500円玉が転がった先
最近はキャッシュレス決済が増えてきたが、私は現金も持ち歩いている。
都会ならお財布なしでも暮らしていけるのかもしれないが、田舎はまだまだそうはいかないのだ。
現に今、私が買おうとしている自販機は現金のみだ。
財布の中を見れば、小銭は500円玉以外は5円や1円しかなかった。
なので500円玉を投入口に入れようとしたら、入れ損ねて落としてしまった。
落ちた500円玉は転がって、自販機の下に入り込んでいくのが見えた。
私は屈んで覗き込むようにしながら、自販機の下に手を入れてみた。
ぐっ
「うわっ」
ありえない感触に、声を上げて飛びのいた。
自販機の下の隙間に入れる人間などいるはずもない。
なのに、確かに手首をつかまれたのだ。
上から見ても、自販機の下にはうっすらと暗がりがあるだけ。
差し込めるような細長いものも辺りに見当たらない。
しばらく、その暗がりを見つめながら、どうしよう…と迷っていたが、同時にじわじわと怒りのようなものがこみ上げてきた。
500円は、決して小さくはない金額だ。
自分のお金を拾いたいだけなのに、なぜこのような邪魔を受けねばならぬ。
脳内の武士が不服を申し立てた。
確かにそうだ。
そう思うと、恐怖より怒りが勝ってきた。
そちらがそのような理不尽な行いをするというのならば、よかろう、こちらも相応の対応をするまで。
脳内武士はやる気満々だ。
私は覚悟を決めて、再び自販機の下に手を差し入れた。
ぐっ
同じように手首をつかんでくる感触。
だが今度はそこでひるまず、私は手首を返してソレをつかみ返し、両足を踏ん張ると腰に力を込めた。
「ふぬぅ!」
女子にあるまじき声を発しながら、私は力の限りつかんだ腕を引っぱりあげる。
すぽん!と何かが抜ける気持ちいい感覚があって、しかし握った手を見ると何もつかんでいなかった。
そしてワンテンポ遅れて、ジャラジャラジャラと何かが溢れるような音。
足元に目を落とすと、硬貨が雪崩のように自販機の下からあふれ出ていた。
「いや怖い怖い怖い」
どんだけ溜め込んでたんだよ。
てか、物理的にこの量はおかしいだろ。
いろいろツッコミは浮かんだが、私は硬貨の山から500円玉1枚だけ拾い上げるとその場を去った。
武士は高潔なのだ。
ジャンルをホラーにするかコメディにするか迷いました。




