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004×騎士証明書

 試合登録センター。

 そこはガヤガヤと騒がしくて。

 見渡す限り、人、人、人。

 決して狭くはない建造物の中は、大勢の騎士達でごった返しになっている。

 簡単な事情聴取を終えた我流。何度も同じ質問をされて辟易したが、思いのほか早く解放された。

 桐咲と騎士団長は強盗団に危害を加えたということで、警察署まで行かなければならなかった。大問題とはならず、紙にいくつか個人情報を記入するだけで済むという話だった。だったら我流も同行するかと問われたが、桐咲達には用事があると嘯いた。抜け出したのはそれなりに理由がある。

 デビュー戦から一ヶ月。

 あれから『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』をエントリーできずにいた。やっていることといえば、基礎的な訓練ばかり。実戦経験はまだ早い。とにかく安全に経験を積んでいくことが大事だと、騎士団長から何度も念を押されている。

 確かに騎士団長の言うことは正しい。

 だが。

 いくらなんでも、一ヶ月も『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』を禁止されるなんて酷すぎる。いつ試合にエントリーしていいかも聞かされていない。機が熟したら、と曖昧な言葉で回答を濁されてばかり。

 このままじゃ、年内に『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』をやることはないかもしれない。

 そんなの、冗談じゃない。

 今すぐにでも試合がしたい。

 次に戦いたい相手は、もう決まっているというのに。

 一列に並んでいるパソコン台の一つにドカッと座る。

 そしてマウスをカチカチッといじると、スリープモードが解除されて専用の検索システムが起動する。

 このパソコンを使って試合をエントリーすることができる。

 パソコンに詳しくないものは、その辺に立っている係員に声をかけて操作してもらえばいい。

 初期画面に写りこんでいるのは、対戦したい相手の大雑把なカテゴリー。

 主に、戦績や『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』を始めてどのくらいか、とかを検索するための項目がズラリとでる。

 それらを無視して、一番端にあるフリー検索ボタンを押して、名前をブラインドタッチ。

 だが……。

「……はぁ」

 やはりでてこない。

 彼女はエントリーしていないらしい。

 エントリーの方法は大別して2種類ある。

 1つ目。

 それは先刻我流がやった通りの方法。既に試合登録エントリーしている騎士に、対戦を申し込むやり方。

 2つ目。

 自分から試合を登録して、対戦相手を募集するやり方。

 この2つ目のやり方は、目ぼしい対戦相手がいなかった場合によく使う。その際に、対戦相手には様々な条件をつけることができる。

 試合ができる日時を指定することができたり。

 対戦相手の戦績をある程度限定できたりと、結構便利だ。

 強すぎる相手といきなりかち合ってしまったら、目も当てられない。そういったリスクを回避するためのシステムだろう。

 基本的には自分と同等クラスの相手を募集することになる。

 中には格下相手をカモにして勝ち星を拾おうとする人間もいるが、それは例外中の例外らしい。騎士になるような人間が、そんな卑怯な真似をやるはずがないからだ。

 我流がエントリーのやり方を知ったのは割と最近。

 騎士団長がいっこうに試合を組んでくれないので、内緒でデビュー戦をエントリーした時は知らなかった。その時は戦績とか強さについては全く調べなかった。

 騎士団長に試合を勝手にエントリーしたことを知られてしまったら、即座に中止させられる。

 だから、すぐに対戦できる相手を一ヶ月前に選んだ。

 それ以外のことは無頓着で、誰でも良かった。他にも騎士はたくさんいたが、なんとなく目にとまったのが彼女だったのだ。

 しかし、あの試合以来、彼女の名前は検索してもでてこない。一ヶ月間。騎士団長達の目を盗み。ただの一日も欠かさず、足繁く通い続けているというのに。いったい、なにをしているのだろうか。

「しかたない……」

 待ち合わせ相手が約束の場所に来ない。

 そんな振られた男みたいに俯きながら、目的地まで歩く。

 そこにあるのは駅にある自動改札機のような機械。正式名称は知らないが、騎士達は『改札口』と俗称で呼んでいる。

 改札口は、小さなゲートで阻まれている。

 その先にあるのは交流ホール。

 ゲートの頭上には高級感のある監視カメラがバッチリと設置されており、無理に抜けようとすれば五月蝿い警報が鳴るシステムになっている。

 ここを通るためには、『騎士証明書』が必要となる。

 エントリー区画は騎士ではない一般人でも自由に行き来できるが、憩いの場である交流ホールに行くためには『騎士証明書』がなければならない。

 普通は逆だろうと、昨日までの我流は思っていた。

 でも、今日の厄介な事件に巻き込まれてから、なんとなく『騎士証明書』の必要性が理解できた。

 こういう交流ホールが一番危険で、だからこそ『騎士証明書』の提示が義務付けられているのだと。

 騎士達の情報交換。

 それから、騎士同士の交流を深めることが交流ホール本来の目的だろう。

 だが、日頃拳を交えている者達が顔をつき合わせれば、審判のいない戦いが勃発しやすい。暴発した怒りを止める者がいないならば、どこまでも戦闘はエスカレートしてしまう。

 だからこそ、交流ホールに立ち入るには、『騎士証明書』の発行が義務付けられている。

 発行するのに必要なのは、学生証か保険証、もしくは運転免許等の証明書。それからペラパラの紙2、3枚に、個人情報を記入すればいい。

 そしたらその場で発行してもらえる。

 単純な手順だ。

『騎士証明書』とは、文字通り騎士であることの証明。

 証明書を持っている人間は、騎士の資格を得ることができる。ものの数分で騎士と自ら名乗っていいのだ。

 ちなみに『騎士証明書』がなければ、『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』にエントリーすることができない。だが、カードを喪失すれば、今まで使っていた『騎士証明書』を停止させて新たな証明書を再発行もできる。

 そこまで証明書は重要ではないように思えるが、問題は中身。

 個人情報だ。

 それがあるだけで、交流ホールに立ち入る人間への警告。無断戦闘行為の抑止力となる。喧嘩をふっかけて問題を起こせば、騎士協会から『騎士証明書』を無効化させられる。いわゆる免許停止というやつだ。その期間は行った行為の程度によって裁定されるだろうが、最悪永久に免許停止されることもある。

 そうすれば、一生試合に出ることができない。

 交流ホールへ入室する時には、証明書カードをスキャンする。

 即座に個人情報が機械のデータバンクに登録される。証明書の偽証はほとんど不可能に近いので、問題が起きた場合の対応は速い。だからまともな神経をしている騎士は、こんなところで一悶着を起こそうという気にもならない。

 我流は『騎士証明書』をかざす。

 すると、ピッという機械音と共にゲートがパカッと問題なく開いた。

 そこには複数の高級そうなソファーと、それから机がある。

 玄関ホールほどではないにしろ、騎士達の人垣が連なっている。

 ここならば、彼女の情報が集まるかもしれない。

 他の騎士団ナイツの騎士と話した経験などあまりないが、交流ホールにわざわざ来るような人間ならば社交的であるはずだ。

 唐突に声を掛ければ怪訝な顔をされてしまうかもしれない。でも、こちらの話に耳を全く貸さない、とはならないだろう。

 礼儀的に、会話に花を咲かせている騎士達の集団は避けた方がいい。丁度会話が切れそうだったり、集まっている人数が少ない騎士団ナイツを探す。

 どこもかしこも座る場所が占領されていた。

 一人で来ているのは我流ぐらいのものらしい。

 大概の人間が自分の騎士団ナイツの騎士を連れ立っている。それもそうだ。交流するのが目的の場所。我流のように特殊な事情がなければ一人できているものなどいな――いや、いた。

 奴が、いた。

 一日千秋の想いで待ち焦がれていた相手に、ようやく邂逅することができた。

 この一ヶ月間。

 ずっと。

 ずっとだ。

 起きている時も、たとえ夢の中であろうともあいつのことだけを考え続けてきた。何度もうなされて、夜中にベッドから飛び起きた。

 そいつは所在無さそうにポツン、と一人で座っていて都合が良かった。

 他の人間が、そいつの騎士団ナイツのメンバーがいたならば我流の進行を止めていただろう。

 それだけ血走った瞳をしていた。

 高揚のあまり心臓が早鐘を打つ。

 唇が自然と歪んでいる。

「ずっと探してた……」

 その女は、一ヶ月前。

 我流との試合に見事に勝利を果たしながら、それ以降『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』に一度も参加していない騎士。


日影朝日ひかげあさひ」 


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