013×橋の上の決闘
清涼感のある川に、綺麗な夕陽の光がキラキラ乱反射する。
びっしりと草が生えている坂の斜面の上には、緩やかにカーブする道がある。
その上からはまばらな人間が眺望できた。
ランニングしている元気そうな老人。
犬の散歩をしている殊勝な子ども。
恋人つなぎをしながら座っている微笑ましい高校生カップル。
日が傾いている放課後だからか。
皆が帰宅し始めている。
そんな流れに逆らうように、我流は自宅からどんどん離れた場所へと赴いている途中だった。
「……あ……」
だが、その足が停止する。
目的地が既に正視できる場所に、そいつはいた。
「なんでここに桐咲がいるんだよ?」
まるで待ち構えているような立ち振る舞い。
生憎、桐咲待ち合わせなんてした覚えはない。昨日野試合をしてから別れて、それから連絡などとっていない。だからここに桐咲がいるのは、偶然とは考えづらい。
「なんでってそれは、騎士団長に訊いたからですよ。あそこの橋で先輩と戦うことになるって」
奇しくも、我流が生まれた年に作られた橋。
ところどころ錆び付いていて、手入れが全くされていない。大通りからはかけ離れている。あまりにも横幅の狭い橋。二人きりで世間話するのにはうってつけの場所。そう思っていたのに、どうして桐咲が参入してくるのか。しかも、何だか語弊があるようだ。
「ちゃんと騎士団長から訊いたのか? 今から騎士団長とするのは、ただの話し合いだよ。昨日だって桐咲にそう言ったよな、俺。それがなんで、騎士団長と戦うことになってるんだよ」
「何言ってるんですか。騎士が騎士団長の決定事項に逆らう。それどころか騎士団の脱退表明。そんなの、あの騎士団長が許すなんて考えられません。お互いが譲れない想いを抱いているなら、戦うしかない。それが騎士なんじゃないですか?」
「……そうかもな」
現に桐咲とも最終的には戦うことになった。
それが騎士という人種なのか。
「そうですよ。だから、トリニティ騎士団であるこの私が駆けつけるのは当然です。立場上どちらかを贔屓して応援するなんてできませんけど、見守るぐらいのことはさせてくださいよ」
最初から我流は騎士団長と話をつけていれば良かった。
日影との特訓をしていることについて、騎士団長や桐咲に隠すつもりはなかった。しかし、結果的に隠してしまったことになった。電話で事情を騎士団長に話した時、彼はずっと無言だった。電話越しなのに、張り詰めた空気が痛くて、しどろもどろになった。
我流は言葉足らずだったが、騎士団長は今日この日話し合いするために必要な要点を簡潔に述べた。やっぱり少し怒っているようだった。感情を口には出さなかったが、事務的で平坦な声のトーンが冷たかった。
この一件は、我流の我が儘だ。
ただ純粋に日影と再戦したい。たったそれだけのことなのに、脱退騒ぎになってしまった。そして騎士団長と微妙な空気になってしまって、桐咲とも喧嘩するみたいに野試合をしたばかりだ。
最悪の結果として、トリニティ騎士団が空中分解するかもしれない。
桐咲には悪いことをしたと思う。もっと我流のことを責めたっていいはずなのに、それでもいつものように笑ってここに来てくれた。
「……ありがとう。来てくれて嬉しいよ」
応援してくれなくとも、同じ騎士団の騎士が傍にいてくれるだけでも心強い。でも――
「その手に持ってるのはなんだ?」
「ああ、近くの屋台で売っていたクレープです。おいしいですよ。食べますか?」
「ああ、ありがとう。……じゃなくて、なんでそんなの食べてるんだよ! 冷やかしのつもりか?」
「えぇ? そんなわけないじゃないですか。ちゃんとクレープだけじゃなくて、このとおり。ポップコーンだって持ってきてますからね」
「完全に、映画鑑賞気分だな!!」
どちらからともなく、自然に並び合いながら歩き始める。
「勝算はあるんですか?」
「さあ。そもそも俺はあの人のことよく知らないし」
「えぇ? だって、じゃあ、なんでトリニティ騎士団に入団したんですか?」
日影にも驚かれた気がする。自分の所属している騎士団長の詳細について知らないのが、そんなにおかしなことだろうか。
「……成り行きかな?」
「なんだ。騎士団長の強さに憧れて入団したかと思いました」
「強い……らしいな。でも俺はあの人の試合を見たことがないから、どれほど強いのか想像すらしたことがないな。いつもやっている組み手も、騎士団長は本気でやってるわけないし」
「私もあの人の試合を見たことはないですが、かなり強いみたいですよ。なんたって、ずっと騎士団長がアクアダストのナンバー1だったらしいですし」
「え、でも今は……」
「そうです。ある騎士に敗退する前は、ずっと騎士団長がナンバー1だったらしいです」
アクアダストのナンバー1。
それがどれほどの強さなのか。
戦ったことがない我流にはわからない。でも、きっと想像を絶する強さだったのだろう。両腕を自在に使えていた頃の騎士団長は。
「ある日を境に、騎士団長は『騎士の饗宴』に出場しなくなった……。それぐらいしか私は知りませんね」
そんなにうちの騎士団長は強かったのか。
でも、そうなると一つの疑問が生まれる。
どうして、トリニティ騎士団の騎士団員が少ないのか。もっと大勢の人間が立候補してもおかしくない。騎士団長が元ナンバー1ならば、人気があるはずなのに。
でも、実際騎士団長を含めて三人しか団員はいない。
立候補者を振るいにかけている様子もない。
団員募集に条件をつける騎士団は珍しくない。というか、条件をつけるところがほとんだ。戦闘能力を測るための試験や、集団面接なんかがあるところもある。
しかし、トリニティ騎士団にそんなものはなかった。
騎士団の箔をつけるために、初心者はお断りなところもある。だが、我流と桐咲はど新人であるにも関わらず、すんなりと入団できた。
それなのに、どうして入団希望する騎士が少ないのか。
「それじゃあ、先輩。私は――ここまです」
橋のたもとまで着いてきてくれた彼女にありがとう、と感謝の言葉を告げると、独りで進んでいく。
いい感じにリラックスできた。
桐咲が待ち伏せしていなかったら、今頃どうなっていたのか。
肌が灼きつくような緊張感。
温和な騎士団長が敵意なんて持つわけないのに。何故かプレッシャーは進む方向から襲いかかってくる。
まるで別人だ。
こちらの足音に気がついた騎士団長は、水面を眺めていた瞳をこちらに向ける。深く考えているようで、それでいて何の感情もこもっていないような、複雑な色をしている双眼。
それはとても綺麗で。
そして――とても怖かった。
「やあ、我流くん。待っていたよ」




