五話
「誰だ、姿を見せやがれ!」
どこからともなく聞こえてくる声にエイルは手に持っていた魔鉱板を握りしめ怒鳴る。
しかしどこにもその姿は見当たらない。
見つけられないことに苛立ち、歯軋りをするエイル。
そんなエイルを嘲笑うかのように謎の声は言葉を続ける。
「―――あなた達はメイドを語っていながら全くメイドのことがわかっていない」
「うるせぇ!偉そうにご高説たれてねぇでとっとと姿を表しやがれ!」
顔を真っ赤にして喚くエイル。
そして突然の出来事にフリーズしていた熱血な騎士も我に帰り謎の声に対し鋭く声をとばす。
「こそこそと隠れて猫耳メイドを語るお前の方がよっぽど底が知れる!変にでしゃばるのなら黙っていてもらおうか!」
その言葉に謎の声は明確な侮蔑と嘲りをもって答える。
「底が知れる?この私に対して底が知れるなんて、いい度胸じゃない」
「くそがっ、姿を見せることもできねぇ玉無しが!」
「臆病風に吹かれて遠くから囀ずることしか出来ん奴が猫耳メイドを語るなど不届き千万、叩き斬ってやるから覚悟しろ!」
もしかしてこの2人は産まれた直後に引き離された二卵性双生児とかそういうオチだったりしないか?
なんか妙に息があっているし、趣味も一致しているから。
そして落ち着け、お前らが喧嘩を売っているのはアルティアの歩く災害(命名クズノハ)と言われた第二皇女様だ。
そんな、命を投げ捨てるような行動はやめるんだ。
さもないと―――
「ふふ、そこまで言うのなら姿を見せてあげますよ。そして、二度と猫耳メイドのことが語れなくなるようにしてあげるから」
アルティア城の使用人を混乱の坩堝に叩き込んだ銀の悪魔(命名クズノハ)が現界するから・・・。
あ、もう手遅れかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇
突然辺りに立ち込める白い霧。
この異常事態に同僚の奇行でトリップしていた騎士達もさすがに我に帰り、一般人に退避するよう指示を出す。
野次馬達も命の危機を感じてか散り散りになって逃げ出し始めた。
渦中の人物である熱血な騎士と強盗は虚勢をはっているもの冷や汗が絶えない。
そんな状況の中、『それ』は現れた。
熱血な騎士と強盗達のちょうど中間地点。
その場所に周囲よりも明らかに濃密な霧と『影』が集まり始める。
そして、影によって地面に出来た黒い穴からゆっくりと何かが姿を現す。
最初に頭、次に上半身、最後に下半身と段階を経て何かが顕現し終えると同時に辺りを覆っていた霧が引き始める。
徐々に霧が晴れ、全容が明らかになった『それ』にその場にいた誰もが息を呑む。
銀髪の少女だった。
透き通るような白い肌と成人男性より少し低めの身長にスレンダーなボディ。
均整のとれた顔つきでその若干つり目気味の薄青紫の瞳には悪戯に成功した子供と同じ輝きがあり、すっと細くも明確な意思の強さを主張する銀の眉が彼女に神秘的な魅力を与えている。
特筆すべき服装は膝がギリギリ隠れる程度の蒼いスカートに染み一つない純白の前掛け、腰辺りに大きなリボン、そして銀色の映える頭にはアクセントのようにフリルが付いたカチューシャがつけられている。
とどのつまり、そこにいたのは―――
「「メイドさん!?」」
クズノハやティルニアと同じデザインのメイド服を着こなした姫様だった。
熱血な騎士とエイルは思わぬ人物の登場に呆然としている。
「さあ、お望み通り出てきてあげたよ?」
姫様、シルベスタは呆然としている二人と煤けている一人を見て笑みを浮かべる。
その笑みはあまりにも蠱惑的で見た者の心を虜にするようなものだった。
もっとも、クズノハには獲物を前にした獰猛な邪心級の肉食モンスターに見えたが。
そんな彼らの反応に満足したのか一つ首肯をし、シルベスタは数歩後ろに下がりエイルと熱血な騎士の顔が見える位置まで移動する。
「あなたたちが信条とする猫耳メイドとやらの力、見せてもらおうかな」
「う、上から目線でいけしゃあしゃあと!」
別ベクトルで興奮気味のエイルがシルベスタに喰ってかかり、魔鉱板を向ける。
しかしシルベスタは受け流し、魔鉱板を見ても動じない。
すると黙りこくっていた熱血な騎士がポツリポツリと語りだした。
「―――猫耳とはただ頭に装着するだけでどんな者からでも萌えを引き出すことができる奇跡のアイテム。そしてメイド服は仕事着でありながら女性が身に着けるだけで様々な萌えの要素を含み、かつ萌えの原点でもあるメイドになることのできる至高の一品」
段々と言葉に力強さが籠ってくる熱血な騎士。
彼の周囲には精神による高ぶりからか、身体から溢れた魔素が揺らぎとなってその場を歪んで見せる。
「すなわちっ!猫耳メイドは萌えの集大成でありっ、絶対的不可侵の奇跡の産物なのだ!」
「騎士様よぉ、お前さんそこまで・・・」
熱血な騎士の言葉に感動しているエイル。
その様子にクズノハは顔を引き吊らせ、シルベスタは興味深げに耳を傾けている。
「だから私は貴女に猫耳メイドの事を軽々しく扱われることが我が身が引き裂かれるような気分であると同時に心の底から怒りが沸き上がってくる思いだ」
熱血な騎士はシルベスタを睨み付け指を差し言い放つ。
「私は猫耳メイドが好きだ。あのふわふわしていながらピンとたっている猫耳が大好きだ。あの触り心地は触れただけで天にも昇る勢いだ。そしてメイドさんは素晴らしい。立派な制服であり仕事着のはずのメイド服は萌えへの無限の可能性を秘めている。また、職業柄主に尽くしてくれるのが当たり前ではあるが、御奉仕をしてもらえるだけでもどんなに圧倒的に不利な戦場でかつ生存が絶望的な状況下においても生き残ることができる。私は彼女達の御奉仕を受けるためであるならどんな逆境でも打ち破ってみせよう。そんな猫耳とメイドの神の御技ともいうべきコラボレーションである猫耳メイドは最早萌えの頂点と言える・・・!」
そして熱血な騎士は万感の思いを込めて高らかに宣言する。
「猫耳メイドのためなら私はどんなに過酷な試練だって成し遂げる!貴女にはその覚悟はあるのか!?」
騎士の発言によりその場にいる全ての人間の視線がシルベスタへと注がれるなか、彼女は『微笑み』を浮かべていた。
余裕を崩さない態度に周りは息を呑み、熱血な騎士は若干たじろぐ。
そしてクズノハはその真意を悟り、強盗と騎士の冥福を祈る。
「やっぱり、その程度しか言えないか。所詮は上っ面だけのメイド信者ってところかな」
「なっ!?」
シルベスタの言葉に熱血な騎士は怒りのあまりフリーズした。
「貴方達には足りないものがあります。それを今ここで教えてあげるから感謝してね」
笑顔で毒を吐くシルベスタ。
その発言にクズノハは内心頭を抱え、やがて考えることを放棄したのだった。