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掌編「Rock on」

作者: かさのきず
掲載日:2015/07/16

ちょうど折り返しの十本目の作品なので、ちょい気合いを入れつつ、あまり得意じゃない恋愛以外の作品をば。

 重苦しい、悲鳴を上げているような音がライブハウスの中に響く。

 しかし聞き苦しいはずのその音は、ただ主張を繰り返す。

 世の中の理不尽、不条理さ。そんなものに立ち向かうことのできない人々の情けなさ。そしてそんな人々のために私たちは歌う。

 そう、彼女は語っているのだ。

 俺は笑ってしまった。

 嘲りなんかではない。俺も彼女の言う情けない人々の一人だから、ただひたすらにそれが嬉しくもあり、誇らしくもあり、そして何より救いに感じた。

 救世主。その呼び方こそが彼女にふさわしい。

 テレビに出ているアイドルのようにかわいいわけじゃない、舞台で芝居をやっている女優のように美しくもない。オペラ歌手みたいな美声を持っているわけでもない。

 しかし、その姿は俺たちを惹きつけ離さない。いや、離れたいという気持ちをなくさせる。

 その彼女の悲鳴に、主張に、俺はただ酔っていた。

 そんな俺の救世主が、自殺した。



「はい、大変申し訳ありませんでした。以後、気をつけます」

 謝罪というのは便利なものだ。大概の事はそれで許される。

 もちろん、許されないほどの事は世の中には山ほどある。でも、大抵そういうものは日々のちょっとした注意で避けれたり、そもそも起こる可能性が低すぎて懸案する必要のないことが大半であったりする。

 つまり、謝罪さえできる人間であれば、社会って言うのはそれほど生きづらい場所ではないのだ。

「いやあ、いつみても見事な謝罪ですね」

「うるさいぞ木崎」

 デスクに戻った俺にそう話しかけてきた後輩は、文句を言ってもおしゃべりをやめる様子はなかった。

「どうすれば、そんなにプライドを捨てられるんですか?」

「はぁ?」

 俺は木崎の言葉の意味がわからず、そう答える。

「だって、今回の話だって先輩の所為じゃないじゃないですか。それなのに一言も言い訳せずに謝罪するって、結構プライドが邪魔になると思うんですよね」

 なるほど。それは一理ある。よっぽど文句を言いたい気分であることを俺自身は否定できない。

「しかしな、誰かが謝らないと終わらないんだ。それが俺であることが都合がいいのだから俺でいいのさ」

「うっわ、なんかプライド完全に捨ててる感じですね」

「プライドで飯が食えるか」

 俺は吐き捨てる。

 現実に立ち向かおうとして歌を歌っていた俺の救世主は、貧困を理由に自殺したらしい。

 プライドじゃ飯を食えないのだ。だからこそ、救世主は現実に負けた。

「まあ、そういう現実主義的なところもかっこいいですよね。先輩は」

「おだてても飯は奢らないぞ」

「えー、私うな重食いたかったのに」

 仮に奢ったとしてもそんな高いもの奢るか。お前なんて牛丼の並で十分だ。



 そうして今日もけだるい日常と言うべきものは終わり、いつも通り終電間際の時間に駅に駆け込んでいた。

 繁華街にほど近い駅の前では、この時間になるとプロを目指しているのか路上ライブをやっている若者の姿をそこそこに見る。

 今日も一人、若い男が歌っていた。

 上手いし、顔もイケメンなだけあって、何人かが彼の前で足を止めて聴き入っていた。ほとんど女性なのは仕方ないことだろうが。

 でも、俺の心には響かなかった。

 何故かはわかる。

 彼女と同じように現実を否定するような歌詞。それなのに、彼が現実を嫌っているようには思えなかったのだ。まだ、希望に満ち溢れていて、先の見えない不安を抱えつつもその先にきっと良い未来が待ち受けている。そんな風に考えているように俺には思えた。

 彼女は違う。

 彼女は、自分がそこまでできるとは思えなかった。ただ現実を恨んでいた。そして、先に待つのが絶望だとわかっていながらもそれに立ち向かっていた。

 彼はきっとプロになれるんじゃないかな、とふと思った。

 彼女みたいに途中で負けることなく、プロになって人々の希望になる。俺はちらりと見た彼にそんな希望を感じていた。



 ある日、木崎がミスを犯した。

 それも謝って許される程度のものじゃない。

「すみませんでした」

 俺は謝罪する。

 謝罪は得意だ。

「すみません、で済むと思っているんじゃないのかね?」

「いえ、とんでもございません」

 嫌味だって聞き流せる。

「そもそも君がきちんと後輩の教育をしなかったのが原因なのはわかっているね?」

「はい、おっしゃられる通りです。私の落ち度でした。申し訳ありません」

 ふと、何かが削られていくような感じがした。

「……………………っ!」

「申し訳ありません」

 部長が何かを言っている。

 俺は謝罪をする。

 部長が何を言っているのか、だんだんわからなくなっていく。

 彼女の歌声が聞こえてくる。

 くっだらねぇ。そう吐き捨てた彼女の声。

 俺は謝罪をする。

 彼女は、死ぬ寸前どんなことを考えたのだろう。

 自殺するくらいに追いつめられていたのだ。

 死は、彼女にとって救いだったのか。

 それとも、死までもが彼女がくだらない現実に抗った結果だったのだろうか。

 もう、俺にはそれを知るすべはない。

「もういい。沙汰は追って連絡する」

「はい、申し訳ありませんでした」

 いつの間にか、部長の話は終わっていた。



「先輩、すみませんでした」

 デスクに戻った俺に木崎は言う。

 必死に頭を下げる彼女の姿を見て、不意に俺は思った。

 謝罪って、やっぱりかっこわるいな。

「気にするな」

 かっこわるいのは俺だけでいい。なんてことを言うつもりはないが、大切な後輩のそんな姿をいつまでも見たいわけじゃない。

「飲みに行くぞ。罰だ。愚痴くらい付き合え」

「え……はいっ!」

 そこで存分にいじめてやるから、今はそんな顔を見せるな。



「先輩って、本当にかっこいいですよね」

「飲みすぎだ。馬鹿野郎」

「馬鹿ってなんですか! 野郎ってなんですか! 馬鹿野郎ってなんですか! 私は女ですよ! 結婚してください!」

「そんなどさくさ紛れのプロポーズに誰が喜ぶか」

 失敗した……。

 存分に木崎のミスをねちねちと責めてやろうと思ってたのに、酒の入った木崎は妙にハイテンションで、元々口数の多いほうではない俺はすぐに何も言えなくなってしまった。

「わー、振られたー! じゃあ、先輩、結婚してくださいよ」

「何回プロポーズしても無駄だ」

「結婚してください! 結婚してくださいー! 結婚してくださぁい!」

「本当に飲みすぎだ。ほら、帰るぞ」

「送って行ってください。ついでに送り狼になってください。それで責任取って結婚してください」

「お前に結婚願望があるのはわかったから、俺以外を探せ」

「いやー、先輩がいいですうー」

 そんな木崎をタクシーに乗せて、俺はようやく一息つけた。

 くらくらする。俺も酔っている。

 今日は色んなことがあった気がする。そうでもない気がする。

 でもどれもこれもくだらない現実ってやつで。

 彼女は、そんなくだらない日常を壊してくれそうな唯一の人だった。

 俺はそんな彼女の歌声が久々に聴きたくなった。

 イヤホンをつけて、スマホに入ってる音楽を再生する。

 飛び跳ねたくなるほど魂を揺さぶられるその音に身を任せて、俺は踊りながら歩く。

 駅前だ。いつかのイケメンな若者がロックを歌っている。

 中々のロックだ。

 でも、彼女に遠く及ばない。

 そんな彼に、本物のロックって言うものを聞かせてやろう。

 曲の切れ目、ちょうど休憩するところの彼に俺は話しかける。

「ちょっとギターを貸してくれないか」

「おう? ああ、あんたか」

 彼は意外にも俺を知っているような風だった。

「目を見りゃわかる。あんた、ロックが好きなんだろう?」

「ああ、好きだ」

 彼女のロックが俺は大好きだ。

「でも、俺のロックはそうでもない」

「ああ、そうでもないな」

 普段ははっきりと言えない本音だが、酒の力はすごい。何でも言える。

「俺以上のロックってやつを聞かせてくれるのか?」

「ああ、最高のロックってやつを教えてやるよ」

 彼は笑った。

 そして拳を突き出してくる。

 俺も笑った。

 拳と拳を合わせる。

「壊すなよ」

「もちろん」

 俺は笑って言って、差し出されたギターを受け取った。

 チューニングを確かめるようにギターを弾く。

 彼女に憧れて、彼女の曲なら一通り弾ける。久しぶりだけど、体は覚えていた。

 俺は歌い始める。

 お世辞にもかっこいいと言えない俺。ギターだって趣味の域を超えない。歌声だって酒で潰れた喉のだみ声だ。

 それでも、彼女の思いは俺の中で燻っている。

 こんなくだらない現実をぶち壊してやる。

 ああ、お前らにはそんなことできないだろう。

 だからそこで指加えてみていろ。俺が、全部救ってやる。

 救世主はそう言いながらも負けてしまった。

 そう思っていた。

 けれど本当は、彼女自身の死によって俺たちを変えてしまったのかもしれない。

 彼女じゃない。俺が、俺たち自身がこのくだらない現実をぶち壊す救世主なのだ。



 歌い終わって最初に思ったのは、やっちまった……。という後悔だった。

 酒に酔いすぎていたことを否定できない。

 まず最初に、イケメンの彼に謝ろうと思ったが、それを察したのか彼に止められた。

「いつか俺もあんたみたいな歌を歌ってみたい。そんな憧れの存在であるあんたに謝られたって俺は嬉しくねえ。だから謝らないでくれ」

 そんな風に言われてしまうと、激しく俺は照れてしまう。

「俺は彰って言うんだ。お前は?」

 再び拳を差し出す彰は本当にイケメンで、少しの嫉妬と共にそんな彼に憧れる存在になったことを誇らしく思う。

 だから、俺はあえて彼女の名前……と言っても本名は知らないからバンド名で答えることにした。

「俺はクライングバードだ」

 彼女の残した歌声は、今この瞬間に彰という青年の心にも残ることとなっただろう。

 そしてそれは、いつしかこのくだらない現実を変える。

 俺はそう信じている。

途中で出てきた彰は別の作品からのスターシステムです。

気になった方は作者のページから掌編「君のために歌う」をご一読ください。


木崎は主人公の日常を象徴するキャラクターですが、この二人が付き合うことになる話も近いうちに書きたいなと思います。

意外と結婚してくださいを口癖にするのは面白そうです。

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