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レヴナント/レムナント  作者: 煇山 とぺもん
第二章 なりすましのいえですた -Tokyo invasion-
19/45

P016 Will you bite the hand that feeds? txt.mautheD

 

 くだらん。

 これではまた"ウォッチャー"であった頃と変わらん生活に戻ってしまったではないか。

 忌々しい外道連中に捕獲され、あのメリッサとかいう堕落した女による屈辱の実験の日々を耐えて、なんとかこの小娘を騙して安寧を得たというのに。

 今の私は窮屈な鉄の塊に押し込められて、あの頃と同じく、戯けたクズどもの尻に噛みつこうとしている。


 {KiRa:神社の敷地内の外れに2体の人影を視認した。幸い辺りには壊れそうな物は少ないみたいだな。そうそう、コクアには外部への音声出力が付いている。翻訳機能もあるので会話が可能だぞ。まずは連中に探りを入れてみようかね}

 {mautheD:私は精霊だぞ。日本語だってペラペラだったろ。お前らの頭を少し覗けば言葉ぐらいならすぐに話せる。すでに大抵の言語なら理解しておるよ。それと音声出力もいらん。私は魔犬の時でも会話ができるからな}

 {KiRa:そういえば仮契約のとき会話したな。呼び出したことがないので忘れてたよ。だが、コクアに憑依している時は、その音声出力でしか会話できないはずだろ? 全能力を使って憑依しているワケだし。単独で憑依しているときは、コクアの作動にかかりっきりなんだろ?}

 {mautheD:ふん。人間に取り憑くのと同じだったな。つくづく面倒なガラクタを作るもんだ。まあいい。とっとと終わらせて帰るとしよう}

 {KiRa:珍しいな。どっちにも同感だ。まあ、文句を言うな。戦力アップは急務なんだ。無人機ドローンのプランも本腰を入れておかないとな。このままでは人的損害が大きすぎる}

 {kaz:阿部川さん、敵、目の前です}


 ――ああ、なんだ? いろいろと目の前にデジタル表示が出てきおったぞ。

 これはさっき、からかった娘が送ってきている情報か?

 こんなもんがなくても、大概のことは知ってるさ。なんだかんだで千年近く生きてるんでね。

 ああ、向かって左は、この間見たヤツと同種だな。ストリゴイイと言ったっけか。

 ただし、女だ。人間のサイズで考えれば美奈なんかかわいくみえるほど大柄だけどな。

 2mジャストってところか。こいつも……雷武だっけ? あの野郎と同じように顰めっ面で腕組みしながら突っ立っていやがる。ただ、翼はないし服も着ていない。

 そういや、こないだのヤツはなんで服を着ていたんだろうな?

 もう一人の右にいるヤツ。獣人か。欧州では腐るほどいる連中だな。

 頭部は典型的な狼タイプ。いや、狼より犬に近いな。レオンベルガーと呼ばれる巨大犬に似ている。

 ガタイもそれに見合って、隣のストリゴイイと遜色ないほどに大きい。2m以上はあるな。

 こいつらは人間に化けることができるのだが、今は人体化を解いているようだ。

 それ以外は見たところたいした特徴は無い。

 ……ん? データで金属反応だと? なんだコイツ、身体の半分以上の体積が金属?

 鎧でも……いや、見たところ上半身は裸だ。ふさふさの黒とグレーの体毛でなかなかの毛並み。

 まあ、私のデラックスなリアルファーには足下にも及ばないが。

 下半身はタクティカルなパンツにブーツ。特殊部隊で使うようなデザインのごついハチェットを腰に下げているな。サイズは60cmほどで片刃は斧、もう片方はピック状のナイフになってやがる。

 しかし、この間の連中といい、なんで神社仏閣に現れるんだこいつらは?

 敬虔な信徒って訳でもなさそうなんだがな。何か違う目的があるのかもしれん。

 ――現状はこんな感じだ。どうやら、ねずみちゃんが交渉をするご様子。

 この間のマルシオの時みたいに芋を引くなよ。


 「夜分にずいぶんとお騒がせだな。歌舞伎町の観光は昼間が推奨だ。なんせここのところ物騒なんでな」

 「観光じゃないよネェちゃん。ビジネスだ。それと、物騒ってのはそこに転がってる連中のことかい? まあ、これもお仕事のうちだがオマケだな。そいつらも、よその国のビジネスマンみたいだぜ? ろくなもん持っていなかったが……。まあ、身ぐるみ剥いだら、ちょっとした小遣い稼ぎにはなるかな」


 そう言って獣人が向けた顎……いや、鼻の先にはこの辺を仕切っているであろうヤクザ者たちが無残に山積みにされている。

 パッと見では何人いるかも見当がつかない。

 なんせ乳歯が抜ける時期の子供が散らかしたレゴブロックみたいにバラバラだから。

 入れ墨があるんで、なんとか極道なんだろうと判別できるくらいだ。

 人種は……オーソドックスなジャパニーズ極道から、チャイニーズ系の三合会(トライアド)、コリアンマフィア、ベトナムの人身売買系組織、チカーノギャングに南米系カルテルまでいるな。

 さすが歌舞伎町、まるで犯罪者の国際見本市だ。

 顔を照合してビジが過去の犯罪データを表示してくれるので、なかなか便利なもんだね。

 こういう機能はバカにしたもんではないな。

 ――ねずみちゃんは死体の山を見て、一瞬顔を曇らせるが気丈に話を続ける。

 そうだ。それでいい。あいつらのペースに合わせてやることは無い。


 「おいおい、警察の仕事を手伝ってくれるのはいいが、わたしらは報酬を払ったりはしないぞ? 見たところそっちのストリゴイイは荷担していないようだが」

 「ああ、雑作もないことなんでいらないよ。実はもう仕事は終わって帰る所だ。ここのミアズマは活きが良いが、エーテル量が少なすぎるんでね。バランスが悪いから、もう用は無い。それより、ストリゴイイを知ってるのか? 日本は平和だと聞いていたんだが。もしかして、あんたたちかい? グールやストリゴイイどころか上級吸血鬼のマルシオまでも退けたっていう連中は? ……いや、そんなワケないか」


 ずいぶんとナメられたもんだな。たかだか2mそこそこの子犬風情が。

 ちょっとからかってやるか。


 「だとしたらどうなんだ? グールを消し炭にしたのは嬢ちゃんだし、ストリゴイイをぶっ飛ばしたのはそこの坊主なんだが。ほれ、ビビって尻尾を巻いて逃げて見せるか? 駄犬にゃそれがお似合いだな。欧州に帰ってセラピードッグでもやったらどうかね。ジジババに撫でられりゃ、その気性も少しはマシになるかもしれんぞ」


 突然、会話を始めた私……いや、コクアに驚きの表情を隠せない獣人。

 ははっ、確かに知らなければ私も驚く。

 しかし、ストリゴイイはまったく喋らんな。……ああ、こっちにも喋らんのが一人いた。

 千麒……なんだ? いきなり下を向いているが? 何をしてるんだ?


 「驚いたな。いや、二重の意味でよ。お前らだったのか。あいつらをボコったってぇのは。それと……さすがアキバのある国だ。犬っころのドローンが喋りやがったよ。これ売ってるのか? 土産に買って帰りたいんだが……」

 「残念ながら非売品だぞ。ナイショで教えてやるが、その犬っころは、犬っころのお前の尻を噛み砕くために作られたジョークグッズなんだ。メイドインジャパンにしては洒落が効いた実用品だろ?」

 「そんなことはないぜ。カスタムカーならジャパンは最高にクールで洒落てる。ストリート系のエアロや改造パーツは俺も結構持ってるんだぜ? そのワン公も載せたいぐらいだ」


 くだらん。まったく不毛な会話だ。

 欠伸でもしたいところだが、生憎、そういう機能は無い。

 機械的に噛みつき用のバイトジョウがガチガチと動くだけだ。

 そろそろ飽きてきたぞ。とっとと煽って戦闘を始めるかな。


 「せっかくの健脚を使わずに改造車で爆走するのか最近の獣人は。まったく時代は変わったもんだ。それにしてもヤクザ者とは言え五分の魂。ハエすらチョップスティックで摘んで逃がしてやるブッティストの国で無益な殺生をするとはね。私に尻を噛み砕かれる資格は十分にあるようだな。非常に不味そうでアゴを開くのも億劫だが、都会で野犬を放し飼いにさせる訳にもいかん。ああ、クソは漏らすなよ。ノーフォークの港町で酔っ払いにやられて酷い目にあったんだ」

 「こ、こいつはいい。クールだ! ……もう俺のもんにしてやる。絶対に俺のマシンに積むんだ。ナイト2000なんて目じゃねぇぜ。いいか、ストリゴイイ? 手を出すなよ。お前じゃ全部ぶっ壊しちまう」

 「……フン!」


 ――ストリゴイイ。やはり雷武と同じように、無法者連中とは反りが合わないようだな。

 しばらくは放っておいてもよさそうだ。

 アホの獣人も考えていたのとはちょっと違うが挑発に乗ってきたし。

 さあ、このコクアの調子を試してみようじゃないか。


 {mina:では、サポート開始します。目標、獣人種ウェアドッグ。標的名を"灰犬(ハイイヌ)"とします。AC.Lvは53……一般的な獣人よりもかなり高いです。物理攻撃のダメージを半減といったところでしょうか。サーチでは銃を一丁と腰に手斧を装備しています。銃はかなり大きいですね。50口径、デザートイーグルかと思われます。獣人の恐ろしさは、その身体能力にあります。まだ慣れていないコクアでは苦戦するかもしれません。ご注意を}

 {mautheD:Indeed. ご忠告ありがとう、お嬢ちゃん。しかし、心配など無用だ。この程度の相手なら機械の身体というハンデがあるくらいが丁度良い}

 {KiRa:アホか。コクアは防魔局の最新鋭装備だ。ハンデどころか、大きなアドバンテージだろうが}

 {mautheD:これだからねずみちゃんは困る。精霊たる私の力を何だと思っているのかね? 素で私を召喚してみたまえ。3秒でヤツの尻の穴を10倍の数に……}

 {kaz:来ますよ!}


 千麒の叫びと共に、灰犬が突っ込んできた。

 ハチェットによる斬撃をくり返しながら、猛スピードで足払いとツメによる連撃を織り交ぜてくる。

 実に獣人種らしい戦い方だ。だが、この程度は見飽きているほどに知っている。

 私はコクアの身体を試すように空中へ飛び上がり、腰部と背部にあるブーストを噴かして回避を試みる。

 ……なかなか好調じゃないか。そろそろ攻撃に転じてみよう。

 コクアの最大の武装は背中に乗せているリヴォルヴァーカノン。

 同種の航空機関砲よりは小型だが、それでも全長は1m30cmほどでジャマくさい。

 鬱陶しいサイズなだけあって大きくアストラルコートを削ぐことができる30mmのAAP弾を使用できる強力な兵器だそうだ。

 これがあれば楽勝だな。私は再び飛び上がり、斬撃の隙を狙って……射撃をした。

 ――なんだこれ。トリガーがロックされてるぞ。

 しかも、Ammoの表示が0……弾薬がないだと?


 {mautheD:おい。ねずみちゃん。どういうことだ? 弾が出ないぞ}

 {KiRa:当たり前だろ。ビルが乱立する街中で30mm弾なんてブッ放せるか! 周りに高い建物が少ない浅草の寺とはワケが違う。そいつからはA10爆撃機なんかに積んである最強クラスのガトリングガン、アヴェンジャーなんかと同サイズの弾丸が出るんだ。獣人みたいな小さい標的なんぞに当てたら、簡単に突き破って後ろの建物を破壊してしまうだろうが}

 {mautheD:だったら外してくれないか。デカイし重たいんだよ。完全にデッドウェイトじゃないかね。チンパンジーが整備しているのかコイツは}

 {mina:すいませんサリィさん。コクアは試作機なので融通が利かないんです。開発部には換装ができるように伝えておきますから……}

 {mautheD:Indeed. では、眉間に皺を寄せられるようにも改造しておいてくれたまえ。今回のような時のためにね}

 {mina:善処します……}


 仕方ない。他の武装を試してみよう。……尻尾か。これを使ってみるかね。

 私はしばらく灰犬の攻撃を避けながら様子を窺う。


 「どうした犬っころ? 俺の尻はまだ、ぷりぷり元気にしてるぜ? 避けてるだけじゃ、じゃれつく子犬と変わらんな!!」

 「確かにその通りだな。では、こんなのはどうかな?」


 私は執拗な斧による斬撃を避け、灰犬の身体に密着するようにステップを踏む。

 そして目の前にわざと挑発するように着地した。


 「ばぁか! これで終わりだ!!」


 灰犬は左手で引き抜いたデザートイーグルを私に向け吠えるように叫ぶ。

 しかし、終わりなのは貴様のほうなのだが。


 「終わり? そういうことを言うのは、お前に絡み付くチューブをよく見てからの方が良くないか?」

 「あ? ん、な、なんだこれ!?」


 気付いた時にはもう遅い。灰犬の身体に絡み付くチューブ。

 それは三つ叉に分かれて伸びたコクアの尻尾だ。

 そして、その先端にあるのは……攻撃手榴弾(コンカッショングレネード)

 私は無慈悲にその3つのコンカッションの起爆スイッチを入れる。

 ――コンカッショングレネードとは、TNT火薬などで衝撃波を発生させ相手を無力化する手榴弾。

 衝撃波はまともに食らうと脳震盪などを起こし、さらに至近距離での爆発ならば殺傷能力もある。

 コクアの尻尾に付けられたコンカッションは、相手に絡み付かせることによって密着させ、その威力を無駄なく発揮できるというもの。

 尻尾のチューブを使って設置、起爆させるため、"チューブコンカッション"と名付けられている。

 性能は申し分ないし理にかなっていて非常に優秀な装備だ。

 ただし、尻尾の付け根……尻から細長いコンカッションを"()り出す"機構だけは止めて欲しいものだ。メリッサの悪趣味には付き合い切れん。

 感覚器官の優れた相手には、閃光手榴弾(フラッシュバン)やコンカッションは非常に有効。

 それはあの色ボケ鷹山がストリゴイイ戦でやったように数々の実戦で証明済み。

 こいつら獣人種の感覚器官もかなり優秀にできている。特に聴覚は人間の数十倍もあるんだ。

 小型ではあるが3つのコンカッションを同時に密着して爆発させれば爆音だけでもひとたまりもないはず……。


 「ふざギんなコノ、クソ犬がァ!」


 突然の叫び声と共に"ポウン"という機械的な音声が響く。

 それと同時に私の……いやコクアの身体が勢いよく後方へ吹き飛ばされる。

 なんだ!? この攻撃は!?


 {mina:衝撃波! え……と、これはソニックプッシュ!? 両腕の手の平から発射されたようです。さ、最新の近接防御兵器ですよ!! ということは、灰犬はオーグメンテッド・ヒューマンなの!? サイバネティック兵士です!!}


 コンカッションの爆煙が収まり、徐々に灰犬の姿が現れる。

 上半身の毛皮が首まで剥がれ落ち、黒い金属フレームとしなやかに脈打つ高密度な人工筋肉が現れている。

 これはもう獣人だとか関係ないな。ほとんどが機械じゃないか。


 「俺はな改造してるのは車だけジャねぇんだよ。その何倍もの金を掛けて体を改造されたオーグメンテッド・ヒューマン……いや、オーグメンテッド・セリアンスロゥプなんダ。もう、こんな身体だから、人間に化けることも出来なグなっちまったガね。……チッ、声帯出力がバカになっジまっタな。まぁた修理しねえと」

 「あの様子ではコンカッションの爆音は機械的な防御装置で効いてないようだな。面倒なヤツめ。サリィ! 動けるか? いよいよ本番だぞ!!」

 「Indeed. もちろんだ、ねずみちゃん。この程度で動けなくなるようなら、こんなガラクタはとっとと廃棄したほうがいい」


 まったく。最初のスキャンデータでも異常な金属反応が出ていただろうに。

 私ですら多少は予測していたのに、なんでオペレーターが気付かないんだ? 職務怠慢だぞ。


 {mina:スキャン画像を再確認しましが、現在も通常の人体に見えます。恐らく擬装映像を発信しているのかと。こんなに本格的なサイバネティック兵士が日本に来るなんてあまりないことなので……。私が透視でしっかり確認していれば……すいません}

 {mautheD:ふむ。擬装をしていたのか。単純な見落としではないのであれば致し方ないか。ふふん。テロリストの考えそうな手口だ。}

 {KiRa:サリィ。準備はできた。そちらの合図に合わせる。いつでもいいぞ}

 {mautheD:Indeed.}

 {kaz:あの……俺も手伝いましょうか?}

 {KiRa:いや、これは丁度いい機会だ。手頃な強さの相手だしデータを取らせて貰う。千麒は私の護衛とストリゴイイの動きにだけ注意しててくれ}

 {kaz:は、はい、それなんですが……目が離せないんです……}

 {KiRa:何言ってんだ。とにかくストリゴイイに……}

 {mautheD:おい! ヤツが動く、行くぞ!!}


 沈黙を破り灰犬が動き出す。は、速い!?

 さっきまでは外皮……毛皮の強度を気にしての動きだったのか。

 益々、このままではまずそうだ。

 実験とやらをする前にコクアが破壊されてしまうかもしれんぞ?

 私はねずみちゃんに、例の合図を出す。


 {KiRa:行くよ。ヤタ、サキ! ポゼッションだ!!}

 {八咫:御意に}

 {咲:うん}


 ねずみちゃんの掛け声で、コクアにヤタじじいとサキが憑依しようと入り込んでくる。

 くっそ、気持ち悪いな相変わらず。精神が溶け合うような違和感だ。

 こんなものすぐにでも、終わらしてしまいたいのだがね……。

 瞬足で距離を詰める灰犬の斬撃を躱し着地する。

 それに合わせて灰犬はデザートイーグルを連射してきた。

 手首も機械化で強化されているから、あんなバカでかい銃を正確に連射できるのか。

 ……しかし、私は避けない。もう、ヤタのじじいがいるからな。

 ――弾丸はコクアには届かない。なぜならヤタの反射結界がコクアを包んでいるから。

 反射した弾丸は灰犬へ正確に返されるが、間一髪で避けやがった。勘のいいヤツめ。


 「て、デめぇ! なんだそりゃ? こりゃぁ50口径AE弾だぞ!? 跳ね返すだと!? 何をしやがった!?」

 「説明の必要は無いな。ヤタ、サキ、サリィ。最終フェーズだ。本当の姿を見せてやれ」


 やれやれ、ねずみちゃんがエラそうに。

 仕方ない。では、お見せいたしましょうか。

 やけになったのか、無謀に突っ込んで来る灰犬。

 その攻撃を躱して手水舎(ちょうずや)に登り、さらに高く舞い上がって着地をする。

 着地をしたコクアは先ほどまでの犬型ドローンでは無い。

 胴体を折り曲げて四肢を変形させ、砲身を収納したリボルバーキャノンを左腕に移動させた人型ドローンの姿……。

 狐狗鴉(コクア)の完成形、これがその真の姿だ。


 {mina:変形機構正常。ウォードッグ形態から人型……ウォーモンガー形態までの変形は2.5秒でした。新記録ですね}

 {咲:やったね}

 {八咫:うむ。まだまだ若いもんには負けられんからのう}

 {mautheD:喜ばしいことなのか? ヤタ翁の結界があれば急がずともいいだろうに}

 {KiRa:何度も言わすな。データ取りをしているんだ。完全自動化したらヤタの結界は使えないだろうが}

 {kaz:ロボ……だ。すごい}

 {yo:あ〜いいなぁ。俺も生で見たかったな〜}


 「お……おおおっ! 『トランスフォーマー』かヨ。マイケル・ベイもビックリだぜ。さスが本家の日本だな! ますます欲しグなってきたぜぇ!!!」


 なんか盛り上がっているところで悪いのだが、私はコクアを人型にする意味が理解できない。

 犬型のままでいいだろうに。

 頭の位置がこんなに上に来てしまったら尻を噛みにくくなってしまうではないか。

 それに私は元々が犬なのだ。人型になると勝手が分からず、犬型の時よりも弱くなってしまうと散々言っただろうに……。

 戦いにおいて二足歩行のほうが優れているかのような勘違いは非常に腹立たしいものだな。

 そもそも自分たちにできないからと言って、精霊や式神にドローンを操縦させるという魂胆が気に入らない。おさるのジョージを大気圏外へ放り出すようなエゴだと早く気付いて欲しいんだがね。


 {mautheD:ああ〜、ところでだ。人型になったものの、武器は何もないんだが? 練習の時に使っていたショットガンや大型ライフルはどこにある? これでは本当に、ただ弱くなっただけだぞ}

 {mina:今回は皆さんの式神能力を試す実験でもあります。格闘戦を主体に戦ってください。右前腕手甲部に火薬式二連ピストンパイルと、左腕キャノンのカバーシールド内に大型 AC(アストラルコート)貫通ブレードがあります}

 {KiRa:ごちゃごちゃ言うなサリィ。三体同時憑依なら、お前達の能力をフルに使えるはずだ。"先触れ"だって使えるだろ}

 {mautheD:まあ、あれが使えるなら問題ないか。しかし、この体では、うまく集中できないのだがね}


 無理矢理実験に付き合わせられているうえに、ろくな武器もありはしない。

 このまま動物愛護団体に駆け込んで、悪事をバラしてやりたい気分だな。


 「何ボケっと突っ立ってるんだ? 見た目だけの虚仮威しか!?」


 血の気の多い灰犬は、またもや突進してハチェットによる斬撃と蹴りの連撃をくり出す。

 速いな。しかし、もう通用はしない。

 両手で軽くいなし、怒濤の連撃を全て先読みしてシールドや結界で弾き飛ばす。

 ソニックプッシュもフェイントの銃撃も、隠し球の手榴弾もなんのことはない。全てが読める。

 私はモーザ・ドゥーグ。人の死を予告する不吉な黒犬。

 その本質は先触れ……予知にある。

 私にとって常世の者の攻撃を読むなど児戯に等しい行為だ。

 ただし、この馬鹿げた機械の身体では、頻繁に集中が途切れてしまうのだが。

 3体の式神の協力で各個体の能力を使えるようになるのはいいのだが、逆に3体分の意識が邪魔をしあって繊細な技の精度は落ちてしまうという欠点があるようだ。

 ――それでも、この程度の輩の攻撃ならば全て躱しきってもおつりがくるがね。


 「く、くそ、なんだ? こんナに動きを読まれるドは……」

 「Indeed. その通り。私がお前の攻撃を読んでいるのだよ。単純だから読みやすいな駄犬くん。それとだ……こんな芸当もできるが味わってみるかい?」


 私はそう言うと瞬時に詰め寄り灰犬の両腕を掴んで顔を寄せる。

 そしてバイトジョウの大口を開けて……大音響の吠え声を浴びせた。


 「……!?? が、あ。な、なんダこれは」


 戦いの喧騒だけが響く夜の神社に、戦慄を引き起こす吠え声が響き渡る。


 {KiRa:ば、ばかもん! ソレをやるときは前もって連絡しろと言ったろう! ビジ・グラスの対音響防御が間に合わなかったらどうする!?}

 {mautheD:はっは! そうだったね。しかし、見たまえ。効果は覿面(てきめん)だったろう? 獣人は吠えるのには慣れていても、吠えられるのには慣れていないからな}


 私の吠え声には、少々魔力が込められており、相手を恐慌させる効果がある。

 機械の発声装置でも多少は、その魔力が発揮されるようだな。

 灰犬は何かに怯えながら呆然と立ち尽くしている。他愛のないもんだ。


 {mautheD:さあて、トドメを刺そうかね}

 {KiRa:まて、戦闘不能にしろ。無闇に殺しまくるな}

 {mina:私の透視による再スキャンの結果では、両手と両脚はすべて人工物です。この際、手足を潰してしまってもいいかと思います}

 {mautheD:ふむ。つまらない幕引きだが仕方あるまい。ではブレードで……}


 私は左腕のシールドから刃渡り70cmほどの鉈のようなAC貫通ブレードを引き抜き、刃に魔力を込めながら一気に振りかぶる。


{mina:灰犬の体内に薬物反応あり。何これ? 劇薬の覚醒物質です!! 体内から異常な活性化が……AC.Lvが急上昇中。142!? だめ! AC貫通ブレードでも歯が立ちません!! 一端様子を見てください}

{KiRa:一時的にキメラ並みのAC防御になっただと!?}

{mautheD:ほう。まだ奥の手を持っていたのか}


 劇薬で肉体を活性化だと? まるでベルセルクかウールヴヘジンの狂戦士化だ。

 そういう薬物を生産して実用化しているということなのか……。

 オーグメンテーションの技術力といい、こいつらの背後にある組織の科学力は並大抵ではないな。

 しかし、困ったな。今の武装ではコイツを仕留められるものがないぞ?

 そう考えている最中に唸り声を上げながら灰犬がコクアにピタリと張り付く。

 左右の爪による猛撃を躱したが、これはフェイントですぐさま左腕でヘッドの部分を掴まれてしまった。

 なんだこの力は!? 300kgはあるコクアを片手で持ち上げるだと!?

 迂闊だった。狂戦士化などの自我を失うような状態変化では"先触れ"でも攻撃を読めない。

 くそっ、何をする気だ!


 「馬鹿メ。俺がただの機械化兵だト思ったか!?」


 そう言うと灰犬は機械の左腕をパージ……切断して後退。

 その直後、左腕はコクアの顔面を握ったまま大爆発を起こした。

 こいつは……大失態だ。

 コクアの頭部は跡形もなく吹っ飛び、動力部がある胴体も約半分が大破状態。

 もはや腕や脚を動かすことも出来ず、力なく両膝をついてほとんどの機能が停止してしまっている。


 {八咫:余りに近すぎるため結界を張ることができませなんだ。誠に申し訳ありませぬ}

 {KiRa:サリィ、コクアは!? 再起動できるか?}

 {mautheD:くっ、ダメそうですな。どうやらボディの半分を抉られたようだね。おまけに頭は月まで吹っ飛んでしまったよ。これでは尻に噛みつくことができないではないか}


 「ぶははははっ! そんなおもちゃで俺らに勝てるかよ!! しかし、腕もドローンもぶっ壊しちまったな。まあいい。てめえらを血祭りにあげられるなら、もうどうだっていいぜ?」


 ま、まずいな。ここは一端、憑依を解除して立て直すしか……。


 {mina:キララさん、ポゼッションを解除しましょう! 実験機は残念ですが、これでは使い物になりません!!}

 {KiRa:仕方あるまい。一度、全員戻ってくれ!}


 ――なんとも格好の付かないことだ。式神が3体も揃って駄犬に負けてしまうとは。

 だから人型なんぞにならなければ、あの程度回避できたものを。

 キララはこの間の怪我が完治していないし……仕方ない。

 私を直に召喚させて丸齧りにしてやろうではないか。


 {咲:平気よ。元に戻せばいいんでしょ?}

 {KiRa:サキ? 何を……}


 サキはそう言うとコクアのボディの上に姿を現し、くるくると回り始める。

 そして回転はどんどん速さを増し続け、尋常ではないスピードになっていく。

 ついに回転が光の軌跡となる頃に、ふと気が付くとコクアの体と頭がそっくりそのまま元通りになって現れていた。

 頭もボディも傷一つ無いだと? な、なんと、新品同様になってコクアの全機能が復活してしまうとは。

 サキのヤツめ……やはり、只者では無かったか。

 どんな技を持って、こんなことを可能とさせているのか。

 子狐の妖怪などという生やさしいものではないのであろうな。此奴の正体は。

 まだしばらくは、ヤタ同様に下手に出ておいたほうがいいだろう。


 {KiRa:サ、サキ!? どういうことなのだ……}

 {mina:コクア……全機能、オールグリーンです。な、なんで!? 機械の再生なんて聞いたこともない}

 {咲:元に戻したの。ただそれだけ。種明かしはお終い。もう疲れちゃったから、次ので最後にしましょ}


 そう言うとサキは、そのままコクアの腕の上でくるりとバク転をして眩い閃光を放つ。

 その光が収まると私の目の前に巨大な日本刀が二本現れ、大地に突き刺さっていた。


 {咲:これ使って。燐火円狐刀(りんかえんことう)。すごく熱いから短時間でケリをつけないとコクアの腕が持たないよ}

 {八咫:ほほう。大長巻きですかな。これは見事な反りと輝き。サキ殿の変化の技を見られるとは、長生きはするもんですなぁ}

 {KiRa:な、なんだ!? サキ、変化なんてできたのか? それにさっきの復元の技といい……お前は一体!?}

 {咲:お狐ですもの。変化ぐらいできるよ。でも、こんなの生身の人間じゃ使えないでしょ? コクアなら使えるから出してあげたの}

 {mina:すごい熱量です……。以前、志津華さんが出したエンチャントの火炎剣すら超えています。これなら!}


 燐火円狐刀と言ったか……。

 日本刀独特の反りをさらに極端にした刀身と、その刃の部分とほぼ同じ長さの柄。

 一本でコクアの身長よりも少し短い程度……160cmほどもある。

 ヤタのじじいは大長巻きと言っていたな。刀と言うよりは薙刀に近い形状だ。

 そしてその身に纏う炎。燐火とは狐火のことと聞く。

 しかし、この熱さは並大抵のものではない。恐らく相当な魔力が込められた炎。

 刀身全体にチリチリと無数に舞い上がる火の粉は周囲のエーテルが刃に込められた魔力に反応して発火したものか。

 この刀の前ではアストラルコートなど無意味。

 どんなに分厚いACであろうと、生身や物理現象で破壊できる本体がある以上、この熱量に耐えられるはずもない。


{mautheD:ふうむ。刀……しかも二刀流で戦うのは初めてではありますが、サキ殿の好意をムダにはできませぬ。見事に葬って見せましょう}

{咲:大丈夫。使い方は刀が教えてくれるよ。それと、殺しちゃダメってキララに言われてるでしょ?}

{mautheD:Indeed. ご期待通りに}


 私は円狐刀を地面から引き抜き二刀を構えてみる。

 柄を握ったとたんに、その猛烈な熱量で機体に異常を示す警告サインが点滅し始めた。

 まったく、なんという非常識な刀であるか。

 さらに驚くべき事に、握ったと同時に私にはこの刀をどう使えばいいかが手に取るように分かってしまう。

 握りや構え方から足運びの流れ、そして二刀で振るには扱いにくい長巻きである理由でさえも。

 私は刀の意思通りに左足を前に深めに腰を落とす。

 剣術というよりは徒手空拳で戦う武道の立ち方であるな。騎馬立ちといったか……あの立ち方に似ている。

 そして右の太刀を右肩の上からやや背中に落として担ぎ、左の太刀の刀身を右脇腹の後方へ向ける脇構え。

 古流の隠し剣の類いなのか……この構えならば相手からは、どちらの刀身も一切見えない。間合いを悟らせないということか。

 片方を前に出し牽制に使う一般的な二刀の構えではないのだな。

 防御を捨てた構えなのか? いや、長巻きの極端に長い柄は相手に向いているので、そのまま打突に使える。

 さらに見えない間合いと左右どちらが先に来るかが分からないことがすでに牽制か。二刀の連撃で確実に相手を仕留めるという確殺への布石なのだな。

 どれも初めての知識であるにも関わらず理解が出来てしまう。この構えは鬼斬弐太刀(おにきりにたち)……というのか。

 サキの言うとおり刀が教えている。これが刀の記憶だとでもいうのだろうか?


 突然のコクア復活と燃え盛る異形の刃を目の当たりにした灰犬は、理解不能な恐怖に襲われ狼狽し、玉砕覚悟の特攻に踏み切る。

 これまで以上の速さ。まだ薬物の効果は切れていないようだ。

 ――しかし、最初の斧の一撃をふり終わる前に、左太刀の水平斬りで両脚の膝上を両断。

 次いでやや右に体をずらし、右太刀の振り下ろしでハチェットを振りかぶる右前腕を空高く跳ね上げた。

 全ては一瞬。

 アストラルコートなど存在しないかのような切れ味。炎などなくともAC貫通能力だけでも凄まじいものである。

 そして何より、刀など使ったこともない素人の私が、この動きをやってのけたというのか……。

 いや、サキが動かしたようなものだな。小憎らしいことをしてくれる。

 やや屈辱ではあるが、灰犬の動きを全て封じて捕縛は完了した。



 「こ、殺せぇ! この俺に情をガける気かぁ!! 奪え! 俺の家族を! 兄弟の命を奪ったようにな!! そして俺を殺した恨みで、同胞がさらなる惨劇を引き起こしてくれる!! 報復は終わらん! 未来永劫に殺し合えバいい!!」

 「ふざけるな。ボケ犬め。この国は法治国家だ。縄について法の裁きを受け、罪を償え。その結果がどうなろうとわたしは知ったことではないがな!」


 地ベタに仰向けになった灰犬は臆することも無く悪態をついている。

 しかし、ねずみちゃんはずいぶんと鼻息を荒くして怒鳴っているな。

 なんとなく察しはつくが、余計なことを思い出してしまっているのではないかね?


 「お、お前らは知らンのだ。日本などというヌるま湯に浸かっているのだからな。欧州では我々、獣人は発見され次第抹殺される。どんな理由があろうともだ。俺たち一家はただの農夫だった。代々、人間ともうまくやっていたよ。人間に迷惑なんて、これっぽっチもかけてない。しかし、末っ子の変化がばレたとたん、家族全員が……半日も経たずに殺られたんだ。"キュリオテス"とかいうウィッチハンター共にな。ヤツらは魔女狩りだけデは飽き足らず、俺たちにも容赦なく刃を突き立てるんだ。面白半分になぁ!」

 「欧州での惨劇は知っている。人間と獣人、亜人たちがお互いで憎み合い、復讐の連鎖で泥沼状態だということも。だからと言って……」

 「そうだそれでいい! それが正常な世界のあり方だ。人かそうでない者たちか、どちらかが死滅するまでこの戦いは終わらん!! 恨みってぇのはそうイうもんなんだ」


 ねずみちゃんは、わなわなと震えながら言葉を続ける。

 どうやらあまり芳しくない記憶が掘り起こされているようだ。


 「お前達が復讐を遂げたいという気持ちはわからんでもない。しかし、相手は誰だ? なぜ暴挙をしでかしたウイッチハンターだけを狙わない? こうして他国まで来て関係の無い人間にまで憎悪を振りまくのはなぜだ!? 相手を見誤ってお前を利用する組織の言いなりになれば、お前の家族を襲った連中と同じクズに成り下がるだけだろう? 自分と同じ苦しみを全ての人間に味合わせたいというのなら、お前は……一体なんのために生まれてきたのだ。そんな悲しい生命など存在してはいけない。だめなんだ……」


 ――ふん。やけに感傷的であるな。

 ねずみちゃんの職業で、この手の輩にいちいち同情をしていたら持たんというのに。

 それに最後のセリフはまるで自分に言い聞かせているようじゃないか……その涙では。


 「何ダ……お前。そうか。そうなんだな。お前も奪われたのか。くそ。涙なんか俺に見せルな! 貴様らとは違う! 俺たチは人間とは!!」

 「うるさい! 本当の悲しみなんて誰にも分からないんだよ。お前のも、わたしのも。そこに人間も獣人もあるものか。……だから、恨みや悲しみを無関係の他人に押し売りなんてするんじゃない。傷ついても耐えて理解してくれる人を大切にしながら生きていくしかないんだ……わたしたちは」

 「……きれい事じゃねぇんだ。支えてくれる仲間がいるお前らは幸福なんだよ。変化がバレた末っ子ってのはな……俺だ。自分のせいで家族は惨殺され、俺もオモチャにされて肉体のほとんどを失った。獣人の再生能力を実験してた施設でな。何年も何年も体中をいじくりまわされたよ。ある時、獣人と亜人の連合組織が研究所を襲って、その時に連中に救い出されたんだ。この機械の身体はその組織から与えられたんだよ」


 キララはおとなしく聞いてやっているな。他人の不幸話を知りたいなど趣味の悪いことだ。

 セラピストならばそれでもいいが、我々はヤツらと戦い制することを目的とする立場だ。

 "その時"になって、その感傷が邪魔をしなければいいのだがね。


 「やっと解放されたと思ったよ。だがな連中は言ったんだ。俺の体に掛かった費用と命を救った代償は、組織への忠誠で払ってもらうとな。俺は同族を救う義侠心で助けられたんじゃない。組織はあの施設のデータと研究成果である俺の生命維持装置を使って実験がしたかったんだ。獣人をさらに強くするためにな! 体の解析が終わったら、今度は機械化兵の実験サンプルとして過酷な戦場へ追い立てられたんだ」


 なんだ……この獣人までもがキララに感化されたのか?

 まだストリゴイイもいるので身の上話をしている場合ではないのだが……。


 「……地獄は終わってなんかいなかったんだよ。泥沼の防衛戦から、街一つ丸ごとの殲滅戦。どんな汚ねぇことだってやったさ。これまでの復讐ができるならどうだっていい。俺が味わった苦痛にくらべりゃ屁でもねぇだろうって。そう思ってたよ。実際、そこで寝転んでる同類のヤクザもんなんかいくら殺ったって気にもならねぇ。……でもよ。上からの命令なら幸せそうな家族や子供なんかにまで手を出さなきゃならねぇんだよ。家族を犠牲にしちまった頃の俺と同じくらいの子供の首に力を込めるんだ。やらなきゃ、俺が殺されちまう。もう途中から、復讐したいのか逃げ出したいのか分からなくなった。正直、混乱したまま、狂気に身を任せていたほうが楽だったんだ。だから、お前みたいなのは……正気に戻っちまうからさ。迷惑なんだよ……」

 「……悪かったな。でも、わたしにはこう言うしか……こうすることしかできない。お前が流されることしかできなかったように、わたしもこれしか自分を納得させる方法を知らんのだ」


 優しすぎるのも問題であるな。平和に慣れすぎた弊害だ。

 彼女は日本人としては、かなり過酷な目にあってきてはいる。

 しかし、世界レベルで見れば、まだまだマシなのだ。

 目の前にいるのは特別に不幸な獣人ではない。実に"平均的"な不幸を背負った獣人だ。

 食卓でアイリッシュ・ブレックファストを頬張る間に、皿に乗ったベイクドビーンズの豆の数よりも多い無垢なる血が流されているとしたら?

 平穏に暮らす君達にそれが理解できるかな? ちょっとハードルが高すぎるかもな。


 「どんな法で"いないはず"の獣人を裁くのかは知らん。しかし、どの道、死刑は免れないだろう。このまま行けば待ってるのは死だけだ。だから……殺してくれよ。もう解放してくれ。疲れたんだ……。まだ、こんな悲劇を我慢しろっていうのか? なぜ、俺たちは嬲られ続けなければならない? 同族にすら脅されて! なんで解放されない!? まだ苦しみ足りないっていうのかよ!!」

 「……もういい。お前の話はわたしには辛すぎる。しばらくそこで寝ていろ。サリィ、チューブで睡眠スモークだ」

 「Indeed.」


 私はコクアの尻尾を伸ばして灰犬に絡め、チューブの先端から睡眠ガスを放出する。

 獣人種は催眠等の麻酔系に極端なほど弱い。

 機械の体で耐性を持っていたとしても、寝転んだ状態では地面に停滞するガスをまともに吸ってしまい耐えられないだろう。

 まったく、ようやくこの忌々しい機械の身体から抜け出せるな。

 ねずみちゃんどころか、美奈までもが涙声でグズり始めやがった。私にそういう感情をぶつけないで欲しいんだがね。

 遥か昔を思い出してしまうから。


 {mina:灰犬眠りました。ボディ部分は堅牢な生命維持装置みたいですね。生命反応は安定しているようです。それと……キララさん、大丈夫ですか? グスッ……}

 {KiRa:わ、わたしは平気だぞ!? 問題ない。平気だ。たぶん}

 {kaz:少し休んでてください。ストリゴイイは自分が抑えますから}

 {yo:ふう〜。なんか今回は出番なくて寂しいなぁ。阿部川さん、こっちきて休みません? 慰めますよ〜w}

 {KiRa:うっさい鷹山! 平気だと言ったろ!! それより千麒! 礼衣無さんが雷武と交わした約定を忘れたか? 現在、ストリゴイイとは交渉中だ。ヘタに攻撃をするんじゃない!}

 {kaz:そ、そうだと助かります……}

 {yo:なんだそりゃ? 今回は随分弱気だな}


 ――ふむ。なんとか一息といったところか。

 しかし、キララはこの先、どうするのであろうな? 先ほどの灰犬の話は人事ではない。

 彼女に巣くう心の闇も、いつ同じ方向へ向いて流されてしまうか分からないのだから。

 憎しみの呪縛を解きほぐすのは容易なことではないぞ。

 "分かり合う"なんていうのは極一部の崇高な思想の賢者か、悲劇の当事者以外の理想でしかない。

 愛する者を奪われ、我が子が犠牲になってしまった人々を前にして「我慢して相手を許せ」と言えるとしたら、それは別の意味で冷酷であろう。

 もちろん、和解すること自体を否定する気はないがね。

 話し会って許し合うことで解決できるのなら、間違いなくそれがベストだろう。素晴らしいことだ。

 もし世界中で実現できたなら、毎晩、寝る前に『イマジン』を歌ってから床に就くことにするよ。

 しかしながら、まるで分かり合えていないのが現状だ。

 未だに世界中で多くの対立や紛争が起こり、怨恨の連鎖は止まることを知らない。

 理屈では理解していても心では真逆のことを考えてしまう……人とはそうした愚かな生き物なのだ。

 昨今の世界規模でのテロ拡散を見れば、ボノは『Sunday Bloody Sunday』を、まだまだ歌い続けなければならないだろう。


 私が太古の昔からモーザ・ドゥーグとして存在してきたのは、非情な決断で復讐の連鎖を止めるため。

 憎しみの連鎖を解くには、誰かが恨みを一身に受けて倒されなければならない。

 それが私の"役目"なのだ。

 殺される者に所属する国や組織、家族や友があってはならない。

 あれば不幸の連鎖がそこから始まってしまうから。

 一切の情を捨て私は死を呼ぶ魔犬として悪しき禍根の種となる人間を殺め続けた。

 民族虐殺の元となる愚かな王から、酒場で飲んだくれて火事を起こし村同士の対立を作り出してしまう運命の若者まで。

 あらゆる人間の行く末を先触れで予知し、見極めて噛み殺した。

 そしてその愚者たちを愛する者の溜飲を下げるため、その身を捧げる。親しき者たちからの恨みを私だけに向けさせて最後には殺されるのだ。

 強大な力を持つ私を倒すために、時には敵同士でさえ手を組み協力し合う。

 切羽詰まっての協力ではあるが、そこには一種の共闘感が生まれ、多少ではあるがわだかまりを解くこともあった。

 こうして悪の象徴である魔犬が倒された後には、しばしではあるが安寧がもたらされる。

 人々にも私にも。

 これこそが監視者……ウォッチャーたる精霊の役割だったのだ。

 私が常に悪態をついてしまうのは、友を作らないためのクセみたいなものだ。

 憎しみの連鎖を止めようとするものの死で復讐劇が起きてしまうなど、あってはならない。笑い話にもならないだろう?

 美奈みたいな優しい娘は、すぐに情を持ってしまうからな。

 早めに嫌われておかないと、私にとってはやりずらいのだ……。

 死してから数年の後、私は主によって甦らされ、同じことをずっと繰り返してきた。

 何百年もの間、マン島の老魔術士によってね。

 決して忠義からや彼奴の出来すぎた息子の剣や槍が恐かった訳では無い。

 老魔術士の覚悟……長きに渡る戦乱で不幸にまみれすぎてしまった、あの島国を少しでも変えたいという気持ちに動かされたのだ。

 その覚悟に少しでも疑いがあれば、私の牙で頭を噛み砕くがいいと……そう言って見せた心意気にね。


 いつでも不誠実な主に噛みつく覚悟。そしてその誠実さを自分にも徹底し、ダモクレスの剣として日々自身を見つめて自制する覚悟。

 私はそれを胸に千年近い時間の流れを渡ってきた。

 同じようにそのどちらの覚悟もが、これからのキララには必要になってくるであろう。

 それが今、先触れで見える彼女とそれを取り巻く者たちの未来。

 皮肉にも、彼らは私と同じような役目を持たなければならない運命なようだ。

 私のように生死を超越し、数年の休息で甦られる精霊ではないのだぞ?

 甘んじて崇高なる犠牲者となるかな?

 それとも、実に人間らしい創意工夫で過酷な運命を切り開いて見せるのか?

 もしそうなのであれば、私も先達の"お役目"として手助けをする義務がありそうだな。

 ただし、それには私と本契約をしなければならないがね。


 はてさて。我がじゃじゃ馬のねずみちゃん……仮の主には、その資格と覚悟があるのであろうか?

 それについて私は……。

 「Indeed.」……とだけ、答えておこう。

 

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