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レヴナント/レムナント  作者: 煇山 とぺもん
第一章 編集部と七課の長い一日 -Something hideous-
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P001 雨上がりの神田で txt.choco

 

 ぱたりと絵本を閉じ、わたしは思い出したように書店の外を窺っていた。

 徐々にだが雨足が遠のいていく。

 ――よかった。6月は、これだから気が抜けない。

 これからアルバイトの面接に行かなくてはいけないというのに、急に夕立にあってしまい、近くにあったこの書店へ駆け込んでいたのだ。

 書店の中は人気も少なく、わたしの他には数人の客と退屈そうに店番をするお兄さんくらいしかいない。

 今、気付いたけれど、そのお兄さんは、わたしをチラチラと見ている。

 ま、万引きじゃないですよ〜?

 わたしは、お兄さんの視線と少し濡れてしまった制服を気にしながらも、先ほどまで熱中してしまっていた絵本を握りしめ、その余韻に浸っている。


 本のタイトルには『狭間の森の呪い姫』と書かれている。


 お話、けっこう凝ってたな。ぜんぜん子供向けじゃないけど。

 でも、こういうお話のほうが民話っぽくて好きなのよね。

 それにARの立体映像がすんばらしぃ〜。そこかしこに仕込んであって楽しいね。

 この絵本は、専用のアプリをダウンロードしてスマートフォンなどの画像読み取り機能がある端末から覗くと、AR(拡張現実)の3D映像が表示されるのが売りになっている。

 これが想像以上に出来がよく、思わずうなってしまった。

 一目惚れ……心を奪われちゃったみたい。

 城下町のパレードとか騎士と妹姫様の出会いのシーンとか、いい演出だったなぁ〜。とっても賑やかだったし。

 ただ、後半の血涙姫の演出は子供だと恐すぎてトラウマになるかも!?

 そう思いながら、絵本に描かれている湖の畔で倒れた異邦人の上にスマートフォンをかぶせて覗いてみる。

 すると立体映像で妹姫様が登場。

 かわいい森の動物たちを引き連れて、ちょこちょこと騎士の元へと歩き出す。

 そして最後に両膝をついて心配そうに騎士の顔を覗き込むのだ。

 ぴょこぴょこ跳ねまわるウサギや、クマを気にしながら歩く鹿など、森の動物たちの表現も豊富で芸が細かい。

 いいなぁ~、これ。


 ――でも、このお話ってどっかで読んだことがあるんだよなぁ。後半のやけに暗い展開を微かにだけど覚えてるんだよね。それとハッピーエンドなんだけどオチがなんだか強引過ぎる気がする。

 昔、読んだお話は、ちょっと違うストーリー展開だったような?

 いきなり神様が出てきてハイお終いって、お子様向けでもなんか寂しい。

 こういう手法をなんて言うんだっけ? 大昔の演劇とかで悲劇をムリヤリに神様が解決しちゃうっていうヤツ。

 ……デカイ茄子なんとーか? うん、忘れた。

 まあ、出典がヨーロッパの民話伝承って書かれてるから、そういうオチに変えられちゃったのかもね。あっちの人たちは神様大好きっ子だから。

 あ〜、もしかして、"本当は恐い○○"系の童話なのかも!?

 なんか、いろいろ考えてたら、やっぱり欲しくなってきたなぁ。

 さて。問題は万年金欠のお財布に、この絵本の代金が賄えるかどうか。

 恐る恐る絵本の値段を確認してみる。

 ――3980円。

 絵本にしては、いいお値段ですこと。ああ、女子高生にはちょっとお高い買い物ですな。

 絵本で4000円ちょいか。お昼とか減らさなきゃな……。ダイエットにもなるし。あ〜いや、でも成長期だし。


 額をひとさし指と親指で挟み、それほど良くない頭でちょっと悩んだフリをしてみる。

 すると不意に後ろから、聞き慣れたハスキーな声が。しかも、けっこうな音量で書店中に響いていた。


 「あれ? チョコじゃない? なぁにやってんのよ」


 この声は学校の友達の夏美だ。相変わらず話し声がデカイな、この子は。


 「あ……ああ、夏美、どうしたの本屋なんかで?」

 「こんの小娘、人を本も読まないアホって思ってるな? まあ、実際そうなんだけどさ。いや、部活帰りで雨に降られちゃって……。そんで通りがかった書店の中に入ったら図体のデカイ娘が、鼻息荒くして絵本コーナーに仁王立ちしてっから可笑しくてさぁ~」

 「デカくないです。小兵(こひょう)です」

 「なんだよ、小兵って。173cmは、なかなかヒュージィだろ。まあ、あたしの背の方がデカイけどな。それに大きいのは身長だけじゃないだろぉ〜」


 そう言うとニヤけた夏美の視線は、わたしの胸に突き刺さる。

 た、たしかに胸は大きめだけど、身長は171cmだし。

 この2cm差は大きいんですから。訂正して欲しい。


 「高校2年生で90cm台突破とか、末恐ろしいよな。そういう、とんでもない凶器をブラさげながら、キッズコーナーを無邪気なエロスで汚すんじゃないわよ」


 ちょっとオッサン臭いよ夏美。

 そばかすに健康的な日焼けが眩しい女子高生のセリフとは思えないでしょ、それ。

 加えて彼女の声はさらに大きくなっており、人気の少ない書店によく響く。

 悪気はないんだろうけどね。恥ずかしいデス……。

 それにしても、エロスって大げさだな。

 ん? ああ、雨水で夏服のシャツが湿って……ブラが透けちゃってるのか。

 わたしは自分の胸の惨状にようやく気付き、顔を赤らめながら上腕で隠すようにして見せる。

 ――レジのお兄さんもしや? 胸を腕で隠しながらお兄さんの方を見ると不自然に視線をそらした。

 むう。けしからん。


 「おおぅっ! アンタ、それ隠してるようで逆に挟まれて胸強調されてっから!! 男連中の前でやるなよな。理性失いかねないよ。まったく!」


 そう言うと、夏美は両手の人差し指を、わたしの胸にめり込ませた。

 この娘は何かというと、わたしの胸で遊び出す。

 これだけは、止めて欲しいんだけど……。夏美はいくら言ってもムダなのよね。


 「チョコさ、雨も上がったしかどっかでお茶して休まない? あちしは200mを20本もやらされて、体がガックガクなんだよね。イジメだよイジメ〜。甘い物ないとやってらんない」

 「あははっ、大変だ〜。練習お疲れさま。さすが水泳部期待のエースだねぇ。でも、これからわたしバイトの面接なんだよなぁ〜。ゴメン!」

 「ん〜、そっかそっか。じゃあ、しゃあないかね。おとなしく家帰って寝るべさ。……ところでさ、その絵本買うの?」

 「うん、バイト始めるつもりだから買っちゃう。自分へのご褒美!」

 「経験から言わせてもらうと、先にアメ貰うと勤労意欲なくなるよ」


 夏美は、ちょっとおバカだけど、なかなか鋭い意見をたまに言う。

 たまにだけど。

 ――改めて、握っていた絵本をまじまじと眺めてみる。

 よし、決心できた。買っちゃおう。そしてバイト地獄で荒稼ぎするのじゃ!

 わたしはレジへと進み、「うるさい客がやっと買う決心をしやがった」と顔に書いてありそうなお兄さんに本の代金を渡す。

 さらば野口さん×4枚。あなたのことは忘れません。

 どんな偉人だったかは覚えていないけれど。



 ――絵本を購入して書店を出ると、すでに雨は止んでおり、まばらになった雨雲の隙間に夕暮れ時の茜色が浮かび上がっている。

 わたしたちは道幅の広い靖国通りをぺらぺらと他愛の無いお喋りを楽しみながら、てくてくと歩いていく。

 途中で大きな敷地の神社をわざわざ通り抜けながら、都会の数少ない自然を満喫したり。

 もう、夏も近くて蒸し蒸しするけど、木陰は少しひんやりしてて気持ちがいいな。

 しばらく進み、武道館の近くまで辿り着くと、九段下の地下鉄入り口で夏美が立ち止まった。


 「そんじゃ、あたしゃ帰るよ〜。チョコさ、あんたポテンシャルはスゴイもん持ってるんだから、絵本になんて熱中してないで、洋服とかオシャレにお金使いなさいよ。髪型だってずっと、軽いブラウンのショートのまんまだしさ。それに今時、スマホなんて使ってるのはジジババしかいないってば。新型の"オーグ・ビジ"、もう予約始まっちゃってるよ? 専用の"aカフス"も、カワイイのいっぱい出てたし。そういうのを買いなさいよ! モテちゃうかもよ〜? 男子の中じゃ、けっこうアンタ人気あるみたいだしね」


 オーグ・ビジか――オーグメンテッド・リアリティなんちゃらビジュアルほにゃららの略。

 細かいのは忘れた。

 最新技術で作られた立体映像で操作する総合情報端末。手首に付けて起動すれば、情報操作用のパネルが立体映像で手元に表れてネット機能や電話のほか、様々なデータ管理と便利機能を多彩にこなしてくれる。

 最大の売りは映像へのタッチ操作だけではなく、一部の操作をハンドフリーの"aカフス操作"で行えること。考えるだけで情報検索程度なら、ほとんどの操作が可能なのだ。

 初期型の頃は「欲しい!」って思ったら商品を即購入しちゃってたなんていう、不具合で問題になっていたみたいけれどね。いまは、そんなことがないように誤動作が恐い商品購入やパスワード入力などは"カフ入力"ができなくなったって夏美が言ってた。

 実は新型が出る度に、お店で"適正検査"をして貰うんだけど、毎回、"不適合"が出て売ってもらえないんだよな。耳に付ける"aカフス"と言われる専用の外付けオーグメントで操作補助をするんだけど、これがわたしには体質的に適合外らしくて使えない。

 なので、未だにスマホ利用者。ちょっと恥ずかしい。


 「う〜ん、わたしね、まだ買い換えはいいんだ。今のスマホ気に入ってるし。そ、それに人気なんて、ぜんぜんないでしょ〜。いいのよ、わたしはまだまだ夢見る乙女なんですから。絵本と食い気で十分毎日が楽しいんです!」

 「まぁた、そんなこと言ってると、すぐにババアになっちゃうよ? あんたのその"おっとり甘フェイス"で、迫られたら男なんてすぐに下僕よ下僕。その辺で試してみなさいよ。ああそうだ、ひとつ学年下の……レイジくんだっけ? あの子でいいじゃない。カワイイし」

 「やめてよね〜。レイジは弟みたいなもんなんですから。そういうのとは違うのよ!」

 「ふふふ〜ん。どうだかねぇ。ちよ姉、ちよ姉って、懐いてるじゃないのさウヒヒ」


 そう言いながらいじわるな笑い声を響かせつつ、夏美は地下鉄の階段を降りて人混みに吸い込まれて消えていった。

 うむむ、小憎らしい娘め。なんか、仕返しがしたい……"おまじない"使っちゃうか?

 いや、あれは非人道的なので控えるべき。本当の巨悪にこそ、あの鉄槌は下されるべきなのよね。

 それにしてもレイジは下宿先の息子さんだし、そもそも遠縁とは言え親戚なんだから、そういう対象なワケないのになぁ。


 そんなことを考えながら、靖国通りを秋葉原方面に向かい、神田の街の奥へと歩を進める。

 多くの書店が建ち並ぶ、ここ神田は日本屈指の書の都。

 この辺は昔から出版社も多く、今日面接に行く編集部もそんな出版社兼、編集プロダクションのひとつだ。

 千代田区というビジネスの街でありながら、神田には住宅も少なからずあって、民家越しに高層ビル群が見えるという、なんだか不思議な風景も垣間見える。

 そういった住宅地や曲がりくねった通りを抜け、かなり奥まった位置に目的のビルを発見。


 兼森ビルヂング。


 古いレンガ張りの建物にはそう書かれており、正面の商店っぽい部分にはシャッターが下りている。

 そのシャッターの横にある入り口らしきガラス戸には、でかでかと求人のポスターが貼られていた。

 わたしは、このポスターを偶然に見つけてアルバイト面接のアポイントをつけていたのだ。


――――――――――――

【編集スタッフ募集中!】


あなたの情熱を雑誌編集でやみくもにぶつけてみませんか?

"きーたん編集部"では、あなたの創作力と感性を募集中!

一緒に世界中の謎に迫り、解き明かしましょう!!


短期、学生さんでも可

時給:1200円〜

(霊感のある方歓迎! 時給アップ要相談)


【巨乳好待遇】

――――――――――――


 一見すると、何の雑誌を作っているか謎なんだけど、注目するべきはそこではない。

 時給1200円。初っぱなスタートでこれ。高校生にはおいしい。

 そう、これがあるから、ポンと絵本を買ってしまえた。下の方にある変な注釈が気になるけど、これもわたしの場合……。

 さらにその下には変な手書き文字が書かれた紙テープが貼られており、【巨乳好待遇】と書かれている。こ、これは無視しておこう。

 ポスターに書いてある"きーたん編集部"の電話番号に連絡し、入り口を聞いてみると、ぶっきらぼうな声の男性から、ビル横のスロープから地下へと来て欲しいと告げられる。

 ビルの横側へ回ると、地下へと続くスロープと階段があり、観葉植物が並ぶガラス張りのオフィスが見えてきた。

 地下と言いながらも、スロープから雨上がりの日差しが明るく差し込んでいる。

 駐輪スペースもあって案外広いな。

 へえ~、地下なのにガラス張りでけっこう明るいんだ。


 きょろきょろしながらスロープを下りると、編集部への入り口と思わしきドアが現れる。

 かなり年季の入った木製の扉には、確かに"きーたん編集部"と書かれている。

 一呼吸整えて、ドアをノックする。

 この扉が運命を大きく変えてしまう出会いの扉だとは知らずに。



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