序章1 安藤龍一
本小説における人物、都市名、団体名は全て架空です。
また、本小説は暴力的な文や、それを連想させるような表現が含まれています。
序章
西暦2000年4月21日
午前6時00分
日本
ここは都心の真ん中に位置する首都
一人の男がある仕事を終えた時間である。
気だるそうに煙草の煙を吐き、依頼者に連絡を取る。
「ご苦労だったな。これでお前等に大っぴらに力を貸せる。喜べ。頭の堅い親父もお前等を気に入るだろう。」依頼者は笑いながら言う。
「恐縮です。あなた様方杉山組のお力を借りれば私たちは鼻が高い限りです。これからは手を取り合い協力し、全ての邪魔者どもを排除していきましょう。」
依頼者は笑いが止まらない。
「そうかそうか。鼻が高いとは。それはよかった。しかし面倒事をしょっちゅう起こすのはご免だぞ。うちもそこまで暇じゃないんだからな。わかってるな?」
「わかってますよ。これでも一組の頭を張ってるんですから。そこらのチンピラと一緒にしないでください。」
「うむ。そうだな。小さくとも立派な組だもんな。ハッハッハ。」
「からかわんでください。これでも命懸けてるんですから。」
「悪かった。ところでこれからうちの事務所に来い。今から親父が盃交わすだとよ。喜べ。」
「わかりました。早急に向かいます。ではまた後で。」
電話を切る。
「ふぅ〜。」煙草を捨て
「ダルいな〜。しかしこんなにも早く盃を交わすとは、あの組長も意外と頭が柔らかいんだな〜。まぁその方がいいんだけどな。後はすぐキレる所を治せばいい組長なんだけどな。」
男は好意を持つと同時に愚痴までを言う。
弱冠16歳で組を張る男は一昔までは誰もが知ると言われた組であった頭の親の子供だ。先代の死後替わりを勤めたのだ。カリスマ性を親から引き継ぎ、その実力を買われ2代目に襲名された。16といえば世間では高校に行き授業を受け、たわいのない会話をし1日を過ごす。これが普通であり、またそれが一種の幸せな日常なのだ。
しかしそんな常識に囚われないのがこの男、安藤龍一である。
安藤組の頭である。
皆が高校に行くのに自分だけ行けない、だかその理由を問うこともない。むしろ特別な自分に喜ぶときもあるほどである。身体はでかく、ガタイもいい。スポーツをやればスカウトが来る位の身体能力を持つ。容姿も悪くはない。中学ではファンクラブが出来た位だ。ただ相手にけして弱みを見せないために人とは付き合わず、仲間を作らない。一匹狼的な所がたまにキズ。
そして龍一は静かに立ち上がり、車に乗って杉山組へと向かうのであった。
その場所から杉山組の事務所までは遠くない。10分や20分で着いてしまう位に近い。
しかし龍一はある民家の駐車場に車を止めた。ここにはいつもこの時間には顔を出す。
ドアを叩く。すると中から見た感じ80歳位のお婆さんが出てきた。
「ごめん。起こしちゃったかな?」龍一は申し訳なさそうに言うと
「いいんじゃよ。わたしゃ早起きじゃから、とっくのとうに起きとるよ。しかしいつも来て貰って悪いね〜。龍ちゃんも忙しいだろうに。」
「いいんだよ。気にしなくたって。婆ちゃんの為だもん。それより身体大丈夫なの?」
心配そうに言うと
「なぁに、そんなこと言ったってわたしゃこんなにぴんぴんしとるよ。まだまだ若いんだから、これだけはわたしの取り柄だよ。」
お婆さんが元気に笑いながら言う
「でも気を付けなよ。病は突然来るんだから、それよりいつもの持って来たよ、これ。」龍一が封筒に入った現金を渡す
「本当いつも悪いね〜、龍ちゃんだって辛いのにいつも貰って。」
「いいんだよ。昔よく世話んなったし、こんくらいどうってことないんだから。それに俺ね、いっぱい稼いだんだ。だから今日はいつもより多くしといたよ。」
お婆さんが封筒の中身を覗く。
「えぇ〜!なんでこんなに!?こんな悪いよ!こんなにもらったらバチが当たっちゃうよ!」
「いいって。本当に。感謝の気持ちだから取っといてよ。」
「だってあんた、これは…」
「いいんだから。稼いだって言ったろ。これ受け取んなかったら気持ちにならないだろ。」
龍一は強く押し出す。
「本当に…、本当にいいのかい?」
お婆さんが何度も顔を見ながら聞く。
龍一は
「うん」、と頷く。
お婆さんは泣いてしまった。余程嬉しかったのであろう。
龍一は幼い頃、家庭の事情で命を狙われやすく、よくこのお婆さんに匿ってもらったのだ。母親を幼い頃に亡くし、愛情が殆んどなかったため、お婆さんは実の我が子のように龍一を世話した。義理人情の堅いヤクザの家に生まれた龍一は、お婆さんを逆に世話するようになり、今に至るのだ。
だからどんなことが起きても、1日1回この時間に必ず顔を出すのだ。
「龍ちゃんはこんなにいい子に育ってくれて。わたしゃ嬉しいよ。」
「まぁもしそうだとしたらそれは婆ちゃんのおかげかな。」
「本当にいい子…だよ…。」
「婆ちゃん?…寝ちゃったか。泣き疲れたのか。」
龍一はお婆さんを抱き抱え布団の上にゆっくり置くと小さな声でおやすみと言った。