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006×罪滅ぼしの看護

 公園のベンチで待機していなさい、と強要された我流。

 そこまで心配されるほどの傷ではない。

 なのに頑としてこちらの意見を聞き入れようとしない日影に、こちらが音を上げてしまった。

 もう煮るなり焼くなり好きにしてくださいといった態度で、日影の言う通り座っていた。特にすることも思いつかず。ドクドクと地味に流れる血を見るのが嫌で、手で傷口を抑えていた。

 そして日影が早足で帰ってくるやいなや。

 薬局のロゴの入っているビニール袋から、消毒液と包帯を取り出した。

 どうやらわざわざ買ってきてくれたらしい。ちょっと痛いから我慢してねぇー、と言いながら消毒液で雑菌すると、白い包帯でクルクルと患部を覆った。

「これでよし!」

 と、満足気に鼻を鳴らした。

 そして肝心の強盗団の残党はもうここにはいない。

 包囲網を張っていた警察のパトカーがちょうど近くを巡回していたらしく。日影が帰ってくる前に、駆けつけてきてくれた。そのまま犯罪者を連行する人懐っこい警察の一人から災難でしたね、と労いの言葉をかけられた。

 今日二度目の強襲についてか。

 もしくは、確実に使用料オーバーな大量の包帯を持ち帰り。尚且つ警察の方々が居る前で、包帯を巻き始めた甲斐甲斐しい彼女のことを指しているのか。

 そのどちらかは確かではない。

 が、警察の方々の視線が、包帯に収束していて気まずかった。どうしてこの人は彼女に巻かせているのだろうか。もしかして、そういう関係なのかと好奇の目に晒されて、接する態度も緩和していた。

 ついつい表情が崩れてしまうような。

 微笑ましいような。

 そんな温かい視線を頂戴してしまった。誤解を解こうとしたが、ムキになることでもないので黙っていた。

「ありがとうございます。……随分手際が良かったですね。慣れてるんですか?」

「そーだねぇー。きっと……『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』で怪我ばっかりしちゃってたから、手当てするのは慣れたのかも。でも、もうあんな無茶しないでね。治療してるこっちの血の気が引いちゃうから」

 めっ、と人差し指を立てる。

 年下相手というよりも、丸っきり子ども扱い。世話好きみたいだし、将来は保育士とか向いてそうだ。

「騎士になってからどのぐらい経つんですか?」

 怪我するのが慣れてるってことは、かなりの経験者なのだろうか。

「へ? うーん。騎士歴は2年と半年ちょっと……かなあ。高校一年生の時に始めたから。きっと、我流くんと同じくらいの時期に始めたんだね。でも、最近は全然。我流くんと試合がほんとに久々で。前に試合を……『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』に参加したのは、一年以上前だと思う……」

「……そんなにブランクがあったんですか? そうは見えなかったですけど」

「そう? ありがと。久しぶり過ぎて勝手が分からなかったんだけど、そう言ってもらえると嬉しいな。でも……ごめんね。無茶しないでとか言いながら、一番怪我させたのは私なのにね……」

 怪我は怪我でも。

 日影に負わされたのは『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』での傷だ。そんなこと言うならば、我流だって日影を傷つけたのだ。

「大丈夫ですよ。頑丈なのが取り柄ですし。あれから、一ヶ月も経ったので完治しました。俺は……もっと試合したいんですけど、日影……さんが試合にエントリーしていないし……」

「日影でいいよ。日影さんなんてくすぐったいし」

「じゃあ……日影……」

 なんだか無性に鼻のあたりがむず痒い。

 まあ。

 桐咲みたいにずっと呼び捨てで呼んでいれば、自然と馴染んでくるのだろうか。

「そうそう。それでいいよ。そっちの方がしっくりくるから。そういうことだから、これからは私のことは日影って呼ぶように。よろしくね、虎徹くん」

「はい。……ん?」

 日影はこっちのこと以前から名前で呼んでたかな。

 あまりにもナチュラルに呼称してくるものだから、素直に返答してしまったけれど。……そこまで気にすることでもないか。

「試合に出ないのは騎士団長か止められてるっていうのもありますけどね。あの人凄く心配性だから、もっと訓練してからの方がいいって」

「へぇ。それってなんて言う人?」

「秋風グリフレットっていう騎士団長です。俺、トリニティ騎士団ナイツの騎士ですから」

「………………」

 こちらを凝視したまま硬直する。

 戦いが怖いと言っていた日影。そんな弱腰な彼女でも、騎士の端くれ。やはり騎士団長の名前を既知だったらしい。彼は強くて有名らしいから。

「ああ、やっぱり騎士団長がアクアダストのナンバー2らしいから驚いてるんですか? でも騎士団長が怪我して試合出れてないから、俺にはいまいちどれだけ強いか分からないですよね」

「そ、そうなの? 自分が入団する騎士団ナイツが自分にあってるかどうかで調べなかったんだ? 騎士団ナイツの雰囲気とか騎士団長の実績とかは、入団志望の材料になるから結構重要だと思うんだけど」

「え? うーん。そういう風にして入団している騎士が多いっていうのは桐咲から聞いたことはありますけど俺は全然……。あっ、桐咲っていうのは俺の後輩で。それで、俺よりも、ちゃんと経験積んでるから後輩って呼んでいいのか分からないんですけど。それで、えっと――ああ、こんな話どうでもいいですね。すいません」

 それで――と話を切り替えようとするが、

「うんうん。いいよ、いいよ。その後輩さんって同じ騎士団ナイツの後輩ってことだよね。トリニティ騎士団ナイツの騎士さんのことなら、どんな人かちょっと聴きたいかも」

 意外にも食いついてきた。

 交流ホールにいたぐらいだ。やはり自分が所属していない、他の騎士団ナイツのことが気にかかるらしい。

「え? そうですか? どんな人? どんな人……ですか。うーん。……よくスイーツ。とかお菓子。甘い系を食べてますね。バリバリバリバリと飽きずに。それから俺のことを使用人扱いして、休日、一緒に買い物の荷物持ちにされたりとか。ていうか、なんで女の人ってあんな服に時間かけるんでしょうか。女の人の下着があるから、物凄く恥ずかしいんですよね。できれば、桐咲には手っ取り早く選んで欲しいんですけど、聞いてくれないんですよ」

「あっ、その後輩さん女なんだ……。なるほどねー。いいねー、なんだか楽しそうで」

「は? 話ちゃんと聞いくれてました? 面倒なだけすよ。今日だって、騎士団長や桐咲達に内緒で『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』にエントリーしたものだから散々奢らされるはめになったし……」

「面倒だけど。ううん。面倒だから楽しそうなんだよ……」

 まるで禅問答だ。

 どうにもこの人の真意は掴みきれないことが多い。なんだか深い海のような人で、底というものが見えない。それなのに、一緒にいて不安を感じないのは何故だろうか。

「試合に出れないのは残念だね。それに、その後輩さんにはお菓子を奢らなきゃいけなくなって……。それって、ある意味私のせいかも。お詫びに何かしてあげようか? 私にできることだったら、なんだってやってあげるけど」

「いや、それは……」

 桐咲の話をしたのは。

 懺悔させるつもりでも。

 悲しませるつもりでもなく。

 ただ単純に面白おかしく笑わせようとしたのだけれど、逆効果みたいだった。なんだかよくわからない。よく分からないが、どうやらつついてはいけないところをつついてしまったらしい。

 それにしたって。

 正直、気にしすぎだ。

 きっと、この手の傷のこともあって、なんとか罪滅ぼししたいと思っている。そんなの、日影のせいではないというのに。

「お願い。私を助けると思って。なんでも命令していいよ」

 これは、願ってもないチャンスだ。

 善人である日影の罪悪感につけこむような真似はあまりしたくない。だが、それでも叶えて欲しい願いが我流にはある。

 日影のためなんて都合のいいことは考えない。

 ただ、我欲のために。

 彼女にしか成し得ないことを懇願する。

「じゃあ、今すぐここで俺と戦ってください」

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