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Guilty judge  作者: 六甲寺
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紀之元 晴久 7月15日 7:10 日常-1-

■■

7月15日 7:10 晴久の部屋


ドンドンドンドン!!


 玄関の方から鉄扉を叩くとてつもなく騒がしい音に目が覚めた。


時は7月の朝7時、春も終わり夏を迎え始める位の時期に俺、紀之元(きのもと)晴久(はるひさ)はある問題に悩まされていた。


ドンドンドンドンドンドン!!



その内の一つはこの騒音問題である。



 まるでヤクザの借金の取り立ての如く、完全に悪意しか感じられない叩きかたをされる鉄扉。


「晴久~!!起きろ~!!」


 こんなご近所迷惑も甚だしいことこの上ないピンポンダッシュ紛いな真似は、今の時代小学生でもしないだろうが、それを高校生になってもやる一人のアホが俺の二つ隣の部屋にいた。

ピンポーンピポピポピポ――


「あーけーろー!!遅刻するぞー!!」


遂には呼び出しチャイムまで鳴りだす。


 かなり面倒見のいい、まるで幼なじみみたいな奴だが、正直俺からしたらいい迷惑だし、知り合ったのは今年の春先だったため幼なじみでも何でもないだだの世話焼きである。


「ねぇ~!!開けてってば!!

早くしないとあんたのペットの『ウッホイ☆KONISHIKIデラックス』略してウコンちゃんが餓死しちゃうよ~!!」


なんだそいつは


 残念ながらペットは飼ってないし、家のアパートはペット禁制だし、確かに『ウコン』って名前の犬は昔飼っていたか別に総称が『ウッホイ☆KONISHIKIデラックス』の略称で『ウコン』な訳でもない、単に毛の色がウコンみたいに濃い鮮やかな黄色だったからだ。


 その上間違ってでもペットにそんな残念な名前を付ける程俺のネーミングセンスは迷子になっていない。



「あーもう!!


そろそろ力ずくで行くよ?いいの?いいんだね?」


眠い頭が危険を察知する


そろそろ出て行かないと第二の問題が発生しかねない為ベッドから這い出たその時だった


――――ガッ!!…バキン!!



 突如玄関から響いた金属製の物が俺の思考回路に突き刺さった。

――――あぁ…遅かった…


アパートの構造上俺が今いる所から玄関は丸見えで、その丸見えの鍵を掛けたはずの玄関がゆっくりと開くと同時についさっき思考回路に突き刺さった金属音が今になって痛み出し俺は頭を抱える、いわゆる頭痛だ。


そんな事情も知らずにそいつは壊された玄関から満面の笑みでズガズガと入り込んでくる。


「おはよう晴久クン!!今日もいい天気だね、なんて台詞を言う気分でもないからとっとと支度して学校行こうぜ!!」



グッと、力強く親指を立てた拳を突き出してくる、その動きに合わせて胸あたりまで伸びた亜麻色のサイドテールが揺れる。この人物こそが俺を苦しめている問題の元凶、西守(にしもり)(かなえ)だった。



■■

7月15日 07:21 晴久の部屋



 と、こんなやりとりがほぼ毎朝起こる我がアパートに引っ越して来たのは今年の春、大学進学の為に住み慣れた故郷を特に感動エピソードも無しに出て、ここ美咲市に降り立ったのだ。


 その後、学生生活を過ごしているうちに同じ様な境遇の2人と出会い、今では良き友である。


「晴久~朝ご飯まだ~?私お腹減って晴久のペットの『ウルトラ公務員出川くん』略してウコンちゃんみたいに餓死しちゃうよ~」

フライパンに卵を落としながらテーブルにぐで~っと突っ伏している宇宙生物を睨む


西守 鼎


 ここ204号室の二つ隣の206号室の住人で毎朝こんな感じで起こしに、もとい朝食を貪りに来るのだ。

鼎も俺と同じ境遇で田舎から出てきたらしい。


 どうも妹がいたらしく、朝起こしに来るのは癖だとかなんだとか。



「お前な…人んちに無理やり上がり込んだ挙げ句、昔の飼い犬の思い出をネチネチいたぶるとか…お前はどこの意地クソ悪いおばさんだよ、正直お前の将来、ゴミ捨て場の前で『知ってる?奥さん』が決め文句にダラダラダラダラ話をしているババアになった姿しか創造できねぇいぞ」


 机に突っ伏していた未確認生命体は少しムッとして言い返してきた



「そうかいそうかい、将来そんな姿の私しか創造できないならきっとその目は節穴だね。


将来的に素敵でパーフェクトな主婦間違いなしの私の姿が見えないなんてねぇ~」


 突っ伏したまま自信満々に言い切る鼎、その自信の高さはキラキラとしたオーラを纏っているように見える程だ、勿論ただの朝日だが。


「なるほど、今の世間では料理もできない、部屋は汚い、特技はせいぜい鍵をこじ開けて無理やり侵入してくる嫁がパーフェクトなのか、すまないな世間知らずで。」


 ベーコンを焼きながら鼎の方に目をやると鼎は両耳を塞いで必死に目をそらしていた。


そう、こいつは驚くほどに家事ができない、部屋は散らかりっぱなしで洗濯物は溜まりっぱなし、料理をさせれば驚くことにサラダを焦がすなどと、驚きの駄目っぷりを発揮する。そのくせ何かと世話をしたがる「世話のできない世話焼き」という厄介な事この上ない存在だ。


「違うもん違うもん違うもん、これから上達してくんだもん、第一毎朝起こしに来てあげてるんだし、そのおかげで毎日遅刻しなくて済んでるんだからそこら辺地面に頭めり込ませて感謝してほしいなっ!!」


「そうか、じゃあお前はほぼ毎回鍵をぶち壊して無理やり扉をこじ開けて入ってくる事を地面に突き刺さりながら謝罪することだな。」

 こいつは例の如くなぜだか俺が玄関に出て行かないと鍵を壊してまで俺を起こしに来るのだ。


 それにその手際が非常に荒く、ホントにこんなんで開くのか?とつくづく思わせる、現に今朝、鍵穴を見に行ったら驚くことにマイナスドライバーが突き刺さっていた。


 第二の問題というのは鼎の気紛れな行動の事で、朝早く起こしに来てすぐに出てこなければ鍵や扉をぶち破り侵入し、それでも起きなければ部屋を漁りまわし、挙げ句には勝手に冷蔵庫の中身を丸焦げにするというほぼ破壊活動と言っても過言ではないレベルだ。


鼎本人は家事のつもりで恐らく…多分悪気は無いのだろうが、こちらとしてはバイトの収入の半分近くが吹き飛ぶため正直即座にやめてもらいものだった。


「こうなったら鍵を玉鋼製にでもしないと…」


 俺の真面目な思考に鼎が茶々を入れてくる


「無理無理、晴久の給料じゃそんなん買えないよ~?


物は大切に扱いなされ!!」



「お前が言うなよ!!」



 と、つい手元のトマトを床に寝転がってる鼎に投げつけた。


俺の手から放たれた初速100キロメートル程のトマトは真っ直ぐ鼎へ飛んでいくが当たる直前でいきなり進路を変えこちらに向かってくる。何が起こったかというと、単純に鼎が足を振り上げ蹴り返してきた。

言ってしまえば、鼎の運動神経と戦闘能力は俺と比べると高い。


 その為、こいつが暴れると俺では軽く手が着けられなくなる。


「ぶふっ!?」


 なんて解説をしている内に高速トマトは俺の顔面に炸裂し、思った以上の衝撃でバランスを崩し


「うおぉっ!!――――がっ!?」

背後にあった食器棚に頭を強打した。



■■

7月15日 07:48 晴久の夢?



なぜだか俺は薄暗い部屋にいた。


何がしたいのかわからずただ、立ち尽くしている。


ぼんやりと立っていると部屋の奥で何かが蠢いている。


その空間いっぱいに広がるねっとりとした空気。


食道、気管、肺の内側に絡みつくむせかえるような臭い。

そしてその奥で■■■を貪る■■■の姿が――――



■■

7月15日 7:50 晴久の部屋



「うぐ……っ」



 ぼんやりとした視界が回復していく、どうやら気を失っていたらしい。


そういえばトマトにぶち当たって――てか、今何時だ?


グラグラ揺れる頭を押さえてキッチンから立ち上がる、そこで二つの奇妙な変化が起こっていた。


一つ、さっきまで用意していた朝食が無いこと。

自分の分と仕方なく作った鼎の分、一応2人分の朝食がキッチンからきれいさっぱり無くなっていた。


二つ、リビングのテーブルで鼎の正面に座りむしゃむしゃと朝食を食べている一見ゴリラと見間違えるほどガタイのいいスポーツマンがいること。


「…………………」



 軽くまた倒れそうになりそれをこらえる、倒れた所で次に目が覚めるのは恐らく学校の廊下あたりだろう。


ひとまず家主として一言言ってやろうとキッチンから出る。


すると、ガタイのいい奴が軽く手を挙げ、話しかけてきた。



「ヨゥ、起きたか?今朝も大変だったな。来てみたら飯があったから勝手に貰ってるぜ」


などと抜かす、筋肉の名前は堂山(どうやま)桐谷(きりや)、大学で知り合った良き友、もとい悪友だ。


 見た目の通り高校時代は名の知れた不良チームのトップで、それまでの課程を知ってる者は桐谷を『マムシの堂山(どうさん)』と呼んでたとか。


高校卒業と同時に足を洗ったが、過去に因縁を引きずっている不良チームがわざわざ追ってきて襲撃され、命からがらマンションに辿り着いて玄関で意識を失っていたらしい。


そこにバイト帰りの俺が玄関の前でボロ布のようになってる桐谷を治療したのがきっかけだ。


同じ大学の生徒だと知ったのはその後だ。


ついでに言えば鼎は引っ越した直後に部屋に飛び込んできた、理由は「入学式の時見かけて人が良さそうだったから」だとか。

お陰で俺は大被害を被っている。


「お前な、家に来るなら一言言っとけよ。


後何勝手に人の朝食奪ってんだよ、毎朝大量のハンバーガーちらつかせて来やがるくせに。」


 家主として桐谷に物申す。

すると桐谷は肩をすくめて


「いや~それがよぉ、昨日財布落としちまってさ。


今、俺無一文だからさ。」

普通ならこれで食い下がるだろうが俺はそうは行かない。


「嘘付け、お前昨日の夜通販の商品に代引き手数料払ってただろうが


その時、財布の万札見せびらかして来たのはどこの何奴だよ。」


桐谷は年に見合わない老け顔でニカッと笑い小さく「バレたか」と呟いた。


 桐谷の部屋は隣の205号室に住んでおり、朝の騒動をケラケラ嗤いながら盗聴してから俺の部屋に来る。


顔に似合わずコンピューターなどに詳しく、自宅にはトレーニングマシンに埋もれてかなりカスタマイズされたパソコンが鎮座している。

自宅のセキュリティー警備も俺の家より3割り増しで厳重で、初めの頃に鼎が鍵をこじ開けた途端警報機が鳴り響き警察が駆けつけあわや大惨事になり、それを見て桐谷は笑い転げていたらしい。


因みにコイツ等が俺の部屋に来るのは分かりきってるだろうが、俺の部屋が一番まともだからだ。


鼎の部屋は言うまでもなく、グチャグチャで正直衛生面でかなり良くないので部屋の片づけ以外の入室は却下。


桐谷の部屋は何より汗臭くトレーニングマシンが並んでいるため一人以上入れないため却下。


てな事で即刻ここに集まるのだ。



「まぁまぁ、別にいいじねぇかよ、一人分増やすくらい。」


「よかねぇよ、おまえ等知らないだろうが俺の今月分の給料ほぼ無いに等しいんだぞ?」



 俺の財産はコイツ等のおかげで授業料を残してスッカラカンなのだ。


「お前等、俺の金食い潰しやがって、何ですか?サド何ですか?俺を破産させて楽しんでるんですか?」


「あぁ、楽しんでるぜ。」

「みへへふごひほほひほひほ?(見てて凄い面白いよ?)」


楽しんでやがった。


「てか、そこまで言うんだったら、いつもの如くそこにいる鼎お嬢様に頼めばいいんじゃねえのか?」


 と桐谷はテーブルを挟んだ向かい側でトーストにかじり付いてる鼎を指名する。


俺は最高のしかめっ面で鼎の方を見る


「んにゅ?」


指名された本人は不思議そうに首を傾げ、口を開く。


「はんへほんははほひへほっひひふ――――」


「喋るなら飲み込んでからにしろ。」



 喋っている最中に指摘されたのが気に障ったのか、鼎はムッとしながら口の中のトーストを飲み下す。


仕方なかろう、ここは俺の家で俺が家主だ、ここにいる以上我が家の最低限のルールは従ってもらう義務がある。


「それで?お金のことでしょ?


別にいいよ?今月そこそこ余ってるし。」


コイツ、西守鼎は謎の資金源を持っている。


今までずっと謎に思っていたのだが。鼎はバイトもしていないのにホイホイと金をよこす。


現に俺は何度かコイツから金を貰っている。借りるのではなくまるまる貰っているのだ。

「た~だ~し~」


ニヒッとあくどい笑みを浮かべる。


「いつも通り交換条件ね」


 鼎から金を借りたくない理由、それがこの交換条件だ。


「はぁ…で今回はどんな条件ですか?」


渋々訊ねると鼎はニッコリ笑いながら


「そだねぇ…私の性的欲求の処理を――――」


「よし、明日からバイト増やすか。」


 俺は求人情報誌を開く。お、ここ時給いいな、だが肉体労働か…脚下。


「ヒドッ!!にゃー!!せめて最後まで聞いてもいいじゃん!!」


バタバタと手足をバタ付かせる鼎



「ぶふっ、くくく…せっかくの誘いだぜ?どうせなら行くところまで行っちまえばいいんじゃないか?」


笑いを堪えながら桐谷がからかってくるので仕方なく反撃してやる。


「馬鹿野郎、コイツ孕ませたら、どんな未知の生物が生まれてくるかわからんだろうが。」


「なっ!!」


「ブハッ!!」

 そこで桐谷は大笑いし、鼎が必死に抗議する。


「ひっどー!!そんな事言う奴にはお金は貸さないぞ~!!」


「はいはい、冗談冗談


条件もどうせ部屋の掃除だろ?いくらだ?」


「んー…こんだけでいかが?」


と、鼎は左手をパーにして突き出す、おそらく一本一万で五万か。


 正直、釣り合わないことこの上ない。


普通なら「部屋の掃除で五万が釣り合わないとか頭沸いてんのか?」なんて言う奴が居るんだろう。


が、鼎の場合普通なんて概念が通じないに等しいのだ。


「はぁ…ひとまず、部屋の状況確認だな。


行くぞ、桐谷。」




「はぁ!?なんで俺があんな魔境に足を踏み入れなきゃいけねぇんだよ!!」


 さっきの大笑いから一変、まるで生命の危機があらんとばかりに抗議してくる。


まぁ、俺からしてみれば普通の反応だ。


「そうか、だがな桐谷…お前が今食ってる飯分は働いてもらうぜ?」


桐谷は顔をしかめ、考え込み、やがて


「わかったよ…仕方ねぇ…」


と首を縦に振った。



紀之元 晴久 7月15日 8:01 日常-1- -了-

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