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クロベコ  作者: 蟹谷梅次
〈前〉流星─METEOR─
20/28

EPISODE 20 笑顔

 苛立ちは募るばかりだった。

 夜遅くになって帰宅すると、玄関に母がいた。


「こんな時間まで何をしていたの。最近ずっとね」

「はは。どうも申し訳ありませんでした」

「何がおかしいの」

「なにもおかしくはないですよ。俺は笑いましたか?」

「笑ったでしょう」

「笑ってませんよ。もう夜も遅いので寝ます。どうも、迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「待ちなさい」

「待てって? なにを? なにを待てばよろしいんで? 俺はずっと待ちましたよ、あなた方を。待って、待って、待って‥‥‥でもいくら待ってもこっちに寄り添ってくれませんでしたね、貴女も父も」


 苛立ちを発散するつもりはなかった。


 部屋から清子が降りてきた。父はリビングで頭を抱えている。


「薄々感づいてましたよ。俺たち血なんて繋がってないんだなって。血液型も全く違うんでしょう!? 血の繋がらない親子だ!」

「つながってます」

「いや、繋がってない! 俺はね! 俺は‥‥‥ずっと家族が欲しかった! 俺の事を愛してくれる母と父が欲しくて‥‥‥ずっと、ずっと一人で悲しかったんだ! あんた方が俺を愛してくれたことなんてないから!」

「愛してる!」

「愛してない! ずっと、ずっと、愛されたことなんかない!」


 怒りを発散するつもりなどはなかった。ずっとこの家族への怒りを募らせたまま、大人になったら東京に出て、それで生きていくつもりで、それまでの辛抱をしていた。


 けれど、一度壊れた堰が直らない。


「あんた方が愛しているのは『滝清子』であって、『星太郎』じゃないんでしょう。あんた方は、血の繋がった娘だけが好きで‥‥‥何処の誰とも分からない、息子もどきなんざ今まで見向きもしなかった!」

「星太郎!」

「俺のッ‥‥‥母さんは何処!? 父さんは何処!? 弟はいるの!? 妹は!? 姉は!? 兄は!? なんにもわかんない! 俺の本当の苗字がなんだったのかもわからない! 俺がほんとうは何処で生きて、何処で死ぬべきなのかもわからないんじゃ、俺が本当に生まれてくるべきだったのかも‥‥‥」


 そう言うと、父が「星太郎」と怒鳴りつけて、現れた。


「あんた方は親じゃないんだから‥‥‥今更俺に文句をつけてこないでくれよ‥‥‥頼むから! 親のふりをしないでくれ、できないんだから! したことなんてなかったんだから! 今更、この期に及んで親なんて‥‥‥」


 ビンタ。思わず‥‥‥どういう訳か、手が出た。清子は口を手で押さえ‥‥‥母も同じようにした。


「俺は、十年間、ずっと‥‥‥あんたらに、父親と、母親をやってほしかったんだ。俺の事を心配して、見てくれれば、それでよかったのに。あんたは、そうやって‥‥‥拳ばかり振るうから‥‥‥」


 その瞬間だった。


「ここに‥‥‥来てる‥‥‥!? 危ない!」


 父を突き飛ばすと、天井を突き抜けて、天使が落ちてきた。


「シ、ネ‥‥‥クロベコ‥‥‥!」


 父は「エッ」と心臓に冷や水をかけられたような気になった。


「死なんから、クロベコなんだ‥‥‥ろうに!!」


 星太郎は油機を出し、天使の顔面に蹴りを入れながら変身した。その姿を見て、父は‥‥‥滝大悟は、絶望した。


「シネ‥‥‥シネ‥‥‥!」

「お前たちは‥‥‥こんな事、してる時代じゃないだろ!!」

「ウルセェエエエエ!!」


 天使と星太郎の拳がぶつかり合う。

 星太郎の拳が、脚が、赤く染まっていく。


「殺し合いなんて、してる場合じゃないのに」

「殺シ合イハイツモイツデモダ!」


 天使を蹴り飛ばし、外に突き出すと「警察」と小さく叫んだ。夕子に通報がいくと、「滝家!?」と驚きながら、すぐにパトカーが出た。到着すると、天使が見えたので夕子はすぐに発砲し、立ち上がろうとする天使を足止めした。


「た‥‥‥クロベコ! できるか!?」

「ああ!!」


 大悟の目の前で、かつての自分と要が‥‥‥天使と戦っている。頭痛、息切れ、動悸、目眩。すべてが襲ってきた。


 息子に生きて欲しくて。

 ただ生きていればいいこともあるから。

 大人になったら、岩手を出ていって‥‥‥挫けた自分を受け入れてくれる人と‥‥‥幸せになってほしくて‥‥‥を

 ただ、それだけのためで‥‥‥息子を、いじめて。

 でも、何の意味もなかった。


 当たり前だ。


 だって。


「要の息子だから‥‥‥」


 思わずつぶやく。


「困ってる人を見過ごせない奴が、クロベコになるんだ」


 目の前で、天使が人に戻った。そこに笑顔はなかった。

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