「華麗」「優美」「気品」
割れた窓から廃工場の内を照らすのは、僅かな月光ばかり
しかし、凶漢達が手にした拳銃から変わる変わる放たれる銃火の瞬きは、昼の陽射しにも劣らない程だった
「早く殺せ!」
「女一人に、何を手こずってる!」
指示役の男が焦りを隠さずに騒ぎ立てるが、その『女一人』にこれだけの人数が集まり、今なお銃弾の一つも命中して居ないというのが現実だった
その『女』が、一眼で解る程に異様な曲者だった
埃の舞う廃工場を、銃弾を避けながら駆け巡って居るにも関わらず、身を包むシャツには汚れ一つ無い
本来ならば頭部が存在するべき場所には、箱が浮かんで居る
女が滑るように移動する、もしくは四足歩行で機敏に走り回る、もしくはバレエに於ける『カンブレ』の姿勢で銃弾を避け、そのままブリッジの姿勢で走り回る───こうした高熱の日に視る夢のような光景は、既に十分以上繰り返されて居たが、戦いに終わりが視える気配は無かった
「こんな人間、存在する訳が───」
「───もちろん、こんな人間が存在する訳無いじく」
指示役の男が狼狽えた刹那、その首筋を、繻子折の触り心地の良い手袋二つが断固として押さえ付けた
叫び出しそうな恐怖と共に、男が振り向く
凶漢達はその掴んだ両手の主に銃口を向けながらも、指示役を撃つ事を恐れてか、発砲まではしなかった
女の頭部に存在して居る箱が、機械的な駆動音と共に開いていく
箱の中には黒く丸い、人間の頭程の大きさの原始的構造の爆弾が一つ
導火線には既に火花が灯り、今にも爆発の寸前の様子だった
「良い子のみんなには、プレゼントじく!!」
女が両手を広げておどける
返答代わりに、恐慌に染まった悪漢達の銃弾が、仲間を撃つ事さえ恐れずに殺到した
銃弾が雨の様に降り注ぎ、指示役の男は幾つかの瞬きのうちに原型すら留めない亡骸に変わる
奇怪な女はその雨の中、両手を広げて楽しげに男達に歩み寄った
凶漢達のうち、諦めた数名が逃げよう背を向けた刹那、導火線の火は爆弾へと到達した
『試製三型
爆弾を搭載するも動作は良好
運用実験後、焼失
次回は、爆破後にトランプを
撒き散らすギミックを搭載?』
手にしたタブレットのメモに最後二文を書き締めくくると、女はそれをバッグに仕舞った
必然、夕飯時の混雑である拉麺店の行列に並んで居る為、周囲には人間は多いが、彼女を気に留める者は居ない
都市とは、そういう場所だ
そもそも彼女の出で立ち自体が、行列の中では異様では在った
裾の長い研究者風の白衣に身を包み、超然とした表情で拉麺店に並んで居る者は、如何に都市と言えど彼女の他には無かった
彼女の五番程後ろに並んで居る男女が、「絶対スープが跳ねるのにね」「どうするんだろうね」と彼女を視て話す
実のところ、彼女はこの店の拉麺を一度も食べた事が無く、仕組みも理解出来て居なかった
バッグの中で端末の警告音
女はその画面を視もせずに「もう、場所を特定された………」「向こうも、想定より少しだけ仕事が早かったじくね」と、表情を変えないまま口の中で小さく呟いた
「みんな!」
不意に女が、両手を広げて周囲の人間達に呼び掛ける
「早くここから逃げるじく!」
「ここはもう、危なくなるじく!!」
両手を広げ、飛び跳ねながら人々に警告する
皆一様に、視線を逸らすばかりだ
女は嘆息すると「仕方ないじく……」と肩を落とし、一度だけ店の看板を残念そうに視詰めたあと、靴の爪先で、こつこつとアスファルトを突いた
動作音と共に、靴底からローラーが顔を出す
女は少々の落とし物をしながら、白衣を風に遊ばせて何処かへと滑り去って行った
「………なんだ、これ?」
女の前に並んで居た男が『落とし物』に気付く
中央に四角い穴の空いた、東洋の貨幣が六枚………
人数に合うかは解らないが、三途の渡しだった
男がそれを拾い上げようとした時、武装した凶漢達が銃を乱射しながら拉麺店を取り囲み、窓を割り火を放った
「───結局、また食べれなかったじく」
ローラーブレードは気持ちが良い
都市のぬるい風も、こういう形で頬に浴びる時には好きだと思える
点軸釦は、街の監視カメラ総ての位置を完全に把握し尽くして居る
次の角を曲がれば、その先はカメラは無い
夜は優しい
白衣のはためく音だけが、自分の音楽だ
最高速度を維持したまま、裏路地に入る
裏路地を抜ける
その頃には彼女の姿は、シャツ姿の箱頭へと変わって居た




