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020×騎士の饗宴

 闘技場ヴァルハラ

 すり鉢状の会場。

 円形に切り取られたような地面から、何段にも備え付けられている観客席。

 ここは戦いの聖地。

 騎士の戦場。

 そして騎士の出場場所は、会場の対角線上に2箇所だけ設置されている。

 その内の一つに、我流は独りでスタンバイしていた。

 観客からは決して見られることのない。

 真っ暗な影ができているここで、司会者による試合開始の合図を今か今かと待っている。

 そわそわしてしまっているのには、それなりの理由がある。

 二度目の『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』で気負い過ぎているとか、そんなもっともな理由ではなく。

 日影が何故か姿を見せていないからだった。

 パソコンには『あなたのエントリーは承諾されました』と、無機質な文章が表示されていたけれど、やはり来てくれないのか。

 一方的に約束を取り付けてだけだ。

 日影からしたら迷惑千万。

 でも、それでも。

 きっと最後の最後にはこちらの想いに応えてくれる。

 騎士として戦ってくれる。

 そう思っていたのは、どうしようもなく間違いだった。

 あちらの出場場所に、日影はまだ到着していないらしい。

 だからマイクを持つ司会の人は一生懸命時間稼ぎをしてくれている。

 いつも以上に盛り上げようとしてくれている。

 観客の何人かは、いつもよりも開始時間が若干遅いことに気がついている者もいるだろう。だからこそ、会場に漂う違和感を誤魔化すために大声を張り上げている。

「今日は一段とお客様が多いですねぇ! その理由をもちろん私は知っているます! なぜなら! アクアダスト、ナンバー1の実力を持つ日影の勇姿を見られるのは数少ない! お客様の中には彼女が真にナンバー1の冠をつけられるほどの実力者なのか? ブランクはないのか? そんな疑問の声を投げかける人も少なくはないでしょう! ですが、あなた方は今日、伝説の試合の目撃者になるはずです。彼女が本当に頂点に君臨するだけの実力を持つのかどうか! その眼に灼きつけてください!!」

 大仰に煽る司会者の頭上には、長方形の立体映像が浮かんでいる。

 あれは、カメラの映像だ。

 闘技場ヴァルハラには数え切れないほど多くのカメラが稼働している。

 遮蔽物等があっても、各場所に配置されているカメラによって、騎士の一挙手一投足を逃さず流すことができるようになっている。

 大型のカメラもある。

 しかしその多くは戦う騎士達が注意散漫にならないよう、小型カメラが多いらしい。巧妙に隠しているため、どこにどれぐらいあるかは機材を担当する者にしか把握できないだろう。

 撮られた映像はリアルタイムで配信している。

 長方形の映像は四つ。

 囲むように浮かんでいるのは、全方位全ての客が視認できるように配慮されたもの。

「誰もが試合を組むのを拒み、その圧倒的強さに畏怖した騎士に果敢に挑もうとするのは、同じトリニティ騎士団ナイツに所属する我流虎徹。ここにいる騎士のほとんどの方が知っている通り、なんと! 彼は一ヶ月前にもここで『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』を日影朝日と行っているのです!」

 歓声の波が大きくなる。

 頭上から雨のように降り注ぐ観客たちの声に圧倒される。デビュー戦よりもさらに観客が多い。ここに来る前に覗いてみたが、満員どころの話ではない。座りきれずに立ち見すらする人間もいた。

 再戦する噂を聞きつけて大勢の人間が集まったらしい。いくら『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』が人気のあるアクアダスト市だとしても、異常なほどな盛況ぶり。

 それほどまでに日影朝日という名には集客力があるということか。

 突発的だったあの試合から戦った話は拡散されていて、また日影が表舞台に立つのでは!? と推測していた騎士達が情報受信のアンテナを立てていた、ということか。

「かつて、これほどまでに勇気を持った騎士がいたでしょうか! 少なくとも私は知りません! しかも彼はこれが『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』二戦目の新人! デビュー戦で負けた雪辱を果たすために、これまで血の滲むような特訓を重ねてきたようです! はたして奇跡は起こるのか!?」

 血の滲むような特訓はしたつもりもないし、していたとしても司会者には我流からは何も話していない。司会者なりの誇張表現だろう。

 そして、立体映像はずっと観客や、試合会場の映像、それから司会の映像を流し続けていたが、映像が切り替わる。

 リアルタイムの映像ではなく、これは作られた映像。

 そこには、ルーレットが映し出される。

「フィールドを決めるための運命のルーレットを、今、回します!!」

 縦に高速回転するルーレット。

 それが何種類あるのかはきっと誰も知らない。

 ランダムで選ばれた闘技場ヴァルハラのフィールドで、騎士達はいつものように誇りと名誉を懸けて戦うだけだ。

「マグマの湧く地獄の釜で戦うのか、はたまた髪の毛すら凍る極寒の地で戦うのか!?」

 次第に速度が遅くなっていき、ついにルーレットが停止する。

「きっ、きまったああああ! フィールドが決定しました。なんと! これは運命のいたずらか!? 一ヶ月間前にも日影朝日と我流虎徹が対戦したフィールド、『キャッスル』に決定いたしました。只今より、会場をセッティングします!!」

 ガコン、と地下から機材が外れる音がすると、更地だったフィールドが地下へと潜っていく。ギュルギュルと歯車が回るような機械音が木霊する。

 更地と移り変わりに登場するのは、『キャッスル』のステージ。

 辺り一面に広がるのは花畑。

 そこに建てられているのは、まるでお姫様が住んでいるかのようにメルヘンチックなお城だ。

「それでは! 無謀とも言えるこの試合に臨んだ彼から、闘技場ヴァルハラに足を踏み入れてもらいましょう。あまりにも速い。彼の動く速度は音すら超える!! 《極光の黒槍使い》――我流虎徹の入場です!!」

 暗がりから照明の当たる場所に出てくると、ドッとより強い歓声が降り注いでくる。

 あまりにも大勢の観客に呑まれてしまったのか、総身が震えてしまう。

 だがそれは。

 数多くの観客の中に見知った顔を見つけるまでの話。

「来てくれたんだな」

 桐咲と騎士団長の姿も見受けられた。

 あれほどまでに二人は、日影との『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』に反対していた。野試合が終わった後に和解はしたが、気が変わってもおかしくない。

 それだけ我流は非常識な行動が目立った。

 それなのに。

 二人は黙って応援に来てくれていた。事前に口約束などしていないのに、まるで当たり前のように駆けつけてくれた。

 笑顔で。

 手を振りながら。

 こっちを見てくれている。

 なんだか目頭が熱くなってしまった。意味が分からない。こんなところで涙を零しそうなってどうするのか。

 何も言わずにここにきた時点で、どうして事前に一言言ってくなれかったのか怒るべきはずなのに。

 笑いそうになると同時に、泣きそうになって。

 表情が滅茶苦茶になる。

「そ、そして……」

 チラチラと司会者が困惑したように、

「今まであらゆる強敵をなぎ倒し、変幻自在に物体を射ることができる魔弾の射手。これから対角線上の入場場所から登場するのは、皆さんも知っての通り……。《隕石落としの絶対王者》――日影朝日です!!」

 期待に満ちた観客たちが、我流の登場時とは比にならないほどに興奮した声を上げる。

 だが。

 やはり入場場所から日影は現れない。

 それから数秒たった。

「あ、あー。どうしたことでしょうか。日影朝日の姿が……」

 ちょっと、これどうするの? と高性能マイクが集音してしまっている。司会者はそこまで音を拾うと思っていなかったらしい。

 俄かに始まったブーイングに慌てふためく。

 しょ、少々お持ちくださいなんて、司会者のその場しのぎの常套句なんかは、観客の怒号によって塗りつぶされる。

 観客たちが求めているのは、我流のような小物ではない。

 間違いなく。

 アクアダストで最も大物である彼女の姿。

 日影朝日だ。

 観客の中には騎士も大勢いるだろう。その誰もが数年ぶりとなる彼女の戦う姿を待ち望んでいたに違いない。

 それがいないとなると、運営側に非難の目が行くのは至極当然。彼女の凄すぎる集客力が仇となってしまった瞬間だった。バタバタ、と騎士連盟の人間たちが電話で場所の確認をとったりしていると――


 轟音を立てて、観客席と会場の間にあった金属製の仕切りが吹っ飛ぶ。


 とてつもなく高いところから土埃を上げて着地したのは、日影。

 来てくれた。

 少しばかり遅刻したようだが、彼女は来てくれた。

 まるで物語の主人公が遅れてやってくるように、まるで台本通りに彼女はやってきた。

 と、そう表現したいどころだが。

 やはりそれは違う。

 日影は消耗していた。

 戦う前から、体力的にも精神的にも摩耗していた。大粒の汗を流していることからも、察することはできる。

 ヒーローのように、自身の答えを一瞬で出すことはできなかったらしい。迷っていたのだ。ギリギリの時間まで、ここに来るのかどうか。演出のために待機していたわけでもない。 

 あくまでも、日影朝日個人として。

 ただの一人の騎士として。

 何か心の中で結論を出し、ここまで来た。

 それだけは確かだ。

 そしてそれは、きっと『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』の中でハッキリすることだろう。

 潮が引くみたいに沈黙が続くと、一気に観客の声の大波が押し寄せる。

「な、なんと観客席から登場したのは、日影朝日。まさに千両役者のような演出です!!」

 明らかに安堵した司会者の顔に元気が戻る。

「全ての舞台が整いました。それでは――」

 バッ、と手を広げた司会者の合図で、我流と朝日は臨戦態勢に入る。

 ここまで戦いをお膳たてするのに、どれだけ苦労したのだろう。

 耳を聾するほどの歓声のせいで、日影とコンタクトを取ることはかなわない。でも、それでいい。戦いの中で再び語ろう。

「――これより、『騎士の饗宴ナイトカーニヴァル』を開始します――」

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