遭遇
良い雰囲気的15話目。
――かと思いきや。
おかしい。
「あ、ろぎーさん! 次はあそこのお店に行ってみましょう!」
「ん、行くか」
穂花が指差した小物店は、この街最大の商店街に最近出来たばかりの店だ。
そうじゃない。
「ろぎーさん! このヘアピン、すっごく可愛いですよっ!」
「あー、似合いそうだな、付けてみれば?」
いや、付けてみれば? じゃねぇよ俺。
そうじゃなくてね?
なぜ、俺と穂花のデートが、こんなにも、普通に進行してるんだ?
絶対、途中で邪魔が入ったりトラブルが起こってなんやかんやと巻き込まれると思っていたのだが。
別に、昨日能力を使ったから、とかじゃなく、能力の代償を差し引いても俺は比較的不幸体質なはずなのだ。あるいは巻き込まれ体質。
デートなんて幸運の塊みたいなことをしてたら、百パーセント不幸に見舞われる。
――と、確信してたんだが。
「ろぎーさん、どうですか?」
「うん、やっぱ似合う」
みたいな会話をしていても、例えばヤーさんが店に乱入してきて「おうおうにーちゃん何デレデレしとんのや!」みたいな展開とか、非モテのヤンキーがひがんで喧嘩売ってきたりとか、空からたらいが降ってきたりとか(昔実際にあった)。そういうことが起こる気配がまったくもって皆無だ。
おかしい。
というか……絶対に耀か高木か碓氷あたりが邪魔しに現れると思ったんだけどなぁ。
あるいはこの異常事態は、俺ではなく穂花に起因しているのかもしれない。
別に、穂花の怖い一面を知ってしまった三人が怯えをなして邪魔しにこない、とかそういう意味じゃなくて。
たぶん俺が思うに、穂花の幸運度はめちゃくちゃ高い。簡単に言うとラッキーガールなのだ。
それを俺は、こいつと出会った瞬間に確信していた。
確信せざるを得ない出会いだった、というのが正しいか。
「……ろぎーさん? もしかして、楽しくないですか?」
「へ? いや?」
「でも、さっきから少し上の空ですよね」
そりゃあまあ、何が起きても言いように周囲に注意してはいたけど。
「そんなことないぜ? 割と楽しんでる」
「割と、なんですね……」
……あれ、なんか落ち込んじまった。
俺語録では『割と』は『かなり』の次に高い評価なんだが、日本語って難しい。
「あーいや、楽しいよ。楽しんだけどな」
「……けど? なんです?」
「……平和に終わる気がしなくて……ね」
聞こえないような声で言ったので、穂花はキョトンとしていたが、わざわざもう一度言うことでもないので適当に誤魔化して、俺たちは店を出た。
✽
「ねぇリンリン。私お腹すいてきたー」
「確かに、僕もだよ。ってことで山田、行ってこい」
「ええ? 俺っすか?」
「山田クーン、ジュース持ってきて!」
「笑〇!?」
「ちょっと戦艦うるさい。気づかれたらどうすんの」
「あ、スイマセン」
「ぺらっぴー、何かお菓子持ってないのぉ?」
「うーん、ドラ焼きしか持ってないよ」
「むしろなぜドラ焼きを持っているのか」
「もぉーそれで良いからチョーダイ」
「あかるん、僕にも一口」
「いいよぉ。すんごいべろべろした部分あげる」
「羨ましいなぁ」
「水代、変態っぽいぞ」
「山田、碓氷は“ぽい”んじゃなくて変態だよ」
「あ、ろぎろぎとほののんがまた店に入った」
「追跡、開始!」
「「ラジャー!!」」
「の、ノリいいな二人とも」
イマイチついていけていない山田大和、紛れもない普通人であった。
✽
結局あの後、俺たちは五軒ほど店を回り、存分にデートを楽しんだ。
厄介事は、起きなかった。
意外……! それは平穏!
……とか言いたい衝動に何度も駆られたが、残念なことに穂花はアニメネタ、っつーかオタク系のネタに一切ついて来れないので、精々ハテナを浮かべている穂花の可愛い姿が見れるくらいだ。
いや、別にそれでも悪くないんだけど、今の俺は切実に耀や高木のノリを欲していた。どうやら俺は、平凡では居られない体になってしまった様だ。
「あー、もうこんな時間か」
ふと空を見上げると、すっかり夕日に染まっていた。腕時計を確認すると、午後6時だった。
「そうですねっ」
「……もう帰るか?」
「えっ、うーん……どうしましょうっ?」
いや、どうしましょうって、帰りましょうよ。
と言おうとして、俺は言葉を飲み込んだ。
穂花の横顔が、微妙に寂しそうだった。
――え、これは、あれですか。俺との別れを惜しんでとか、そういう寂寥の念ですか。
「あーっと、うん」
いつでも会おうと思えば会えるのになぁ。そんなに寂しそうにされてもなぁ。
どうしようか、と思いながら、夕日を見上げた。あぁ、何か、夕日ってセンチな気分になるよね。あれ見てると、もう少し一緒にいて穏やかな時間を過ごしたい気もしてきた。
「じゃあ、もうちょっと――――」
どこか散歩するか、と言おうとした俺のセリフにかぶって、
「――――鏑木さん?」
少し高めの、可愛らしい男の声が聞こえた。
声の主が、反射的に脳内に浮かんだ。
そのせいか、その顔を見たときは、うわぁマジか。くらいの感想だった。ぶっちゃけ、結構驚いた。
俺の視線の先にいたのは、犬童 紫だった。
――うわーお。
――まさかの、ジャマーはお前でしたか。
正直、一番嫌な邪魔者の登場だった。
ここで登場転校生。
JOJ〇的な効果音を付けるなら、ババァァーン! てトコでしょうか。