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レヴナント/レムナント  作者: 煇山 とぺもん
第一章 編集部と七課の長い一日 -Something hideous-
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P003 種明かしカンバセーション txt.choco

 わたしは少々、機嫌が悪い。

 それと同時に混乱していた頭がスッキリしてもいる。


 「いやぁ、試しちゃって悪かったね。まさか、"よし爺"がキミに直接触れるとは思っていなかったからさ。まあ、幽霊だから蹴っても怪我はしないし安心してよ」


 包帯を取った編集長が、くったくなくゲラゲラと笑い謝罪をしている。

 ぜんぜん、謝ってる感じはしないんですけど。

 でも、ダメージがないと聞いて正直、安心した。

 カッとしてたとは言え、お爺さんに蹴りを入れるなんてどうかしてる。

 あとで謝らなきゃ……。


 「ご、ごめんねぇ。よし爺はこのビルのオーナーさんでね。数年前に亡くなったんだけどさ、いまだにここに取り憑いてふらふらしてるんだわ。でもね、ぜんぜん悪霊とかじゃないから平気なのよ」


 志津華さんも笑いをこらえながら、説明してくれている。

 その側で、あのお爺さんがニコニコしながら頷いていた。

 つまりは、あのポスターの文言にあった"霊感のある方歓迎!"が、すべての元凶。

 あの部分だけ霊感のある者にしか読めないインクで印刷されていたんだとか。

 そして、この幽霊爺さんに頼んでわたしを脅かしてもらい、霊が見えるかどうかを試していた……ということらしい。

目的をナイショにして話さなかったのは、適当に口裏を合わせてインチキするのを防ぐためだったようだ。

 ということは、編集長の言っていた"アレ"とは霊感の有無のこと?

 胸のことじゃないんだ……しまったな。今になっていきなり恥ずかしくなってきた。


 「あの……でも、下の方に変な紙テープが張ってありましたよね?」


 わたしは恥ずかしさと悔しさから、あの【巨乳好待遇】と書かれた紙テープに関して質問をしてみる。


 「ああ、あれね。このバカが後から貼ったのよ。印波のボケが」


 志津華さんの若干冷たい目線の先には、指先のブツをなすろうとして失敗した印波さんが、壮絶に鼻血を出して床に沈んでいる。

 どうやらカウンター気味に、志津華さんの膝蹴りを食らったらしい。

 それにしても印波さんのことになると、なんか志津華さんの性格がいきなり荒んだような……。


 「でも、ちよこちゃん。霊を直視できるだけでなく触れたりできるんだね。どうやってるのか興味あるなぁ。普通は触れないし、逆に触られることもないハズなんだよアレって」


 編集長は驚き半分、興味半分といった表情で質問をしてくる。

 確かにテーブルだろうが壁だろうが、お構いなしにすり抜けてくる霊をがっちり触れるのは不思議だ。

 ましてや、わたしは掴んでいる間なら、彼らに"物理法則通り"の動きを適用させることもできる。

 でも、何故そんなことがわたしにできるのかまでは、よく知らない。


 「その……昔から、"あの手の人たち"は、わたしに近寄ってきちゃうみたいなんです。触れるのは……今でもよく分からない。なんでも、お母さんやご先祖も、代々、そういう力を持って生まれるみたいで」


 編集長は、それを聞いて、少し考え事をしているようだ。

 それと同時にほどいた包帯をくるくると巻き取って几帳面に片付けをしている。

 「フ〜ム」とうなり声を上げながら。

 ――それにしても編集長、ナチュラルな金髪で、西洋人的な雰囲気だな。ハーフとかなのかしら?

 けっこうカッコイイかも。思ったより若いみたいだし。見た感じだと30代前半くらいかな?


 「そうそう、さっきのキックすごいね。その前の柔道みたいな技も。あれって何かやってて身につけたの?」


 志津華さんも興味津々といった感じで、先ほどの体裁きについて訪ねてくる。


 「あ、あれですね。子供の頃から五十蔵(いすくら)流っていう"柔拳術"を習ってたんです。合気道と柔術に打撃を併せたような護身術でして。一応、初段を貰ってるんですよ」

 「ふ〜ん。なんかスゴそうねぇ。ちっこいあたしには無理そうだわ〜」


 そう言うと志津華さんは、わたしの背に目線を合わせて自分と比べている。

 志津華さんは160cm……いや150cmくらいかも。

 やっぱデカイのか、わたしは。


 「そ、そんなことないですよ! 女性でもできるんですよ〜。拳を使わない技もたくさんあるので。道場主の娘さんも、ものすごく強いんですけど、志津華さんより華奢なくらいなんです」


 そんな話をしていると、編集長がさらに不思議そうな顔をし始めている。


 「いすくら……五十蔵? どっかで聞いたような……」

 「ああ、それならテレビじゃないですか? うちの道場出身の選手が格闘家としてデビューしてますから。(すみ)藤太(とうた)って言うんですけど」

 「んん? そうかテレビで見てたのかな。フ〜ム」


 編集長は、相変わらず釈然としないような顔をして、宙を見上げながら考え込んでしまっている。


 「ああ、知ってるよ、その選手。去年のUFGアジア大会でけっこういいところまで勝ち上がってたヤツだよな」


 いつの間にか印波さんが起き上がり、話に加わってきた。

 つーか、鼻血拭けよ。このエロス!

 紙テープの件は、まだ忘れてませんからね!!


 「あっ、し、知ってます? 藤ちゃん喜びます。去年は準決勝で負けちゃったんですよね。レフリーが相手の反則をちゃんと取らないんだもん」

 「金的とサミング程度で負けてるようじゃ、先々で結局負けるだろ。揉み合いのどさくさでねじ込む寝技犯則の常套手段だ。実力不足だったんだよ。まあ、それ以前にグランドルールガチガチで活かされるようなファイトスタイルじゃなかったしな」


 ――うっ。ちょっと悔しいけど的は射ている。

 藤ちゃんは五十蔵流のほかに空手とキックボクシングのハイブリッドスタイルだから、いまいちグラウンドメインのUFGスタイルとは噛み合わないって言ってたし。

 印波さん、ひ弱そうだけど、けっこう格闘技ファンなのかも。


 「それより、藤ちゃんって呼び名なんか親しげだね。もしかして……マイハニーなんじゃないのかな!?」


 そう言うと、印波さんは後ろを振り返った姿勢のまま、腰に手を当て、もう片方をピース状にして目に当てながら薄ら笑いでこちらを見つめている。

 一言で表現するなら、すっごいむかつくポーズ。

 いいから、鼻血拭けって、このエロメガネ。


 「いいえ、それ"だけ"は絶対にないです。お兄ちゃんと藤ちゃんが、昔からのケンカ友達っていうか……。それでみんな幼なじみのようなものなんですよ」

 「強烈に否定するんだね。かわいそうに。……まあ、そりゃそうだよな。彼はいいファイターだが、ビジュアル的には、まんまゴリラだったし」

 「ゴ、ゴリラは言い過ぎですよ〜。もうちょっと進化してますって。せめてジャワ原人ぐらいは……」


 わたしは咄嗟に、この間授業で出てきた原始人の名前を適当に言ってみる。


 「ぶははははっ! ピテカントロプスかよ。200万年くらい前だぞそれ。進化ちょこっとやん! せめてクロマニヨン人ぐらいにしといてやれよ〜。幼なじみなんだからさ」


 そう言いながら、印波さんはげらげらと笑っている。

 最初の印象はちょっと下品で嫌な感じだったけど、けっこう愉快な人なんだな。


 「……ん〜、そういえばさっき、"お兄ちゃん"って言った?」

 「あっ、兄がいるんです。けっこう歳が離れてて……いま20歳だったかな?」


 印波さんの顔に、またあのイヤらしい笑みが浮かび、その視線は志津華さんに向けられる。

 この人、やっぱ変でオモロイな。とくに表情の変化は見てて飽きない。


 「や、柔鬼さん! ほれ、チャンスだ。遠慮はいらねぇ、すぐに食らいつけ。この子の兄貴だしイケメンかもしんねぇぞ! 体ごとぶつかるんだ。出し惜しみすんな!! 喉笛噛み千切ってこい」

 「うっせんだよ、このハゲ。チョップで耳削ぐぞ! それに、あたしゃ、男にゃ不自由なんてしてねぇんだよ!!」


 うは、志津華さんがこれまで見せたこともないような暴言を!?

 こ、これが本性なのかしら?

 すると、こちらが引いているのを察知してか志津華さんが言葉を続ける。


 「あ、いや、その……ちよこちゃんのお兄さんがイヤって言ってるワケじゃないのよ? でもそのね、ちよこちゃんカワイイし……。一応確認なんだけど、お兄さんも、けっこうイケメンだったりする?」


 志津華さん、少し目の色が変わった。気になってはいたのね。

 し、しかし、我が兄ながら、あの無愛想を紹介するのは……。


 兄の表情のバリエーションの無さは伝説的で、中学、高校までで撮られたあらゆる写真には、全て同じ表情で映っている。

 慣れてくると微かに感情を判別できるようになるんだけど、たぶん、ひょこのオスメスを肉眼で判別するより難しい。

 その間違い探しレベルの表情の変化に気づけるものは少なく、おかげで中学生の頃はケンカを売られまくりの買いまくり。

 どういう訳か練習もしてないのに強かったもんだから一種の名物になっちゃっていた。五十蔵道場に腕試しの列ができるほどのとんでもない時機もあったくらいだ。まあ、それが元で藤ちゃんとは知り合ったんだけど。

 そんな訳で、入れ子の数の分だけ、まだマトリョーシカのほうが表情が豊かだと噂される兄を紹介するのは少し……いや、かなり気が引ける。


 「え〜、ど、どうでしょう? 兄妹だとそういうのは……。でも、ぜんぜんモテたことないんじゃないかな? いつも仏頂面で、すっごい無口なんです。笑うときも、頬が少し上がるくらいで、家族じゃないと気付きませんから」

 「ふ〜ん、愛想が無いならちょうど志津華と同じじゃねぇか。とぉ〜っても、お似合いかもよ? やっちゃえ、やっちゃえ」


 印波さんがそう言うと、志津華さんが鬼の形相で睨みつける。

 あわわわ。やばい、またキレそうな勢い! な、なんか、話題を提供してみよう。


 「あ、ああ、でも昔! そう、お兄ちゃんがまだ高校生だったころ、バレンタインデーに事件がありまして。手提げ袋いっぱいのチョコを公園のゴミ箱に捨ててたんですよ。もう、あたし頭きちゃって、初めて大げんかしましたよ。あげた女の子の気持ちをどう思ってるのよって。まあ、一方的にわたしが殴ってるだけでしたけど……」

 「うは、そりゃクズだね。さすがにあたしでも引くわ〜、そのエピソード」


 やばっ! 慌てて変な情報出しちゃった。ちゃんと説明せねば!!

 お兄ちゃんが人でなし扱いされてしまう。

 極端に無愛想なだけで人畜無害ではあるのだ。我が兄は。


 「で、でもですね、それ、実はお兄ちゃんが初めてバイトしたお菓子屋さんで余ったものを貰ったやつだったんです。甘い物が苦手な藤ちゃんと一緒にやってたから、2人分押しつけられちゃったみたいで。お兄ちゃんも甘いの好きじゃないから、それで結局、公園のゴミ箱に捨ててたんですって。すぐ言えばいいのに、不器用だから説明もうまくできないんです。なんか、勘違いしてたわたしのほうが悪者扱いされちゃいましたよ」

 「なるどほねぇ。まあ、被害者もいなかったし、悪気は無かったってワケね。誤解を生みやすいタイプねなのか。ふ〜ん、なんだかかわいそうねぇ」


 志津華さんはそう言って、少し考え込んでいる。

 もしや、少しは脈があるのかも?

 う、うちのボンクラでしたらいつでも紹介を……。


 「ふーん、んじゃ結局モテてなかったってことか。じゃあ、ブサメン決定だな。よかったな志津華。やっぱライバルいないぞ。モテない同士のベストマッチだ。慰め合ってこい」

 「こんのやろ……」


 志津華さんの怒りに再び火が付き、印波さんと両手を合わせ、"手四つ"で力比べをしている。

 ――ああ、印波さん負けそう。すっげ、弱ぇ。

 印波さんが力負けをしてブリッジしそうになった頃、のそのそと編集長が割って入ってきた。


 「はいはい、そろそろ仕事場を閉めるよ〜。今日は私と志津華くんは、例の残業だからさ。そうだ、ちよこちゃんは、いつから仕事にこれるかな?」

 「あ、いつでも大丈夫です!」

 「そうか、なら明日から来てもらってもいいかな? それと今週末は撮影の手伝いもしてもらいたいんだけど……」

 「はい、参加させてください! 楽しみです!!」


 わたしの返事に編集長はにっこりと微笑み、頷いてくれる。

 なんだか、ここでならうまくやっていけそうな気がする。

 よかった……これで間食を減らさずに……いえ! 憧れの編集者へ一歩近づけたみたい。

 ゆくゆくは、自分の企画した絵本を作れるようになれたらうれしいな。


 わたしは、編集長、志津華さん、印波さんにネコちゃん、そして"よし爺"に別れの挨拶をして、家に帰ることにした。

 明日からは、がんばって仕事を覚えよう! 週末の撮影も楽しみだな〜。

 今日みたいに雨が降らないといいのだけれど……。

 

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