ファーストコンタクト
「そろそろ目的の宙域だな。」
俺は右隣のナビゲーションシートに座る副操縦士のジャンに話しかけた。
「はい、キャプテン。あと六分二十二秒でお目当ての惑星の軌道に入るはずです。ケイト博士、生命反応探査の準備はどうですか。」
「とっくに準備できているわよ。それよりマイク、ちゃんと打ち合わせ通りの太陽同期極軌道に進入できるのかしら。」
ミッションスペシャリストで惑星物理学・宇宙生物学博士のケイトは、その緑色の瞳を正面のディスプレイに向けたまま、忙しそうにキーボードを叩きながら言った。
「その辺は大丈夫。ただ、ちょっと重力場が不安定な部分があるから、若干楕円軌道になるけどね。多分惑星内の地殻構造上の問題だと思うけど。」
俺は後部中央座席のケイトに向かって答えた。
まもなくして、宇宙船は惑星の軌道に入った。
そして、貨物室の扉を開き、大きなアンテナを広げて惑星表面のスキャンを始めた。
ハイパー光速エンジンが開発されて、ワープ飛行が可能となってから既に百余年。
人類は知的欲望を満たすために宇宙深部への探査を続けていた。
しかし、科学が発達した現代においても深部宇宙の探査は容易ではない。
このため、最先端の科学技術を集めて、高度な宇宙開発を行うために、国際的組織として、国際深部宇宙開発研究機関が設立された。
俺とジャンとケイトの三人は、その機関に所属する宇宙飛行士であり、特に地球外生命体探査のエキスパートとして選ばれた。
それからというもの、俺たちは、もっぱら生命反応が認められる天体を調査し、地球外生命体とファーストコンタクトを行うミッションに従事している。
このミッションが開始されてから既に三百を超える惑星を探索した。
しかし、原始的生命体の発見に至ったのが七件であり、そのうち一応の知的能力を備えていると認められるものが僅かに一件、それもトカゲのような生物だ。
とてもファーストコンタクトと言えるようなものではない。
このミッションを始めるに当たって、俺は人類を超えるような高度な知的生命体に遭遇する可能性はほとんどないと予想していた。
なぜなら、そのような高度な知的生命体が存在するならば、彼らは人類より先に地球を発見して、ファーストコンタクトを試みているはずだからだ。
もちろん、人類が今のように宇宙に進出する前の時代には、しばしば円盤型や紡錘型の未確認飛行物体(UFO)が目撃されることがあり、これらが他の天体からの宇宙船ではないかと言われていたこともあった。
しかし、人類が宇宙に大量に進出している現在、そのようなUFOに未だ遭遇していないことを考えると、現時点においてはそのような知的生命体は存在しないと考えるのが自然というものだ。
だから、俺はこれまでの惑星探査では、高度な文明を持った知的生命体と遭遇することはほとんど期待していなかった。
ただ、同僚のケイトは知的生命体はいると確信しているようだ。
確たる根拠はないのだが、どうも女の第六感というやつらしい。
男の俺には、よく分からんが・・・。
「生命反応は検出されたかい?」
周回軌道に入り、一息ついた俺は、後部中央座席のケイトに話しかけた。
「まだデータ収集を始めたばかりよ、マイク。そうすぐに解析結果は出ないわ。」
「でも、ケイト博士。この惑星は、生命を維持できる環境があるって言ってましたよね。」
横からジャンが口を出す。
「ええ。例えば、水や空気の存在は、ほぼ必須条件と言ってもいいわ。でも、探査において最も決め手になるのは、その惑星から放射されている電磁波なのよ。」
「電磁波って、人類の場合、テレビやラジオの電波とか、無線通信や衛星通信の電波のことですよね?」
「そう。そういう人工的な電波が放出されていることは、知的生命体が存在する最も有力な手がかりになるの。」
「しかしなぁ、ケイト。これまで探査した惑星だって、パルス状の微弱な電波の放出やほとんど雑音のような電波の放出が検出されたけど、ほとんどがその惑星の雷とかの気象現象や地殻変動から生じる電磁波だったじゃないか。」
「でもマイク、今回の惑星は、ちょっと事情が違うのよ。電波望遠鏡での観測では、色々な周波数の電波が放出されていて、それらが何らかの法則に基づいていると思われる脈動を繰り返していたのよ。」
「それって、何かデータ通信を行っているってことですか?」
ジャンが身を乗り出してきた。
「そのデータが何を意味しているのかまでは解析できなかったわ。でも、データ通信が行われているのであれば、それなりに高度な文明を持つ知的生命体が存在する可能性が高いといえるわ。」
「まぁ、そういう訳で、いままで外ればっかりだった調査も、今回はもしかしたら本当の知的生命体とファーストコンタクトできるかもしれないと思って、この惑星に来たんだがな・・・まだまだ我々の知らない未知の自然現象ってやつもあるだろうしな。」
過大な期待を持つと、外れた場合の落胆が大きい。
俺は、ほどほどの期待にとどめるべく水を差した。
そんなことを話しているうちに、惑星表面のスキャンを大方終えたケイトが言った。
「変ねぇ。この惑星からの電磁波は、惑星全体から均一に放出されているみたいなの。まるで惑星の中心に電磁波の発生源があるような感じだわ。どう思う?」
「どうもこうも、ここで考えているより、まず惑星表面に行ってみるべきですよ。」
そわそわしてジャンが言った。
こいつはかなり来ているな。
まあ、いままでで一番可能性が高いと聞かされていたのだから、無理もないが・・・。
もう少し頭を冷やしておいたほうがいいかもしれない、と俺は思った。
「何か地殻構造の特異現象があるのかもしれない。その他には何か分かったことはないのかい。」
俺はつとめて冷静な口調でケイトに尋ねた。
「そうね。惑星表面は湿っているけど海のような地表水はほとんどないわ。だけど、地殻の浅い部分には水脈と思われるものが沢山あるの。そしてもっと深い地殻内部は、ところどころに空洞になっている部分があるみたい。データ分析によれば、惑星の6割が水で構成されているって結果がでているけど・・・。奇妙な惑星ね。」
「地下水脈があったり、地下に空洞があったりすることは奇妙でもなんでもないさ。水があるということは生命が存在する可能性があるということでもあるが、これまでもそんな惑星はゴマンと見てきたし、特に珍しいものでもないじゃないか。」
「そうね。でもマイク、この惑星は何か他の惑星とは違うみたいなの。それが何かは、もっと調査してみないと分らないわ。地上に降りましょ。」
俺たちは、宇宙船を惑星への進入軌道に乗せた。
大気圏に突入し、惑星表面がぐんぐんと近付いてきた。
惑星表面は一面の緑色で、ところどころに山のようなものもあるが、海や砂漠のようなものは見当たらなかった。
「着陸できるところがないですねぇ・・・。」
ジョンがぶつぶつ言っているのが聞こえた。
惑星を3周ほどしたところで、俺たちは森の中に小さな空き地を見つけた。
「こんなところ、さっきはなかったような気がするんですが・・・。」
ジョンがまたぼやいた。
俺たちの宇宙船は地表面に向かって、逆噴射をしながら慎重に着陸していった。
地表面が沼地のようなところだと、宇宙船が着陸したとたんに、地面に沈んで行ったり、倒れてしまったりする危険がある。
そのため、地表面に近づいたところで、一旦空中で停止し、マイクロウェーブで地面を探査する。
幸いにも、ここの地表面はコンクリートのような硬い岩盤でできているようであった。
俺はジョンに着陸の許可を出した。
宇宙船が着陸しても、まだ外には出られない。
惑星大気の成分がどのようなものか精密に測定する必要があるからだ。
ケイトが慌ただしそうに計器の操作をしている。
ジョンは呆けたような顔で窓から外を眺めている。
「どうしたジョン?何か面白いものでもあったか?」
「ねぇ、キャプテン。僕、最近どうも頭がボケてきたんじゃないかと思うんです。この空き地って、こんなに広かったでしょうか?」
ジョンが変なことを言うので、俺も窓から外を見てみた。
確かに百メートル四方の小さな空き地だったはずだが、窓から見る木々は優に三百メートルは離れた場所にあるように見える。
「着陸の時に木々をなぎ倒したんじゃないか?」
「僕はそんなヘマな操縦はしませんよ、キャプテン。それに、なぎ倒したなら、倒された木々が散らばっていてもよさそうなものじゃないですか。」
口を尖らせてジャンが言った。
・・・そう言えばそうだ。
首をひねって顔を見合せている俺たちに、ケイトが明るい声で呼びかけた。
「皆さん、大気の分析が完了したわよ。窒素が主体で酸素が八分の三、不活性ガスが〇.五パーセントで、二酸化炭素が〇.〇二パーセント。何とか呼吸は出来そうね。気温が二十九度でちょっと高いけど、このまま外にでられそうよ。」
俺とジョンは、さっそく宇宙船のハッチを開けて、外に飛び出した。
何しろ二週間以上も狭い宇宙船に閉じこもっていたのだ。
小さなハッチを抜け出ると、俺は大きく伸びをした。
大気は暑くて湿っていて、とてもムシムシしていたが、久々の地上に出られ、気分は爽快だ。
ジョンが二、三歩ほど歩きだして、つんのめりそうになった。
「ねぇ、キャプテン。この惑星、確か重力は地球の8割程度でしたよね・・・。僕、体重が重くなったみたいです。足が地面にめり込んでしまうんですが・・・。」
「おいおい、大丈夫か、ジョン?人口重力装置があるとはいっても、狭い宇宙船内じゃ運動不足になるからなぁ。でも、地表面は堅いはずじゃなかったのか?」
「そのはずなんですけど・・・。」
ジョンは振り返って宇宙船を見上げた。
俺も何歩か歩き出したら、急にぬかるみにはまったように足が地面に沈み込んだ。
宇宙船の近くだけ地面が固いらしい。
もし数メートルずれて着地していたら大変なことになっていただろう。
じきにケイトも宇宙船から降りてきた。
肩にはサンプル採取用の大きな箱をぶら下げている。
「さあ、探検といきましょう。植物のサンプル採取もしたいから、ローバーを下すのは明日ってとこね。」
ケイトは、先に立って歩き始めた。
「おい、地面が軟らかいみたいだから、足元に気をつけろよ。」
そう言いつつ、俺たちも慌てて、後を追った。
軟らかい地面に気を取られながら、俺たちは、一面砂漠のような土地を三百メートルほど先の森に向かって歩き続けた。
「静かね・・・」
「・・・だが、何か近くにいるような気がする。」
俺がつぶやくと、突然ジョンが腰のホルスターからレーザーガンを抜いて正面に向けて撃った。
「きゃっ」
「おい、なにをするんだ、ジョン。」
俺とケイトはびっくりして、叫んだ。
「いや、何か森の中で動くものがあったみたいだから・・・ついその・・・。」
「やたらなところを撃つんじゃない。」
「すみません、キャプテン。気を付けます。」
「まったく、知的生命体がいたらどうするのよっ。」
ジョンが肩をおとし、銃をホルスターに収めたので、俺はそれ以上何も言わなかったが、ケイトはジョンを睨みつけていた。
すると、急に地面が揺れ始め、森の木々もさわさわ音を立てだした。
遠くで雷鳴のような音もしている。
「地震か?」
「おかしいわ。森の木がこちらに近づいてきているみたい・・・」
俺とジョンは、正面の木を見て、同時に後ろを振り向いた。
砂漠を歩いてきたのに、木々に囲まれて、宇宙船が見えない?!
「もどろう。」
俺は二人に声をかけた。
その時、空が一面に真っ暗になり、目の前の視界が閉ざされた。
気がつくと、俺はベッドの上で寝ていた。
眩しい照明が眼の中に差し込んできた。
ゆっくり起き上がると、そこはどこか懐かしい香りがする部屋の中だった。
ただし、その部屋には窓も扉もなかった。
俺はジョンとケイトの名前を呼んだが、何の返事も聞こえなかった。
部屋の真ん中にはテーブルがあり、美味しそうなご馳走が一人分用意されていた。
俺は部屋の中を調べて回ったが、何も見いだせなかった。
しばらくベッドに座って考え込んでいたが、他にしようがないので、テーブルのご馳走をいただくことにした。
ご馳走はどれも果物を材料にしたようなもので、スープ、サラダ、ココット、パイなど何皿もあった。
最初の皿は砂を噛むような味ですぐに吐き出した。
次の皿は渋くて食べられなかった。
その次の皿は苦くて、別の皿は辛かった。
あまりまともに食べられる皿がなかったが、他にすることもなく、ベッドに横になるとまた眠ってしまった。
次に目が覚めると、また食卓の上にご馳走がならんでいた。
恐る恐る口にすると、今度は何とか食べられるものが多かった。
俺は、また部屋の中を調べて回ったが、壁は厚いコンクリートのようなものでできているらしく、まったく脱出口が見いだせなかった。
俺は、食事用のナイフで部屋の壁を削り始めた。
しかし、ナイフの先がすり減るだけで、壁は傷一つつかなかった。
俺はまた、ジョンとケイトの名前を叫んだが、無駄なのはわかっていた。
そのままベッドに横になるとまた寝てしまった。
そんなことを繰り返しているうち、食事はだんだん俺好みに美味しくなり、俺もしたばたしても仕方がないと、半ば開き直って静かに過ごすことが多くなってきた。
しかし、何分、することがない。
俺は、時々部屋の中をうろうろ歩きまわった。
そしてある時、ケイトの名前を叫んだ。
ジョンのことを忘れてしまった訳ではないが、なぜか無性にケイトに会いたくなったのだ。
すると、俺の背後からケイトの声が聞こえた。
振り返ると、そこにケイトが立っていた。
俺は、ケイトに駆け寄り抱きしめた。
しかし、ケイトは冷たく立ち尽くしているだけだった。
俺はケイトの目をのぞきこんだ。
その緑色の目はどこか遠くを見ているようで反応がなかった。
俺は構わず言った。
「ケイト、地球に帰ろう。ここは危険だ。」
するとケイトが言った。
「危険なのはあ・な・た・た・ち・人類ではなくって?恐ろしい武器を作って、他の生命の存在を脅かし、自然を破壊する・・・。そのうち、自分たち自身も破壊してしまうのでしょうね。」
「おい、ここで禅問答をしている暇はないぞ。はやく脱出しよう。」
「わ・た・し・はこのままでいいわ。ここには、手の加わっていない豊かな自然がある。争いのない平和がある。他に何が必要なの?人類も自然の一部なのに。」
「ケイト・・・」
俺はもう一度ケイトを抱きしめた。
すると、何か鼓動のようなものがケイトの体を通じて伝わってきた。
そして俺は直感的に理解した。
この鼓動は、あの電磁波の脈動。
この惑星の息遣い。
この惑星の意識。
この惑星の心・・・。
そして、目の前が真っ暗になった。
気づくと、俺達三人は、宇宙船の近くに倒れていた。
ほとんど同時に意識が戻った俺たちは、お互いに目を合わせると無言で宇宙船に乗りこんだ。
皆、同じ経験をしたに違いない。
幻覚のようでもあったが、確かにコンタクトしたのだ。
俺たちは今地球に向かっている。
あの惑星生命体のメッセージを携えて。




