EPISODE 29 刑事
十一月六日、真夜中になって盛岡県警のほうに通報があった。どうやら盛岡のはずれにあるあるドブ池に奇妙な水死体が上がったという。それはどうやら十二年前のセキユ事件と関連していそうだ──と。
県警はそれを見に行き、口をつぐむ。
赤子が複数人くっついて出来上がった趣味の悪い人形──とでも言うべきそれは、確かに生き物なのだ。
「胃の中に、汚いドブが溜まっていました」
「死因は溺死でしょうか‥‥‥?」
「滝の言うには、‥‥‥セキユは、羅刹は生まれたと言っていたが‥‥‥もしこれが羅刹なのだとしたら‥‥‥そりゃあ、残酷だ‥‥‥」
異情体の子供複数人を使って生み出された羅刹鬼。
どうやら同一個体だが、セキユという親を失い、飢えたうえでこの池にはまって死んでしまったらしい。
「胃の内容物からして、死因は溺死で間違いないみたいですが、どうも死亡推定時刻ですが‥‥‥通報の二時間ほど前ということになります」
「じゃあ、十二年生きてたってことか?」
「滝や北斗とか、あのへんのれんじゅうが徹底的に調べても見つからなかったんだぞ‥‥‥まさか、何処かで匿われてたか?」
「見た目で言えば、そういう風に生まれた子どもというふうにも見えますから‥‥‥」
仮定。
もし、何処かの家庭に匿われていたのだとしたら、今度の流行り病でまた解き放たれてしまったのかもしれない。
警官たちの胸にもやっとしたものが募った。
「もしそうだとしたら、何処かの病院に見せられてるかもしれんのです。でも、そういうのって、滝先輩曰く『なかった』のでしょ?」
若い刑事が言った。
「ああ。‥‥‥まったくな。おそらく、病院に見せてどうこうなるものでもないと判断されたのかもしれないが、これでは不思議でならないが‥‥‥どうする」
「どうするったって、これ‥‥‥」
どうにもならないだろ、と声が流れた。
一報。
一方。
「アッ! お姉さん財布落としたよ」
「エッ、アッ、ありがとうございます!」
「いえいえ〜」
寒いなあ、と旭は震えながら、左手の上に乗せた五十キロほどの野菜の箱を持ち直して、スマートフォンを取り出した。
佐一に電話をしようと思っていたのだが、その瞬間、ドンと背後からぶつかられた。段ボール箱を落としそうになって、踏ん張ると、その背後で背中をケツが押した。
ので、やっぱり、箱は落ちた。
旭は手の平を向けて、思わず足の甲で受け止める。
「ふーっ。なんとなくセーフ。ったくもー‥‥‥なんなんだ?」
振り返ると、おそらく刑事だろう、スーツの男がコートを靡かせて「逃げられた」と言いながら此方に向かってきた。
「大丈夫か、君。すまない、俺の尻が乱暴をした」
「お仕事ですもんね。刑事さんでしょ?」
「ああ。よく分かったな」
「足腰がそういう人だ。何かの犯人ですか?」
「万引きだ。が‥‥‥」
「俺、あの人追えますよ」
持ち上げかけていた段ボール箱を置いて、手帳を出す。
「走る速度。まず彼は貴方の脚力で追いつける程度の速度で走っていた。それはつまり、目的地は遠くにある。バスにでも乗ればたどり着ける所にある。彼の顔は前を向いていた。今日はあまり‥‥‥そう‥‥‥前を向いて歩けるような天気ではなかった。角度です。つまり、その、なんて言えばいいんですかね。心理的な問題として、思い込みで人の首は角度を決めます。彼は‥‥‥では何か、『晴れ』に慣れている。十一月から二月上旬まで、人というのはあまりああいう角度をつけない。そもそもだ。彼は盛岡市内で明るさに慣れている場所‥‥‥つまり、盛岡市川又赤坂。しかしそこまで行くバスというのは限られているし、コロナ禍も有ってそもそも数がない。きっと彼は困っている。行きましょう」
「君は‥‥‥? 探偵が何かか?」
「元手品師です」
薔薇の造花を出してみせる。
「ほら、いた」
そこに行くと、バス停のベンチに座る万引き犯がいた。
刑事はそれに声をかけ、万引き犯は観念して‥‥‥そして、刑事はお手柄感にフフンと胸を張っていた旭のほうにやってきた。
「協力どうもありがとう」
「お力になれてよかった」
「そう言えば自己紹介しあっていなかった。俺は滝だ。滝星太郎」
「俺は、津笠旭って言うんです。特技は手品! 種も仕掛けもないってね」
「そうか。君は不思議な雰囲気のある人だな」
「時折言われます」
星太郎は微笑みながら、旭も笑んで、握手を交わす。




