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010×密林の光明

 我流達は急な斜線を描く石段を上って。

 その先にある稲荷神社に来ていた。

 錆びている鉄柱とか、苔の生えている石畳とかがあり、荘厳な雰囲気のある神社だ。

 屹立した林が、強めの風に吹かれて靡いている。

 あんな人通りの多い道路で戦ってしまったら、他人に迷惑がかかる。もっと物静かな場所がないかと探し、行き着いた先はこの神社だった。

 ここならば被害は少ないだろうし。

 それに第三者による介入といった邪魔も入らない。

 初詣の時に思い出したようにごった返しになるぐらいで、普段は水を打ったように静寂を保っている。賽銭箱もきっと空っぽに違いない。

 桐咲は沈痛な面持ちで最終勧告をしてくる。

「先輩……どうしても私たちを裏切るつもりですか?」

 裏切る。

 という意味がこちらの意見を押し通すっていうことと同義ならば、そういうことになるだろう。

「ああ。そうだ」

 桐咲はいつも素顔を曝け出してくれる。

 底抜けの明るさを持っている彼女の笑顔を、配慮のない自分の一言で消してしまった。ああ、そうだ、とそんな簡潔で感情のこもっていない発言で、より一層桐咲の表情は硬くなってしまったのだ。

 傷つけてしまった。

 でも。

 だからこそ。

 関係性が瓦解する可能性を加味した上で発言した桐咲相手だからこそ。嘘偽りの優しい言葉をかけることはできない。

 自分の心を真正面からぶつけるしかない。

 それで互いの答えに納得できず、衝突してしまうというのなら――。

 騎士らしく。

 戦いで決着をつけるべきだ。

「じゃあ、こちらからいかせてもらいます!」

 突進してくると同時。

 桐咲の半径5m以内から植物の蔦が伸び上がる。

 地面を裂いてできた蔦は、まるで蛸の触手のようにのたうちまわる。

 綺麗に舗装されていた神社の石畳を破壊して。

 不規則な動きをしていた複数の蔦が、一塊の束になる。そのままドリルのように高速回転しながら襲いかかってくる。


「《グングニル》」


 回転してきた蔓の先端を、《グングニル》で的中させて停止させる。

 だが、回転する蔓の勢いは止まらない。轟音を立てながら、少しずつ《グングニル》の表面を削っていく。

 蔓の圧力に靴底が地面を擦って、土煙が立ち込める。このままでは押し切られてしまう。奥歯を噛み締め、足の指先に力を入れる。

「うおおおおお!」

 チーズみたいに、収束していた蔦を強引に切り裂く。

 粉々になった蔦が何個かが体に当たる。粉々になった蔦に瞬間的に当惑していた隙に乗じ、突進してきた桐咲を《グングニル》で向かい打つ。


「《草薙の剣くさなぎのつるぎ》」


 本物の剣と鍔迫り合いしたような音が響く。

 一撃が重い。

 《草薙の剣》は葉っぱで創造された剣だ。

 しかし、見た目に反して《草薙の剣》は、《グングニル》の硬度と遜色ないようだ。

 しかも、こちらの渾身の刺突を止められた。

 《グングニル》の軌道を正確に見切って、切っ先を剣で止められるなんて。そんなことできたのは、桐咲に卓越した戦闘技術があるからだけじゃない。それだけ実力差があるってことだ。

 なんの工夫もなく胸辺りを狙って突いたのが悪かった。ならば、まんべんなく的を絞らず、ランダムな打撃。自分でさえどこを突くのか分からない。そう。無心で突けば、桐咲も対応できないだろう。

 頭上からヒラヒラと舞い落ちる木の葉を容易く破る速度で、連突を繰り出す。

 まるで突きの壁。

 見切るのは不可能のはず。……だったのに、疲労で大振りになった一撃を桐咲は完璧に見極め、剣の峯で滑らされた。

 そのせいで《グングニル》の切っ先が、地面に突き刺さった。

 勢いを殺さず、斜め下に受け流された。

 《グングニル》を上へ構えようとするが、抑え込まれる。力ではこちらのほうが上のはず。だが、持ち上げる力と、重力に従って振り下ろす力のどっちが強いかは明白。

 お互いに攻撃の手が一瞬止まる。

 そうなってくると、やはり桐咲は《草薙の剣》を斜め下から一閃してきた。

 《グングニル》を霧散させ、上体を反らして避ける。完全には避けきれず、服の表面が斬られる。もしも《グングニル》に固執していれば、地肌にもっと深くて赤い亀裂が入っていた。

「――――っ! ……躱された」

 指揮者が指揮棒を使うように滑らかな動きで、剣を縦横無尽に振るう。

 さっきよりも数段速い。

 厄介なのは普通の剣より軽量のせいか、思う存分振り回せるということだ。それでいて硬いのだから、理想的な剣の一つといっていい。

 こちらに有利な間合いを確保するために距離を置くが、やはり追いかけてくる。虚空から出現させた《グングニル》で応戦するが、突き放せない。

 熾烈な剣戟の連続音が響く。

 歯を食いしばりながら猛撃に耐えていると、背面に鎮座していた稲荷神社の石像にぶつかる。桐咲はその隙を逃さずに袈裟斬りしてくる。後ろに逃げ場がない。格好を気にせず、飛び込み前転するみたいに桐咲の横脇へ逃げ出す。

 ズズズ、と石が擦れる音がすると、斜めに斬られた狐の造形をした石像が地面に落下する。

 一撃で真っ二つにするなんて、なんて切れ味だ。

 鉄の塊である自動車を縦に割ったのも、あの剣か。

「速く距離を取らないと――」

 あんなもの生身で受けたら、たとえ一太刀であろうと戦闘不能になってしまう。《グングニル》を最大限に活用できるポジショニングの確保し、安全地帯から突くのが最善の一手だ。

 迫ってくる剣を《グングニル》で幾度も払う。

 足運びはまだしも、手の動きならば確実にあちらの《草薙の剣》が速い。武器の軽量さであちらが優っている。それに《草薙の剣》は《グングニル》よりリーチが短い分、小回りが効くから防戦一方になる。このままでは本格的にまずい。

 一瞬にして勝負が決まってしまう。

 《グングニル》の石突きを地面に押し当てて、後ろに大きく跳躍する。正中線をなぞって振り下ろされた剣を避けると同時に、離れることにも成功した。

「よし! これで――」

 《グングニル》を十二分に活用できる。

 そう思っていたが、いつの間にかジャングルのような林の中に足を踏み入れてしまった。密集した木々が邪魔してしまっている。これでは存分に《グングニル》が突けない。振るえない。

 自分から死地に飛び込んでしまった。

 いや、ここまで誘導されたんだ。

 《草薙の剣》の威力が網膜に灼きついてしまった。

 だから、いつの間にか足が竦んでしまっていた。

 逃げ腰の発想しか思いつかなかった。

 怖かったから。だから、《グングニル》の扱える距離を取る、なんてもっともらしい言い訳を胸中で浮かべていただけなのか。

 足元からボコボコッと蔦が生えてくる。

 腐葉土のあるここは桐咲の領域。

 今までとは比にならない蔦の構成速度。

 生き物のような動きをする蔦が、足元に絡んで来る。捕縛されてしまえば、《草薙の剣》の餌食だ。何の抵抗もすることができない。

 津波のように押し寄せてくる蔦を避けるために、木の表面に足をかけて駆け上がる。日影との対戦。降ってきた瓦礫を登ったあの時に比べれば、簡単なものだ。しかし、やはり猛烈な速度で蔦が追いかけてくる。

 地上を移動するのは危険だ。

 絶対に追いつかれる。

 なにせ蔦と、それから《草薙の剣》を持っている桐咲が待ち構えている。一騎打ちとは思えない手数だ。ハッキリ言って、我流はあれだけの攻撃に対応する術を持ちあわていない。

 他の木に飛び移りながら林の中を抜けるしかない。闇に包まれた密林の中を、一筋の光明が見える光へと突き進んでいく。

 あと少しでその光に手が届く。

 なのに、横から巨大な影が過る。


「そっちが本命です。先輩」


 ただ追いかけてきたように見せかけて。

 桐咲は林の抜け道。

 最も油断する場所に罠を事前に仕掛けていた。

 鞭のようにしなりを効かせた蔦が、我流の首の骨を直撃する。受身もとることができない速度。マンションの二階ほどの高さから我流は地面に叩きつけられた。

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