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レヴナント/レムナント  作者: 煇山 とぺもん
第一章 編集部と七課の長い一日 -Something hideous-
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P005 こちら警視庁 関東防魔局七課 txt.KiRa

 

 「……つまり、サーチしたノイズの大きさから考えても確実に大型種が一体は存在すると思っていい。千麒(かずき)分かってんのか? お前、大型の"キメラ案件"は初めてなんだろ? 気ぃ抜いてっとなぁ……」

 「はい。がんばります」


 指揮通信車の西田車両長は、ウチの若い局員のやる気を感じさせない返事に少々、呆れ気味。

 それでもなおベテランの意地を見せ運転をしながらアドバイスを続ける。

 当の千麒といえば、何も無い中空をぼけぇ〜っと見ながら、空返事をくり返していた。

 わたしはわたしで、スーツの上着を大げさに纏って車両内の冷房のキツさに耐えていたりする。

 男所帯のむさ苦しい職場だから、梅雨時ともなれば空調の温度はMAXの16度固定だ。

 あ〜あ、早く帰ってお風呂入ってビール飲んで寝たい……。

 署を出てかれこれ1時間。そろそろ現場に着きそうなもんだが。


 「まあ、運よくこの指揮通信車は出せたんだが、火力支援のほうは期待しないでくれ。何せ今行く場所が悪い。築500年以上のお寺さんなんだとさ。あちこちが重要文化財なもんだから、重火器の発砲許可は下りんだろう。文句は監査役連中に言ってくれ。あいつら戦いもしないくせにゴチャゴチャいいやがるからな。そんな状況なのでマークスマンの古御門(こみかど)は、軽火器のみで後方支援か車両内でオペレーターの手伝いでもしててくれ」

 「はいは〜い。んじゃ、美奈ちゃんといちゃいちゃしてますかね。ほれ、美奈ちゃん、はよ飛び込んできんしゃい」


 オペレーターの美奈は一言も発せず、黙々とデータ作成をしながらガン無視を決め込んでいる。

 鷹山(ようざん)にはこれが一番効く……よくご存じだ。

 そういや昔、"古御門鷹山撃退マニュアル"ってメールが、全女性局員宛で回って来てたな。

 ランチブースの売店にいるオバチャンにまで同じ対応を取られるって嘆いてたっけね。

 背も高いし、顔も十分合格ライン。いけ好かない跳ねた茶髪だが、黙ってりゃぁ、まあまあモテるハズ……なんだがコイツは黙っていることができない。

 特に口説けそうな女の前では。"おしべ"ってアダ名は伊達じゃない。


 「阿部川(あべかわ)。お前んとこの連中は、こんなんで本当に大丈夫なのか? ひとりはろくすぽ喋らねぇし、もうひとりは悪名高い鷹山だ。まあ、銃の腕はわしも認めてるが、いろんな意味で心配だぞ」

 「お気遣い感謝します、西田車両長。でも、ご心配なく。いまの防魔七課は最強メンバーでしてよ。すでに数件のキメラ案件もこなして実績も出してます」

 「おいおい、新任3ヵ月の坊主入れてようやく3人だろ。だいたい、お前達がなんて言われてるか知ってるのか? ゴミ処理屋呼ばわりされてんだぞ。お前らに何かあったら、オレは植森(うえもり)になんて言えば……」


 西田さんの気持ちは分かる。でも、今その名前は聞きたくない。

 うまく説明できないから……わたしにできる抵抗は沈黙だけ。


 「……」

 「あ、ああ……すまない。……そろそろ現場だ。とにかく千麒。ヤバそうだったら、すぐに引けよ。今回は、"狭間さん"たちの応援も来る。ベテランを手配してもらっているから、遠慮無く任せちまえ。わしより若い奴が、バカやっていなくなるのはもうゴメンだからな」


 西田さんはいい人だ。千麒のポジションはオフェンサー。

 いわば最前線で切った張ったをする一番殉職率が高い損な役割だ。

 しかも、配属から1年は異常なほどの殉職率で、最近では局内でも深刻な問題になっている。

 とくに、ここ数年で激増している"キメラ案件"のせいでなり手が激減し、千麒みたいな訓練所上がりの新人が、いきなり大型種とご対面するバカげたケースが後を絶たない。

 西田さんは指揮車の中で何度もそういった場面に出くわし、無力にも若い命を救えずに後悔をし続けている。

 そんな訳で、とにかく千麒みたいなのは一番心配なのだ。


 ああ、それと。

 ゴミ処理屋だっけか? ガベッジ・シュートってアダ名の意味はちょっと違う。

 放り込まれたゴミが落とされて転がり着く先が七課。ゴミが放り込まれる七課で、ゴミがゴミを掃除してるってこと。

 つまり、わたしらもゴミなんだな、これが。


 そもそも防魔局っていうのが、警視庁の鬼子、厄介者。

 警視庁にあってもその権限が及ばない警察庁付けの外部機関。

 その正体は政府直轄の"化け物"専門の討伐部隊ときたもんだ。

 日々、得体の知れない怪物どもと戦って、殉死していることすら隠されるというかなり特殊な連中なのだ。

 こうした実態は警視庁内でも一部の幹部を除いて秘匿され、署内の一般職とは食堂ぐらいでしか顔を合わすことがない。

 防魔局の名称だって表向きには"特殊案件防務局"とか偽っている始末だ。

 だから警視庁内では、日本でもトップレベルの勘の良さを持つベテラン刑事たちなんかに訝しげに思われていたりするんだな。

 運悪く彼らと食堂で鉢合わせると矢継ぎ早の質問攻めにあって、取り調べ室でカツ丼を喰わされてる気分になれる。まったくもってステキな職場環境だ。

 最近、防魔局専用のランチブースと売店が出来たのも、そんな経緯があってのこと。たとえ身内であっても、頑なに情報は漏らしたくないようだ。おかげでさらに反感を買っているようだけれどね。

 そんな訳で署内での我々は、とてもとても肩身が狭い。……他にも素行が悪いとか、肩身が狭い理由はいろいろあるけどな。

 まあ、そんな鼻つまみ者の防魔局の中ですら厄介者扱いをされているんだから、我々は厄介者のエリートと言ってもいい。


 「西田さん、もうすぐ現場です。霊波動探知(アストラルサーチ)、エーテル検出開始します。七課の方々もご準備をお願いします」

 「了解、美奈。浅草の外れの夕照円環寺……ここみたいだな。着いたぞ。住職や地域住民の避難は別働隊が済ましている。千麒、ビジ・グラスとシックスパックを用意だ。腕や脚、ヘルメットもフル装備で装着しておけ」

 「……はい」


 ビジ・グラスとは、次世代型の立体映像表示情報端末である"オーグ・ビジ"を局員専用にカスタマイズした官給品だ。

 見た目は固定バンドが付いた普通のメガネだが、指揮車両や防魔局本部のクラウド化したデータを瞬時に目前に表示できたり、局員同士のデータリンクも可能。

 しかも、精神感応で完全なハンドフリーな操作ができるため、戦場での情報伝達手段としてはかなり最先端なものだ。

 シックスパックのほうは、簡単に言えば防護服。

 デザインは各国の特殊部隊がアサルトスーツの上から装着する追加アーマーのようなものだが、見た目からは考えられないほどの防御能力を持っている。

 秘密は腹部にベルトのように装着する本体。

 この腹の部分には"アストラルコート"と呼ばれる防御障壁を"擬似的"に発生させる機能がある。これが起動している間は、物理攻撃の約20〜40%を緩衝吸収してくれるという仕組みなのだ。

 これは今から相手をするような、"魔の者"たちの力を解析して、こちらの装備に転用したもの。緩衝率にバラつきがあるのは、"丹田"の性能が個人事に違うとか聞いたな。詳しいことは、わたしにも分からん。

 腕や脚など、各部分のアーマーは防具と言うより追加の増幅装置のようなもので、全パーツ装着時ならばその緩和吸収率を最大70%まで引き上げる事が出来るとか。

 本来の名称は"対物理衝撃緩和障壁防御装備乙式"とかいう野暮ったい名前だ。

 これにアサルトスーツやタクティカルベスト、バラクラバ(フェイスマスク)、バリスティック・ヘルメットなんかを個人の好みで組み合わせれば、一人前の防魔局員のできあがり〜って感じになる。

 ちなみにシックスパックは愛称で、胴部分のデザインが"六つ割れの腹筋"みたいになっているから。

 西田さんみたいに下っ腹の出てきたオヤジ局員へのイヤミなんじゃないかと思う。

 何せ作ったヤツがアイツだから……。

 さて、ビジ・グラスは必須だから付けさせるとして、シックスパックのほうは……いらんだろ。


 「千麒、シックスパックはいらん。腹のやつも外せ。お前の場合、自前の腹筋のほうがアテになる」


 わたしがそう言うと、千麒は装着しかけたシックスパック一式を、今度はちまちまと外し始める。

 装備を外しアサルトスーツまで脱ぎ捨てると、一分の隙も見当たらない、研ぎ澄まされた強靭な肉体が露わになった。

 黙々と装備を外す千麒の裸体に、鷹山への対応でとげとげしていた美奈が釘付けになっている。

 そういやランチブースでよく千麒を見かけるとか言って、さっきいろいろ聞かれたな。

 こいつの痩せマッチョ的な肉体美と独特のクセっ毛ベリーショートは、女子連中にけっこう人気があるらしい。

 顔も無愛想だが、そこそこいけてはいる。好みもあるだろうが鷹山よりは数段マシだ。

 美奈以外からも素性を聞かれたり、千麒自身が直接話しかけられたりもしているので、多分わたしの読みはそれほど外れてはいないと思う。

 ただし、実際にコイツと3分以上会話を続けられたヤツはいないのだが。

 ――そうだな。千麒なら美奈の夢を叶えられるかもしれん。ちょっとおもしろいかもね。


 「おい、何バカなこと言ってるんだ。シックスパックの疑似アストラルコートがあるから、化け物どもと殴り合いができるんだぞ。オフェンサーがそれを外すなんて自殺行為だ。それに腹部のコート発生本体だけは戦闘時の局員全員に装着義務が……」

 「西田さん、私は付けていませんよ。いつも自前のスーツ姿ですからね」

 「そりゃ、阿部川は結界術を使うから邪魔になるって……あ? そんじゃ、アイツも術士タイプだってのか?」

 「いえ、ばりばりの格闘野郎ですわよ。あんなガタイのいい術士なんていやしませんよ」

 「だったらよぉ……」


 西田さんは会話をしながら困った顔で角刈りの頭を掻き、デカイ指揮車両を狭苦しい来客用駐車場に押し込んでいる。何度も何度もハンドルを切り返しながら。

 こりゃ、確かにM2機銃なんか撃てないな。


 「か、千麒さん、体すごいです……。仕事柄、いろんな人の筋肉を見たりしますけど別格ですよ。何か特別な運動とかをやってたんですか?」

 「五十蔵(いすくら)……流という、格闘技を少し」

 「へぇ、お強いんですね!」

 「い、いや。級なし……白帯みたいなもんです」

 「ああ、そ、そうなんですかぁ。ご、ごめんなさい」

 「いえ、お構いなく」


 一連の一問一答のような会話を聞いていた鷹山が声を押し殺しながら笑っている。

 しかし、千麒の口ベタぶりには、呆れるのを通り越して感心するよな。

 今までどうやって生活してきたんだコイツ。

 千麒も面食いな美奈が食いつくぐらいの容姿を持っているんだが、いかんせん会話が全く弾まない。

 それどころかこちらが黙っていたら、こいつは一言も喋らない。


 「美奈ちゃぁん! こんな無表情の仏像は放っておきなよ〜。それより、千麒だけじゃなくボクも六つ割れ腹筋ですってば。ホラ、見て! 見て!!」


 冷たい空気が流れる中、腹を出した鷹山が美奈と千麒の間に滑り込んでいく。

 ……当然、会話も滑らせながら。

 6月だというのにコイツはわたしを凍え死にさせる気か。

 クソ寒い冷房をブリザードレベルに引き上げやがって!

 数十秒後、弾まない会話と、うっとしいアホに耐えきれなくなった美奈はくるりと座席を元に戻し、データー収集作業に戻った。

 鷹山、ざまぁ。


 「おい、阿部川……マジでお前ら、今回全滅するんじゃねぇか?」

 「まあ、鷹山のボケはともかく、千麒は平気ですよ」

 「だって白帯って……。通信教育の空手だって帯に色くらいつくぞ」

 「道灌(どうかん)さんは……オレに五十蔵流をあまり教えてくれなかったんで……」


千麒がぼそりと呟く。ややこしい話になりそうだから、黙っていればいいものを……。


 「ほう。そりゃ、なんでまた?」

 「……」


 西田さんの質問に沈黙で答える千麒。

 こいつは、長考するときに黙りこくる。悪気は無いのだが、こういう風にどんどん、いらない誤解を生んでいってしまう性分なようだ。

 しょうがない。助け船を出してやるか。


 「おいおい、そこで止めるなよ千麒! 道灌さんが悪者みたいじゃないか。あの人はお前の才能のためにだなぁ……」

 「あれ? 阿部川は千麒と古くからの知り合いなのか?」

 「まあ……それなりに。とくに道灌さんとは、かなり昔の事件で、いろいろ助けてもらったから、顔なじみではあるんですけど……」

 「阿部川が関わってる昔の事件っていうと、もしかして都庁と国会議事堂が同時にテロリストに占拠された、あの"東京占拠"のことか?」

 「……ええ、まあ、その」


 ――まずいな。助け船が逆効果だ。あんまり触れちゃいけない話になってきた。なんとか話をそらさないと。


 「はい! 千麒、コレ高校の試験に出たろ? 東京占拠ね。そんで、このお姉さんが、事件解決の立役者の一人なんですよ〜。当時はまだ、ぴちぴちの中学生だったのにすごいよね〜。いまはもう、三十路にリーチ掛かっちゃったけど」

 「鷹山てめぇ、後で晴海埠頭に沈めっから覚悟しとけよ」


 ――と、その時、音もなく早期警戒用の回転灯が点灯する。

 アラートなのに音が鳴らないのは、"ヤツら"が異常なほどに五感が鋭いため。

 どうやら対象に動きがあったようだ。


 「アストラルサーチに反応。エーテル波ノイズに異常な乱れを確認。大型キメラに動きが……何をしているんでしょうコレ。狭間さんたちの到着を待っていられませんね。防魔七課のみなさん、調査確認のため出撃をお願いします」

 「いまさら調査って……ヤツらもピクニックじゃあるまいし。こんなデカイ反応じゃ討伐以外ないだろうさ。対象はおそらく5m〜8m級。わたしと千麒が前へ出る。鷹山は一番デカイ銃を持ってイモムシ野郎……スナイパーに徹しろ」

 「あれ? 俺、車両待機じゃなかったですっけ?」

 「あんなのが暴れりゃ、文化財もクソもないだろ。いいからとっとと装備を調えて出撃するぞ!」


 わたしは鷹山の尻に膝蹴りを入れて準備を促す。


 「お、おい、結局、千麒は何にも装備してねぇぞ。アサルトスーツぐらい着させてやれよ! それに武器は? 何で戦うつもりなんだ!?」

 「いいんですよ、西田さん。千麒はフリーが一番強いんですから。あっと、さすがにシャツとベストぐらいは着ろよ。いつまで裸でいるんだこのバカ」


 ペチンと千麒の頭を叩いて服を着させ、鷹山に特大のアンチマテリアルライフル、バレットXM109ペイロードと、感応者対応ギリースーツを装備させて指揮車を降りる。

 まるで幼稚園に急ぐ母親のようだ。

 指揮車両を降りると、わたしはすぐさま、"式神型UAV"を用意する。

 携帯電話用の中継基地に併設された霊波動探知機と、離れた位置の指揮車両から探知するアストラルサーチだけでは得られる情報が心許ない。

 さらに召喚していない式神たちもわたしの中で騒いでいる。なんか嫌な予感がするから念入りに……。


 「頼んだよヤタ。みんなも」


 折り紙で精巧に作られた大型のカラスと小さな白い小鳥型5体が、静かに羽ばたき飛び立って行く。

 紙製とはいえ最新式の機構で羽ばたくオーニソプターと呼ばれるカモフラージュ型のUAVだ。

 これに式神の感知した情報を指揮車に転送する超軽量の通信機を搭載。

 見た目こそ古風な式神だが、最新式のUAVに負けないくらいの機能と感度を彼らは持っている。

 特に"連中"に関してならなおさらだ。

 よし、準備完了かな。我々はお寺の境内へ向けて緩やかに傾斜する参道を進み始める。


 「さて、現場に着くまで、少々時間が掛かる。それまでにビジ・グラスの新機能に慣れておこうか」

 「おっ! 阿部川さん、アレですね。マインド・コネクト。通信傍受不可能な精神会話機能ってヤツ」

 「千麒、お前もちゃんと会話するんだぞ。精神会話まで無口だとテストにもならん」

 「……了解です」


 マインド・コネクトとは、ビジ・グラスを通して音声の出ない精神会話を使用可能にするという機能。

 人間は頭の中で常時会話をしていると言われており、これは一日に数万語が交わされているという。

 この自動会話(マインドトーク)に使う脳領域をビジ・グラスのオーグメントが機能拡張して、会話に利用するといった代物だ。

 この会話は常時、SSCシックスセンスカットと呼ばれる精神的なサーチ能力に対する防壁によって守られているので、相手の心を読むような相手には効果覿面。

 我々が相手をする化け物の中には、心を読む者が少なからず存在する。

 この機能は、そういった者たちへの対策なのだ。


 「さて、私から試してみるぞ……」


 わたしは精神を集中して、頭の中での会話を試みる。

 音声と文字による同時通話だとシステムエンジニアは言ってたけど。うまくいくかな……?


 {KiRa:あああ〜。みなさん聞こえますか〜? お返事どうぞ〜。CQ、CQ〜}

 {yo:KiRaってw 本名の雲母(きらら)でいいじゃないですかwww}

 {KiRa:うっせぇ、鷹山。昔のペンネームなんだよ! 名前そのままで呼ばれるの嫌いだって、前に言っただろ!! それより、千麒はどう? ちゃんと繋がってる?}

 {かず:はいは〜い。感度良好で〜す。いやいやいや〜、やっとまともに会話できますわ〜。これ、いいですね。このアプリ市販してないんスか? まじ、欲しいんスけど}

 {yo:あ……あれ? なんかこれ違う人と混線してませんか? ずいぶん、軽い人が入って来ちゃったみたい。誰この人?}

 {KiRa:"かず"ってログに出てるし……。もしかして千麒なの?}

 {かず:うぃーっしゅ。千麒ちゃんでっス。イヤだなぁ、そんな冷たいこと言われると悲しいですよ〜}


 にわかには信じられず、横を一緒に歩いている千麒をまじまじと見る。

 目を合わせると、相変わらずの無表情のまま、コクリと頷いた。

――こいつネット弁慶か。本人とセットで確認しながら見るなんて初めてだわ。


 {かず:それより、なんで阿部川さんはキララって名前で呼ばれるのがイヤなの? 教えてヨウ兄ぃ!}

 {yo:むふふ、それはねぇ。今でこそ綺麗目スーツビシッ! 泣きぼくろせくすぅぃ〜ぃっ! ふんわりシニヨンええ香り〜ぃ!! ……といったお姉様キャラなキララちゃんなんだけど〜。昔は筋金入りの暗い学生時代を送っていたんだね。趣味はゲームとマンガ。腐も少し入ってるしw 未だに注目されてる大作ゲームの発売日には、有給取って休むんだ。それで名前がキラキラネームっぽいもんだから、からかわれてねぇ。以来、キララって名前で呼ぶと彼氏でもブン殴るようになっちゃったのw}

 {かず:うそっ。そんな、かわいそう^^ ねぇ、キララお姉ちゃん……^^^^ ぼく、キララちゃんって呼んでいいかな? ^^^^^^^ ねえねぇ、キララちゃん! いいよねぇ、キッララ〜ちゃぁ〜んwww}

 {yo:ぶひゃはひゃはあははあは、あああ〜腹いてぇwww}

 {KiRa:や、やべぇ、マジ、千麒ブン殴りてぇ。^^やめろクソむかつく。鷹山とこんなにシンクロするヤツ、初めて見たわ}

 {かず:ええ〜、引くわぁ。まっじ、キララ乗り悪ぅ〜^^;}

 {yo:……あ。か、かずくん? ごめんなさいしようね。早く! 早く!!}

 {KiRa:言ったぞ。NGワード}


 わたしは、突然歩みを止める。

 横には階段を上りながら警戒移動をしている千麒がいる。すぐさまヤツの頭髪を鷲掴みにして腰裏のガンホルダーからPPKを引き抜いた。そして銃口をコイツの無表情なツラに押し当てて、やさぁ〜しく呟く。


 「千麒ぃ〜? いまの肉声で聞きてぇなぁ? なあ、キララちゃんって言ってみろや。お望み通り呼ばせてやっからよぉ……」

 「…………いえ、そのオレじゃな……」

 「てめぇ、さっき頷いただろ。おめぇじゃなかったら誰だってんだ今のは。ログも残ってんぞ。ああん、誰だか言って見ろやカス!」


 そう言いながら千麒の太ももに膝蹴りをガシガシ連発する。

 あーだめだ。徹底的に分からせないと気が済まない。この場で調教開始だ。


 {mina:あ、阿部川主任? そ、そろそろ現場ですので〜。ちょっとだけ、押さえて貰えると助かるんですが〜}


 美奈が心配になってマイコネで連絡をしてきた。

 ――くっそ、仕方ねぇ。もう境内の入り口じゃないか。けっこう広そうで探索するのに骨が折れそうだしな。

 覚えてろ。後で絶対にシメてやる。


 「まま、俺も悪かったですから〜。もうその辺でぇ……。あの無表情な千麒が、汗だらだら流してますから。コイツに感情があったって分かっただけでも、よしとしましょうや」

 「よしとしねぇよ、この"どこでもおしべ"! 貴様のご丁寧な説明で、千麒が調子こき始めたんじゃねぇか。わたしを名前で呼んでいいのは、極々、親しい女子限定なんだよ! それにてめえ、大爆笑してただろ!!」

 「いや、これ、けっこう難しくて。マイコネって考えたことパパって変換入力しちゃうから、調整しづらいっていうか。個人調整のコンフィグにある脳内セキュリティレベルとかをいじればダダ漏れしなくなるんですかね?」


 たらたら言い訳がましく鷹山が喋くり続ける。

 火に油を注いでいるとも知らずに。


 「おう、おめぇそれ言い訳になってねぇぞ。思ったことが漏れてるんだったら、全部本気で考えてたってことだろうが」

 「う……あ、それは、あ〜。今度、デートしてあげますから、それで勘弁して貰えません?」


 再びわたしの中に修羅が蘇り、鷹山のケツに直接銃口をメリ込ませそうになる。

 ……その寸前、美奈からの通信が入った。


 {mina:目標、目の前です! お寺の境内中央。こ、これは……待ち構えている!? "極小反応"が2体追加です。警戒して!!}

 {KiRa:えっ? 極小? 一般人とかじゃないのか?}


 我々はもう本堂のある寺への見通しのいい通りまで踏み込んでいる。

 そして、すでに目の前には一目で"それ"と分かる二人組と、地面から生えた"何か"を確認していた。

 しまった……このパターンは――トラップ! 待ち伏せだ!!

 こちらが視認できている時点で、相手が気付かないはずがない。

 いまさら、こそこそ隠れたところで意味は無いだろう……。


 [阿部川? 聞こえるか? 西田だ。俺は感応タイプのビジが使えないから通常回戦を使う。傍受上等ってことは緊急だ。反応は極小……隠れ身のハイディングと無感知移動(スニーク)能力持ちだなコイツら。この反応以外にもなんかいやがる。お前の放った式神UAVでようやく美奈が見つけたんだ。只者じゃぁない。俺の感だが、恐らくタイプは……不死者(ノスフェラトゥ)。狭間さんたちの到着も遅れている。合流するまで後退して待機しろ。この戦力では歯が立たない。危険すぎる!]

 {KiRa:ははは……残念。遅かったです。会敵しました}


 くそ、頭に血を登らせて自分の放った式神の情報を見落としていたとは失態だ。

 いや、西田さんの言ったとおり、わたしの式神とリンクした美奈の"千里眼"と指揮車両の解析補助が無ければ発見できないほどの連中なのか?

 だとすれば、かなり不利な状況だ。

 この距離……人食い専門のノスフェラトゥなら、こちらの戦力を全て察知されていてもおかしくはない。


 一方、こちらの戦力は汗だくで黙りこくるクソ坊主と、泣きべそをかきながらズボンを引き上げるエニータイムおしべ野郎。

 そして、見栄っ張りで威勢だけはいい、厄介者の左遷主任。

 さすがに今回はマズイかもな……。

 

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