表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/26

008×部外者と関係者

 肩をいからせている桐咲。

 心配してくれていたのだろう。

 いつもだったら騎士団長がもうそろそろ練習辞めようか、と促してくるまで組手をする。『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』に出れない鬱憤を、練習で晴らしていたのだ。そのためにいつだって我流は練習を志願していた。それも、オーバーワークといえるほどに。

 そこはしっかり騎士団長がしっかり管理していから、肉体は無事だった。疲弊はするものの、故障とまではいかなかった。腕を折っている騎士団長だからこそ、過敏に色々と指示してくれていた。

 が、自分だけではあまり感情のコントロールしていなかった。とにかく、数をこなしてレベルアップしたい! と我流は躍起になっていた。

 だが。

 ここ一週間ばかりは、一通りの練習が終わればすぐに抜け出していた。

 しつこいまでにもっと練習しましょう! と騎士団長に懇願していた我流が、しぼんだ風船のように萎えていたら、トリニティ騎士団ナイツの騎士としては心配してしまうだろう。

 それを燃え尽き症候群とでも勘違いして。

 もしや『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』を引退するのでは。とかそういう疑念が、桐咲の胸中で首をもたげていたのやもしれない。

 だが、捜索して見つかった我流は、他の人間と鍛錬を積んでいたのだ。

 どう言い訳を募ればいいのか途方に暮れてしまう。いや、そもそも言い訳する必要はあるのか。ありのままの事実をそのまま話せばいいだけだ。

「必死になって探してたのに……どうしてその人と一緒にいるんですか?」

「……その割には、随分楽しんでるよな」

 よく見れば、我流のことを心配している。

 なんて、殊勝なことを考えている様子ではなかった。

 みたらし団子なんか手に持っていて。

 そこまで真摯に探そうとするのではなく。たまたま見つけてしまった感が否めない。

「こ、これは刑事が牛乳とあんぱんで張り込みするのと同じです。甘いものと私は、切っても切り離せませんから」

「本当の刑事は牛乳とあんぱんで張り込みしないと思うぞ。精々コンビニ弁当とかじゃないのか……」

 チロリ、と静かになった空間を振り返る。

 パチクリと眼蓋を瞬かせながら、日影は呆気にとられていた。

 まずいな。

 部外者だからしかたないが、置いてけぼりにしてしまった。桐咲のことを紹介した方がいいか。

「えっ、もしかしてこの子が噂の後輩さん?」

 そう考えていたら、あっちが勝手に察した。

 そうです、と小声で応えておく。

「噂の……?」

 桐咲が不審げに首を傾げる。

 そういえば、少しだけ桐咲のことについて話したな。

 でも、別に悪いことは言ってなかった……よな。多分。褒めてもいなかったが。

 責めるような視線が突き刺さってくるが、どう弁解したものかと熟考していると――

「うわー。思ってたよりもずっ――と可愛い!」

 日影が、ぎゅぎゅと日影をハグする。

 ぬいぐるみでも抱きすくめるかのように、力はかなり強めで。桐咲はガッチリ固められていて、抜けようと思っても抜けられないようだ。

「ちょ、いきなりなんなんですか! 抱きついてこないでください!」

「え? 何歳? あっ、中学二年生って虎徹くん言ってたよね。ってことは13、14歳くらい? もうっ、ほんと可愛いし、肌スベスベだし」

「た、助けてください! 先輩!」

 なんでこっちに助けを求めるのか。

 日影が男ならば無理やり引き剥がせる。だが、女性である日影を乱暴に扱えるわけがない。手出しできないのならば、口出ししてみるか。

「日影。ちょっと……離れてくれないか。微妙に裸絞めチョークスリーパー入ってるみたいで、うちのところの大事な騎士が白目剥きそうだ」

「あー、残念……」

 声で従ってくれたよかった。

 はあ、はあ、と桐咲は疲弊しきっている。

「な、なんなんですか、この人。……話に聞いていた人と……全然……」

「あー、そのいきなりお前のことをハグしたのは日影朝日っていう人で……」

「知ってますよそのぐらい。むしろ彼女のことを知らない方がおかしいです」

 そうだろうな。

 何度も騎士団長と桐咲の間では、話に上がってたし。だが、『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』の戦闘内容について触れておらず、彼女の容姿について話したことはなかった。

 だが、桐咲は知っているようだ。

 もしかしたら、騎士団長が詳しく話したかもしれない。新人である桐咲が日影の容姿を知っているなんてありえない。あの我流のお忍びデビュー戦だって、まだ桐咲は騎士ではなかったのだから。

「……ん? 『虎徹』……くん……?」

 ああ。

 どうやら、気づかれたくないことに気づいてしまったらしい。しかも、およそ我流の知り合いの中では最も厄介な人間にだ。

「なんでこの人は、先輩のことを名前で呼んでるんですか? それから、それ! いったいなんですか?」

「それって、サンドイッチだけど。おいしいぞ」

「えっ? ほんとに? 腕によりをかけて作ったかいがあるよ!」

 日影は手を叩いて喜ぶ。

「そういうことじゃありません! 鈍い先輩はともかく、あなた分かって言ってますよね? 分かってて言ってますよね!」

 コロコロ表情が変わる桐咲は、なんだか忙しそうだ。

「ああ、頭が痛くなってきた」

「大丈夫? 紅茶あるけど飲む? よければサンドイッチも食べる? まだ残ってるから」

「ほとんどあなたのせいですよね!」

 う~、と苦悶の声を上げる。

「私には名前で呼ばせてくれないのに……。私のモノは食べてくれないのに……」

 ぼそり、となにやら呟く。

 ほとんど聞き取れなかったのだが、意気消沈しているのは見て取れる。大丈夫か、と声をかけようとすると、ズイとあちらから一歩踏み込んできた。

 中学二年生ということもあって、あっちの方が背が低い。……のだが、接近し過ぎだ。一歩引こうにも、がっしりと腕を掴まれる。できることといえば、後ろに仰け反ることぐらいのものだ。

 なんなんだ突然。

 と当惑していると、鼻の先に串を突き出される。

「先輩、私のみたらし団子食べてください」

「いや、いらない」

「なんでですか! 私のみたらし団子は食べられないっていうんですか?」

「もうお腹いっぱいで食べられないんだよ!」

 滅茶苦茶だ、こいつ。

「虎徹くん、なんだか後輩さんが可愛そうだよ。彼女のみたらし団子が食べられないんだったら、せめて名前で呼ばせてあげたら?」

「……そうですね」

 日影の提案には気乗りしない。

 が、そうも言ってられない状況だ。

「桐咲。そんなに俺のこと名前で呼びたいんだったら呼んでいいぞ」

「そういうんじゃないんです!! そんな風に言われたかったわけじゃないんです! 私は私の意志で先輩のことを名前で呼びたかったんです。そんな、そんな適当に許可されたら、もう意地でも先輩のことは名前で呼べません! 永遠に!」

「め、面倒くさ……」

 じゃあ、どうすればいいんだ。

「とにかく、えーと。私がさっきから本当に訊きたいのは別ですよ。もう! 話は誤魔化さないでください!」

 鬼のように激怒している桐咲に聞かれないように、日影がこそこそと耳元で囁いてくる。

「……話題を逸らしたのは後輩さんだよね?」

「そうですね。まあ、そのことについてはもう触れないでください。また話が脱線してしまうんで……」

 ひよこみたいに唇を尖らせると、

「私が訊きたいのは、なんでこの人と先輩が一緒にいるのかってことですよ」

「それはだな。…………なんでだったかな」

「ちゃんと答えてください!」

「リベンジマッチをしたかったんだけど、戦えなくて。だけど日影と練習試合だったらやってもいいってことになって、それでやっぱり日影が強かったから、色々と指導してもらってる。と、そういう感じかな」

「分かりました。……先輩が説明下手だっていうことが」

「うぐっ」

 地味に傷つくな。その言い回しは。

「でも、まあ。みたまんま。そういうことなんでしょうね。はあ、先輩ってほんとに器がデカイっていうか、考えなしっていうか……」

「やっぱり騎士団長に告げ口するのか?」

「当・然・で・す。ほら、行きますよ先輩」

 グイグイ服の裾を引っ張ってくる。

「な、なんだよ」

「話があります。二人っきりで!」

 二人っきりで、というのを殊更強調したように叫ぶと、そのまま馬の手綱を引くみたいに連れ去ろうとする。

「あっ……」

 日影が困惑したような声を上げる。

「ついてこないでくださいよ。これは私たちトリニティ騎士団ナイツの問題なんですから。それとも……来ますか?」

 日影にだって予定はあるだろう。

 これ以上こっちのゴタゴタに付き合わせるのも、迷惑というものだ。

「えっ、と。すいません、日影。また明日にでも」

「う、うん。そうだね。なんかごめんね。また迷惑かけちゃったみたいで。私は全然大丈夫だから。あとはお若い二人でごゆっくり」

 なんだかお見合いの席での間違った気の遣い方みたいな言い方が、ちょっと芝居かかっていて。なんだかいつもゆとりのある彼女にしては珍しいと思った。

 いきなり見知らぬ人間が矢継ぎ早に喋ったらから、彼女だって動揺してしまったのだろう。

「そうですよね。あなたはきっとついてこれないでしょうね」

 ふん、と威嚇するように鼻をならすと、そのまま公園の外にまで連れ去られた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ