008×部外者と関係者
肩をいからせている桐咲。
心配してくれていたのだろう。
いつもだったら騎士団長がもうそろそろ練習辞めようか、と促してくるまで組手をする。『騎士の饗宴』に出れない鬱憤を、練習で晴らしていたのだ。そのためにいつだって我流は練習を志願していた。それも、オーバーワークといえるほどに。
そこはしっかり騎士団長がしっかり管理していから、肉体は無事だった。疲弊はするものの、故障とまではいかなかった。腕を折っている騎士団長だからこそ、過敏に色々と指示してくれていた。
が、自分だけではあまり感情のコントロールしていなかった。とにかく、数をこなしてレベルアップしたい! と我流は躍起になっていた。
だが。
ここ一週間ばかりは、一通りの練習が終わればすぐに抜け出していた。
しつこいまでにもっと練習しましょう! と騎士団長に懇願していた我流が、しぼんだ風船のように萎えていたら、トリニティ騎士団の騎士としては心配してしまうだろう。
それを燃え尽き症候群とでも勘違いして。
もしや『騎士の饗宴』を引退するのでは。とかそういう疑念が、桐咲の胸中で首をもたげていたのやもしれない。
だが、捜索して見つかった我流は、他の人間と鍛錬を積んでいたのだ。
どう言い訳を募ればいいのか途方に暮れてしまう。いや、そもそも言い訳する必要はあるのか。ありのままの事実をそのまま話せばいいだけだ。
「必死になって探してたのに……どうしてその人と一緒にいるんですか?」
「……その割には、随分楽しんでるよな」
よく見れば、我流のことを心配している。
なんて、殊勝なことを考えている様子ではなかった。
みたらし団子なんか手に持っていて。
そこまで真摯に探そうとするのではなく。たまたま見つけてしまった感が否めない。
「こ、これは刑事が牛乳とあんぱんで張り込みするのと同じです。甘いものと私は、切っても切り離せませんから」
「本当の刑事は牛乳とあんぱんで張り込みしないと思うぞ。精々コンビニ弁当とかじゃないのか……」
チロリ、と静かになった空間を振り返る。
パチクリと眼蓋を瞬かせながら、日影は呆気にとられていた。
まずいな。
部外者だからしかたないが、置いてけぼりにしてしまった。桐咲のことを紹介した方がいいか。
「えっ、もしかしてこの子が噂の後輩さん?」
そう考えていたら、あっちが勝手に察した。
そうです、と小声で応えておく。
「噂の……?」
桐咲が不審げに首を傾げる。
そういえば、少しだけ桐咲のことについて話したな。
でも、別に悪いことは言ってなかった……よな。多分。褒めてもいなかったが。
責めるような視線が突き刺さってくるが、どう弁解したものかと熟考していると――
「うわー。思ってたよりもずっ――と可愛い!」
日影が、ぎゅぎゅと日影をハグする。
ぬいぐるみでも抱きすくめるかのように、力はかなり強めで。桐咲はガッチリ固められていて、抜けようと思っても抜けられないようだ。
「ちょ、いきなりなんなんですか! 抱きついてこないでください!」
「え? 何歳? あっ、中学二年生って虎徹くん言ってたよね。ってことは13、14歳くらい? もうっ、ほんと可愛いし、肌スベスベだし」
「た、助けてください! 先輩!」
なんでこっちに助けを求めるのか。
日影が男ならば無理やり引き剥がせる。だが、女性である日影を乱暴に扱えるわけがない。手出しできないのならば、口出ししてみるか。
「日影。ちょっと……離れてくれないか。微妙に裸絞め入ってるみたいで、うちのところの大事な騎士が白目剥きそうだ」
「あー、残念……」
声で従ってくれたよかった。
はあ、はあ、と桐咲は疲弊しきっている。
「な、なんなんですか、この人。……話に聞いていた人と……全然……」
「あー、そのいきなりお前のことをハグしたのは日影朝日っていう人で……」
「知ってますよそのぐらい。むしろ彼女のことを知らない方がおかしいです」
そうだろうな。
何度も騎士団長と桐咲の間では、話に上がってたし。だが、『騎士の饗宴』の戦闘内容について触れておらず、彼女の容姿について話したことはなかった。
だが、桐咲は知っているようだ。
もしかしたら、騎士団長が詳しく話したかもしれない。新人である桐咲が日影の容姿を知っているなんてありえない。あの我流のお忍びデビュー戦だって、まだ桐咲は騎士ではなかったのだから。
「……ん? 『虎徹』……くん……?」
ああ。
どうやら、気づかれたくないことに気づいてしまったらしい。しかも、およそ我流の知り合いの中では最も厄介な人間にだ。
「なんでこの人は、先輩のことを名前で呼んでるんですか? それから、それ! いったいなんですか?」
「それって、サンドイッチだけど。おいしいぞ」
「えっ? ほんとに? 腕によりをかけて作ったかいがあるよ!」
日影は手を叩いて喜ぶ。
「そういうことじゃありません! 鈍い先輩はともかく、あなた分かって言ってますよね? 分かってて言ってますよね!」
コロコロ表情が変わる桐咲は、なんだか忙しそうだ。
「ああ、頭が痛くなってきた」
「大丈夫? 紅茶あるけど飲む? よければサンドイッチも食べる? まだ残ってるから」
「ほとんどあなたのせいですよね!」
う~、と苦悶の声を上げる。
「私には名前で呼ばせてくれないのに……。私のモノは食べてくれないのに……」
ぼそり、となにやら呟く。
ほとんど聞き取れなかったのだが、意気消沈しているのは見て取れる。大丈夫か、と声をかけようとすると、ズイとあちらから一歩踏み込んできた。
中学二年生ということもあって、あっちの方が背が低い。……のだが、接近し過ぎだ。一歩引こうにも、がっしりと腕を掴まれる。できることといえば、後ろに仰け反ることぐらいのものだ。
なんなんだ突然。
と当惑していると、鼻の先に串を突き出される。
「先輩、私のみたらし団子食べてください」
「いや、いらない」
「なんでですか! 私のみたらし団子は食べられないっていうんですか?」
「もうお腹いっぱいで食べられないんだよ!」
滅茶苦茶だ、こいつ。
「虎徹くん、なんだか後輩さんが可愛そうだよ。彼女のみたらし団子が食べられないんだったら、せめて名前で呼ばせてあげたら?」
「……そうですね」
日影の提案には気乗りしない。
が、そうも言ってられない状況だ。
「桐咲。そんなに俺のこと名前で呼びたいんだったら呼んでいいぞ」
「そういうんじゃないんです!! そんな風に言われたかったわけじゃないんです! 私は私の意志で先輩のことを名前で呼びたかったんです。そんな、そんな適当に許可されたら、もう意地でも先輩のことは名前で呼べません! 永遠に!」
「め、面倒くさ……」
じゃあ、どうすればいいんだ。
「とにかく、えーと。私がさっきから本当に訊きたいのは別ですよ。もう! 話は誤魔化さないでください!」
鬼のように激怒している桐咲に聞かれないように、日影がこそこそと耳元で囁いてくる。
「……話題を逸らしたのは後輩さんだよね?」
「そうですね。まあ、そのことについてはもう触れないでください。また話が脱線してしまうんで……」
ひよこみたいに唇を尖らせると、
「私が訊きたいのは、なんでこの人と先輩が一緒にいるのかってことですよ」
「それはだな。…………なんでだったかな」
「ちゃんと答えてください!」
「リベンジマッチをしたかったんだけど、戦えなくて。だけど日影と練習試合だったらやってもいいってことになって、それでやっぱり日影が強かったから、色々と指導してもらってる。と、そういう感じかな」
「分かりました。……先輩が説明下手だっていうことが」
「うぐっ」
地味に傷つくな。その言い回しは。
「でも、まあ。みたまんま。そういうことなんでしょうね。はあ、先輩ってほんとに器がデカイっていうか、考えなしっていうか……」
「やっぱり騎士団長に告げ口するのか?」
「当・然・で・す。ほら、行きますよ先輩」
グイグイ服の裾を引っ張ってくる。
「な、なんだよ」
「話があります。二人っきりで!」
二人っきりで、というのを殊更強調したように叫ぶと、そのまま馬の手綱を引くみたいに連れ去ろうとする。
「あっ……」
日影が困惑したような声を上げる。
「ついてこないでくださいよ。これは私たちトリニティ騎士団の問題なんですから。それとも……来ますか?」
日影にだって予定はあるだろう。
これ以上こっちのゴタゴタに付き合わせるのも、迷惑というものだ。
「えっ、と。すいません、日影。また明日にでも」
「う、うん。そうだね。なんかごめんね。また迷惑かけちゃったみたいで。私は全然大丈夫だから。あとはお若い二人でごゆっくり」
なんだかお見合いの席での間違った気の遣い方みたいな言い方が、ちょっと芝居かかっていて。なんだかいつもゆとりのある彼女にしては珍しいと思った。
いきなり見知らぬ人間が矢継ぎ早に喋ったらから、彼女だって動揺してしまったのだろう。
「そうですよね。あなたはきっとついてこれないでしょうね」
ふん、と威嚇するように鼻をならすと、そのまま公園の外にまで連れ去られた。




