堂山 桐谷 7月16日 4:10 異変-3-
■■
7月16日 4:10 桐谷の部屋
耳障りな携帯の音に叩き起こされる。どうも朝は苦手だが今日は朝からバイトだ。基本授業が終わってからの時間帯に出るのだが、朝に出ていた奴が体調不良で出れないとかで俺が出ることになってしまった。
まったく、おかげでこちらは朝から身体に鞭を打って働かなくてはいけないのだ。
「ったく…アホらし…」
まぁ…引き受けた以上行くのがけじめってものだ。それにそいつには個人的に面識があるし、職場ではあちらの方が立場上上だ仕方ない。
「にしても五月蝿い携帯だな…まだ、時間前だろが…!!」
できれば朝はギリギリまで寝ていたいというのに時間を確認するとまだ一時間も前だ。イライラしながら携帯を引き寄せる。開いて見るとどうやらアラームではなく着信だった。そして液晶画面には体調不良で休んだ奴の名前があった。
僅かにいやな予感がするが通話ボダンを押す。
「あい、もしも――――」
『おぉい!!堂山ぁ!!!この前は良くもボコッてくれたなぁ!!!』
携帯から聞こえてくる耳障りな低い声に大きく溜め息をつく。さっきの予感が的中したためだ。
『てめぇの舎弟はこっちで預かってっからよ。今すぐ第三公園まで来いやぁ!!』
ぶつりと乱雑に電話が切れる。再び大きく溜め息をつく、今一番厄介な問題はこれだ。遡ること数ヶ月前、遠路はるばる俺を追ってきた馬鹿どもを追い返し、公園で晴久達とだべっていた所とんだ手違いで地元の不良グループの喧嘩に巻き込まれてしまい、仕方なく両方共シメてしまった。当然の如く片方からは恨みを買い、もう片方―――バイト先の同僚が所属しているグループとは晴久に仲裁人として立ち会ってもらいなんとか和解したが知らぬ間に晴久共々トップにまで担ぎ上げられてしまった。
おかげで高校時代をさっぱり切り捨て心機一転でせっかく掴んだ大学ライフが軽く靄のかかったようなものになってしまった。
一度街を歩けば挨拶と共にいかつい男等が深々と頭を下げてくる。晴久は順応能力が高いのか今では普通に買い忘れた物を家まで買ってこさせ晩飯ついでに人生相談までしているぐらいだ。事実それで更生した不良は何人もいる。
恨みを買った方は幾度となく襲いかかってきてはやられているが和解する気はさらさらないらしい。現にさっきから何度も何度も電話がかかってくる。
「あ゛ぁ!!いきゃいんだろ!!行けばよ!!」
あちらのしつこさに根負けする。携帯を壁に投げつけそうになるが壊れた時の修理代を考えすんでで止める。
「第三公園か…地味に遠いな…そのままバイト行くか…」
ベッドから起き上がり適当にジャージを羽織る。眠気覚ましに水を一杯頭から被る。
「はぁ…ったくよぉ…」
水を被ったことで多少苛立ちも緩和する。未だに鳴り続ける携帯と財布を持ち、いざ出発しようとしたとき。
「なんだこれ…?」
玄関先に謎のダンボールを発見した。
通販はよく使うが頼んでいた荷物はもう届いたし、親が送ってきたにしては連絡が無いのがおかしい…。
「バイトの後でいいか、それよりガキどもを黙らせるのが先だ。」
もういい、まずはその場にいる奴は全員一撃かまさねえと腹の虫が収まらん、それくらい俺の安眠を妨害した罪は重い。
イライラしながらも部屋の扉を開ける。外はまだ少し暗く、道路を見るとまだ車通りも少ない。
「なんだってこんな朝っぱらから…」
ドアノブを握る手に自然と力が入る。力一杯閉めようとするが、近所迷惑を考えゆっくりと閉める。まったく、丸くなったものだ。
「はぁ…くそったれ。」
鍵を閉めた後、扉を蹴るもちろん極力音を抑えてだが。
やりどころの無い怒りを溜め息に乗せながらも第三公園へと向かった。
■■
7月16日 5:05 美咲市第三公園
ゆっくり歩いて約四十五分、何度も鳴り続ける携帯を握り潰しそうになりながらもそれを抑えようやくたどり着いたここ美咲市第三公園。美咲市には全部で五つにたような公園がある。全部回った事はないが。
それにちなんだ都市伝説もある。美咲市のある時期の地図を見るとあるはずのない美咲市第六公園があるとかなんとか。正直「だからなんだ」としか言いようがない。
「ん?」
そんな事を考えているうちに公園の中に数人の人影を見つけた。数は三人その内二人は学ランを着ている。恐らく電話はあいつ等からだろう、その足元にはマスクをしてコンビニの袋を抱えたまま倒れている見慣れた顔が一つ。
「はぁー…なにやってんだかよ…」
てくてくと歩いていくとこちらに気付いたのか学ランを着た二人組がこちらを向く。
見るからに強面の坊主頭とぱっと見魚みたいな顔をしているソフトモヒカンだ。その内の坊主頭が口を開いた。
「おいごら堂山ぁぁ!!!この前はよくもやってくれたなぁ、えぇ!?てめぇのおかげでこっちは…がふぁっ!?」
はいはい、てめーの事情なんざ知らねーんですよ。
俺は坊主頭の顔面に右ストレートを一撃お見舞いする。顔を押さえながらカラスのような声呻く坊主頭。てか、顔の割に声高いな…電話はもっと低い声だったか…。
「ヤスヒロ!?てめぇ、いきなり何してんだ…ごぉふっ!?」
電話から聞こえた耳障りな低い声を上げながら襲いかかってくる魚面。どうやらこいつが全156回のモーニングコールの犯人らしい。仕方がないのでそのまま右手の裏拳で魚面を殴り飛ばす。
「がふっ…き…桐谷さん…助けに来てくれたんスね?」
足元からの声に反応しそちらを見る、そしてしゃがんで手を伸ばす。
「すいません、本当にすいませ――」
そしてその手を取ろうとした同僚に思いっきり平手を食らわす。
「ぶふぅ!?」
いきなり平手を食らった同僚は何がなんだかわからず痛みで悶えてる。喧嘩両成敗だ悪く思うなよ。
「よし、お前ら全員そこに正座しろ。」
状況を聞き出すため、仁王立ちのまま言い放つ。同僚は従ったがヤスヒロ君たちは立ち上がると、ファイティングポーズを取る。
「おい、座れっつたんだよ聞こえなかったか?」
「命令してんじゃねぇぞ!!」
聞く耳持たず。ヤスヒロ君たちはそのまま突っ込んできた。
仕方ない、年上の人への口の聞き方を知らないガキに一から教えてやろうではないか。
―――10分後
「なるほど、要するに喧嘩仕掛けたのはお前らが先と…そうだな?」
「「そうです!!すいませんでした!!」」
顔面が腫れ上がった学ラン二人組は声を揃えて返事をする。
どうやら事の発端はこの学ラン共が勝手に喧嘩を売って、仕方なく反抗したが一方的にやられてしまったらしい。
「ったく…お前等なぁ…ちったぁ人の迷惑考えろや。」
どうしてこういう血気盛んな奴らはどいつもこいつも、喧嘩したがるんだか。
とりあえず財布をひったくる。意外に入っている現金を無視し、身分証明書を取り出す。こういう奴らにはとりあえず釘を刺しておくべきだな。
「いいな?次喧嘩しようものならお前等ん家に恐いおっさんがやってくるだろうから。これを機会にまともになることだな。」
もちろん嘘だが、これくらい言わないことにはコイツらも懲りないだろう。
学ラン共は顔を青くしながら数回頷く、流石にこれ以上は可哀想なので財布を返し。追い払うようなジェスチャーをすると悲鳴を上げながら走り去っていった。残っていた同僚も顎をしゃくると謝りながら帰って行った
「はぁ~…」
腕をぐるりと回しゴキゴキと音を鳴らす。どうであれ、問題は解決したし早速バイトに向かうか。
「なんでこんなことによく巻き込まれるんだか…」
高一の事件以来ずっとこうだ…あれは単なる事故だというのに…
嫌な光景を思い出し、頭をバリバリ掻いてそれを掻き消す。
「今思い出してもどうにもならねぇか…」
溜め息を吐きながら公園を後にした。
■■
7月16日 8:46 桐谷の部屋前
「あぁー…疲れた。」
約2時間のバイトを終了した俺は部屋へと向かっていた。
この後10時から大学に行かなければならないが、それまで一眠りしよう。朝の失った時間を補給しなければ。
「うお、冷たっ!!」
何か踏んだのか、液体状の物が靴にかかる。特に冷たくもないのについ言ってしまう。まぁ、どうでもいいか。
と、気付けば部屋の前だ。部屋の鍵を開け、玄関で靴を脱ぎ捨て、ベッドに飛び込もうと………したがダンボールに目が止まった。
身に覚えが無いが、なんとなく気になる。
「開けてみるか…」
警戒しながらもガムテープを引っ剥がし中身を確認する。その中には箱に見合う大きさのアタッシュケースが入っており、その上にちょこんと黒い物体が置かれていた。
「これは…端末?」
と黒い物体を持ち上げ呟く。黒いは艶やかなフォルムで見方によっては携帯を思わせるような外見だ。とりあえず画面らしき部分をタッチしたりスライドしてみるが反応がない、壊れてるのだろうか。
「どこの会社のゴミだよ…ん?」
さっきまで触っていた画面らしき部分に緑色の円が浮かんだ。ここをタッチすればいいのか?と触ってみる。
「あぁ?…何も起きなっ…ぐ!?」
途端に全身の痛覚が悲鳴を上げる。全身がざわつくような感覚に加え、吐き気を催すような胃への強烈な痛みが全身を絞り上げる。意識が遠のき耐えきれなくなった俺は確実に意識が遠のいて行く…。
「う…うっぷ……ん?」
完全に意識を失いそうになった瞬間、いきなり全身を襲っていた痛みは何一つ全てなくなった。
「あれ……?」
明らかな異常な現象に理解ができず、止まる。完全な思考モードで頭を回すが、解答は文字化けしている。簡単に言えば、俺は今混乱しているのだ。
そんなフリーズ状態から、端末のバイブ音で回復する。
端末の画面に光が灯り、そこにはただ〝M〟とだけ表示されている。
「なんだ?この画面」
色々操作してみるが、全く反応しない。壊れたのか?と思っていると、端末から音声が流れてきた。
『この端末を手にした皆様、おめでとうございます。貴方には特別な力が身に付きました。
そして、皆様方にはその力を使いこれからゲームをしていただきます。
皆様存分に楽しんで下さいませ。』
音声が途切れると同時に画面が切り替わる。どうやらホーム画面らしい。
「なんだ…?今の」
色々と操作するが先ほどの音声を再生できない。
「あぁ?…使えねぇ…」
記録媒体が無いのか?などと考察してみる。バラしてみようと考えたが、よく見るとカバーを外すどころか接合部自体が無い。
「どうやって作ったんだよこれ…」
未知のテクノロジーに驚愕していると再び振動と共に画面に光が灯る。先ほどのホーム画面が表示され、『メッセージが届いています』と書かれたウィンドウが表示されている。一応メール機能はあるようだ。
「えーと、なになに?ゲームの説明?」
確かさっきの音声にもそんなワード入ってたな…。黒い背景に白い文字で羅列されたルールを眺める、なんだよこのジャッジメントって…。
「はっ、どんなSFだよ」
アタッシュケースに目を向ける。恐らくあの中に武器が入っているのだろう。
アタッシュケースには鍵穴がなく、一部質の違うパネルのようなところがある。手を伸ばすと緑色の円が浮かぶ、指紋認証式なのか。そこに指を置くとアタッシュケースはカチャッと軽快な音を立てて開いた。
「さぁて、俺の武器はなんだろなっと。」
アタッシュケースの中には一本のバットがあった。真っ黒で表面は漆を塗ってあるかのような滑らかな光沢を放っている。手に持ってみると長年愛用したかのようにグリップが馴染む。触った感覚は木製でも金属製でもなく、言うなればその中間のようで、不気味な手触りだ。
正直、バットはいい思い出があるにはあるがそれ以上にトラウマが大きい。これが『罪』ってやつか。
そうしている内に端末が振動する。手にとって確認すると、メールが届いている。件名は『あなたの罪について』
その内容に目を通す。俺に身についた特殊能力は『あらゆる物を破壊する』能力らしい。文章の後ろに後付けなのか括弧で『罪』限定と囲まれている。
要するにこのバットでブッ叩いた物は何であれ破壊できるって事か。
そのまま画面をスクロールし読み進める。やがて、『あなたの罪』の項目で手が止まる。
「チッ…人のトラウマ抉りやがって」
■■
7月16日 9:12 桐谷の部屋
そんな事をしている内に大学へ行く時間になってしまった。
今朝の件もあり、できるなら今すぐ大学をほっぽりだしてベッドにダイブしたいが、それで単位を落としてしまったら元も子もない。
「あ~あ、特殊能力が手にはいるなら時間を止める能力がよかったのにな。」
と愚痴を垂れ流し、支度をする。まぁ、過去の出来事が元になるならそんな能力は手に入らないが。
支度を整え、部屋を出ようとする。あんなわけのわからないメッセージがあったが、どうせそんなことは起こらないだろうとドアを開く。ドアの先にはいつも通りの風景が広がっていると思っていた。
だが、扉を開けた瞬間、見事なまでにその思考は打ち砕かれた。
「……はぁ?」
ドアを開けて真っ先に飛び込んできたのは、異様なまでの風景だった。確かに目の前にはいつもの街並みが並んでいる日常が広がっている。だが、そのさらに手前に〝非日常〟が充満していた。
辺り一面がまるで絵の具をぶちまけたように真っ赤で足元には血液で水たまりができている。
「……う…うっ…!!」
廊下に立ち込める血液の臭いに耐えかね、ドアを閉める。
「嘘だよな…今の…」
少しドアを開けてみる、できれば見間違いであってほしかったがドアの隙間から入り込んできた臭いが現実だと証明する。
記憶を辿れば少なくとも心当たりはある。家に入る前、何かの液体を踏んでいる。だが、なんで俺は気付かなかったのか?
それは、あのルールにあった『ゲーム期間中、皆様は限りなく存在しない者としての対応をされます。』ってあれだ。
偶然だと思いたいが、偶然であんな状況を見逃すわけがない。
部屋に戻りバットを手に取る。備えあれば何とやらだ、状況がわからない以上武装しなければ心許ない。
そして部屋の奥からバットケースを取り出す。高校時代のトラウマたっぷりな愛用品にバットを入れる。これで端から見ても変では無いだろう。
「頼むぜ…単に俺の考え過ぎであってくれよ…」
と再び扉を開いた。
堂山 桐谷 7月16日 9:29 異変-3- -了-