P006 Nosferatu Hour txt.KiRa
自らの気配を消し、自分の力を悟らせないタイプ。
ヤツらと対峙するうえで"2番目"に厄介なやつら。
それが2体も同時に待ち構えていやがった……。
ご丁寧に大型種のキメラを餌にして罠を張っていたんだ。
相当な戦力投入をされても問題ないと思っての行動だろう。
生憎、隠れられそうな場所も、籠城できそうな建物も近くにはない。
だだっ広い敷地と本堂へ長々と続く石畳、そして鯉が泳ぐ池があるのみ。
完全にハメられたってワケだ。相当な実力があるはずなのに狡いマネを……。
{KiRa:鷹山、ギリードゥの機能で全力ステルス。後ろの藪まで下がれ。千麒は、わたしの斜め後方に待機。いまさら四の五のいっても仕方ない。わたしの合図を待ちながら、任意での交戦も許可する。それとビジの自動翻訳をONにしておけ。会話で長引かせられるかもしれん}
{yo:ほいな了解。光学迷彩と吸音防壁、ついでにSSCも全開。さあ、妖精さんになりきりますよ。合図があれば、いつでも"エレオノーラ"をブッ放しますぜ}
{kaz:こちらも了解。何かあったら奥の方を押さえます。その間に手前をお願いします}
{yo:おい、見るからに奥の方がヤバそうだろ! ムチャはすんな!!}
{kaz:俺、オフェンサーですから。止めて見せます}
{KiRa:ちょっとまて! 出方が分からないうちは手前の弱そうな個体に集中しろ。これは決定事項。言うこと聞け!!}
{yo:お二人とも、手前のヤツが歩いてきます。警戒を}
ビジ・グラスを通して目の前に敵戦力の詳細データがアップされ始めた。
改めて戦力を分析してみよう。
手前の男性は、おそらくノスフェラトゥの中でも最弱の部類に入るグール……いわゆる食人鬼ってヤツだ。
しかし、グールは無数の種族が混在し、個体差が激しいことで知られる。油断はできない。
見た目はただの外国人ビジネスマンといった感じで年齢は40代くらいか。
ピシッとした渋めのシルバーのスーツ姿で赤毛の頭髪もキッチリセットされている。
なんとなく外国のワイドショウなんかに出てくる司会のような雰囲気だ。
困ったな……見た目では、ちょっと戦力を想像することができない。
化け物特有のアストラルコートの強度を現すレベルである"AC.Lv"は33程度。3割弱の物理減衰か。
脅威となるほどの防御能力ではないが、この種は異常なまでの再生回復能力でそれを補っている。
このアストラルコートのせいで近代兵器のほとんどは奴らには効果が薄い。
一般的な9mm程度の弾丸では、やつらの頑丈な皮膚などと相まって肉体にまで届かないことがほとんだ。
さて、奥のデカイのは古代から存在する吸血鬼、ストリゴイイ。
こいつは強力無比。しかも、得意能力が個体によって違う吸血鬼ならではの特色も持っている。
石像のような肌とガッチリした巨体で腕を組んだままピクリとも動かない。
何故かタキシードを着用。……結婚式帰りか? よくわからん。
それと背中に白い筋張った翼を持っているな。飛翔型の可能性あり。AC.Lvは68!
なんなのよ、この数値は!? 物理攻撃を約7割もカットですって? さらに厄介なことに、こいつも不死者特有の再生回復能力持ちだ。
そして問題の"キメラ案件"。地面から両生類の頭のようなものが生えている。
色はオレンジとイエローの極彩色。これそのものは2mほどか。
測定されたノイズ量の半分にも満たない。おそらく、下に本体がいるのだろう。
現時点ではコイツに関しては、まったく未知数……。
さて、仕方ない、少しでも時間稼ぎをしてみるか。
「……不死者がね、お寺でこそこそかくれんぼ。どんなに上手に隠れても、臭っさい死臭が漏れてるよ〜」
「おおぅ〜。びゅぅてーふぉ〜。童謡かい? 日本にもあるんだね。懐かしいよ。私のママンもよく唄ってくれたんだ。でも、悲しいかな。ずいぶんと昔にディナーになってしまったから、いまはそれも無理。だから、代わりに私のために唄ってくれないかな? もちろん、お腹の中でだが……」
まったく。予想通りのクズだわね。でも、話には乗ってきた。
よく見るとグールは右手の人差し指に何か輪っかのようなものをかけて忙しなく、くるくると回している。
暗くてよく見えないが……まあいい。今は目の前に集中だ。
「あら、おあいにく様。わたしの家系には口が臭い男には食べられてあげるなっていう家訓があるの。それに礼儀知らずでしてよ、その死人の臭い。テンプルでそれはまずいでしょ。どこの国でも同じよ、そういうのは。お腹の中のお母様から教わらなかったのかしら? それとも教えて貰ったのは、女性の"味"そのものなのかしらね?」
「……ふぅ〜。まったく。日本の女性は優雅で慎み深いと聞いていたのに、キミみたいのもいるんだね。非常に残念だよ。昨晩、夜を共にした女性は一言も声を発しなかったというのに」
グールは首を振りながら意味深な発言をする。
そして人を小馬鹿にした表情で鼻から深めの溜息を吐き出した。
……本当に臭いんだよ。まるで動物の死骸か、汚物の山と会話している気分だ。
しかし、不気味な顔。こうして近くで見て気付いたがラバー素材のマスクかと思うほど顔色が悪い。
コイツの場合は食生活が原因だな。肉ばかり食ってるからだ。野菜を食え野菜を。
でもまだ、この肌色の悪いグールが司会のワイドショウは始まったばかり。
ゲストとしては、もう少し会話を弾ませないとね。
「ふん。どうせ死体と寝てたってオチでしょ。ゲスさはお互い様だわね」
「残念。正解は生きたまま舌を引き抜いて目の前で食してあげていたからです。コツがあるんですよ。200年も人を糧としていると、いろいろと人体の構造に詳しくなりましてね。血管を傷つけずに舌を抜く方法とか。血を喉に詰まらせない方法とか。知っていますか? 人間は生きているときが一番おいしいのです。さらに恐怖を加えると一段とおいしさが増します。ちょっとした生活の知恵ですね」
ヘドの出そうな会話……。
こんなヤツと長話をしなければならないなんてね。皮肉なモンだわ。
屍喰鬼が躍り食いを語るんじゃぁない。
それと……ああ、くそ! 死臭の原因が分かった。
ヤツがさっきから指で回している輪っかは――人間の"クチビル"。
おそらく昨夜の犠牲者の物なのだろう。輪っかを構成する物質が人体、ピンク色の光沢がルージュであることをビジ・グラスの成分分析が割り出した。
すでに危険性は明白だ。一刻も早く排除しなければ!
「食人鬼のくらしの手帳なんて興味ないわよド外道め。そんなのグラハム・カーの番組じゃ、放送事故もんよ。ねえ、スティーブ」
「おっと、すまない。スティーブはさっき私がおやつにしてしまったよ。こんなにも楽しい会話なのに観客の笑い声が入らないのはそのせいかもしれないな。おや、話がそれてしまった。元に戻そう。そうそう"料理"の話だ……。あなたたちだって、豚の皮だけを剥いで食べたり、魚をみじん切りにして頭を飾り立てたりするじゃないですか。調理方法や解体技術で食事のおいしさを増したり、長持ちをさせたりもするでしょう? 私たちも同じなのです。違うというのなら、その違いとは一体何なのでしょうね? 人間の命のみが尊いという傲慢? それとも我々に対する蔑みですか? それは私たちグールでもおいしく頂けない。食中りでも起こしそうだ」
そう言うとグールは右手で弄んでいたクチビルを折りたたみ、軽く口吻。
その後、おもむろに顔の上につまみ上げ、グミでも放り込むかのように口の中へ落とし込む。
くちゃくちゃと薄気味の悪い音……。
こういう仕事をしていれば嫌でもこんな類いの連中に出会うのだが、こいつはその中でも飛びきりのクズだ。
これまでの最高レベルを更新。事件日誌にはそう記載しておくわよ。
「文字通り、ずいぶん人を食った態度だこと。良く舌の回るナチュラリストみたいな御高説だわ。そういうのはディスカバリーチャンネルで偉い先生方とやってちょうだい。事はアンタが言うような生命の価値を推し量る哲学的な話じゃぁないの。今のわたしたちは、詰まる所、食卓に上がる寸前の七面鳥。グールなんぞに追いかけ回されれば、じたばた鳴き喚いてアラームコールぐらいは垂れ流すわよ。だからって易々とターキー・シュートなんてさせてあげない。簡単に胃袋に収まったりはしないの。残念ながら人間は七面鳥より、少しばかり凶暴なんだわ」
「ふふふっ。存じ上げておりますとも、お嬢さん。それより……お連れさん、面白いものを持っていますね。目の前で完全に消え失せてしまうとは。私でも、もう感知できない。確かに七面鳥には、できない芸当だ」
――気にはしていたか。鷹山の着ている"ギリードゥ"は防魔局の最新鋭装備。
スナイパーや森林で行動する兵士が装備する迷彩服であるギリースーツを改良し、それを遥かに超える機能を満載した最強の"隠れ蓑"だ。
その名はギリースーツの名称にも使われている妖精、ギリードゥになりきれるほどの性能だと自負してのもの。
いかにヤツらが感知能力に優れていても、そう簡単には見つけることはできないだろう。
{KiRa:鷹山動くな。挑発だ。索敵されている。ヤツより警戒すべきは奥の個体の探知能力だ。しばらく待機してくれ}
{yo:ok}
なんとか長話に持ち込めたが、さすがにこれ以上は辛いか?
しかし、鷹山のポジションがまだ安定していない。
多少強引に、交戦をするべきだろうか? いや、落ち着け。焦るなわたし。
「さてさて。私たちね。もう待ちくたびれてしまいましたよ。こんな大きな反応を半日も放置するなんて、ひどいものです。警察としては職務怠慢なんじゃありませんか? 税金を払っている日本国民に同情しますよ」
「生憎、税金泥棒は日本の警察の専売特許じゃありませんわよ。それにアンタたちから賄賂をせびらない分、良心的だと思うのだけれど?」
「そうでした、そうでした! これは失敬。いやいや愉快。少し笑いすぎたのと、待ちぼうけで小腹が空いてしまったようです。どうです? そろそろ、私のお腹の住み心地を試して……」
――そう言いかけると、グールは今まで押し殺していた力を解放し、薄茶けたなんとも不気味な容姿に変貌し始める。
頭は禿上がり、赤黒い瞳はさらに虹彩を広げ禍々しく拡大。瞼は爬虫類のように下側だけが開閉をしている。さらに醜い牙が不揃いなサイズの釘のように乱雑に並び、唇を突き破り始めていた。
まったく……化け物らしい化け物だ。
そして変化しきるのを待たず、わたしに向かって詰め寄ってきた!
「みませんかぁぁぁぁっ!!!?」
奇襲で詰め寄ったはずのグールは、わたしの目の前でピタリと停止する。
予想以上に大きい。このグール、2m以上はある。
すでに上半身は服を飛び散らせ、饐えた匂いのするゴツゴツとした肉体に変化している。
力の解放でヤツらは巨大化までするのか……。
今の突進は危なかった。おそらく防御結界は間に合うかどうかギリギリの状態だっただろう。
助かったのは、ある者がグールを押し止めたため。その巨体を受け止めているのは176cmの千麒。
グールに比べれば圧倒的に貧弱なその青年は、両肩に平手を添えるだけでノスフェラトゥの猛突進を押し戻している。
それでもお構いなしにグールは全身に醜い血管を浮き上がらせて力を込めるが、何をどうやっているのか千麒は微動だにしない。
グールが力を込める度に、左右の首筋にある一対のオレンジ色の袋のようなものが大きく膨らみ膨張している。両生類などに見られる外鰓……だろうか?
何というおぞましい異形の姿。全身に悪寒が駆け巡る。
「阿部川さん、弱い奴からですよね?」
ふと、千麒がわたしに問いかけた。
そして、それを聞いたグールの顔に明確な怒りの表情が浮かび上がる。
「小僧……てめぇ、200年生きたグールが弱いだと? ナメるのもたいがぃにぃ!!!」
グールは自分の発言の途中にも関わらず、怒りを抑えきれなくなり千麒の顔面に咀嚼の一撃をくり出す。
しかし、噛みつくたびにグールの顔面に"何か"がぶつかり、首ごとあらぬ方向へと弾き飛ばされる。
大顎を開き何度も何度も噛み砕こうとするが、その度に顔面が強烈にしなり、一向に千麒の体へは届かない。
当の千麒はグールの両肩に平手を置いたまま。
鷹山の狙撃かと思ったが、銃声は聞こえていない。だとすれば……いやまさか?
{KiRa:千麒! "ブラァ"は使うなと言っただろ!!}
{kaz:使ってませんよ。これ"抜拳無拍子"っていいます。オレが使える数少ない五十蔵の技……}
{yo:なんだそれ? 抜刀術……居合い斬りみたいなもんか?}
{kaz:似てるけどけっこう違います。わざと相手に自分の両手の位置を確認させて、攻撃に併せて高速でカウンターを放つんです。威力よりもスピードと手を元の位置に戻す引き手が重要なフェイク技。相手に何をしているのか悟らせないのがポイントです……}
威力重視じゃない? 強靭なグールの肉体が何度もひしゃげるほどなのに!?
大体、素手でグールの突進を押し止めたうえに、あのスピードとパワーに対してカウンターだと!?
それなら全力の千麒の拳はどんな破壊力だっていうんだ?
こいつ、只者じゃないとは知ってはいたが、ここまで常人離れしているとは……。
グールは攻撃を変え、両腕で千麒の体を掴もうとする。
しかし、千麒はその腕に手を添え、瞬時にグールの肩の上に立ち登る。
その動きは予備動作もなく、まるで2コマしかないフィルム動画。
そしてグールの目に向かって、思い切りつま先を押し込んで蹴り上げ、さらにその勢いを利用してバク転をしつつ着地。再びグールの両肩に手を置くポジションへと戻った。
「ガキ! この……くぞぶっぅ!! でめぇ!!」
グールは反撃をしようと躍起になるが、その度に腕を掴まれ同じようなカウンターの顔面蹴りを食らい続ける。
一体何をしているんだ!? こいつには重力という概念がないのか?
わたしは格闘技には詳しくはないが、一連の技が人間離れしていることだけは理解できる。
そういったやりとりを何度もくり返し、グールの顔面が床に落としたミートローフのようにグチャグチャになった頃、腹立たしそうにヤツは呟いた。
「ああ、めんどくせぇ……。小細工ばっかしやがって、なんだか、ダルくなってきたじゃねぇか。もういい、全身で味わってやる。男にゃ興味はねぇんだけどな!」
グールはそう叫ぶと隙をついて千麒の両手首をガッチリと掴む。
そして全身からあらゆる場所の骨を飛び出させて、千麒を覆うように隆起させた。
それはまるで人を閉じ込める骨の籠――人間ではありえない骨格の伸縮と可動範囲。
体全体がエモノを噛み砕こうとするアギトのようだ。
肉体の再生能力に絶対の自信を持つグールならではの捕食術か!?
「さて、屍喰鬼のテーブルマナーをご堪能くださいませ」
絶体絶命の状態なはずなのに千麒は微動だにしない。
それでいい。掴まれてやったのは準備が整ったからだ。
ガッチリと骨で囲んでいるなら、ヤツも動けまい。
だから動くな。動けばお前に当たるかもしれない。
私もアイツを信じてタイミングを待つ。
――今だ。
「だんだんだ〜れが、めっかった〜?」
わたしは合図代わりに、最後の歌詞を呟いた。
{yo:目標、心核。fire}
わたしの合図と共に、耳を劈く特徴的な射撃音が響き渡る。
その爆音と同時に後ろにいたストリゴイイの心臓付近に弾丸が命中。
硬そうな肉体を弾けさせながら巨体ごとズシリと石畳に沈んだ。
{KiRa:エイム変更。目標グール。千麒に当てるな}
{yo:へいへいっと}
銃声を探知して必死にスナイパーを捜すグールだが、銃の位置を見つけたのと同時に2射目が爆音を鳴り響かせて胴体部に着弾。
グールの腹は下品な骨ごとウエハースのように砕け散り、上半身がくるくると回転しながら宙を舞う。
鷹山による側面からの2連射は、全弾命中して一気に脅威を排除した。
しかし、鷹山の使用した狙撃銃、ペイロードは凄まじいな……。
一般的な大口径アンチマテリアルライフルが12.7mm程度なのに対し、このバカげたカスタムライフルは倍近い口径の25mm弾を使用する。
そのため装弾数はたったの5発。通常、25mmといえば、軽戦車や戦闘ヘリの機関砲並のサイズだ。
同口径のグレネード弾まであるほどの大きさと言えば分かりやすいだろうか。
もはや銃ではなく、砲といったほうがしっくりとくるサイズだな。
もちろん、銃の口径が大きければいいというものではない。
これを使う理由は防魔局が開発した対キメラ用の銃弾、AAP弾を使用するため。
どうしても威力を維持すると弾頭が巨大化してしまうという欠点があったのだが、この銃でなら25mmサイズのAAP弾を歩兵でも運用することができる。
25mmサイズならば、相手のアストラルコートを半分近くは無効化できたはずだ。
それに化け物どもを相手にするならば、一撃必殺の威力を持つこういうタイプの銃のほうが好ましい。
結果は、ご覧の通り。見事に気持ちよくゴミを吹き飛ばしてくれた。
ガベッジ・シュートの面目躍如だな。
しかし、鷹山のやつ、狙撃の腕だけは頼りになる。
銃にエレオノーラだとか、昔付き合っていた女の名前を付けるのだけは気に入らないが。
{KiRa:お見事だ鷹山。よく、2体同時に仕留められたな。予定を変更して感知能力が高いストリゴイイを先に撃ったのも正解だ}
{yo:狙撃メインで倒すならストリゴイイの感知のほうが厄介ですからね。グールを先に撃ったら銃声で確実に感知されます。それより千麒! 着弾のソニックブーム、平気だったか? あんな至近距離だとタダじゃすまないんだが}
{kaz:平気です。問題ありません}
{yo:すごいね、まったく。自前のシックスパックってのは大げさな表現じゃないんだな。恐っそろしいねぇ}
{KiRa:鷹山、気を抜くな。グールが動いてるぞ。それにまだ、キメラは片付いていない}
驚いたことにグールにはまだ生命力が残っており、上半身側が下半身に向かって、地面を這いながら移動している。
これは予想以上にタフな個体だ。再生されるとキリがない。
ヤタを含めた"式神たち"も、ヤツの再生能力の危険性をわたしに警告している。
少々荒っぽいが、一気にカタをつけるしかないようだな。
わたしは腰に下げたPPKを引き抜き、狙いを定めながら、からかい気味に話しかける。
「Sup ghoul. 無粋なディナーベルを鳴らしてしまって申し訳ない。しかし、まだ、生きていられるとはどういう体の構造をしているんだ?」
「ふ、へへ……。ボケが。グールの中でも俺らアンフィビオは一撃で死なないなら、確実に再生して甦るんだよ。伊達に不死者を名乗ってねぇんだ。そんなマメ鉄砲で、俺にトドメを刺せるとでも?」
「そうだな。では試してみようじゃないか。……それより、さっきまでの紳士的な口調はどうした? 体が不気味になると口調まで下品に変わるのかお前らは。だとしたらツァラトゥストラの説教通りだな」
グールは構えた銃には目もくれず、必死にもがきながら移動して下半身と融合をし始める。
「ほ、ほら、もう下半身に取り着いたぜ。飛び散った残りの"俺"もすぐに集まってくる。もう、終わりだ。チャンスはなくなった。すぐにお前ら全員を食って……回復だ。全部元通り。……ぶはは、ざまぁねぇな」
「おまえらのように超常の力を当然のように振るう輩は、この手の落とし穴に簡単に引っかかる。さっきの小僧の技から何を学んだんだ? 狙撃の一撃は? 人間を小さくか弱いものと決めつけ余裕をかましていたから、いま胴体を真っ二つにされて、地ベタを這いずり回っているんだろ」
「うるせぇ。どのみちお前らは終いなんだよ。おとなしく俺のケツからひり出されやがれ」
やれやれ。いいかげんこいつとは話したくないんだがね。
まだもうちょっと……。
「ふたつ……教えてあげる。まず、なんでわたしが"この銃"を構えているのか。よく銃口を見てみなさい。鉄板が入ってるでしょ? この銃からは鉛弾は出ないの。そういう事が目的じゃないから。これはね、"そいつ"のマネをするだけで欧州ではブタ箱行きになるようなとんでも無いヤツの遺品。そんな代物だから相応の術士が念を込めれば、大概のアストラルコートなんて丸裸にできる曰く付きの"触媒"なの」
わたしは先ほどのグールのマネをしてPPKを指でくるくると回し、蔑んだ目で見下ろす。
クチビルの持ち主の無念も、これで浮かばれてくれるといいのだが。
さて、もう大丈夫。終わりにしましょうか。
「そしてふたつめ。アンタが言ったとおり、一発で仕留めないとどうやらグールは死なないらしい。だから待っててあげたのよ。ゴミがまとまってくれるまで……」
「なっ、このアマ、くそ! ふざけんな!! おとなしく……食われや……」
「たっぷり時間があったから、銃に魔力を十分に練ることができた。さて、ヤタ……お願い」
「御意に」
肩に舞い降りた式神の長であるヤタに命を下すと言葉少なく返事をする。
それと同時に小鳥型の式神5体が次々とグールの足下に突き刺さり、深紅に染まった五芒星を地面に描き始めた。
グールは慌てて逃げようとするが、すでに五芒星の力で封じられているため身動きひとつ取れず、虚しくもがくのみ。
そして頭上に陣取ったカラス型のヤタが、五芒星とグールを包むように球体状の結界陣を浮かび上がらせ始める。
「その子たちはね。私の魔力や自然界のエーテルを普段からずっとため込んでいる電池みたいなものなの。だから、その結界には膨大なエネルギーが満たされている。そして、さっきの銃から私の練られた気を満たした"弾丸"を撃ち込んだら……どうなると思う?」
「………………!!!」
結界に閉じ込められたグールは、すでに声を発することが出来ないほど膨大な魔力で身を焼かれ始めている。
「そのまま放置しててもいいんだけど、まだお客さんがいるからね。それに、その下品な顔は……もう見たくない」
わたしは銃を結界に向けて魔力解放の術式を施した後、PPKから最大魔力で"八識陰陽寂滅弾"を撃ち放つ。
眩く輝く破魔の弾丸は結界内に吸い込まれ、内部で乱反射をくり返しながらグールの身体を削って消滅させ始めた……。
「その半透明に輝く結界は、魔力を宿したものをさらに加速して反射する性質を持っているの。しかも、元の魔力に式神が蓄積していたエネルギーを加えてね。だから内部で乱反射を繰り返すと、どんどん威力は倍化して、最終的には結界が保有している総エネルギーごと……ぼん。大爆発……って、もう聞こえてないかしら?」
説明の途中で閃光に包まれた結界は、魔力とエーテルを臨界点まで膨らませて内部で大爆発を引き起こす。
残った結界からは式神たちが飛び去り、その後には薄汚い塵のみが山のように降り積もっていた。
さてと、あとはキメラのみか。手こずらせてくれたわ。
「見事なり! 人間の武者よ!!」
――腹の底まで響く、重低音。不気味にゆらめく青白い巨体。
その声に、その異形に……その場にいた全てのものが戦慄する。
ストリゴイイだと!? 抜かった、まだ生きていたとは!? 確かに銃弾は胸を貫いたハズなのに!?
突然の司会者交代でワイドショウは延長戦に突入してしまった……。