転校生。
新キャラ登場的12話目。
明けて月曜日。俺たちのクラスに噂の“転校生”がやって来た。
突然の話にクラスはどよめき、落ち着かない空気が充満した。その事に一番戸惑ったのは、何故か担任の佐藤先生だった。
「あれ? お前ら聞いてないのか? おかしいなぁ」
そんなセリフに誰かが反論をする。
「おかしーのは先生ですよー。普通は事前に教えるとかあるじゃないですかー」
「いや、確かに誰かに『言っといてくれ』って頼んだんだよ……誰に頼んだかは忘れたけど」
そこに耀が追撃した。
「きっと記憶違いですよぉ。誰に頼んだか忘れるようなお脳ですよ?」
……絶対、お前だろ。
と、俺は心の中でツッコミを入れた。が、別に佐藤を助ける気はないので黙っておいた。俺たちは事前に知ってたし、別に関係ないからな。
「しかし、可愛い男、ね。やっぱクラスの女子はテンション上がったりすんのかね」
俺の長い独り言に、後ろの大和が耳ざとく反応した。
「微妙だよなー。うちのクラスの女子、変わってるからな」
「いやまったく」
全身包帯巻き巻き少女とか。彼女が一番見た目的に変わってるので俺の中で例えとして登場することが多い気がする。実は変人度はあんまり高くないんだけどな、あいつ。
「つか耀。噂の転校生の名前は知らんの?」
斜め後ろの席の耀に尋ねると、小首をかしげられた。
「うーん。聞いた気はするけど、忘れちった」
「……あっそ」
そういう奴だよ、お前は。あんまり期待はしてなかった。
「まあまあ、落ち着けお前ら。取り敢えず転校生呼ぶから、ちょっと待て」
佐藤が騒がしい生徒をなだめてクラスを静かにさせる。こういうのって、転校生的にはどうなんだろう。少しざわざわしている方がやりやすいとかないんだろうか。転校の経験がないから分からん。新クラスでの自己紹介は少しうるさいほうがやりやすいので、同じようなもんか。
「んじゃ転校生、入ってきてくれ」
佐藤が適当な感じで呼び込む。相変わらずの無気力さだ。どうして教師になれたんだこの人は。
とか考えている間に、ガラッと扉を開けて、転校生が入ってきた。
「なるほど……」
確かに、『可愛い男子』だった。弟的な可愛さというか、年下的な魅力を顔面から粒子のように放射している、美男子だ。女性的というより中性的な顔立ちで、背も高くない。髪はふわっとした栗色。こりゃ、モテそうだ。
そして、転校生は教壇に立つとにっこり笑って、
「初めまして、転校生です」
愛らしい声でそう言った。くそう、ジョークもいけるタイプか。欠点が見当たらん。強いて言うなら低身長だが、こいつならそれすら魅力に変換できそうだ。
「ああ、いや、名前をだな……」
思わぬ発言に佐藤が困ったように言いよどむ。コミュニケーション下手かアンタは。
「あ、すみません」
にこにこ、微笑んだまま転校生が振り返ってチョークを白い手でつまんだ。
よどみなく黒板に文字を書いていく転校生の後ろ姿には、緊張はまったく見て取れなかった。
「初めまして、犬童 紫です。よろしく」
改めて自己紹介をした転校生の名前に、クラスが少しざわついた。
犬童もそうだが、紫とは……。これまた変わった名前の人間もいたもんだ。語呂としては紫の方がよさそうだが、やっぱり女っぽすぎるから却下になったのだろうか。まあ、俺が考えることじゃないな。
問題は犬童が、“普通”か否か、だ。
じぃっと犬童の顔を見つめるが、微笑んでいるその顔からは何の情報も読み取れない。
「あー、じゃあ犬童、一番後ろの窓側ン席に行ってくれ」
「はい」
一番後ろの窓側席……? それって、
「穂花の隣か」
「っすねぇ。どーすんだ言葉、鏑木さん取られちゃうぜ?」
「アホ抜かせ」
きししっと笑う大和は無視して、犬童の姿を横目で追っていく。すれ違う度に愛想良く挨拶している犬童は、穂花を目にした瞬間、少しだけ動きを止めたように見えた。……気のせいかもしれないけど、微妙に気になった。
――まあ、俺の考える事じゃないだろ。
そう言い聞かせて、転校生を意識の外に追いやった。
✽
授業の合間の時間、予想通りに犬童の周りは女子で一杯になっていた。うちのクラスの女子もいるが、どっちかというと他クラスの女子が多いような気がする。
質問攻めにあっている犬童の下に、耀は興味津々の顔で積極的に質問し、高木は声が聞こえる距離に陣取って様子見をして、穂花は周囲の女子に阻まれて椅子から立つことすらできないようだった。時々穂花が助けを求めるように俺に視線を送ってくるが、俺にどうしろって言うんだ。
という訳で、普通に無視して大和と駄弁っていた。
「いやぁ、転校生君の人気はやべぇな。水代並じゃねーか?」
「話題性も相まって一時的に碓氷を凌駕してるな」
我がクラスのイケメン様は、珍しく積極的なファンクラブの取り巻きに囲まれて困っていた。たぶん、ファンクラブなりの意地だろうな。人数では圧倒的に負けてるけど。
などと話しているうちに、チャイムが鳴って女子が三々五々に散っていく。ずっと笑顔で対応していた犬童は、少し眉根を下げて何やら穂花に話しかけていた。穂花も笑顔でそれに応じている。
それを見ていると、微妙に自分の中に不快感が生まれてくるのを感じた。それは、たぶん、穂花を取られたとかそういうジェラシーじゃなく、なんつーか……。
「あー」
ぼんやりと浮かんだ感情を言葉にできなくてもどかしい。なんて言うんだああいうの。例えるなら、普段は仲良さそうにしている女子たちが別のグループに入ったときは互いのことを悪く言ってるのを発見しちゃった、みたいな……そんな空気を犬童から感じた。言葉は聞こえてこないので断言できないが、そういう微妙な悪意みたいなのを感じてしまった。
――友達には、なれなさそうなタイプ、だなぁ。
早々に、俺は犬童 紫と親しくなる事を諦めたのだった。
【続く】
何はともあれお粗末様でした。
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