EPISODE 8 強引
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その日の再生能力は、凄かった。翌朝目が覚めると体は軽く、痛みもない。検査があって、医者も驚いていた。その医者というのは、主治医の葛城明信という男だが、彼曰く、「完治」らしい。
「考えられる原因としては、心境の変化だね」
「心境の変化?」
フラッシュバック。昨日のあの言葉。
「心当たりがあるんだな」
「はじめて、友人ができました」
「よかったじゃーん」
「しかし‥‥‥そ、そんなので‥‥‥?」
「幸福は万病に効く万能薬だよ」
自分を変えなくては。星太郎は無意識の内に拳を握っていた。それの親指立てて、グッドサイン。帰宅できることになると、すぐに夕子にそれを報告した。夕子は電話の向こうで「完治!?」と驚いている様子だったが、説明をすると「よかったじゃーん」と言った。
「前のクロベコにも、こういう感情はあったのだろうか‥‥‥?」
病院内の自販機でトマトジュースを購入して口に含みながら、そんな事を呟いた。彼は死んで塵になってしまったが‥‥‥もし、孤独だったのだとしたら、自分に油機を託してしまう心境が理解できた。最期の最期で手を差し伸べられたら、持ってあるものすべて託してしまうかもしれない。自分でも。
「‥‥‥‥‥‥何処の、誰なんだろうな‥‥‥」
気になった。前のクロベコは一体何処の誰なのか。
きっと知ることはないのだろうということを理解しながら。
ただいまは、自分だけがクロベコだと理解しながら。
風の音に耳を傾けた。
帰宅して、2LDKの部屋に入ると、母が目元を押さえて俯いている。その母の背を清子が撫でている。コップを取り、水道で水を汲み、飲み‥‥‥ひと言だけ「健やかにお過ごしくださいね」とだけ言葉をかけて、自室に戻る。
そしてすぐにシャープペンシルの芯が足りないのに気がつくと家を出て近くのコンビニエンスストアに向かっていたが、その時、目の前に車が停まる。
「滝さん!」
「ン? ああ、繭木くん。どうもこんにちは」
「ほ、ほんとうに退院したんですか‥‥‥!? すごいですね‥‥‥! あんな大怪我を負っておきながら‥‥‥」
「一晩のうちに治ってしまったらしくて‥‥‥どうも、ご心配をおかけしてしまって‥‥‥」
「い、いいんですよ‥‥‥すごいですね‥‥‥全身複雑骨折って聞いてたのに‥‥‥ほんとうに、一晩の内に‥‥‥?」
「俺の身体は特別にできてるんです」
雨音は車から降りてきて、それに続いて、彼の両親も降りてきた。息子を救ってくれたという男を一目見てやろうという事らしい。
「どうも‥‥‥これから何処かへお出かけですか?」
「ほんとうは、貴方の見舞いに‥‥‥でも、途中で北斗さんから電話がかかってきて、退院したって‥‥‥」
「それは、またご迷惑を」
「いいんですよ! えっと、滝さんはこれからどちらに?」
「コンビニエンスストアに行こうかなって。シャープペンシルの芯をなくしていたのを思い出して‥‥‥」
「乗っけていくよ。手持ち無沙汰だったんだ」
雨音の母が言った。
「エッ? しかし‥‥‥いいのかなぁ」
「いいのいいの。ほら、乗っちゃって」
「じゃあ、お邪魔します」
車のなかでは何気ない話ばかりをした。普段はどんなことをしているのか、という話では松野ジムというボクシングジムに通っているというと、「どうりで強いんだ」と雨音が納得する。
そうしていると、不意に星太郎の腹が鳴る。
思い返してみると、飯を満足に食えていなかったので、微妙に空腹だったのだ。それを思い出していると、雨音の父が「何処かに食いに行くか」と言った。
星太郎は「一家全員こういう感じなのか」と思いながら、その流れに身を任せることにした。
強引なところは清子にも似通っているけれど‥‥‥血のつながった家族ではないということもあるのだろうか? 不思議と清子に感じているような不快感はなかった。




