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025×最後のグングニル

 日影は《ポルターガイスト》を自分自身に掛けることによって、速度の限界値を引き上げる。

 いつもならば瓦礫に触れて、それを投擲武器として使用するところだが、《ポルターガイスト》の用途はそれだけに留まらない。日影自身は常に服に触れているのだから、いつでも速度を上げることができる。

 そして、それは我流も同じようだ。

 磁力を操って、常人の数倍、数十倍の動きをしている。

 しかも相手は戦えば、戦うほどに速度が上昇していく。

 二人の拳が衝撃波を伴って激突する。

 拳は速度も相まって、とんでもない重さになっている。最早人間が出せる速度の限界を二人して超越していて。他の誰も介入できない、日影と我流だけの世界に没入する。

 我流は、時折ぎこちない動きをしてしまうのが課題だった。しかし、どうやらそれを克服したようだ。自分との鍛錬の時には、進化の片鱗は見えていたが落第点しか与えられなかった。きっと、桐咲と騎士団長との野試合で、戦闘のコツでも掴んだのだろう。

 互いに風を切るような攻撃をして、されて。そしてそれを躱して、避けられない攻撃は拳で、肘で、脛で、膝で受け止め合っている。

 名称なんてないただの拳であっても、かすっただけで頬の皮膚が裂ける。そんな高次元の攻防を繰り返す。

 ギシギシ、と筋肉が嫌な音を立てている。細胞がバラバラになりそうだ。攻撃を受けず、動いているだけなのに、骨が折れそうだ。

 普段から《ポルターガイスト》で速度を加速させないのは、肉体に負担がかかりすぎるからだ。長時間身体を酷使し続ければ、もう二度と『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』を続けていけなくなる身体になるどころか、日常生活を送ることすら困難になってしまう。

 しかし、出し惜しみをして勝てる相手ではない。

 それに、ようやく自分という人間性を肯定してくれる人間が現れたのだ。嬉しくて、全てを曝け出さずにはいられない。

 重さの乗った拳が我流の肩に入って、蹈鞴を踏む。

 絶好の機会を逃すことなく、掴みかかる。が、逆に袖を掴まれた。振りほどく前に、日影を巻き込んだまま自ら後ろに倒れる。

 巴投げ。

 我流は空中に放り出された日影に、《グングニル》を投擲してくる。磁力によって加速されているだけでなく、絶対不可避の追尾機能がある。しかも投げ出されのは空中。他の騎士ならば為すすべもなく必中だった。

 日影は自身に《ポルターガイスト》をかけて、最小限の動きで避ける。地上だろうが空中だろうが、《ポルターガイスト》は健在。それでも《グングニル》は日影を追い詰めるだろう。だからこちらから《グングニル》を掴もうと――

 

 パシッ、と我流が先に《グングニル》を掴まれる。


「なっ――!!」

 光のような速度で肉薄されていた。

 まるで見えなかった。

 《グングニル》は砂鉄の塊。しかも我流が生成され慣れているものだから、他の砂鉄より磁力を扱いやすいのだろう。

 《グングニル》の投擲は攻撃ではなく、近づくための布石だった。

 我流は膝蹴りを入れてくる。それを瞬時にガードする。身体が一瞬浮くほどの強さだったが、なんとか勢いを止めた。

「うっ……!!」

 《グングニル》は手で掴んでいるから、もしも肉弾戦を仕掛けてくるなら蹴りしかないと思った。だから防御が間に合った。だが、それは誘いだった。

 もう片方の蹴りが、咄嗟の動きでは腕が届かないような。ガードしきれない箇所に直撃する。肋骨をぶち折らんばかりの音が鳴ると、オーバーヘッドキックのような動作で地面に叩きつけられる。

 眼前の視界が、舞った土煙で不可視になるような凄まじい勢いで地面に落下した。が、斜線を描いて叩きつけられた瞬間に《ポルターガイスト》で蹴りの衝撃を半減させたので、気絶せずに済んだ。

 地面を蹴り上げると、まだ中空に居残っていた我流の元まで一秒もかけずに到達する。

 そのまま下から突き上げるように掌打。

 我流は日影の腕を掻い潜って、頭突きヘッドバッドをしてくる。受けて立つように、こちらも額を突き出す。

 近距離から速射砲のような拳を繰り出し、そして相手も全ての拳を相殺するような乱打戦。

 互いに空中に浮きながら戦闘を続ける。

 我流は磁力で浮上していて、日影は《ポルターガイスト》で飛行している。だが、どちらも消耗が激しいので、二人とも地上戦で戦うのを意識しているのが、攻撃の仕方からも伝わってくる。

 だけど、少しでも地面に視線を落とそうものなら、その隙に敵の攻撃が当たる。そんなちょっとした動作すらできないほどに、余裕がない。

 しかし、ついに均衡は崩れる。

 我流の服に日影の手が微かに触れた。

 そして、先ほど地面に叩き落とされた仕返しとばかりに、遥か上空から我流を城へと叩き落とす。ビシビシビシッ、とガラスのように城壁には亀裂が入る。

 巻き上がった埃に咳き込みながら、我流は死に物狂いで立ち上がる。 

「……痛っ。……日影は!?」

 はっ、となった時には、時すでに遅しで。


「こっちだよ」


 背後を取られた我流を、柔道のように足をかけられると城の天井に頭を叩きつける。がはっ、と唾の飛沫を飛ばす。そのまま我流の体を《ポルターガイスト》で押し付けて天井を壊すと、複数の瓦礫と共に城内へ落下する。

 二階の高さから落ちたのだ。

 意識を保っているのかさえも定かではない。

 ほとんど受け身もとれずに頭から落ちた我流の腹部を掴み、《ポルターガイスト》で城壁へと飛ばす。その時、柱やら螺旋階段やらに衝突したが、それらを障子のようにぶち壊す。そのまま、我流がピンポン玉のように視界から消える。

 日影は《ポルターガイスト》で追いかけ、我流の形に壊れた城壁から顔を出すと、


「――――――《グングニル》ッ!!」


 超巨大な《グングニル》が襲いかかってくる。

 恐らく。

 ビルほどの大きさまで肥大した黒槍は、今まで支配下においた砂鉄を全て凝縮したものだ。

 このままではジリ貧だと見極めた我流は、一発逆転賭けに出た。

 きっと、これが我流の創造できる最後の《グングニル》だ。

 これだけ力を振り絞った《グングニル》を生成してしまえば、体力など残らないだろう。もう普通のサイズの《グングニル》さえも作り上げることもできない。

 そんな覚悟を伴った《グングニル》は、ただの勢いで形成したものではない。壊れた城壁から抜け出た直後で、巨躯の《グングニル》を展開されてしまえば、避けることができない。死角から不意を打つような攻撃に、後ろに退くタイミングを失ってしまった。

 避けることはできない。

 ならば、《グングニル》手で触れて《ポルターガイスト》で飛ばせれば、それが一番。だが、受け損なってしまえば……タイミングを外してしまえば、生身の人間である日影は塵芥と化す。

 ならば。

 《ポルターガイスト》で半壊の城壁をぴとっと優しく触る。表面積が大きすぎる城壁の全てを投射することはできない。だが、生半可な攻撃では、その瞬間試合が終わってしまう。だから、こちらも最大戦力で迎え撃つ。

 ――これが最後の《ポルターガイスト》だという気概を持って。

 まるで隕石のような巨大な城壁は、瞬時に天蓋へと打ち上がる。

 猛烈な衝突音が起きる。

 破壊力。つまりは技の練度ならば一日の長のあるこちらに分がある。だが、上から打ち下ろすように射出された《グングニル》は重力の力と、地面に引き寄せられる磁力が加算されていて強力になっている。

 刹那の時間だったはずだったが、体感時間は息の詰まるような永遠だったがようやく膠着状態が終焉を迎える。

 ビキビキビキッ、とスポットライトの光を遮断していた瓦礫に蜘蛛の巣のような割れ目が入って。そして、粉々に粉砕する。それと同時に《グングニル》も灰塵のように消滅する。

 そして日影は当然の如く、周囲を見渡す。

 何故なら、経験者だから。

 本能で戦う我流と違って、次にどう行動をとるのか。思考するよりも先に、体が条件反射的に、最適な行動を取るのだ。前を塞がれて、次に敵が取る行動といえば、素早く周りこんで、横合いから攻撃する。もしくは死角をうまく移動して、後方から。それがセオリーなはず。

 だけど。

 そのどれでもなかった。どこにもいない……なんて、そんなはずはない。

 虚を突くために、飛翔した上。

 もしくは、地を這うように下。

 もう、そのどれかしかない。

 だが、我流はどこにもいなかった。まさか棒立ちになったままでいるのだろうか。口を開けて、自分の切り札が不発に終わったのを、信じられずにいるのか。そこまで初心者なのか。

 いや――違う。

 我流はそんな最悪な行動をとるような人間ではなかった。

 最も意外。

 日影が経験者だったからこそ、絶対に思いつけなかったセオリー外の場所。

 超巨大な《グングニル》の中。

 そこに我流はいた。

 《グングニル》の中身は最初から空洞だったのだ。そのトンネルのような中を通って、肉薄していた。

「コイルガンの原理で加速して――――!!」

 いつだって、我流は前だけを見ていた。

 よそ見なんてせず。

 日影との試合カードを、最短ルートで実現してみせた。生き方も、それから戦い方も一本調子。危なっかしいほどに単純で、でもだからこそここまでこれた。それが我流独自の強さなのだ。

 そんな彼が、小細工じみた行動をするわけがなかったのだ。

 それを最後の最後で見誤ってしまったのが、日影朝日の敗因だ。

 記憶にあるのは。

 我流の拳が、凄まじい勢いで自分の顔面を捉えたことだけだった。

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