一話 夏の朝
午前六時ぴったり。
それが僕の起床時間だ。今まで寝坊したこともないし、早く起きすぎたこともない。我ながら几帳面だなと苦笑いしながらベッドを降りた。
白で統一された室内に、カーテンの隙間から明るい陽射しがこぼれている。
遮光カーテンとレースのカーテンをいっぺんに掴んで、勢いよく左右に開いた途端、僕の目は容赦ないくらい眩しい朝日に晒された。
「うわ、眩しい!」
明るさに対応できなくて少しのあいだ目がくらんだけれど、それもすぐに収まった。明るさに慣れれば窓の外にはいつもの風景が広がっている。
僕の家は小高い丘の上にあって、寝室として使ってるこの東の角部屋からは青い海と、そこへ続くなだらかな坂道が見える。
キラキラと光る青い海も、白い砂浜も、背の低い草に覆われた野原も、青々と葉を茂らせながら赤い花をつけているロサ・ルゴサも、みんな僕のお気に入りだ。
この時期はあっという間に草が生い茂ってしまうけれど、この窓からの眺めだけは確保したくて日々せっせと手入れしている。
換気のために窓を開けた途端、潮騒と小鳥たちの可愛らしい囀りが聞こえてきた。
僕は窓をそのままにして、一階のリビングへ降りた。
「おはよう、博士」
マントルピースの上に飾った博士の写真に向かって朝の挨拶を済ませて、キッチンの戸棚にしまった小鳥のエサを取り出した。
「博士、ちょっと待っててね。先に小鳥たちに朝ごはんをあげてくるよ」
断りを入れてから庭へ出た。
僕の姿が見えた途端、あちこちから色とりどりの小鳥たちが寄って来てきた。
つぶらな瞳で見上げながら、僕の手が美味しい朝ごはんをばら撒くのを今か今かと待っている。
「おはよう、おちびちゃんたち。今日も元気だね!」
言いながら、地面にエサを撒いた。
何匹かは僕の肩にとまったまま、撒き終えるのをじっと待っている。
肩に乗っている子たちはとりわけ僕に好意的な子たちで、いつも手のひらから直接エサを食べるのだ。
僕は手のひらに少量のエサを載せて、そのままじっとした。下手に動くと臆病な子たちは驚いて逃げてしまうから。
肩にいた子たちは、飛んだり、僕の腕をひょこひょこと足で伝って降りたり、思い思いの方法で手のひらへと移動してエサを啄んでいる。
「君たちだいぶ僕に慣れたよね」
嬉しいような、寂しいようなそんな複雑な気持ちだ。
こうして毎朝小鳥たちにエサを与えるのは、もともと博士の楽しみだったのだ。
この子たちも彼女に良くなついていたし、逆にこの子たちに嫌われまくっていた僕は、リビングの窓から博士とこの子たちが戯れる姿をじっと見守っていた。
つまり、小鳥たちが僕にこうやって慣れきったと言うことは、博士からこの朝の日課を受け継いで長い時が経っていると言うことになる。
それだけの長い間、僕はずっとひとりでここにいる。博士のいないこの家に。
「さ、君たちもそろそろお行き。僕も家に戻るから。また明日の朝、ね?」
言葉が分かるわけないのに、小鳥たちは僕の言葉が終わるや否や飛び立って、あっという間に一匹もいなくなった。
僕はみんなが飛んでいった青い青い空を仰いだ。
ところどころ綿菓子のような白い雲が浮かんでいて、いかにも夏の空だ。
ほんの数十年くらい前までは、過度の大気汚染のせいで晴れていても薄曇りのようなぼんやりと灰色の空だったのに。
地球の浄化は順調に進んでいる。それこそ当初の計算より早く。
一度快方に向かったと思ったら、あとは加速するような速度だった。
『地球の自浄作用はすごい』
と、博士と笑いあったのは何年前のことだっただろう。
ここにはもう悪臭も、人の体を蝕む粉じんも、植物を枯らす酸性の雨もない。
「博士にも見せてあげたかったな」
この空を。