紀之元 晴久 7月15日 8:02 日常-2-
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7月15日 8:02 鼎の部屋前
さて、場所はさっきまでいた俺の部屋の二つ隣の206号室前。
俺達は、部屋の前で戦慄していた、部屋の主を除いてだが。
「なぁ、晴久…」
桐谷は顔を渋い顔をひきつらせている。
かく言う俺は慣れた筈なのに同じ顔をしているのだろう
「どうした、桐谷」
「率直に言うと…逃げてもいいか?」
「いや駄目だ、お前、俺の朝食盗んどきながら逃げようなんてだなんて、そうはさせねぇよ。」
「でも…よぉ…これは、流石に…」
往生際が悪いぞ桐谷。
少し前俺は鼎の魔境の扉に手をかけ、解き放った。
そして眼前に広がるゴミの山ならぬゴミの大帝国。
わかりやすく言うと、溢れんばかりのゴミが部屋を埋め尽くしていた。
「鼎、お前これで生活できてんのか?」
「む…できてなかったら毎日この部屋には戻ってないよ。」
こんな部屋でも人間は生活できるらしい、もちろん俺はごめんだが。
そして、俺は決意を固め
「よし、行くぞ桐谷」
嫌がる桐谷を半ば強引に引きずりながら鼎の部屋へ足を踏み入れようと―――
「あ、靴は脱いでね。」
踏み入れる直前に、最大の防具を失ったのである。
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7月15日 8:06 鼎の部屋
部屋に入ると、それこそ物が腐ったような臭いは無かった、なぜなら一回目の掃除以来食べ物は俺の部屋で食べるように言ってあるからだ。
「お邪魔しますよっ…と」
俺は床が見えない廊下へ足を下ろす。言うまでもなくフローリングの感覚は皆無だ。
部屋へ行くとまるでファンタジーな世界だった。本が丘のように積み上がり押し入れの手前にようやくこの部屋に入って初めてのフローリング床を拝めたのである。
「ほっ…と」
ひとまずセーブゾーンに待機。その部屋の反対側、丁度俺等の正面の丘の頂上にベッドが置いてある。
ひとつ間違えれば俺は圧死だ。
「ねぇ…どう?前よりは部屋マシになったよね?」 鼎が少し照れ臭そうにもじもじしながら話しかけてくる。
「そうだな、前は完全な異世界だったが今はまるで怪物の巣窟だな。」
要は変化を感じられないのだ、本人は何らかの変化を感じていたようだが。
言葉の裏に含んだ意味を理解したのか、がっくりとうなだれる。まぁ、当然の報いなので放置しておく。
それにしても、部屋のゴミの種類を分析してみると、色々雑多ではあるが殆どは本や雑誌、勉強用のテキストだ。
だが、驚くのはそのラインナップだ、「これでわかる!!人体構造」、「精神が人体に及ぼすあれやこれ」、「寄生虫大全」、「世界の奇病」などなど。
一見すると生物学を勉強している奴の持っていそうな品々だ。
「あれ?お前、生物学選考だったっけ?」
いまだにショックでうなだれている鼎は俺の突然の問いに不思議そうに顔を上げ?
「?、違うよ?私は経済学選考だけど?てか、同じ経済学選考が何を抜かすか!!」
だろうな、と頷く。よくよく考えると確かにそうだった。コイツはうちの大学じゃそこそこ有名人だ、成績は大学内でトップクラスのくせに今まで授業には最低限しか出てこない、その上授業に出るといきなり奇行に走るなどいわば成績のいい劣等生というやつだ。 なので、毎朝俺の部屋に集まり朝食を貪った後、俺と桐谷は大学に行くところをコイツは殆どの確率で部屋に戻っていく。
教授も手を焼いているようで、この前本気で泣きついてきた位だ。
だが、そうなるとより一層この本のラインナップは違和感がある。単にコイツの趣味だろうか?
「おい!!見て見ろよ晴久!!」
思考を遮るように桐谷の声が聞こえてくる。そちらを見るとなにやら桐谷が押し入れを指さしている。
「どうした、押し入れなんかに驚きやがって。死体でも見つけたのか?」
「そんなんじゃねえ…見てみろよ」
仕方なく押し入れを覗くと、俺は自らの目を疑った。
押し入れの奥にはなにやら透明なケースのような物が置いてある 。
ケースは何かを保存するための物だろうがその中にはびっしりとカビが生えている。
そして、驚く事にそのカビは発光していたのだ。
「おい、なんだこりゃ…」
そしてよく見てみると、ケースの内側には光るカビまみれになった蜘蛛が動かなくなっており、見ようによっては捕食しているように見える。
いくら、普通という概念が通じないといえど、コイツ、西守鼎は未知なる生物を生み出していた…。
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7月15日 8:16 晴久の部屋
かくして、魔境から帰って来た俺達はコーヒーを啜りながら作戦会議をしていた。
「まさか、あんなことになってるとはな…」
桐谷はボリボリと頭を掻きながらコーヒーを啜る。
ひとまず倒壊の恐れがあるベッドは部屋の外に避難させた。因みに桐谷ひとりで
「ひとまず掃除は手分けしよう桐谷お前今日の授業は何限だ?」
桐谷は額に拳を当て唸り始める。
因みに桐谷は俺等二人とは違い言語学選考である。
「えーと…たしか1と3だけだったかな?そっちは?」
「こっちは2限、3限、5限だ、とりあえず最初は俺がやっとくから3限終わったら協力ってことで。」「了解、で?あの発光生命体はどうする?」
桐谷は玄関先に置いている発光カビを顎で指す。
「ひとまず、生物学の松川に渡すことになった…あいつ、あれの写真送ったら実物持って来いって言ってたからあいつの研究室に放置してくる。
にしても鼎、お前に生命体を生みだす才能があったとはな。」
と、さっきからひとり沈んでいる鼎に話を振る。
「違うよぅ…!!あれはチョコレートケーキだもん…!!ただ、あんなになってるなんて知らなかっただけで…。」
どうやらチョコレートケーキの成れの果てだったようだ。
鼎も鼎で自分のできなさ加減にはショックを受けているらしい。
「仕方ないじゃん…知らなかったんだもん、むしろそれを片付けるのが私からお金を貰ってる晴久の義務何じゃないのかなっ!!」
いきなり、再燃焼して逆ギレする鼎、こいつは反省を覚えるべきだな。
「はいはい、とりあえずそのチョコレートケーキはお前が持ってけよ。ついでに授業出ろ。」
ほいほい、と軽く返事をしてキッチンへ歩いていく鼎、恐らく薬だろう。
「お前も大変だな。」
と桐谷は肩をポンと叩きキッチンへ片付けに行った。
「はぁ…何というか…
飽きねぇな…。」
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4月3日 16:20 晴久の部屋
「はぁ~、暇だ…」
無事入学式も終わり夢にまで見た一人暮らしだが…案外つまらないものだ。
特にやることもなくぼんやり時計を眺める。3、2、1…一分。
あまり暇でこのままだと頭がおかしくなりそうなので、さっさと晩飯の準備を始める。
「今晩は…適当に焼き魚でいいかな。」
子供の頃からだいたいの事はなんとなく取得してきただけに家事も知らない内に取得していた。
正直ツマラン
楽しいと思ったことは多々あるが思えば今までで挫折を経験したことはあまり無い、この大学もそこまで苦労せず少し勉強しただけですんなり入れたし。
「もう少し、刺激がほしいところだな…。」
今思えば、この一言が見事に現実になったのだろう。
一通り晩飯の用意は終わりデザートにゼリーを作り冷蔵庫に閉まった所で突然―――
ピンポーン
と呼び鈴が鳴った。
こんな時間に訪問してくる奴なんてこの周辺にはいないはずだが…
ピポピポピポピ―――
連続する電子音、正直耳障りだった。
「あぁもう!!はいはい今でますよ!!ちったあ待て!!」
アパートの管理人なら適当に話を聞いて追い返そう。
適当なセールスマンなら適当にあしらって追い返そう。
そんな気持ちで扉を開いた。
「はいはい、どちら―――ぐほぉっ!?」
途端俺は玄関から吹き飛ばされた。
「な…何が…!?」ズキズキと痛む腹を押さえ俺を突き飛ばした生物を追いかけ部屋へ行くと、むしゃむしゃと焼いた魚を貪る人影が一人。
「ちょ…何だよお前!?」
その人影はビクッと反応しそれにつられ亜麻色の胸くらいまであるサイドテールが揺れる。
そのまま少しの沈黙が漂いそしていきなりこちらを向き
「どうも~!!たちの悪い毒物テロリストの毒ように笑顔を振り撒く!!狙ったヘッドは八割ショット!!この世の堕天使、鼎ちゃんとは私の事でひゅ!!」
あ、噛んだ。
これがコイツ西守鼎との初めての接触だった。
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7月15日 20:02 晴久の部屋
突然だが、現状を説明しよう。 部屋の中はまるで台風が通り過ぎたような有り様で、ソファーやタンス、テーブルからテレビまでありとあらゆる物が正しく配置されずゴミ山のように散らばっていて、なんとか冷蔵庫は死守したが、それでも少し歪んでしまった。
「にゃひゃひゃひゃひゃ~!!」
そして、部屋の中央にはいつものサイドテールを解いた亜麻色の毛並み、もとい髪のスーパービーストとそれを必死に押さえ込む筋肉スーパーマンがいた。
「おい!!は…晴久!!早く…縄持って来い!!俺がこの怪物を…押さえ込んでる…うちに!!」
筋肉スーパーマンは全身を使って怪物を押さえ込んでる、端から見れば大袈裟だろうと思うが、ヤツはあれでもフルパワーなのだ。現にスーパーマンの腕には物凄い量の血管が浮き出ている。
「にゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「うおぉっ!?コイツ更に力が増しやがった!!
晴久まだか!?そろそろキツいぞ!!」
「もう少し耐えろ!!今必死に探してんだ!!」
さて、こうなった経緯だが…大体予想はつくだろう、鼎がベロベロに酔っ払ったのだ。
いつも通りバイトも終わり、疲れたなどと呟きながら鍵が破損している俺の部屋で留守番をしている桐谷と合流し、「一杯やるか」と言うときに鼎が乱入してきたのだ。
正直ここでやめとけば良かったのだが鼎が「お願い、ちょっとだけ!!」とせがんでくるため仕方なく、酒を盛ってしまった。
そして、ちびちびと酒を飲みながら何気ない話をしていると、何を思ったのか鼎はビール瓶を手に取り風呂上がりの牛乳の如く飲み出したのだ。
必死に止めるも既に遅く、瓶を放しいきなりくるくる回ったかと思うと、そのまま近くの本棚にハイキックをかましたのだ。
そこからは鼎が暴れに暴れ、桐谷は俺の部屋が破壊し尽くされると次は自分の部屋が狙われるため全力で止めにかかり、俺は食糧だけは死守しようと冷蔵庫にしがみつき、そんなこんなで今に至る。
「うにー!!うにゃーー!!」
「おい、あんまり暴れんなよ。よし、オマケにこれで」
「ん~~~!!んぅん~~~!!」
ひとまず手頃な紐があったため、それで鼎をふん縛り、どこから出てきたのかわからないし誰の私物か知りたくもないがギャグボールが出てきたので、一応それも加えさせておく。
本当、コイツは黙ってじっとしていれば、かなり可愛いのだが、どうしてこのような性格になってしまったのか…
「ひとまずこれで安心だろ…」
「ゼェ…ゼェ…ナイス…晴久…」
軽くどんなプレイだとつっこみたくなるだろうが、こちとら生命の危機を回避するためにはここまでしないといけないことを察してほしい。
散らかった部屋をある程度片付け。酒盛りを再開しようかと思い桐谷に聞くと。
「いや、やめとくわ明日朝一だし、お前もバイトだろ?」
と断られた。正直俺はまだまだいけるし、言ってしまえばアルコールで酔ったことはないがそこは他人に合わせるとしよう。
むしろそれがマナーだ。
「じゃ、俺はコレ部屋に放り込んでくるからお前も酒はほどほどにな」
桐谷はギャグボールをされて、縄でぐるぐるに巻かれたまま寝ている鼎を担いで部屋から出て行った。
かくして俺一人となっり静まり返った我が家を見回すが特にやることはない。
「おっと、食器片付け」
思い出し立ち上がるが急に眠気が襲ってきた。
飲み過ぎたのだろうか?と疑問を持ちつつ迫り来る睡魔に身を任せ、背後にあるベッドに倒れ込み、そのまま夢の世界へ旅立った。
紀之元 晴久 7月15日 21:17 日常-2- -了-