P002 逢魔が面接 txt.choco
わたしは今、奇妙な面接を受けている。
編集部に入ると、黒髪の感じのいいお姉さんに案内されて、会議室と書かれた広めの部屋に通された。
わたしはその部屋の中央で、飾り気のないパイプ椅子に腰掛けている。
狭い会議室はがらんとしていて、いくつかの長テーブルとホワイトボード以外は、ほとんど何も設備がないようだ。
目の前の長テーブルに座っているのは……約3人。
向かって左には、ぼけぇ〜っとしている20代後半くらいのメガネ男性。
中肉中背で一見普通のお兄さんのような気もするけど、何か只者ではない雰囲気も感じ取れる。
なぜだろう? Tシャツにデジタルプリントされた"赤福"が何かを物語っている……気もする。
Red Happyって書いてあるけど、そんな訳でいいのか、あれって。
右側には、さっきわたしを案内してくれた黒髪のお姉さん。
キリッとしたスーツ姿で、変わらずにっこりと微笑んでますな。
う〜ん、背も小さめでかわいらしい。わたしもこういう風に生まれたかったなぁ。
さらにテーブルの右端には……1m以上もありそうな巨大三毛ネコが鎮座して毛繕いをしている。
デブネコという訳ではなく、サイズそのものがデカイ。
耳は長く尖って立派にピンと立ち、全身の毛は長め。
その長めの体毛にも関わらず、右目には縦に大きな引っ掻き傷が目立つように走っている。
あっ、でも眼球は無事みたい。なんで、こんなところにいるのかは謎。知る由もない。
あ、あと! 部屋の隅にぼやけた影が。
……うう、これは気にしない。気のでせいです。きっと!
――そして問題なのはテーブルの中央。
う〜ん。その、なんというか。真ん中にドカッとミイラ男みたいなのが座っている。
いや、正確に伝えると包帯は顔だけで、下は鮮やかなブルーストライプの半袖シャツにゆるく崩したコットンタイ、下はグレーのスーツ姿。ナチュラルで金色に輝く頭髪は、包帯の隙間から無造作にハミ出している。
そして6月の蒸し暑さにも関わらず、首には縦幅10cmはあろうかという、分厚い革製のチョーカーのようなものが巻かれていた。
むちうち、なのかな? オシャレ? いや、そんなハズは……。
わけがわからない。
それが面接の第一印象だった。
わたしが頭の上に"?"を浮かべているような顔をしていたためか、包帯の男性が気付いたように話し始める。
「ああ、すまないね。いきなりこんな格好で面食らっちゃったかな? コレね雑誌の演出で包帯を巻いてるんだよ。怪奇雑誌の編集長だからさ」
怪奇雑誌? またよく分からないキーワードが出てきた。
またもや頭上に"?"マークが増えてしまった感じがする。
そして、それを察したのか黒髪のお姉さんが続いて口を開いた。
「えっとね、ここ"きーたん編集部"では、『きーたんパラノーマル』って雑誌とwebサイトを作っているの。そして扱っている内容が、平たく言うとお化けとかUFOみたいな怪奇現象……そういうオカルトめいたことが題材の雑誌なのよ。今だと晴海の巨人目撃情報とかが旬かな。ワイドショーとかで聞いたことあるでしょ? だから、編集長はそういった謎っぽいイメージを崩さないように演出として仮装してるってワケ」
な、なんとなく分かったような。
読者サービス? なんか違う気がするけど、まあいいや。
それでも、まだ心配事は全部消えたワケではないのだけれど。
部屋の端っこにチラチラ見えるあの影のせいで。……こっちにくるな!
「まあ、コスプレみたいなもんだと思ってよ。キャラ立てして目立つとか。そういう設定ってやつ。あ〜、でも女子高生だとは思ってなかったなぁ。いままで大学生かと思ってたわ〜」
――と、ぶっきらぼうな男性が会話をかぶせてくる。
あれ? 確か面接の予約のときに高校生って言ったハズ。
たぶん、この男性が電話に出てくれた人だと思うのだけれど?
「あっ、高校生じゃだめでしたか……?」
「いやいや、そんなことないよ〜! 絶対、ホント。ウエルカムですよ。ね、礼衣無さん?」
慌てたように男性は包帯姿の"編集長"に話しかける。
「そうだねぇ。若い感性も欲しいところだし……。おっと、紹介が遅れました。私、きーたん編集部の編集長をしている礼衣無と申します。以後、お見知りおきを」
「ああっ! すいません、わた"ち"こそ遅れました自己紹介! おおお、小坂ちよこ といいます。近くの醒桜学園高等部2年生です」
慌てて、カミながらようやく自己紹介。
それを見ていた黒髪のお姉さんが、くすっと笑いながら続いて話し出す。
「初々しくていいね。あたしは柔鬼志津華。編集部のデスクをやってます。よろしくね。醒桜の学生さんだったのか〜。あそこの制服、古風なデザインでかわいいよね」
「わたしもです! ブレザーなんですけど、ちょっとクラッシックな雰囲気で……。大きいけど渋めのリボンも気に入ってます」
わあ、この志津華さんは、いい人そうだ。
デスクというと、けっこう偉いのかな? ちょっとわからないけど、たぶん。
腰まで伸びた黒髪が神秘的で、まさしく和風美人。
落ち着いた雰囲気で大人びた感じだけど、セーラー服とかを着たら中学生に見えるくらい幼い感じもする。
う〜ん、このギャップは男の人にモテそうですなぁ。
少し落ち着いて、ほっこりしていると編集長がさらに続く。
「まあ、高校生でも学校帰りや、土日の取材の手伝いをしてくれるなら助かるなぁ。あ〜、そうそう。ほれ、お前さんも自己紹介くらいしろ」
そう言われた男性は、鼻の下を掻きながら、これまた面倒くさそうに喋り出す。
「あ〜、俺は印波です。編集者兼、webデザイナーとか。まあ、なんでも屋だな。よろすくねぇ〜」
この印波さんという人は、さっきからやる気を感じさせない。というかダメ人間的な印象。
だいたい、鼻の下掻きながら自己紹介とかしないでしょ普通。
見るからに結構な大人なんだからさ……あ、指入った。
面接というけっこう緊張感のある場で、鼻ホジってるよこの人。すっごいな。
やば、あの指から目が離せなくなってきた。
それに、さっきから、部屋の隅にいた影が近づいてくるような。
――やっぱりアレだよね。いやな予感がしてたんだ。ま、まずい、また落ち着かなくなってきたな。
「そうそう。一応、志望の動機とか聞いてみちゃおうかな? ポスター見て応募の電話をくれたみたいだけど」
「あ、ええと、そのですね、わたしも世界の謎とか秘密とか、アレでして、なんというか……えーと、オカモトでしたっけ?」
編集長の質問にもうわの空になり、しどろもどろな返事をしてしまう。
そして混乱に輪をかけるように退っ引きならない事態が目の前で……。
い、印波さんの指が、がっつり第一関節いっぱいまで入り込んでいる。
本気だ! 本気でブツをホジり始めやがったよ。
――そしてさらなる衝撃が追加。影が、アレがもう目の前までやってきてしまっていた。
ネコ? いやあの巨ネコではない。ネコならば逆に癒やされる。
アレ……部屋の隅からやってきたのは薄くぼやけた白髪の"お爺さん"。
半透明で微笑みながら、すーっとテーブルを通り抜けて、ここまで真っ直ぐにやってきた。
最初に"約3名"と思ったのはお爺さんが、"生きている者"として存在していて欲しいという心の表れ。
ああ、ダメだ。混乱が加速してきたぁ〜。
「ほらさ、ポスターに書いてあったじゃない? アレだよ。よ〜く思い出してごらん? そうなんじゃないかな〜と思うんだけど」
「なななな、なんのことでしょうか、それあれこれ、どどどど、どれ?」
編集長は両手の一指し指で目前をクイクイと指差しながら、質問を続ける。
んんん? ポスターになんて書いてあったっけ?
考えろ、考えろ……いや、考えるな、感じるんだ。
どんとしんくふぃーる。
えっと、ポスター鼻ポスター爺ポスター指ポスター。
だめ、余計なことで頭がいっぱい。
――うはぁ、やべぇ。
考えを巡らしていると、目線は再びあの指先に釘付けになる。
印波さんの指に豪快なサイズの塊が張り付いている。
しかも、鼻血を垂らしながら、本人が一番驚いているし。
さらにピンチはまだ終わらない。
その直後、爺さんが目の前でボックスステップを踏み始めた。
な、何これ!? テレビでやってたジジババ向けの歌謡ショーで見たことがある。
ぴんから? ぴんからなの!? だ、だめ! 頭が真っ白……。
破壊力のありすぎる塊と、ステッピング亡霊ジジイの呪縛から逃れられない。
お母さん、ちよこはダメな娘です許してください。
「ほらさ〜、待遇アップとか書いてあったじゃない。アレだよアレ。下の方にさ、あったでしょ?」
アレ? あれって何? ハナ○ソ? それともジジイ? どっち?
あっ。ま、まさか? そう言えば下の方に何かテープが張ってあって。
きょ、巨乳……とか書いてあったような!?
あ、あれのことかぁ〜〜!!!
あああっ! しまった、これは!! すべて計算づく!?
これはセクハラ圧迫面接みたいなものなの?
普通の学生にここまでやる?
汚い。大人汚い大人ズルイ。
くくぅ、わたしの口から言わせる気なのね。
これが、これが大人のやり方かぁっ!!!
――で、でもね、負けない。だって野口さん4枚もいなくなっちゃったから。
ここで挫けたら、明日から一番安い菓子パンだって頬ばれないもの。
お母さん、ごめんなさい。ちよこは汚されてしまいます。
でも、乗り越えて見せる!
「ほら、もう気付いているでしょ。言ってみてよ〜」
編集長はさらにいやらしく、指をクイクイしながら答えを急かせる。
く、くそ、そんなに若い娘の口から卑猥な言葉を聞きたいの?
包帯の下には、とんだエロフェイスが隠されているに違いない。
いいわよ、覚悟はできた。存分に聞きなさい。
ああ、聞くがいいとも!
「そ、それって巨にゅ……」
――禁断の言葉を口にする刹那。
不意に視界入ってきたのは、指にへばり付いたマッシブなブツをこっそりと志津華さんの肩になすろうとしている印波さんの姿。
何故かスローで再生される動画のようにゆっくりと時間が流れているように感じる。
そして、もうひとつ。これは……ナニ?
視界をゆっくり下から隆起してくる影が覆い隠そうとしている。なんなのこれ。
丘? ええ? 私の? 胸? あれ?
自分の胸が徐々にせり上がり、視界に入って来ている。
そう。目の前を覆ったのは、わたしの胸。ほわ〜い?
なぜって? 後ろから思いっきり、もみ上げられていたのです。
いつの間にか後ろへ回り込んだ、薄らボケたジジイの手によって。
直後、考えるより先に、体が反応していた。
Don't think.feel
自分の体に何年もかけて刻まれた、鍛錬の結晶が一連の動作となって忠実に再現される。
脇から出た右腕を絡め取り、相手の関節に体重を掛けながら腰と肘、体のバランスだけでジジイの体を前に移動させる。そして体勢を崩した相手が頭を上げる位置に弓なりにしなる左脚が舞う。
軸足の回転と腰の捻りは、これ以上ないくらいに目一杯。
さらにツバメの低空飛行軌道のように上から下へと急速に脚を落としながら、スネの硬い部分を相手のこめかみに押し込んだ。
ハイキック。
単純に言えばそういう技。
しかし、その蹴脚には乙女の怒りと混乱が渦巻く炎のように込められていた。
ハナ○ソとジジイと巨乳、そしてハイキック。
なんかのマイナー映画のタイトルみたいだ。
今、わたしはアルバイトの面接をしているハズなのに。
それなのに……会議室のド真ん中でジジイに回し蹴りを入れてファイティングポーズを構えている。
今にも、怪鳥音を出しそうな勢いで。
――どうしてこうなった?
「さ、触られてたよねぇ、志津華くん」
「け、蹴りましたね、編集長……」
編集長と志津華さんはお互いに、今起きたことを確認しあいながら見つめ合っている。
そして突然、こちらに顔を向け、片手をハイタッチ、もう一方の手をわたしのほうに向けて興奮気味に、こう叫んだ。
ほぼ同時にハモりながら……宝塚みたいに。
「キミ、採用おぉぉぅぅぅっ!!!!!!」
――わけがわからない。
数十分前に感じていた、最初の印象と何ら変わらない心境のまま、わたしは面接試験に合格をしていた。