清廉潔白な(元)悪女
息抜きに短編upします。
連載の更新も頑張ります!待ってくださる読者様、申し訳ございません。
※主人公の女の子が性格が悪い、あくどい女です。軽い下ネタあり。視点がコロコロ変わります。
私はちょっと性格が悪い。兄には、お腹の中は真っ黒どころではなくブラックホールである、と言われたこともあるがそこまで性格は悪くないと思っている。ただ女であるということをフル活用して、自分がより良い生活をするために努力を惜しまなかっただけだ。しかし、自分の腹を相手に明かすことは家族以外になかったので、そこまで性格の悪さは周囲にはバレていなかったはずだ。
そのため、今回の『敗因であるこれ』はつまり、女の嫉妬というのも原因であるが、それよりも見た目が大きな原因でないのかと思う。私は、典型的な悪女のような見た目であった。スレンダーであるがグラマラスなバストとヒップ、艶やかな長い黒髪に、少し釣り目であるが整った顔と白い肌、赤い唇、落ち着いたセクシーな声。何もしなくても男を誘っていると勘違いされてしまう。勘違いされて困っちゃうの、と言い、その裏では誘っていたけれども。
だから、この見た目こそが女の嫉妬を引き起こし、『敗因であるこれ』につながったのだ。
まぁ、簡単にいうと女に刺されて、死にかけている。というか、たぶんもうすぐで死ぬだろう。血が流れていく量が尋常ではないのだから。
ちょっと、性格が悪くて、色んな人間を手玉にとったくらいであるから、地獄にはきっと行かないだろう。そう、もし生まれ変わるなら、次は清廉潔白、いわゆる聖女みたいな見た目をした美少女になりたい。
私はそう最期に思って、意識を亡くした。
※※※
お腹空いて泣いて、おむつが気持ち悪くて泣いて、ママがいないから泣いて。
あやされて笑って、抱っこされて笑って。
思うように動けなくて、動くように頑張って。
ついに歩くことが出来た。
なにがなんだかわからずに、生活している(というか生命活動をしている)と自分が生まれ変わったらしいということにようやく気づいた。
とてとて、と歩いて、自分の姿を全身鏡で確認をする。
ふわふわとした色素の薄い茶色の髪の毛と、碧の瞳をもつ、それはそれは可愛らしい幼女が鏡に映った。
神は私の味方なのか?これでは、何をやっても前世のように悪いようにとられないだろう。
今度こそは失敗しない。鏡の中の幼女が口の端を持ち上げて、不敵に笑んだ。
※※※
兎川エマは、近所で有名なとても感じの良い子である。穏やかに微笑んで挨拶をし、何か困っている人を見かけたら声をかける、そんな子である。性格ももちろんだが、その容姿でも有名だ。美しいフランス人の母と格好良い日本人の父を持つ彼女は、ハーフであり、美少女であった。小学生であるが大人顔負けの落ち着きをみせており、将来有望である、というのが近所のおばちゃんたちの見解だ。
さて、そのエマだが、ある場面に遭遇していた。
腰を悪くした近所のおばあちゃんが、犬の散歩に行けなくて困っていた。そのため、エマが代わりに犬の散歩をしていた時だった。公園に小学生の男子が集団で何かを囲んでいて騒いでいた。
見ると、同級生である。彼らは、中心で座り込んでいる小さな男の子を集団で小突いたり、軽く蹴ったりしていた。
エマは近づいていき、「どうしたの?」と、その集団に声をかけた。
その男の子の集団は、エマに気づくとピタリと動きを止めた。
「何してるの?辰川君」
エマは首をかしげて、集団のリーダーである辰川に声をかけた。辰川はあからさまに動揺した。
「これは、その、えっと……」
エマは辰川の瞳をじっと見て、「あ」と言って、花がほころんだように華やかに微笑んだ。
「辰川君、これから貸してほしいって言ってた漫画借りに行ってもいい?楽しみにしてたの」
エマがそういうと、辰川は顔を真っ赤してコクンと頷いた。そして、「じゃあ、家で待ってるから」と言って、辰川とその取り巻いていた集団は解散して、公園から去って行った。
残ったのは、軽い暴力を振るわれていた小さな男の子とエマ。エマは、少年を心配そうに「子鞍くん、大丈夫?」と声をかけて、手を差し伸べた。
子鞍は「う、うん」と頷いて、素直にその手を借りて立ち上がる。エマはその身体を引き寄せるように、手を強めに引っ張る。子鞍は、その勢いのままエマに密着してしまった。内気で純粋な少年、子鞍は学校のマドンナであるエマと密着することで耳まで赤くしている。
エマはその耳に、口を近づけて囁いた。
「子鞍くんのこと私、助けてあげたんだ。貸しだよ?」
そういって、子鞍の耳元でフっと不敵に笑って、エマは犬とともにその場を離れた。
子鞍は気弱で内気のただの少年であるようにみえるが、実際は世界でも活躍している自動車メーカーの御曹司である。この子を利用しない手はない。エマはずっとそう思っていたが、きっかけが見当たらなかった。ようやくきっかけが掴めたのである。よしよし、順調だ、とことん利用してやる、とエマはご機嫌に寄り道をしたがる犬を引っ張った。
しかし、エマはこんな展開を予想していなかった。
エマは順調に、人を利用しつつ、しかし周りが好感を持つよう配慮しながら、成長していった。その美貌も衰えることなく、いや、女らしさが加わり、ますます美少女として名を馳せていた。
だが、昔(といっても前世だが)と違って、男を誘惑できないのだ。エマは、人を利用する際には、一番楽な方法でしたい主義である。その一番楽な方法というのは、女の武器を使うというものだ。弱みを掴むのにも時間がかかるし、相手の心を掌握するのにも時間がかかる。女の武器を使うのであれば、簡単に人を利用できる。これが今まで(前世)のエマの方法だった。しかし、それが出来ないのである。全てはこの容姿のせいで。
前世は子どもの時から、何もしなくても男が寄ってきた。しかし、今世のエマにはエマが近づかなければ、男は寄り付かないのだ。
その理由は、よくわからない。しかし、利用するためにエマは自ら男に近寄ることにした。
エマは勉強が面倒で、教員を利用して成績を上げようとした。男性教員を誘惑するために、教員を資料室で呼び出した。胸元(前世に比べると小さくて不満であるが)を肌蹴させて、訪れた教員に体を密着させ、瞳を潤ませて「せんせい」と色っぽく囁いた。その時の教員の反応が以下の通りである。
「兎川!大丈夫か!変質者に何かされたのか!?それとも悪いやつになにかされたのか!?」
「え、ちが」とエマが言うのに、男性教員は一人突っ走り、俺には言いにくいだろうと女性の養護教諭を呼びに行ってしまった。どうやら、性的な暴力にあったのだと勘違いされたみたいだった。そのあと、なんとか言い訳を考えて、大事にならずに済んだ。その結果、エマは勉強をせざるおえなかった。
次に、不良であるが有名な大学病院の院長を祖父にもつ先輩に目をつけていた。不良と関係を持てば、人間関係で何かあった時に頼めば制裁をしてくれる。また、金持ちであることから、様々な点から利用価値がある人間だった。その先輩を密かに呼び出して、ものにしようとした。エマは、「先輩、私を好きにしてください」と潤んだ瞳で、前世の経験で培った男を腰砕けにするキスを先輩にしようとした。しかし、そのキスは先輩の手で阻まれた。その先輩の反応が以下の通りである。
「どいつだ。だれに命令された?まさか、お前を利用するなんて」
先輩は眉間にしわを寄せて、苦しげにエマの肩を掴んだ。「え、ちが」とエマが否定しようとしても、先輩は聞く耳を持たない。お前みたいな奴を利用しようとするなんて許さねぇ、と存在しない敵に先輩は闘志を燃やす。結局、エマが自分の意思でやったという言い分は受け入れてもらえないため、なんとか言い訳をしてその場を収めた。
もう露出してあからさまに誘惑してみるしかない、と制服を肌蹴させてスカートも短くしたり、私服はセクシーなものに変えてみた。前世はこんな恰好をして外を歩くだけで、良い男をわんさか釣ることができたのである。しかし、これも失敗に終わった。周りから「エマちゃん!寝ぼけているの!?もうドジなんだから!」とか、「全然似合わない」とか、「誰かに脅されてるの?」とか、まったく寄ってこないで無言で顔を赤くして目を反らされたりとか、全然効果がなかったのだ。
エマはベッドに勢いよくダイブして、大げさにため息をついた。
「なんで、モテないんだろう」
エマはうつ伏せの状態から、この部屋の主のチラリと盗み見た。
部屋の主である子鞍紀一は、カバンを机に上に置いていた。そう、エマが結局、利用できている男は、小学校の時に借りを作った彼だけなのである。
紀一とは、中学三年生である現在まで関係が続いている。といっても、利用価値のある幼馴染的な存在であり、男女の関係は全くない。
小学校の頃の小さくて内気でいじめられっ子の彼は、いまや爽やかな好青年と化した。身長も伸びて、エマは抜かされてしまった。
そんな紀一をエマが盗み見ていたのを、紀一に気付かれた。エマの視線に、紀一は顔を赤らめて困ったように笑った。
「ん?エマちゃんがモテない理由?エマちゃんはモテてるよ」
そんな風に言う紀一だが、エマは睨む。
「モテてないよ。だって、男子から告白もされないし、声もかけられないの」
前は何もしなくても、声をかけられたのに。
「ただ、エマちゃんは高嶺の花で声をかけられないんだよ」
そんなはずはない。高飛車や硬派な印象を与えないよう、ある程度の隙を見せているのに。
腑に落ちないエマは、紀一のベッドの枕に顔をぐりぐり押し付けた。そして、そのままエマはしばらく考えて、ある結論に至った。
「…………胸かな?」
前世と、今世で大きく違うのは胸の大きさである。前世では小学校の時からすでに巨乳である、男たちからそうゆう目で見られていた。しかし、今世は前世と比較できないほど慎ましやかな胸である。
「え?」と驚く紀一を無視して、エマは自分の胸に手を添えて言葉を続ける。
「胸じゃないのかな。モテないのは」
紀一が黙り込んだ。そんなのは気にせずに、エマは起き上がって、紀一に詰め寄った。
エマは紀一の手をつかんで、見上げる。
「紀一くん!紀一くんのおねえちゃんに胸を大きくする方法を聞いて!」
紀一は、顔を赤くして涙目になりながら、コクコクと何度も頷いた。
※※※
子鞍紀一は、姉の部屋の前でため息をついた。
紀一に「絶対聞いて、教えてね」と何度もお願いしてきたエマをなんとか家まで送ってきた。しかし、お願いの内容が彼にとって酷であった。とくに思春期の彼には色んな意味で。
とてつもなく大好きな、もう食べちゃいたいくらい大好きな、小学校からの幼馴染であるエマからのお願いは断れなかった。
勇気を出して、姉の部屋をノックする。返事が部屋から聞こえてきて、入る。すると、エマとはかけ離れた清楚さが全くない、ずぼらな姉の姿があった。
「なに?」
滅多にこない弟の姿に、紀一の姉は首を傾げる。
「あのさ、姉さん。女の子から聞かれたんだけど……」
なかなか続きの言葉を言わない紀一に、姉がイライラし始めた。
「なんなの?」
不機嫌そうな姉の声に紀一はようやく、口を開いた。その顔は真っ赤である。
「女の子の胸ってどうやったら、大きくなるの?」
姉は驚いたように目を見開くが、次には面白そうに笑った。
「ああ、エマちゃん?」
素直に頷く紀一に、姉はますます笑みを深めた。
「男の人に揉まれたら大きくなるらしいよ。紀一が揉んであげたら?」
姉がそういうと、しばらく紀一は固まった。そして、ボンっと茹蛸どころではなく顔を赤くした紀一は、何も言わずに、足早に退室した。姉の部屋からは、笑い声が聞こえてきた。
※※※
時は流れ、そんなエマと紀一も高校生になった。エマは相変わらず迷走していた。ちなみに胸の大きくする方法は結局紀一から聞き出せなかったため、相変わらず慎ましやかな胸である。
高校生となれば、中学と比べ、ある程度、性に関して奔放になってくる時期である。今度こそ、女の武器を活用して、楽な人生を歩んでやる、とエマは意気込んでいた。
しかし、高校ではエマよりも女性的な魅力が強い女子生徒が同級生にいた。性に強い興味を持つ男子生徒あるいは若い教員の視線をその女子生徒は一人占めにした。彼女の名前は蛇渕えりか。エマの前世と似たような見た目をしている。
前世では、あの立場にいたエマは悔しくて、初めて敗北感を感じ、涙した。意味もわからず泣くエマを慰めるのは紀一である。そう、いまだに、エマのそばにいる男は紀一だけなのだ。
エマが何をしようとしても、結局、男は誘惑もされないし、変な勘違いをする。これはエマが高校2年生になっても変わらなかった。
蛇渕えりかにエマはある日突然、声をかけられた。
「ねぇ、あなた。なんで子鞍紀一にしたの?子鞍紀一なんて隠しキャラだけどモブキャラみたいなものよ。大抵の人は子鞍紀一じゃなくて、辰川様を選ぶわよ。随分変わっているのね」
隠しキャラとはなんだろう。エマは、意味が分からずに首を傾げる。
「他のイベントなんか全部無視しているじゃない。完全に子鞍紀一狙いとして捉えていいのかしら?」
言っている意味が全く分からないが、エマはだんだんとイライラしてきた。男の視線を一人占めしているくせに、エマのものである紀一の名前を連呼しているのだ。さらに、前の彼女が腕を組んだ時に、上に持ち上がった豊かな胸。かつてあった、それに、エマはまた悔しくて瞳が潤むのを実感した。
まだ、意味不明なことを言い続ける蛇渕えりかに、エマは我慢できずに口を開いた。
「蛇渕さんが何を言っているのかよくわからないですが、紀一君は私のものです。渡しません!」
エマがそういうと、目の前の胸が大きく揺れた。自分ではそこまで揺れないのに。それにまた悔しくなって、エマはぽろりと、涙をこぼした。
そのエマの瞳を覆うてのひら。
「エマちゃん、大丈夫?」
紀一の声が聞こえ、エマはコクンと頷く。
「蛇渕さん、何を言っていたのか知らないですけど、エマちゃんをまた苛めたら許しませんよ」
紀一はそういうと、エマの手をつかんで、その場から離れた。
※※※
紀一は、誰もいない静かな教室にエマをつれて入った。そして、紀一にされるがままの、エマを心配そうに見た。気が付いたら、エマがいなくなっていたので、心配でエマを探していたらこの有様だ。変質者に襲われかけたりするほど、可愛いエマからは本当に目が離せない。今回は、変な先輩に絡まれているだけで良かったが。いや、よくはない。エマが、こんなに悲しそうにしている。
入学してから、浮き沈みが激しかったが、今回はとても落ち込んでいるのが良く分かった。
「ねぇ、紀一くん」
エマは紀一を見上げた。そして、言葉を続ける。
「胸、大きくする方法、紀一くんのお姉ちゃんから聞いたんでしょ?」
潤んだ大きな蒼い瞳に見つめられて、紀一は困った顔をした。中学校からずっと悩んでいるが、今だに悩んでいるのか?と紀一は疑問に感じたが、蛇渕えりかの巨乳を思い出して、納得した。あれをみて、またこんなことを言い出しているのだと。
「紀一くんには方法を教えた、紀一くんから直接聞けってお姉ちゃんから言われたよ。教えて、お願い」
紀一は、しばしの間、葛藤した。そして、エマの涙ですっかり忘れていたが、紀一がエマを蛇渕えりかのもとから回収する際に直前にエマが言った言葉を思い出した。
『紀一くんは、私のものです。渡しません!』
よくよく考えたら、この言葉は愛の言葉ではなかろうか。蛇渕えりかとどんな会話をしていたのかは知らないが、エマの言葉から、嫉妬や独占欲などが伺える。つまり、紀一のことが好きなのではないだろうか。
紀一はドクンドクンと胸が高鳴るのを自覚した。
「エ、エマちゃんが僕のものになったら、そのうち教える」
そう言った後に、紀一は恥ずかしさで、顔を赤くした。エマは首を傾げるが、悩むことなく頷いた。
紀一は嬉しくて、エマの体を力一杯抱きしめた。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉は、まさに兎川エマのことを指す。これは、兎川エマに関わる誰もが否定しないだろう。しかし、ときどき、ヘマをしたり、子どものような仕草を見せたりする兎川エマは、男子生徒の中で高嶺の花でありつつも、女子生徒の中では気軽で親しみやすい女の子であった。たいそうモテていたが、マドンナ的存在でとても人気であったことや、汚いものは一切知らないといったような清廉潔白な様子から、ついに告白する勇者はいなかった。結局、そんな彼女を捕まえたのは、周囲に隠すことなく彼女のことを慕い、幼い時から傍にいた子鞍紀一である。子鞍紀一は、エマに比べると華やかさに欠ける男ではあるが、金持ちであることに天狗にならない謙虚さと真面目さを持つ良い男である。エマに合う清廉潔白な男だ。この二人が付き合い始めたら、学校のみならず、近所まで知れ渡った。この二人のつながりの強さや仲の良さや、清純さから、これはもう結婚確実であろう、というのが周囲の見解である。そして、付き合いが続くと、その周囲の見解は言語化され、結婚はまだかと周囲から急かされるようになる。
前世とは全く違う系統の見目の良さのせいで、若く結婚する未来が待っているなんて高校2年生のエマはまだ知らない。しかし、紀一に愛される幸せや嫉妬または独占欲が、どんな気持ちから来ることに気付くのは、もうすぐである。