クレヨンジュウ 1
「ねぇ。ママ。今日も、僕のクレヨン、買ってくれなかったね」
僕は、ちょっと前に、ママと新しいクレヨンを買ってもらう約束をしていた。
前から使っていたクレヨンは、短くなったり折れたりして、もうほとんど使い物にならないのだ。
それなのにママったら、結局、今日も文房具コーナーには寄ってくれなかった。
「今日は、あなたの新しいシャツを買ってあげたんだから、いいでしょう」
ママは、たっぷり買い込んだ戦利品を、満足そうに両手に下げている。
僕のシャツ一枚につき、ママの新しい服三枚って割合じゃないか。
僕は、不貞腐れてママの後ろを歩いていた。
するとママが、素っ頓狂な声で、
「あら、こんな所に露店を出してるわ」
僕は、道端に広げられたその店とも呼べないものを見ると目を輝かせて、駆け寄る。
「全部、税込みで百円だって」
ママも、近付いてきながら、こんなことを言った。
「不用心よね」
ママが言う通り、店番をしている人もいなくて、品物を並べた布の側に、開けっ放しのトランクが放り出してあった。
きっと店を出す、または店を閉める途中なのだろう。
シートに並べられている物は、ハンカチ・巾着袋・瀬戸物や、ガラスでてきた動物なんかで、ガラクタって言うのがピッタリだ。
ママは、当然ながら気にいらなかったみたいだけれど、僕の好みにはあう。
だから、ママが嬉しそうな声を出した時は、僕はとても驚いた。
「あら、よかったじゃない。クレヨンがあるわ。これを貰いましょ」
僕は「えー」と不服の声を出すが、ママが百円を諦める筈がなかった。
トランクからはみ出るようにして、クレヨンの箱が覗いている。
ママは、早速小銭入れを出すと、百円玉を一枚とり出した。
そこに一人の男の人が、プラプラと道の向こうから歩いてきたが、ママが百円をシートに置いているのを見ると、笑顔になる。
彼が、この露店の主人らしかった。
「どうもありがとうございます」
男の人は、全身黒ずくめをしていて、とっても怪しげだ。
黒い薄手のコート、ズボンも黒だし、中に着ているセーターも黒。
サングラスはかけていなかったけれど、それでも怪しげだろう。
男の人は、ママが持っているクレヨンに気付くと、顔色を変えた。
「あっ、そのクレヨンは売り物じゃ」
その途端、ママがムッとするのが分かる。
「出してあったんだから、今更遅いわ。お金はちゃんと、払ったんですからね」
ママはツケツケ言って、僕の手を握るとその場を立ち去ろうとした。