男の人は僕に、箱が三段にもなった三十六色入りのクレヨンの箱をくれたのだった。
やっぱりこの人は、魔法使いに違いない。
だって、僕が本当に欲しかった物を知っているのだもの。
代わりに男の人は、僕の手から十二色の水性の魔法のクレヨンを持っていった。
男の人は、トランクを置くと、ポケットからガラスの板をとり出した。
男の人は、このクレヨンはこう使うんだよと言って、赤と青と緑のクレヨンをいっぺんにとり出した。
そしてコートのポケットからとり出したガラスの板に、三本のクレヨンで半円を描いたのだ。
ガラスの板に、橋が描かれた途端、空には虹がかかった。
虹は、ちょうど僕らの足元から始まって、町の上を越えてどこかに消えている。
男の人はクレヨンもガラスの板もポケットに突っ込むと、それじゃあさよならだと言った。
男の人は、トランクを片手にぶら下げて、虹の橋に一歩踏み出した。
虹は、男の人の足の下で小揺るぎもしない。男の人は、虹の橋を渡って、別の町に行くのだという。僕は、男の人の姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
やがて虹は、僕の足元から消えていった。
雑巾で拭ったみたいに奇麗さっぱりと。
きっと、タオルか何かで、あの人がガラスを拭ったのに違いない。
夢を見たみたいだけど、夢じゃない。
その証拠に僕は、クレヨンジュウが雨で溶けてできた虹色の水たまりを、ピョンと跳び越えたのだった。
何と言っても、僕の手には、三十六色入りのクレヨンがあったんだからね。




