P004 日の入りの憂鬱 txt.しづか
「編集長……礼衣無さん。準備はいいですか?」
あたしはこれからする"お仕事"のために、革製のごついヒップバッグを装着しながら礼衣無さんに問いただす。
ここは編集部がある地下室のさらに地下、倉庫部屋の扉の前。
日の入りから10分ほど経っているし、もうそろそろだと思うのだけれど……。
やきもきしながら待っていると、前触れも無く静かに倉庫の扉が開いた。
「やあ、お待たせ」
礼衣無さんだ。
平静さを保ったふりをしているが、激しい息づかいで壁にもたれる様と、泥酔者のようにフラつく足取りが、この時間の壮絶さを物語っている。
礼衣無さんの体は"ふたつの呪い"に蝕まれている。
ひとつは彼を闇の世界へと誘い込む邪悪な呪い。
もうひとつは、彼を守り生きながらえさせるために、彼自身の時間を封じ込めてしまった"祝福"と呼ばれる呪い。
このふたつの呪いのせいで礼衣無さんは、毎日、"あの瞬間"を太陽が沈む時刻に体験しなければならない。
普通の人間ならば、1度しか経験することができない特別な一瞬を。
「だ、大丈夫ですか、礼衣無さん。いつもより苦しそうですけど……」
「いいや、いつも通りだよ。ずうっと昔からこの瞬間の苦しみは変わらない。嫌になるほど寸分違わず。何度経験しても慣れることはないがね」
そう言って微笑む礼衣無さんには、彼が意図してはいない禍々しさが溢れてしまっていた。
ボンヤリと不気味に揺れる頭髪。瞳の虹彩が拡大して赤く染まり、猫科猛獣のような縦型スリットの瞳孔に変化。
歯は至る部分が犬歯のように尖り、噛み合わせなど元々なかったかのようにガタガタになってしまっている。まるで血肉を貪る獣の形相。
そこには昼間に出会える気さくな編集長の姿は無く、半身を抗えぬ魔に引き込まれてしまった、礼衣無 南兎の姿があった。
「ああ、もう平気だ。落ち着いてきたよ。さて、我が社の命運のために、もうひと働きしに行こうかね」
「……はい。なるべく無理をしないでくださいね。何かあったらあたしが動きますから」
「おいおい、年寄り扱いするなよ。まだまだ、現役だぞ。特に"夜"だったらね」
いつもの軽口がやっと戻ってきたみたい。どうやら落ち着いたようだ。
でも、礼衣無さんに無理はさせられないな。
敬老精神や、病人をいたわるやさしさとは違った意味で。
「だから言ってるんです。礼衣無さんが動くと、いろいろマズイんですよ。むしろ借金が増えちゃうじゃないですか」
「……そりゃそうか」
そう静かに呟くと礼衣無さんは「クケケケケッ」と、昼間とは全く印象の違う不気味な笑い声を返してくる。
やっぱり、夜の礼衣無さんは少し苦手なのよね。
彼が望んでその姿になった訳では無いのは理解しているのだけれど。
礼衣無さんはダボっとしたTシャツに膝下までのカーゴパンツといったラフな服装に着替えていた。
そして夜だというのにオレンジ色のフチのサングラスをかけて外出の準備を整えている。
お世辞にも紳士的とは言えないが、あのギラついた目で練り歩くよりは幾分マシかな。
もちろんあたしも、スッキリとしたブラウスに動きやすい七分丈のパンツ姿に着替え終わっている。
靴も踵が低めの動きやすい物に履き替えて準備は完了。
うし、麻生地で涼しくてこれからの季節にピッタリだねこれ。ソールもしっかりしてるし、なかなかいい買い物でした。
おろし立てだから靴づれ予防のテープも貼っておいたし完璧でしょ。
――地下を抜け出すスロープへと向かう途中、礼衣無さんの格好が気になっ
たので尋ねてみる。
「礼衣無さん、そのTシャツ恥ずかしいですよ……。なんで柄がピヌポリくんなんですか? なんつーか、う○こ座りしてるし」
ピヌポリくんとは、数年前に公募で決定した警視庁の公式マスコット。
ネットで公募したため、警察とはかけ離れた、どう考えても相応しくないキャラが候補に上がり票が集中。
結果、警察の象徴とは思えない、前時代的なヤンキー感あふれるキャラクターが選ばれてしまった。
見た目はリーゼント風の触覚を生やした紫色の宇宙人で、針金並に細い眉毛に横長の長方形グラサンを着用。う○こ座りの姿がデフォルトらしく、コンビニの前でツバを垂らして毎日を過ごしているとか。
そういや、肘の裏側の血管部分にアヤシイ注射針の跡がいくつもあるとか、犯罪の妖精さんだとか、デキ婚した育児放棄気味の嫁がいるとか……。どうでもいい設定がいっぱいあったような。
「おやおや、我々はこれから"公務"をしに行くんですから、これでいいんですよ〜。破れちゃうかもしれないし。それにね身長が190cm近いと着るもののセレクトが狭まっちゃってさ。外国産はネットでも高いし、柄で贅沢とか言えないんだよねぇ。ゼ○モールとか"デカイ人用"のお店に行って、2L、3LとかのTシャツを物色してみなさいよ。ハートマークだらけとかバナナ柄とか涙出てくるから……」
確かに礼衣無さんは立ち上がるとデカイ。
編集部では椅子に深く腰掛けているのでそうとは感じないのだが、確かに190cmくらいは余裕でありそうだな。
「それにしたって、ピヌポリくんは……」
「そうですよぉ〜。そんなん着たって、今日日の地上げ業者はビビったりしませんからねぇ。警察が内部関係者に配るような品を身につけると、スジ者が警戒するなんてぇのは大昔のお話ですなぁ」
スロープを上がりきると、礼衣無さんよりもガラの悪い二人組の男が待ち構えていた。
しかも、ご丁寧に自己紹介や目的を告げながら。
どちらも暑苦しい夜なのに、わざとらしいスーツ姿で身を固めている。
「あたしね、会話を途中で遮られて、かぶせられるの印波の次に大っ嫌いなのよね。とっとと帰らないと……」
「とっと帰らないとなんでぇすかぁ? ちっこいお嬢ちゃん。キミこそ本職の底力見誤ってませんかね? マンガや映画に出てくるような甘い商売じゃないんだけどなぁ。今日こそは、ちゃぁ〜んと納得いくまで話し合いましょうや。立ち話もなんですから、うちの事務所までお送りしますよ」
よく喋っているのが交渉担当。メガネにスモークが入っているのは表情を悟らせないためか。
そして、後ろのスキンヘッドのデカイのが威圧担当。ハゲ頭の左側に10cmほどの傷が縦に刻まれている。よかったね真ん中でなくて。その見た目じゃ歩いているだけで公然猥褻罪で捕まるわ。
どちらも、身なりは整えているが、金無垢の時計など所々に下品さが見え隠れする。そういう筋……いや、コレも演出かな?
交渉担当は、自分のバックにある組織の存在をチラつかせつつ、それでいて脅迫にはならないように言葉選びもしている。
デカイほうは礼衣無さんよりも身長があって体に厚みもある。たぶん、なんか格闘技をやってた口だな。体の外側よりも内側の筋肉が発達しているし、典型的な"掴み屋"ってところかしら。
それと「今日こそ」って発言から考えると、前にも来ているということ。
大方、うかつに礼衣無さんにからんで、追っ払われた連中のリベンジってところでしょ。
だとすると、わざわざ礼衣無さんよりデカイのを選んで引き連れて来たんだ。最終的には実力行使もありえる。
「礼衣無さんでしたっけ? そのビル、名義がややこしくてね。じつはオーナーの兼森さんはね、生前にビルの売却契約をしてたんだ。その売却相手の会社が先日、"飛び"ましてね。平たく言やぁ破産です。そんで、私どもに建物の権利が格安で回って来たってワケですわ。スジとしちゃあ、金も支払っているし遺言より先に成立してるんだから優先権はこっちにあるってこったよ」
「ビルの所有者は兼森善継さんのお孫さん。管理代行は私だ。そんな話はありえないと、以前、来た無礼な連中にも言ったはずだが? 第一、契約が成立しているなら、なぜその会社は破産するまえに、こちらに連絡をしてこないんだね? 資金繰りをするなら不動産売却が一番だろう」
礼衣無さんは不機嫌さを隠そうともせず、チンピラどもに正論を叩きつける。
……それでも、引き下がるような連中じゃないか。
「そこまでは知らないなぁ〜。礼衣無さんやお孫さんに遠慮してたんじゃないですかな? それにもう、ご本人も"飛んで"しまったんでさぁ。先方さんは自殺してしまったんですよ。確認はできない。とりあえず事務所までご同行してもらって、お互い、いい形で"納得するまで"話し会いましょうや。なんなら、手形や書類を確認してもらってもいいんですよ。よくあるんですわ。遺言で不動産相続をすると、引き継ぎや所有権の譲渡がうまくいってない場合がね」
――これは罠だ。事務所に行けば、おそらく監禁される。タダ同然の売却契約にサインするまでは帰しては貰えない。そんなところだ。
それにビルの所有権移行が遺言による相続だということは、一部の者しか知らない情報。違法な匂いがプンプンする。
まあ、監禁なんてしたら私たちには逆効果なんだけれどね。
仕方ないな。ここは私が追っ払い……。
そう思い、一歩前に踏みだそうとすると礼衣無さんが先に身を乗り出していた。
「れ、礼衣無さん、マズイです私がやりますから!」
「大丈夫、大丈夫。こういうのは私の方が得意なんですよ。さてと……これからお仕事なんだよ、こっちは。ほれ、面倒臭いから、とっとと掛かってこい」
そう言うと、礼衣無さんはダルそうに首に手を当てる。
サングラス越しからでも分かる邪な雰囲気。
あわわ。な、なんかヤバイ気がする。止めるか?
「だめだなぁ〜、そういうの。本職って言ったでしょ。"常識の範囲"で収めるアルバイト感覚じゃないんだな。そういう一線をそっちから越えちゃうっていうんなら、もう脅しとか暴力とか気にする必要ないよねぇ。元々、そういうの何でもアリなんですよ……。だって私ら、最初っから"常識外"の輩なんだから」
そう言い放つと小柄なチンピラは自分が掛けていた下品なメガネを外し、おもむろにデカイほうの顔に掛ける。
そしてそのデカイチンピラは……勢いよく近くのブロック塀に顔面を叩きつけた。
ブロック塀は数個が破壊され、壊れた周りの部分も倒れてしまっている。お隣さん災難だな……。
しかし、安っぽい演出。これすらもビビらすためのデモンストレーション。
でもバレちゃってるし、何より端からそんなものでは欠伸すら止まらない。
「はい、これで正当防衛成立〜。証拠の品も出来上がりましたっと。いやいや、あんたみたいなタイプはやりやすくて大好物だわ。あっ、そ・れ・と・ね。このメガネってば安物みたいだけど、実はビジ・グラスって言って、最新式の情報端末だったんだわ。あ〜、フレームも鼈甲で結構高かったのになぁ。こちらの請求のほうもヨロシク」
そう言った途端、デカイほうのチンピラは手鼻で鼻血を吐き出し、想像していた以上のスピードで礼衣無さんに接近して掴みかかる。
同時に体を密着して足下の視界を封じ、強引な大内刈りを放つ。礼衣無さんの右足は弾かれ、バランスが崩れかけたタイミングで自分の巨体ごと押しつぶしてのし掛かろうと……したのだが?
礼衣無さんの目の前でチンピラの体はつんのめり、ピクリとも動かなくなってしまった。
「柔道かぁ。じゃあ、私は相撲だな。前褌取っちゃったよ」
デカイチンピラは何が起きているのか理解できず、パタパタと手足を動かしている。
よく見ると彼の体は地面から3cmほど浮き上がっていた。
何故って? それは礼衣無さんの右手が相手のベルトを掴み彼の巨体を持ち上げているから。
しかも、右足は弾かれたままなので二人分の体重を片足で支えていた。
チンピラは必死に左右の脚を礼衣無さんの軸脚に絡ませ、体勢を崩そうとやっきになっている。
しかし、それはムダというもの。
チンピラの言葉をあえて使わせて貰うなら、"常識の範囲"での力では礼衣無さんを屈服させることなど不可能だからだ。
自分たちが常識外?
井の中の蛙どころか、苔生した岩の上の水溜まりで一生を終える原生生物並の見識。
常識の範疇から遙か彼方まで全力でハミ出しちゃっているのが目の前にいる男だというのにね。
常識が通用しないという一点において、礼衣無さん以上の人物がいるとは思えない。少なくとも、あたしは思い当たらない。
「柔よく剛を制す。だが逆も又然り。奇襲の大内刈りまではよかったんだが。まだまだ精進が足りないねぇ」
そう言うと、礼衣無さんは左手でサングラスを外そうと手を伸ばす。
チンピラは直感的にその行為に危険……あるいは恐怖を感じ取ったのか、必死に彼の肩と腕を掴んで静止しようとする。
「おいおい、一張羅が破れたらどうするんだ。キミもデカイから、衣服のありがたみはよく分かるだろ? いいから、素直に"おとなしくなってくれ"よ」
男の抵抗も虚しくサングラスは外され、ついにその禍々しい眼球はチンピラを凝視する。
その途端に男は大きな図体を地に伏せながら失神してしまった。
夜の礼衣無さんが得意とする"暗示"の技。たしかにこういう体力バカには効果的だな。
――しかし、面倒くさいのがまだ残っていた。
隙を突いた小さいほうのチンピラが礼衣無さんの後ろに立っている。
よく見ると腹部のあたりに小型のナイフを全力で突き立てているようだ。
「たいしたクソ力だな。でも、ひとりに集中しすぎだ。だから素人なんだよ。このマヌケめ」
小さいチンピラは早口でそう宣うと、より大きな苦痛を与えようとナイフの柄を左右にひねる。
サディスティックな笑みを浮かべながらグリグリと。
しかし、これは理解不能な存在に対する恐怖の裏返し。
その証拠に、その笑みには狂気よりも怖れのほうが色濃く表れている。
典型的な小心者だなコイツは。
あ〜あ、しかし、やっちゃったねぇ。あたし、知〜らない。
「穴……空いちゃったじゃないか」
静かに礼衣無さんがキレた。
チンピラは、そうとは知らずに、まだナイフをこねくり回している。
しばらくして、ようやく鈍感な小心者は礼衣無さんの腹部から血の一滴も滴り落ちてこないことに気がつき、一瞬で薄ら笑いを凍りつかせる。
そして、笑みが消え失せた表情のまま、後ろからゆっくりと礼衣無さんの顔を覗き込んだ。
「なんで痛がらないのか……不思議だね。血が出ない? 肉を切り刻む感触が無い? そうだ。不思議だ。実は私も不思議なんだ」
そう言い放つと礼衣無さんは硬直した草食動物のようになってしまったチンピラのアゴを鷲掴みにする。
さっきまでの饒舌な男は消え失せ、今は瞬きを忘れて両目を見開き、過呼吸をくり返すだけの憐れな小動物。
礼衣無さんは無慈悲にもスロープ下の暗がりまで彼を引きずりこみ、ちょうど月明かりが差し込む"絶好の位置"まで移動する。
男の視点からでも、よく見えるように。
……そして首の分厚いチョーカーに指をかけ始めた。
「何故だか分からないなら、教えてあげなければならないね。知って後悔をする世界があるということを。それこそが常識外……なんだよ」
礼衣無さんの指がパチンパチンとチョーカーのフックを外していく。
ああ、バカなチンピラだ。生ある者が見るべきでないものを特等席で眺めるハメになるとは……。
「さあ、これがその答え……」
フックが外れたチョーカーがヌルりと転がり落ち、礼衣無さんの喉元があらわになる。
一見すると綺麗な首筋。
しかし、横一直線に走る赤いラインを見つけてしまうと、そこから目が離せなくなる。
礼衣無さんは、ゆっくりと自分の顎に指をかけ、少しづつ……少しづつ上へと持ち上げていく。
チンピラは、その光景から目を離すことができない。
どうやらデカイほうのチンピラと同じように、すでに目が離せなくなる暗示を掛けているようだ。
――ん? あれっ? あたしも礼衣無さんの首筋から目を逸らせられない。
こ、これ、暗示の制御ができてないんじゃ? いや、違う。あの目を見ちゃったから!
あたしにも暗示が効いちゃってる!!
「ご覧あれ……」
パチップチッと妙にウエット感のあるイヤな音が鳴り響く。
赤い一文字は徐々にパックリと開き始め、その全貌をさらけ出し始める。
そこにあるのは赤々と煌めく肉と肉。
離ればなれになってしまった上下の壁は、なぜ脈打つことができるのか不思議なほどに生命の躍動を感じさせていた。
「だ、だめだぁ、あたしグロ耐性ないからこれ以上はムリ! 礼衣無さぁ〜ん、もうよしましょうよぉ〜。チンピラより先にぶっ倒れそうです〜。うっぷ、さっき食べたチキン南蛮が……」
あたしが、そう懇願すると、礼衣無さんはくるりとこちらを向き、おどけながら首を上下にパクパクさせている。
……さっきの雰囲気と、えらい変わり様だな。
「なんだよ、これからがいいところなのに。エルモからクッキーモンスターまで、セサミーストリートの全登場キャラの物マネができるんだぜ」
「もうチンピラは泡吹いて、おねんねしてますよ。観客いないんだから、さっさと仕事に行きましょうよ〜」
――礼衣無さんは口を尖らせながら、渋々とチョーカーをはめ直している。
あたしは伸びたチンピラふたりを"蹴飛ばしながら"近くの公園まで運んで、持ち物を物色。
最後に下半身の衣服を全部脱がしてから、ジャングルジムに足を引っかけて逆さ吊りにしてきた。
もちろん、善意の女性被害者として警察に変質者出没の電話を掛けておくのも忘れてはいない。
ひと息つく間もなく、あたしたちは地下鉄の駅へと足早に向かう。
余計な連中のせいで大遅刻だ。タクシー? そんなお金はない!!
「えっと、今日の"奉仕義務"ってなんでしたっけね?」
「確かお昼頃に正体不明の"ノイズ"が検知されたから、確認しに行けって話だよ」
「ええ? それって、もう移動しちゃってるんじゃないですか?」
――奉仕義務。あたしたち、異能を操る者たちへの免罪符。
日本国に住まう"狭間の者"は、この義務を定期的に受けなければならない。
断ることもできるが、それには高額な"奉仕納税"をするか、さらに多くの別種の義務が課せられることになる。
まあ、それ相応に高額な報酬は出るし、あたしや礼衣無さんにとっては、本業よりも実入りのいいお仕事だったりするワケだけれども。
「それがね。ずっと動いてないそうなんだ。けっこう大きな反応だから"防魔局"と共同作戦だってさ。それより志津華くん、ソーイングセットとか持ってる?」
「ありますよ。でも後でならTシャツぐらい縫いますって」
そう言いながら、あたしはヒップバッグをごそごそ捜し始める。
「ああ……その、貸してくれれば自分でやります……」
「な、なんかムカつくんですけど。あたしには任せられないって言うんですか!?」
「え〜と、ほら、志津華くんてさ、その……家事全般アレじゃないですか〜。それに最近、お仕事ハードだし疲れてるんじゃないかなって。私一応、雇用主ですから。心配してるんですよー」
「アレ? アレってなんですのん? 言ってみいや」
「あ、いや、アレとはソレでその……」
――そんなアホなやりとりをくり返しながら、あたしたちは仕事の目的地、浅草の外れにあるお寺まで向かう。
それがトンデモナイ事件の幕開けになるとは知らずに……。