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Simple story  作者: 梔子 整
わたしのこと
1/2

わたしのはなし いち

まえがきといいながら本文よりもあとに書く。

「――よう。おでかけかい」


 街中を歩いていると声を掛けられた。聞きなれた声であると同時に待ち望んでいた声でもある。元来家にこもりがちな私がこうして街中を歩くのは、単にその声を期待してのことに他ならない。それに、今日は絶対に会いたかった。とはいっても三日前に会ったばかりなのだけれど。


「ええ、そのようなものです」


「そうかいそうかい。ふーん、そうか。ま、そうだろうと思ってたよ」


 わけのわからないこと、というか意味を成さずに発せられた言葉。彼は究極のソリストである。故に配慮が抜け落ちているのだ。


「……あなたの方こそおでかけですか?」


 いつもの返しだ。このやり取りは何十回も繰り返されたので対応のテンプレートが出来ている。つまりは無意識に出てきたということだ。で、私の意識が何をとらえているかと言うと目の前の彼、その一挙手一投足に注目している。注視している。恋している。つまりはそういうことだった。胸の裡に滾る熱い激情とまではいかないものの、薄らとしかし確かに灯る恋の火。


「いんやぁ、おれはいつも通りにいつも通りなだけさ。どこかに行く気もなけりゃあ行くこともないね。強いて言うなら君の居るそして君が要るところにならどこにでもいくんだろうさ」


 はぐらかす様な答え。いつもこんな感じであるが、しかしいつも言葉を変えてはぐらかされる。そして今回は強烈だ。恋する乙女を殺すには実体はいらねえ言葉で十分といった有様であった。たまにこういう事があるからうれしい。こういう事がなくてもうれしいのだけれど。


「嬉しい事をいってくださりますね。でも、あんまりそういうことを無闇やたらといわないほうがいいですよ。誤解を生んでしまいます」


 もしかしたら彼が他の女性にも同じことを述べ立てているのかもしれないと思い、わずかな嫉妬心からそのようなことを言った。


「誤解?どういう誤解だい。ここは地上一階だけれど」


 ほかの誰かが言ったら場が凍りつくような寒いギャグだけれど、彼が言うと不思議なことに場がほんのり暖かくなった。ひいき目も多少は入っているだろうがそれは変わらない事実のように思える。

 私は、ふふっと笑った。


「口説かれていると思われてしまうということです。あなたの容姿は悪くありませんし、話して不快にならない雰囲気を持っています。だからそんなことを言ったら勘違いさせてしまいますよ」


「はっはっはー、そんなのは勘違いじゃあないし誤解でもないよ。ただの曲解だ。自分に都合のいいように解釈しているだけさ。 そんなことはおれの埒外だね。きみが冗談だと思ったあれ、それこそ曲解かもしれないんだぜ?」


 彼の言葉にどきりとする。いや、まてまて、これは社交辞令だ。本気にするな。


「そんなことを言っても何も出ないですよ」


「そんなことはないよ、君は綺麗だからね。存在するだけで対価としては十分おつりがくるよ」


 本当、今日はどうしたんだろう。いつもならこんなことは言ってこないのに。気まぐれだろうか。そうだ、そうに違いない。勘違いするな自分。さっき自身が言ったじゃないか、誰にでも同じようなことを言っているに決まっている。それじゃなくても彼は既婚者なのだ。

 と考えていると彼は唐突に行動することを思いついたようで


「はっはー、じゃあこれで。僕は行くところが出来たからもうお別れだ」


 と言った。

 いつも通りだ。唐突に出会い、とりとめのない話をして、唐突に別れを告げる。いつも通り。


「はい、ではまたお逢いしましょう」


「ああ、じゃあね。――ああ、そういえば」


 お別れの挨拶をして終わりだと思っていたが、そういえば最近は最後にとある質問をされることが恒例だっけと思い用意をする。この答えは逢う度に変化するからテンプレート通りとはいかない。まあ、とは言っても今日ここに至ってしまえば間違えようもないのだが。そして、それこそがこの人に今日会いたい理由でもあった。


「なんですか?」


「いや、なに。そういえば、魔王討伐への出征はいつ頃だったかと思ってね。いつだったけ、勇者ちゃん」


 魔王討伐。魔王。魔の王。魔を統べる者。それと対になるものである勇者。我が国における二代目勇者、それが私である。だから私は魔王を討たなければならない。訂正、打ちにいかなければならない。そりゃあ討てればそのほうがいいに決まっているが、そもそも勇者というものは大国がそれぞれ保有しているもので、それらとの違いなんて先祖に魔王を討伐した者がいるかいないかの違いでしかない。だから、決して私が討たなくてもきっとだれかが討つだろう。だがしかし、体面というものもあるので討伐部隊を出さないわけにもいかない。だからこそ私。一族の忌み子にして王族の傍系、勇者の血統。体のいい捨て駒。期待されての出征じゃない。むしろ失敗を期待されている。そして最上は魔王との相打ちであろうか。

 そんな希望のない旅。だからこそ今日会っておきたかった。そして会えた。告白などはしない。再会の約束もしない。そんなことをされてはかれも迷惑だろう。だから、私はなんでもないという風に答える。


「明日ですよ」


あとがきといいながら本文よりもさきに書く

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