四話
どうも現在宿屋の立てこもり事件で絶賛人質中のクズノハです。
先ほど野次馬の群れの中に見知った顔が2つほどあった気がしたけど、すぐに見えなくなってしまった。
・・・とてつもなく嫌な予感がする。
とりあえずあの2人が戻ってくる前にはこの騒動も一段落してほしいわけなんだが、如何せん泥沼状態で終わりが見えない。
一応、この二人組は素人のようなので制圧しようと思えば簡単にできるが、あまり目立つような行動はしたくはない。
万が一姫様を捜索中の近衛騎士たちの耳にこの騒ぎの事が入った際、メイド服を着た女性が暴れていたなんて知ったら一発でバレる気がするからだ。
なんとか現状を打開する案は無いだろうか・・・?
◇◇◇◇◇◇◇
「おいエイルどうするよ。あの騎士の奴ら一向に金と馬車を用意しようする気配がねぇみたいだが」
「そうだなビイザ、俺たちが本気だってところを見せてやった方がいいんじゃねぇのか?」
二人組の強盗、エイルとビイザは立て籠った宿屋の中でお互い苦い顔をしながら相談をしていた。
どうやらなかなか彼らの要求を飲まない騎士にしびれを切らしたらしい。
クズノハの願い叶わず、エイルとビイザは事態を更に悪い方向へ運ぼうとしていた。
「団長!あれを見てください!」
「ん、あれは強盗犯の一人か?どうやら情報にあった人質のメイドを連れているようだが」
クズノハに魔鉱板を押し付けている強盗、エイルがクズノハの背を押し宿屋の前で包囲を固めていた騎士達の前に姿を表した。
エイルは不敵な笑みを浮かべ手を出せずに包囲しかしてこない騎士達を見回し、その騎士達は固唾を呑んで強盗犯の動向を見ている。
強盗と騎士達の間で言葉が交わされないまま時間が経った。
そして先に重い口を開いたのは以外にも先ほどから拡声魔法で投降を呼び掛けていた熱血な騎士だった。
「お前達、そんな事をして何が楽しいんだ!もっと真面目に生きようとは考えないのか?」
あくまで彼は強盗達を説得して自首させたいのだろう。
しかし、彼の言葉は強盗の心には響かない。
エイルはそれを鼻で笑いながら熱血な騎士に向けて小馬鹿にしたように喋る。
「はっ、俺たちゃ楽して金がガッポガッポ入ってくりゃなんだってするんだよ。いい加減こっちの要求を呑まねぇんなら俺たちにも考えがあるぜ!」
そしてエイルは今度は下卑た笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「もしお前らが俺たちの要求を呑まねぇんなら・・・」
「呑まないなら・・・?」
緊張して身を強張らせる騎士を前にエイルは一拍おいて騎士を焦らし―――
「このメイドのねぇちゃんに猫耳を着けるぞぉっ!」
―――自信満々に言い放った。
「「「は?」」」
その時、エイルを除く全ての人の時間が止まった。
「さぁどうする騎士様、このままメイドのねぇちゃんに猫耳が着けられるのを指をくわえて見ているのか?」
周りからのエイルを見る視線が可哀想なものを見るようなものに変わる中、エイルは不敵な態度を崩さない。
この男、実は大物なんだろうか。
「な・・・お、お前は―――」
彼の同僚達が呆然としているなか熱血な騎士はいち早く復帰し、エイルを睨みながら『爆弾』を落とした。
「―――この辺り一帯を『萌』やし尽くして焦土にする気か!?」
どうやら大物は二人いたようである。
「猫耳メイド服なんてただでさえそれ単体で儀式級魔法並みの威力を有するというのに、お前はそこに本職のメイドさんという神姫を加えて戦術級にも匹敵する魔物、いや天使をここに呼び出すのか!」
「ああそうさ!猫耳メイドさんという天使を召喚することで俺たちが本気であることをお前らに思い知らせるのさ」
「ぐぅ、なんて卑怯な!」
熱血な騎士は悔しそうな顔をして歯ぎしりをする。
ドラマのシーンとしてはここが一番の見せ場でかっこいいはずなのに交わされる言葉の酷さが全てを台無しにしている。
あまりに白けきった周囲を余所に彼らの口論は激しさを増していく。
「しかもだ!このメイドのねぇちゃんはただのメイドじゃねぇんだ!」
「な、なんだって!?」
『まだこの男は何か隠し持っているのか?』と熱血な騎士は戦慄する。
そして、そんな彼の様子に満足したエイルは上機嫌に喋る。
「このねぇちゃんは魔鉱板を顔に突き付けられても顔色一つ変えやしねぇ、つまり無表情なクールビューティーっていう属性を持ち合わせているんだ。・・・この意味はわかるな?」
『わからないはずがない』という絶対の自信を持って言葉を放つエイル。
その言葉に熱血な騎士は腹の底から絞りだすような声で『答え合わせ』をする。
「いつもクールで何を考えているかはわからないメイドさんがある日突然猫耳を着けて、更に顔を赤らめながら語尾にニャンを着け、上目遣いで御奉仕をしてくれる・・・なんて恐ろしいものを!」
「くくっ、その通り。ギャップ萌えで猫耳メイドの威力は倍プッシュだ!さあ何人生き残れるかな?」
「畜生っ、フラウジアなんて無に帰るほどの威力の前に俺は、俺たちはなんて無力なんだ!守りたいものすら守れず俺たちは死んじまうのか!」
熱血な騎士は悔しさのあまり膝を突き地面に手を落とし涙を溢す。
彼、熱血な騎士はこの街を守り続け、先の大戦で散った父の背を追いかけ剣を持った。
当時はフラウジアの自警団に所属していたが、自警団という枠組みでは父の思いを真っ当できないと考えた彼は地方騎士になることに決めた。
そして、2年間の間ただ一心に剣を振るい鍛練を続けた結果、騎士の試験に合格し晴れてフラウジア担当の騎士になったのだ。
そんな彼の努力を踏みにじるかのように強盗はフラウジアを、父が守り続けた愛する街を今まさに壊そうとしている。
もう自分達には何も打つ手が無いのか。
フラウジアを守るため義勇軍に志願した父をただ無力に見送ったあの日をまた自分は繰り返すのか・・・。
―――彼に答えをくれるものは誰もいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
「・・・本当に、どうして、こうなった」
彼らの間で自分という存在がフラウジアが無に帰るほど化け物扱いされているんだが。
しかもいつの間にか自分が騎士にニャンをつけて上目遣いで奉仕をすることになっている。
ある意味、主よりも恐ろしい思考回路をしている。
地に伏し慟哭する熱血な騎士に勝ち誇るエイル。
他の騎士達はいまだに固まった状態から帰って来ず、団長に至っては胃を抑えて帰ってしまった。
野次馬の方では一部の男達がテンションのあまり暴徒一歩手前までに陥り、勇気ある野次馬の女性達によって鎮圧される事態になっている。
エイルの相棒ビイザは手を前で組みエイルの放つ言葉に頷きつつ、笑みを浮かべている・・・どうやらご満悦のようだ。
ここまで事態が悪化したのではもう自分たちを捜索中の近衛騎士達にも否応なく知られるわけで、しかも渦中の人物がメイドなわけだからもう―――
『絶対にばれる』。
「もう、ヤってしまっても―――構いませんね?」
暗い思考に陥り思わず裏の仕事の声音で呟くクズノハ。
そして、場にいる全ての人間がカオスな状況になる中新たなカオスは舞い降りる。
「ふふふっ、あなた達は本当に愚かですね。たかが猫耳如きでその程度とは底が知れます」
この時初めて熱血な騎士と強盗達を除く全ての人間の心は一つになった。
『もう勘弁してください』
―――と。