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二話

 会談から数刻後、主と自分はアルティアの首都であるクラウスの中心部に位置するアルティア城の一室、主の私室に戻ってきていた。

 先程のダンバーラ公との会談が余程不愉快だったのであろう、主は口先を尖らせて護衛である自分に愚痴を漏らしていた。



「全くあの五段腹何考えてるのかな、思いっきり吹っ掛けてきたし。しかもこっちを見て鼻で笑うんだよ、『相変わらず可愛らしいお姿で』って言ってるけど絶対胸のことだよね。もう不敬罪でボンレスハムみたいにしちゃってもいいよね。うん、そうしよう」


「姫様」


「何?クーも同意してくれるの?」


「同意する気はさらさらありません。第一、ゴン・ダンバーラ公爵は帝国の中でもかなりの力を持ちかつ善政を敷いていることから民から厚い信頼と支持を得ているお方です。そんなお方をボンレスハムなんかにすればどうなるかわかるはずでしょう」


「クーはわからないからそんなことが言えるの!私がどんなに胸とか体型とかバストのことで苦しんでいるのかも知らずに自分だけすくすく育っちゃって、何様のつもり!?」



 わぁ、と泣き崩れる真似をする主に思わず口の端をピクピクと痙攣させながらも自分は姫様を諭そうとした。

 この主、面白いことだったら何でも強権を発動させてやりかねないのだ。

 善福公と慕われているダンバーラ公爵をSM顔負けの縛り方で本当にボンレスハムにしかねない。

 しかもその実行役は間違いなく―――この自分だ。



「いえ姫様、自分はそんな―――」


「昔の可愛くて私より小さかったクーはどこへいっちゃったのかな・・・。今では私から何もかも追い抜いて挙げ句の果てにこんな冷血人間になってしまったし」



 主は自分の言葉を遮って世迷い言を喋り続ける。

 自分は聞き逃せない言葉が聞こえたので半ば呆れつつも訂正をした。



「姫様、自分は『男』ですので胸なんてそもそもありません。この格好はあなたの護衛を勤めるためにわざわざしているのでしょうが。しかもこれはあなたが立案したはずのことですよ」


「ああ、シルヴィお姉ちゃんと言いながら私の後ろをちょこちょこと付いてきたクーが懐かしい・・・今では女装が趣味となりつつあるし」


「華麗にスルーを決めつつ話を捏造しないでください。それに自分はあなたよりも年上です」


「うん知ってるけど」


「・・・・・・・・・」


「痛いっ、クー痛いからっ!アイアンクローはやめっあいたたたたっ!?」



 例え一国の姫であろうと許してはいけないこともあるのだ。

 そう心の中で思いながら更に手に込める力を強めていく。

 決して女装趣味の変態呼ばわりされたのに腹をたてているわけではない。

 従者として主が道を違えないように教育しているだけなのだ。

 そうしている内に身体から力が抜け、ついでに魂らしきものも口から出てき始めた主を解放し慌てて治療士を呼んだのは不運の事故であり自分は悪くないはずだ。

 うん、そうに違いない。




   ◇◇◇◇◇◇◇



 自分がこの世界、『アース』に転生し早20年。

 気づいたら日本で生きていた時と同じ時間をこちらで過ごしていた。


 最初は何とかして帰れないものかと考えてはいた。

 ここは異世界であるためか本当の『魔法』が存在し、召喚・転移系のものもあった。

 しかし、日本に帰れるような世界を跨ぐ強力でノーリスクなものは遠い昔に失われてしまっていた。

 現在残っている方法はどれもが多大な犠牲か、もしくは対象者に何らかの悪影響が及ぼされるものでどれもが禁呪の指定を受けている。


 それに時が経つにつれ、自分の容姿も生前とは全く違うものへと変わってしまったことを自覚し、すでに矢森太一という人間は死に存在は過去のものなのだと考え諦めた。

 日本人だった頃は黒髪焦げ茶目の無造作ヘアーで完全な男顔だったが、アルティア人になりダークグリーンの髪に黒目の肩までかかる髪を後ろで軽く一つに束ねた少し中性的な容姿へと変わってしまった。

 ある程度力を入れて化粧をすれば普通に女性に見えてしまうため今のように主の一計でこうして変装し護衛兼侍女として世間の目を騙している。

 何も女装して侍女ではなく普通に執事として傍に居ればいいのではないかと感じるかもしれないが、2つの大きな原因があるためやむを得ずこのような形になってしまっているのだ。


 まず1つ目の原因が自分の産まれた家だ。

 一応、平民ではなく王家に仕える家ではあった。

 しかし王家に仕える家は家でもこの国の暗部を司る御三家、今は二家だがその内の一つだったのだ。

 そんな血生臭い経歴を持つ人間を姫の身辺に置くことなど言語道断もっての他であり得ないことだった。


 そして2つ目、これが一番大きな理由である。

 今は亡き皇帝で主の父君であるギリアン・アルティアが重度の子煩悩であり、娘限定の親バカだったのだ。

 その親バカ具合は娘の願いなら法を変えてでも叶え、娘が何かに成功した時には国を挙げてのお祭り騒ぎ、娘のことが少し貶されただけで一族浪党抹殺OK戦争上等かかってこいやというレベルなのだ。

 有名な例が2年前の皇帝死亡の要因でありアルティアの暗部御三家が二家となったアホらしい理由でもある第三次ゼルノガルク大戦だ。

 相手国は隣国であるローゼンベルク王国。

 その王がギリアン皇帝と並ぶ屈指の親バカと称されたウィリアム・ローゼンベルクⅢ世。

 両国の間での関税や物資の輸送に関する取り纏めを決めるため行われた話し合いの場で、気づいたら互いの娘自慢へと刷り代わりしまいに王同士の掴み合いの喧嘩へと発展。

 即日互いに宣戦布告というものだ。

 戦争の舞台となったのは両国の国境に位置するゼルノガルクと呼ばれている穏やかな丘陵地帯だった。

 今はゼルノガルクの丘陵地帯は平地と化し、大戦中戦術級の魔法が多用された影響で魔素が溢れ草が1本も生えない死の大地となっている。

 この大戦は民の間では『大惨事親バカ戦争』と揶揄され滑稽な童話も作られている。

 この親バカ大戦の結末は王同士がゼルノガルクのど真ん中で互いに戦術級魔法を撃ち合う一騎討ちをし、相討ちというものである。

 その様子を見た帰還兵が戦後に出版した体験記には『この世の終わりを見た気分だった』と記されている。


 ちなみにこの時御三家の一家が壊滅し御家断絶になったらしい。

 原因はギリアン皇帝が放った大規模殲滅魔法の流れ弾。

 ちょうど戦場でこの親バカ皇帝のアホらしさに愛想をつかし見限って撤退するために一族が集まったところにぶちかまされたとか。

 自業自得なのかそれとも御愁傷様なのか判断がつきがたい結末である。


 話を戻すが、この大戦での死傷者は両軍合わせて1万を越え、両国の関係悪化は更に増すかと思われた。

 しかし、実際には両国の王の死を契機に両国の仲は一気に友好的に進展した。

 単に王同士がいがみ合っていただけで両国民共に疲れていたのだ。

 そして大戦から2年が経ち両国はだいたい元通りになったわけだが、あの親バカ皇帝ただでは死ななかった。


 アルティア帝国には一つの絶対の決まりがある。

 それは皇帝になったものは一生に一度だけどんなことがあっても優先される法を1つ定めることができるというものだ。

 本来は国を正しく治めるために決められた先祖代々の聖約みたいなものだったが、あの親バカ皇帝はとんでもないことを死に際に残していった。



『女性の王族の身辺に仕える者は女しか召し仕えてはいけない』



 これのせいで自分は女装をしなくてはいけなかった。

 バカの死に際の一言で2年間にも及ぶ、そしてこれからも続くであろう女装して主に仕えるという恥辱プレイ。

 まだ今は若いから良いのだが30も過ぎればさすがにきつくなってくるし、立場上嫁を迎えることすら出来ない。

 一生独身なんて笑えない事態なのだ。

 2年前その法を知った時自分は自由を求めて8年間支えた主を捨てて他国に出奔しようとしたのだが、一足先に主に手を打たれ主本人と同僚とフウマ家の包囲網によりわずか1日で捕縛。

 良い笑顔をした主が女物の下着とパンチラぎりぎり超ミニスカメイド服か胸に詰め物だけの男装もどきの執事服の二着を手に自分に迫り、その究極の選択を前に自分は敢えなく屈したのだった。





   ◇◇◇◇◇◇◇



 2年前の苦い思い出に思わず涙しそうになっていると先程何食わぬ顔をして復活した主が部屋の窓を開き何かを受け取っていた。



「クズノハ」


「はい、こちらに」



 どうやら真面目な案件のようである。

 いつものおちゃらけた雰囲気は無くなりアルティア帝国第二皇女として相応しい品格が漂っていた。

 ・・・なんでいつもこうじゃないのだろうか。



「クズノハ、出立の準備を」


「はっ、今回は如何なる用で御座いますか?」


「旅に、出るよ」


「了解です、何処までですか?」


「しばらく政務をすっぽかして遠いところまで道楽の旅にでも行こうかと思ってね」


「了解です・・・え?今何と―――」


「だからしばらく政務をすっぽかして旅に出ようって言ってるの。理解した?」



 前言撤回、見直した自分が馬鹿だった。

 この戯言をどうやって処理しようか―――



「今すぐ準備するのとこのヒラヒラ付きの胸&パンチラ超ミニスカメイド服、どっちがいいかな?」


「30秒で支度しましょう」



 いつの間にか魔改造されて戦闘力が桁違いに跳ね上がったメイド服という名の兵器を片手に平然と脅してくる主―――何故この国にはリクートが無いのだろうか・・・。



「あ、それと一つ言い忘れたけど」


「はぁ、なんでしょうか?」


「クーは普通のメイド服を着て旅に同行すること」


「わけがわからないっ!」





 自分がこの世界に転生して20年―――果たして本当に今幸せなのか甚だ疑問に感じるクズノハだった。

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