009×騎士団脱退表明
公園がみるみるうちに遠ざかっていく。
憤然とした桐咲に、未だ腕を引っぱられたまま。
止まる素振りを見せない彼女は、握力を緩めるつもりはないらしい。
「桐咲! 桐咲聴こえてるか?」
先程から呼びかけている。だが、
「…………」
まるで応答するつもりがないようだ。
「もうここまでいいだろ!」
無視してくる桐咲の腕を強引に振り払う。
弾かれたように振り返った桐咲は、ショックを受けたように立ち止まる。
「なんであんな言い方したんだ。日影に失礼だろ」
強めの語調で詰問する。
日影が一体何をした。彼女はこちらの頼みを聞いてくれていただけで、落ち度はない。むしろこの一週間よくしてもらっている。
それなのに、桐咲は蛇蝎のごとく嫌っているようだ。
終始不躾な態度をとっていた。
日影は特に不満そうな表情をしなかったが、それでも失礼というものだ。
「先輩は……平気なんですか? あの人と一緒にいても、辛くないんですか?」
「確かに俺はあの人に負けた。だけど一緒にいて、逆恨みの気持ちはあっても、辛いとは思ったことはない。むしろ色々と指導してもらっていて、助かってるっていう感謝の気持ちが強いんだ。だからお前もあの人に謝って――」
「先輩は!」
こちらの意志を断絶するみたいに叫ぶ。
「――無断で『騎士の饗宴』にエントリーしました」
ああ。
そしてそのせいで、ずっと『騎士の饗宴』にエントリーできていない。だから、彼女と一緒に訓練しているのだ。それのどこがおかしいのか。
「だけど、もしも他の人と戦っていたら、きっとここまで騎士団長も意固地になってなかったと思うんです。あの人がいなかったら先輩は今頃……『騎士の饗宴』に出場できてかもしれないのに……」
「……どういうことなんだ。日影と騎士団長との間に何か因縁でもあるのか?」
さっきも我流には伝わらないような言葉で、二人は何かを交わしあっていた気がする。もしかして、元々日影と桐咲。それから騎士団長は知り合いだったのか。
「……先輩には絶対に教えるなって釘を刺されてたんですけど……。あの人は――騎士団長の腕の骨を折った張本人です」
「……え?」
我流がトリニティ騎士団に入団する時から騎士団長はギプスをつけていた。それ、どうしたんですか? と我流は聴いたことはある。でも、適当な言い回しではぐらかされた。
それからその話題には触れないようにしてきた。
ちょっと、そんなひた隠しにしないで、教えてくださいよ~、みたいに無神経に聞けないほどに、彼は固くなに唇を引き締めていたから。
「あの人のせいで、騎士団長は『騎士の饗宴』に参戦することができなくなったんですよ」
「なんで? あれは、あの傷は『騎士の饗宴』で受けた傷なのか?」
「分かりません。詳しいことはなにも」
ただ、と枕詞をつけると、
「先輩のことはよく見ておくように頼まれました。彼女はとても危険で、騎士団長以外にも被害者がたくさんいるみたいです。ドロップアウトした人間も。だから、先輩はあの人にもう近づかない方がいいです。みんな……心配してるんですよ? 先輩のことを」
被害者。
ドロップアウト。
彼女のせいで引退した人間もいるということなのか。実際騎士団長が試合をしているのを、我流は見たことがない。肉体を壊されてしまったのだ。きっと、ドクターストップがかかってしまうほどに。
それだけ日影は危険人物ということだ。
桐咲の言動にようやく合点がいく。
なにもわがまま放題に言葉を喚きちらていたのではなく、我流のことを気遣ってくれていたのだ。我流が騎士団長のようにならないよう。二の轍を踏ませないために、転ばぬ先の杖の役目を自ら買って出てくれたのだ。
「嫌だ」
駄々っ子をこねる子どものように断りの意志を告げる。
どちらが年上かわかったものではない。
一歩間違えれば、桐咲の気遣いは鬱陶しいものだと捉えられてしまうだろう。関係がギクシャクしてしまうかもしれない。
でも、それでもリスキーな選択肢を選んだ桐咲。
それはとても凄い事だ。
我流との関係を軽んじているのではない。
むしろその真逆。
重んじているから、嫌われたとしても自己主張できる人間はそう多くない。
そして彼女の言っていることは、どう考えても正しい。
でも、それでも――
「俺は日影と戦いたい。『騎士の饗宴』で」
「……本気でいってるんですか? デビュー戦では手も足も出なかったんですよね? それでもまた戦うっていうんですか? 負けるとわかりきってるのに?」
「ああ、そうだ」
「騎士団長の……騎士団の意向に逆らうってことが、どういうことか分かってますか?」
分かっている。
自分がどれだけ恥さらしな真似をしていのかぐらい。
「もう……トリニティ騎士団にはいられないってことなんですよ?」
「除籍されてもいい。どうしても戦わせてもらえないっていうならどこか他の騎士団にでも入れてもらうよ」
騎士団長と意向がズレて騎士団を除籍する人間はいることはいる。
だが、それは珍しいケースだ。
抜けた人間の情報はすぐに他の騎士団にも伝わる。噂には、悪意の尾ひれはひれがついてしまうことは必然で。
すぐさま他の騎士団に入団できる可能性は低いだろう。
実績があるのなら話は別なのだが、我流は駆け出しの新人。
しかも黒星のついている騎士。
そんな人間の入団を認める酔狂な騎士団が他にあるだろうか。
騎士団に入団していなければ、『騎士の饗宴』に出場できない。だからまた、日影と再戦する期日は伸びてしまうだろう。もしかしたら、永久に騎士としてエントリーすることができないのかもしれない。
だが、そうなったとしても、戦わなければならない。
絶対に。
日影と『騎士の饗宴』を、燃えるような試合をしたいのだ。
「そんなこと……私がさせません」
桐咲は、決意に満ちた声色で宣言する。
「たとえ力づくでも、先輩を止めてみせます」




