三話
首都クラウスより南西部、隣国ローゼンベルクとの国境が目と鼻の先にある地方都市フラウジアに自分は来ていた。
あの後旅支度を済ませた主と自分は途中でもう一人の護衛を拉致して隠し通路で城から城下町へと抜け出した。
そしてクラウスの城下町にある酒場でノープランであることが発覚した主を手による会話術で説教しつつ、今後の旅程を練っている際巡回中だった顔見知りの近衛騎士と一悶着があったりしたがその事は割愛しておく。
・・・近衛騎士団から追われるのって意外に怖いのだ。
何はともあれ騎士団からの追撃を振り切った主はフラウジアで何か買いたいものがあるらしく同僚を伴ってどこかへふらりと消えてしまった。
探しにいってすれ違いになるのもいけないので部屋をとった宿屋の1階にある食堂で待つことにしたのだが、如何せんメイド服が凄く目立ってしょうがない。
脱ごうにも着替えは暗い仕事用の仕事着とあの兵器しかなく、自分の財布は主が勝手に持っていってしまっていたため替えを買うことができない。
一応へそくり的な予備の金はあるにはあるが、主が引き起こすかもしれないもしもの事態のためにとっておかねばならない。
「・・・お・・・にし・・・」
「・・そう・・・・さっさと・・・」
そんな事を悶々と考えているクズノハに迫る影が2つ。
当然気づいてはいるのだが、いつもの主のいたずらかと思うと反応するのが少々めんどくさい。
事あるごとに主はいちいち何らかのリアクションを自分に求めてくるわけでそれに毎回返す自分もまあアレなわけなのだが・・・。
背後に迫った2つの気配にどう反応するべきかと考えていると背中に硬い物が押しつけられる感触がした。
強盗の真似でもして自分を驚かせたいのだろうか。
「はあ、姫様今度はいったい何の―――」
「おめぇらっ騒ぐんじゃねぇぞ!」
「このメイドのねぇちゃんに怪我させたくなかったら店と客の有り金全部出しな!」
「・・・え?」
◇◇◇◇◇◇◇
「君たちは包囲されている!おとなしく観念して出てくるんだ!」
「うるせぇ!さっさと金と逃走用の馬車を用意するんだ!」
「このメイドのねぇちゃんに一生消えない傷を残されたくなかったら言うことを聞くんだ!」
―――どうしてこうなった?
強盗の真似をしている主かと思ったら本物の強盗だったなんて普通無いだろう。
なんか目の前では熱血騎士とこれでもかというぐらいコテコテな悪役の強盗2人組が日本にいた頃の二流サスペンスのような展開を繰り広げている。
強盗が立て籠っている宿屋には店主に数人の客と人質の自分がいる。
強盗の片割れは縦10cm横5cm厚さ5mmほどの大きさの赤い金属板、アースでは一般的な魔法媒体である『魔鉱板』を自分の頬にグリグリと押し付けている。
宿屋の前には通報を受けて駆けつけた騎士が拡声魔法を使って強盗に投降するよう声高に言い、その騒ぎにつられてたくさんの野次馬が騎士の後ろに群れている。
自分は今、完全な晒し者状態で非常に居心地が悪い。
このような気分になったのは種類は違うがあの親バカ皇帝に初めて謁見した時以来だ。
あの親バカ、事あるごとに舌打ちしてきていつ不敬罪だのなんので自分に斬りかかってくるか凄く緊張したものだ。
ところでこの世界には魔法が存在すると前述したが、アースでは『魔鉱板』という特殊な鉱石を原料に作られた道具を使用しなければ魔法は発動できない。
アースに住む生物には魔法の元の元である魔素というものが身体に蓄えられている。
魔素はそのままでは魔法に転換することができず、『魔鉱板』という変換器で魔素から魔力、そして魔法へと変化させるというプロセスを踏まなければいけないのだ。
他にも魔法には属性があり、各属性に一致した魔鉱板を使わなければ魔法が発動しないという特徴がある。
ちょうど今強盗が使っているのが『火』の魔鉱板であり、これ以外に水・風・地・光・闇の5種類が存在する。
光属性は全ての人が発動させることができ、それ以外の属性の魔法は素質がある人のみが扱える。
そのためアースの人々は光属性しか扱えない人もいれば、3属性以上も扱える人もいたりとばらついている。
ちなみに4属性扱えるということだけで高給取りの宮廷魔法士になれたりする。
自分は風しか扱えないので2属性持ちだ。
「いい加減諦めてその娘を解放して投降するんだ!」
「んなことするわけねぇだろうが!いいからさっさと金と馬車を用意しろってんだ!」
―――ところでこのやりとりはいつまで続くのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇
ところ変わって宿屋前、周りから置き去りにされ困惑しているクズノハを野次馬の群れから一歩ひいたところで眺める銀髪と茶髪の2人組の少女がいた。
銀髪の少女は旅人が好んで使うような茶色のローブを羽織っており、目立たないような服装をしている。
その一方、隣にいる茶髪の少女は騒動の渦中の人物であるクズノハと同じデザインのメイド服を着ているため周りからの視線を集めていた。
「おやおや、なんか面白そうなことになってるじゃない」
銀髪の少女が笑いを堪えながら言うと茶髪の少女が手をわたわたと振りながら焦ったように喋る。
「わわ、早くクーさんを助けなきゃいけませんよ姫様」
「えー、もう少し放置してクーがどうなるか見ていた方が面白くない?」
「そんなの駄目ですってば!」
この2人、姫様とクズノハの同僚でありもう一人の護衛であるティルニア・ディエットだった。
ティルニアは必死に同僚であるクズノハを助けようと姫様に嘆願しているのが姫様はそれを拒み事態の成り行きをまるで劇を鑑賞するかのように見守っている。
「むふっちょっと来なさいティル」
「ふえ、ひ、姫様どこへ行こうとし、にゃああああ・・・」
しばらくすると姫様は何か思いついたらしくティルニアを連れて再びどこかへと歩き去ってしまった。
―――どうやらクズノハの受難は始まったばかりのようだ・・・。