西守 鼎 7月16日 6:07 異変-2-
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??月??日 ??:?? 過去
怖い。
大切にしていた本も、昔から使っていたクッションも何もかも
怖い。
大切な唯一の家族も、昔から知ってる顔の使用人も。
怖い。
触られるのも、話しかけられるのも、怒鳴られるのも、私が生きているのも、何もかも。
なら―――私はどうすればいいのか?
方法なんて決まっている、だって私は……私は…。
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7月16日 6:07 鼎の部屋
「んぅぅー………んぅ!?」
朝起きてみると、なんでか私は縛られていた。オマケにギャグボールまでくわえている。
いったい私はどんなプレイを受けたのか…もう、どんな意図があっての行動なのか全く検討がつかない
「うんぅーぅー!!」
ひとまず記憶を遡ろう。確か部屋を片付けて、その後晴久が帰ってきてから晴久の部屋でお酒飲んで、その後…その後?
なにやら記憶が混濁している、その後の記憶が一切無い…ということは。
「んぅ~んうぅ!!」
酒に酔った私がなんかしでかしてそのせいで今簀巻きになっているのか…よく見ると服装も昨日のままだし。
幸い結び方が雑なため体を縮め抜け出す。
「ん…ぅ……ぷはぁっ!!」
口のギャグボールを外し新鮮な空気を吸う。……床いっぱいに広がっているよだれはひとまず無視無視。
「んん~~~…はぁ!!」
大きく伸び、強張っている身体をリラックスさせる。ひとまずお腹が空いたので、晴久に何か作ってもらおうかなと、鼻歌交じりに玄関に出かかった時に。
「ふんふふんふ……んにゅ?」
謎のダンボールに出会った。通販は特に使ったわけでもないため、このダンボールには見覚えがなかった。
「なんだろ?」
近くに歩み寄り、ダンボールを見回す。宛名が無いのが不思議だが……。
「まぁ、いっか」
たかがダンボールだしと警戒することなくガムテープを外しダンボールを開ける。まぁ、中身がなんでも別に驚かないでしょ。
そんな軽い気持ちでダンボールを開封する。
ダンボールの中には全部で三つ。一つは黒いつやつやした機械?のような物、もう二つは黒いアタッシュケース。
二つのアタッシュケースは長さが異なり、片方は上腕ぐらいの長さで、もう片方はその二倍程ある。
アタッシュケースは凄くさわり心地がよくがっしりとした造りになっている。
「高そうだなぁ…あれ?鍵は?」
アタッシュケースにはどうやら鍵がかかっているらしく、開く事ができない。
仕方がないので機械の方を手に取る、すると緑の丸い円が浮かんだ。
「うん?ここを触ればいいの?」
指示に従い円の中になんとなく指を置いてみる。
「?なんにも………っ!?」
突然とてつもない痛みにが走り抜ける。言いようのない痛みに悶え、遂には呼吸も不確かになり、次第に意識が薄れていく。
「―――かっ!!―――――あっ!!――っ!!………あれ?」
痛みは腕を駆け上がり、痺れた手から機械が滑り落ちる。
痛みで完全に意識を無くす直前痛みが突如、跡形も何もなく完全に消え去った。
立ち上がり確認するがやはり名残などは無く完璧に消えている。
「な、何が……?」
―――ブブブッ―
「ひぅっ!?」
床に落とした黒い機械が突然振動する。さっきの出来事のせいでついビクッと反応するが、機械はそのまま沈黙し、なにやらランプがチカチカと点滅している。
「ま…また、触ればいいの?」
恐る恐る機械に手を伸ばす。パネルに触れる時またあの痛みが来るんではないかと身構えたが、機械に触れると何事もなく画面が浮かび上がった
画面には大きく〝M〟とだけあり何かと機械を拾い上げる。
『この端末を手にした皆様、おめでとうございます。貴方には特別な力が身に付きました。
そして、皆様方にはその力を使いこれからゲームをしていただきます。
皆様存分に楽しんで下さいませ。』
拾った機械からいきなり音声が流れたかと思うと、よくわからないうちに終わってしまった。
「なんかゲームがなんとかって喋ってたけど…まぁ、いいか。」
気軽な気持ちで流そうなどと思い、アタッシュケースの近くに座り込み手をかける。スベスベとした革の感触の中に質の違うツルツルした感覚があった。改めてそこを見てみると、なにかパネルのような物があるのに気付いた。その中にはさっきの機械のような緑の円が浮かんでいる。さっきの痛みを恐がりながらも触れてみる。
ピピッ
さっきと違って痛みなども特になく、アタッシュケースはカチャッと音を立てて開いた。
アタッシュケースの中はかなりしっかりしており中には衝撃を緩和するクッションに包まれた不気味なナイフがあった
「え…?ナイフ…?」
取り出して手に持ってみるナイフは比較的軽いが重さの割にはしっかりとした作りになっており、刃はしっとりと湿っているかのような輝きを放っている。
グリップはなにやら革のようだが、革の事はよくわからないが使い慣れたというか、触り慣れているかのようにぴたりと手に馴染む。
鍔は白くザラザラしていて一見骨のように見えて、グリップの革が人の皮が使われてるのでは?と自然と考えてしまう。
そんな人の一部のような感覚を覚えるナイフがアタッシュケースに入っていた。
「なに…?このナイフ…」
普通の女の子では不気味がるのが普通だろう、多分誰もが送り主不明の物は近寄りがたいものだ。
「か…カッコいい!!」
まぁ、その点で言えば私は普通じゃないという事だ。
「やった!やった!こんな物が宛名不明で私の所に届くなんて…なんたる幸運!!」
歓喜のあまりナイフを持ってピョンピョン跳ね回る。なぜだか私は小さい頃からこのような不気味な物に惹かれるようで、小学校の時よく蝉の抜け殻や、蛇の死体を家に持って帰っては親に叱られていたっけ。
「もう一つは何が入ってるのかなー?」
もう一つのアタッシュケースに駆け寄り、緑の円が浮かんでいる所をほぼゼロタイムで触れる。こんどは何が入ってるのかとワクワクしながら開いたアタッシュケースを覗き込む。
「おぉぉ…!!カッコいい!!」
出てきたのは自分の腰程までの長さの分厚い肉切り包丁だ。これもまた気味の悪い加工がしてあり、刃がまるで生きている生物でも斬ったかのような血痕を象った赤い模様があった。
「も…貰ってもいいのかな?いいよね?」
まぁ、持ち主が現れたら返せばいいか。などと勝手に納得し両手にナイフと包丁を持ちくるくると回る。もちろん部屋を傷付けないようにだ。そして鏡の前でビシッとポーズ、した後少しよろける。
「う…うぅえぇぅ…気持ち悪い…」
目が回ったわけではないがどうやら昨日のアルコールが残っているらしい。
「うぅ…晴久に言ってスポーツドリンク貰おう。あとお腹空いたから朝食つくってもらわないと…」
ヨロヨロとよろけながら部屋を出ようとするが自分が剥き出しの刃物を持っていることを思い出す。
「さすがに、生じゃ駄目だよね…」
と、辺りを探す。すると押し入れから大小二つの用途不明だったケースが出てきた。試しに小さい方にナイフをしまってみる。
「あれ、ぴったりだ。」
ナイフはきっちりとケースに収まった。肉切り包丁もしまってみるが。こちらもぴったり収まった。
偶然だろうと受け流し、前に映画で見たようにナイフを太ももに巻きつけ、肉切り包丁を腰のあたりに付けた。
こんな格好で登場した時の晴久のリアクションを思い浮かべつつ部屋を出た。
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7月16日 7:10 晴久の部屋前
「お~い晴久きゅ~ん☆お腹空いたからご飯食べに着てやったぜぇ~!!」
部屋の扉を少し強でリズミカルに乱打する。いつもならこの時点で出てくるのだが、昨日と同じく出てこない。こちらは昨日夕食を食べていないため、我慢の限界だ。
「は~や~く~!!せっかく直った扉また壊しちゃうよ~!!」
反応は皆無。どうやらこれは挑戦状と受け取っていいのかな?とドアに歩み寄る。ひとまず開いてしまえばこちらのものだし、強引にこじ開けようとドアに手をかけようとして、ふと思い出す。
「あ、そういえば今日バイトだっけ。」
なら仕方ないと手を放す。となると汗臭いし、狭いから若干嫌だけど桐谷の部屋にお邪魔しようかな。
「ヘイヘイ!!桐谷く~ん!!なんか食べるもの恵んでくれよ~!!ちなみにプロテイン以外で!!」
インターホンを連打する。桐谷の部屋は何度かやりすぎて警察に通報されているため控えめに叩き起こす。が、どれだけやっても起きてこない
「あれ?いないのかな?
お~い!!桐谷~!!」
もう一度インターホンを連打するがやはり部屋からの反応がない。どうやら不在のようだ。
「ちぇ~、こんなか弱い女の子を放置プレイなんて…あぁ…!!なんて不憫な私!!」
わざとらしく演技をするが1人でこんなことをしても虚しいためすぐに止める。…二本の刃物で武装している場合は『か弱い』に部類されるのだろうか?まぁどうでもいいや。
それにしても二人がいないという事は朝食を作ってくれる人がいないわけで、もちろん自分の部屋には食べ物を貯蔵していない。
「となると、コンビニか…」
はっきり言ってコンビニの食べ物はなんとなく好きじゃないけれど、こうなった以上しかたない。財布を取りに行こうと自分の部屋を向く。すると、それまで誰もいなかった通路に人の姿があった。
「うん……?」
夏だというのに真っ黒なコートを着ており、その上からでもわかるぐらい病的なまでに痩せているがどうやら男のようで深く被ったフードからは二つ、焦点の合わない眼球がこちらを覗いている。言うまでもなく見るからに怪しい人物だ。
「あ…あの~?私に何か用でしょうか?」
ひとまず声をかけてみる。男は聞こえていないのか無言のままこちらを舐め回すように見てくる。やがて男の視線は腰の肉切り包丁で止まった。
「あんた…プレイヤーだな…?」
かすれた声で男は話す。プレイヤー?何を言ってるのか。
「えぇと…部屋に戻りたいんですけど…できたら通してくれませんかね~…あはは」
男は聞いていないようでこちらに歩み寄ってくる。深く被ったフードから見えている眼球はまっすぐこちらを見据えその視線に背筋が凍りつく、手にはいつの間に取り出したのか大きな斧が握られている。
「あはは…は…」
ギクシャクとぎこちない動きで後ずさりする。男の視線からはねっとりと全身に絡みつくような殺意が脳に染み付く。
殺される。
今逃げなければ確実に殺される。そんな恐怖に晒されながらも身体が上手く動かせない。
「ひ…ひぃ…ぁ」
ついには何もない所で躓いく始末、あぁ…肝心な所で駄目になるな…私。
やがて男は目の前に立った。さっきまでフード越しで見えていた顔が下から見上げることで全貌が顕わになる。やせこけ、骸骨のような顔面にはめ込まれている目はじっとこちらを見据えている。恐ろしく冷たい、まるで無機質な物を見ているような視線が肺を締め上げ、今にも酸欠で倒れそうになる。
「…ク…ハハ………」
男は唇を薄く歪め、せき込むように息を吐いた。最初はどうしたのかと思ったが、どうやらこれは笑っているようだ。恐らく恐怖する私の顔が滑稽だったのだろう。
そしてゆっくりと手に持った斧を振り上げる。重たげに持ち上げられた斧はゆらゆらと左右に揺れながらも、空中の一点まで持ち上がるとぴたりと止まった。
あとはひと思いに振り下ろすだけ。それなのに男の動きはやけにゆっくりだ、視界もゆっくりとピントがずれた白黒写真のように色が失われていく。どうやら人は死を受け入れるとこのような現象が起こるのか。
視界の先で揺れていた斧はゆっくりと近付いてくる。あとは死を待つだけだ。
あぁ、これでおしまいか。最後に一回ぐらい晴久と桐谷と一緒にバカ話したかったなぁ…
最後にそんな事を考えながら、私はゆっくりと目を閉じ――――
―――ブシャァ
西守 鼎 7月16日 6:07 異変-2- -了-