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005×残党の凶刃

 興奮したまま、日影に喋りかけたのは大失敗だった。

 周囲の騎士達になんだなんだ? と注視されてしまったのだ。

 そのまま日影にどうして姿を現さなかったかを問い詰めることもできたが、どうにも居心地が悪かった。好奇の目を振って再度尋問しようとしたのだが、他ならぬ日影に言葉を遮断された。

 どこか……他の場所に移しましょう、と。

 声を潜めて言った彼女の言葉には何故か強制力があった。

 年上だからか。

 余裕たっぷりで、でも上から高圧的に押さえつけるような口ぶりでもなく。

 こちらの立場も気遣うように上目遣い。

 手を口元に添える感じが上品で。

 ソファから立ち上がろうとして中腰。そんな体勢のせいで胸元が強調されてしまい、目のやり方に困り果てた。桐咲とは色んな部分で大違いだった。

 なんだかすっかり気勢を削がれてしまって、最終的には日影の言う通りにすることにした。

 そして、場所は変わって近くにあった公園。

 ここならば人目を気にせず言い争いができる。

 閑古鳥が鳴く穴場的な場所だったりするのだ。

 そこそこの広さを誇る公園は、ブランコとかジャンクルジムとか遊具が豊富。それから噴水なんかもあって、夏は幼稚園児とかが全裸で戯れていたりする。

 ここに至るまで二人での会話は一切なし。

 歩く速度はこちらの方が速く。向かっている道程で後ろを振り返ると、彼女は早歩きで必死に追いかけていた。申し訳ない気持ちになって、歩幅を狭めてペースダウン。それから横並びになったのだが、喋らないものだから気まずい空気はさらに増幅。

 体感的には万里の長城なみに長い道のりを乗り越えて、ようやく公園に到着し対峙する。

 日影朝日。

 後頭部でお団子のように結いでいる髪は、驚くほど艶やかで。纏めていない髪は、なだらかな曲線を描く腰に届くほどに長い。

 笹の葉のような眉の下には、銀河を凝縮したような黒い瞳。

 小さな耳に小指で髪をかける仕草一つが、なんだか同級生の女子とは違っていて。立ち振る舞いからして、色気がムンムン。

 可愛いとかじゃなく。月並みの感想しか出てこないのだが……その……物凄く……綺麗な人だ。

 背筋を伸ばしてしまう。

 おちゃらけた感じで会話をしてはいけないような感じ。一言で言うと、敷居が高い。茶室でお茶を飲む時にマナーに気をつける時みたいな。なんだか出会った時から、緊張の糸が張り詰めてしまっている。

 薄い唇が動く。

「どうしたの? 何か話があるんでしょ?」

 いけない。

 なんだか気圧されてしまっていた。

 話しかける前はこっちからガンガントークを振って、日影のことを問いただすつもりでいたのに。

 まるで静寂さを保つ湖のような彼女の前に立ってしまうと、気後れしてしまう。

 試合をしていた時とはまるで別人。

 プライベートでは、純白のヒラヒラしたドレスみたいな服を着てピアノとかバイオリンとか弾いてそう。そんな偏見の目で見てしまうぐらい、深窓の令嬢という言葉が今の彼女にはよく似合っていた。

「どうして、『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』に出ないんですか?」

 口をついてでたのは敬語だ。

 会話の主導権を握ろうとしていたのが馬鹿らしくなった。まるでこちらの心情を読んでいるかのように、先んじられる。しかも短い言葉で的確に。どうやら一枚も二枚も上手なのは、戦闘面だけではないらしい。

「ああ、そのことね。なんだ……。それで私を探してんだ」

 クスッと小馬鹿にするみたいに、口元に手を当てて微笑をこぼす。

「私は、戦うの……あまり好きじゃないからね……」

 戦うのが……好きじゃない?

 思わず、首を傾げる。

 そんなはずない。あれだけ好戦的に。なによりあれだけ強い人が戦うのを嫌いなはずがない。

「逆に、私からも訊きたいな。どうして我流くんは『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』に出ていないのか」

 なぜ知っているのか。

 試合は一日に数え切れないほどあるのに、それら全部チェックするのはリストがあるからそこまで骨が折れる。戦うのが嫌いといいながら、全ての試合を把握していることになる。

 生まれる矛盾と疑問。

 単に鑑賞するのが好きってだけなのか。それにしても、言葉の端々に違和感がまとわりつく。どうも日影朝日という人間が未だ掴めずにいた。

「俺はあなたと戦いたい。まずはあなたと戦って雪辱を晴らさないことには、他の騎士と戦うなんてできない。集中できない。だから、あなたがエントリーしてくれないと困るんです」

「ああっ、そっか。アハハハハ。なるほど。いいね! そういう考えができるって! やっぱり、始めたばかりって色々と新鮮だもんね! そっかそっか。私との試合が全てってそう思っちゃうわけか!」

 笑い上戸らしい。

 腹を抱えながら笑っている。

 カチン、と激情しそうになった。

 だが、それ以上に落ち込んだ。爆笑しながら言われると、なんだか自分がひどく矮小で。子どもっぽく。変なことに偏執しているだけな気がしてきた。

 試合を重なれば、必ず負ける時はくる。

 どれだけ強い騎士だって、コンディション一つで格下相手に負けることはよくある。

 だから。

 負けた屈辱をバネにして次の試合では華々しく勝てばいい。

 それが、騎士たるものの心の有り様。

 一度の敗北などものの数ではない。嫌な記憶は綺麗さっぱり忘却の彼方に追いやって、新たな目標に向かうべきだ。そんなこと分かっている。分かっている……つもりだ。

「そんなにおかしいで――」

 頭で理屈は理解できていても、勝手に不満を口走ってしまおうとした。

 だが、横から不意打ちで襲いかかってきた影を察知して閉口する。

「動くな!」

 突然物陰から現れたのは、怪しい男。

 黒焦げの服をまといながら、日影を捕縛した。首を絞めるようにして、腕で拘束。骨を折るのは難しいだろうが、頚動脈を圧迫して失神させるのは簡単だろう。

「……お前、今日の強盗犯の一人か?」

 どこか見覚えがある。

 そういえば、車が爆発炎上した時のどさくさにまぎれて、一人だけ逃亡した奴がいると、警察に注意された気がする。油断した。もっと遠くの方に、とっくに逃走していたと高をくくっていた。

 だが、既に警察の包囲網が敷かれていて、結局近くに身を潜めていたとか、そういうオチか。偶発的とは言え、無関係な日影を巻き込んだ形になってしまった。

「そうだ! お前のせいで俺達の仲間は一網打尽に捕まっちまった! だから、お前の仲間もぶっ殺してやる!」

 仲間?

 思わず鼻で笑いそうになった。

 男は何か勘違いしているようだ。

 いつから身を潜めて復讐の牙を研いでいたのかは知らないが、日影との対話を少なからず聴いていなかったのか。仲間どころか、こっちは日影に対して嫌悪感すら抱いているといってもいい。

 日影は記念すべきデビュー戦を台無しにした張本人。

 そして今でも敵どうしだ。

 彼女が傷つくことがあれば、喜びはすれど悲しみなどはしない。やるならやってみろといった心情になるのは、自明の理だ。

 脅しなど意に介さずに距離を詰める。

 そうしなければ、日影を助けられないからだ。このまま落ちたとしても、死にはしないだろう。

「おい、動くな! 近づくなって言ってるだろ! くそっ!」

 男は懐からナイフを取り出す。

 切っ先を、日影の首筋に触れるか触れないかのあたりで揺ら揺らとさせる。興奮状態にあるようで、極めて危険だ。

 判断力が低下している状態で、いつそのナイフを返り血で赤く染めてもおかしくない。

「はっ! これでどう――」


 言い終える間を与えず、男の頬を容赦なく殴打した。


 からん、からん、とナイフは落ちる。

 無表情のまま素早く茂みの方にナイフを蹴って、武器を無効化する。

 もんどり打って倒れた男の最大の急所を踏みつける。

 ぎぃやあああ、と奇怪な悲鳴を上げながら、潰れた箇所を手で覆う。どれだけの痛みかは、日影は分からずとも我流によく分かっている。だからこそ、そこを狙ったのだから。いくら錯乱していたとはいえ、女の肌に一生の傷を与えるかもしれなかったのだ。これぐらいの天誅は自業自得だろう。

 今は抵抗する気力がないだろう。とにかく痛みに悶え苦しんでいる。だが、ダメージが回復すれば何をしてくるか分からない。

 男の自由を奪う縄のようなものがあればいいのだが、生憎持ち合わせがない。近くのコンビニでもひとっ走りして購入しくるか。あそこならば、縄はなくとも紐ぐらいあるだろう。ついでにコンビニの店員の警察を呼んでもらって――

「ちょっと――」

 と、凄い剣幕で激怒してくる日影。

 その視線が捉えるのは、自分のことを拘束していた男ではなく、我流だった。

 騎士たるもの。あの程度の窮地など、自らの力で打破したかったのだろう。それを我流が余計な手出しなどするものだから、プライドを傷つけてしまったようだ。やはりまだまだ自分は、騎士としての心構えというものを分かっていないらしい。

 グイッと日影に無理やり腕を掴まれる。

 と、同時に掌に鋭い痛みが奔る。

 スパッ、と指の谷間から手の甲にかけって、一文字に赤い線が入っていた。つつっーとキャンパスに描いた絵の具みたいに、赤い血は徐々に地面へポタポタと垂れる。

 どうやら、男が持っていたナイフをなぞったらしい。

 格好がつかないにもほどがある。

 蒼白な顔をした日影は大丈夫!? 早く止血しないと! と、日影は大袈裟に心配してくれる。

 敵同士なのに、なんでそこまで必死になってくれているのだろうか。

 そんな尽くしてくれる彼女を見やって。

 そこまで痛くないのに、なんだか悪いことしてしまったな……と、我流は心の底から後悔した。

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