EPISODE 20 笑顔
苛立ちは募るばかりだった。
夜遅くになって帰宅すると、玄関に母がいた。
「こんな時間まで何をしていたの。最近ずっとね」
「はは。どうも申し訳ありませんでした」
「何がおかしいの」
「なにもおかしくはないですよ。俺は笑いましたか?」
「笑ったでしょう」
「笑ってませんよ。もう夜も遅いので寝ます。どうも、迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「待ちなさい」
「待てって? なにを? なにを待てばよろしいんで? 俺はずっと待ちましたよ、あなた方を。待って、待って、待って‥‥‥でもいくら待ってもこっちに寄り添ってくれませんでしたね、貴女も父も」
苛立ちを発散するつもりはなかった。
部屋から清子が降りてきた。父はリビングで頭を抱えている。
「薄々感づいてましたよ。俺たち血なんて繋がってないんだなって。血液型も全く違うんでしょう!? 血の繋がらない親子だ!」
「つながってます」
「いや、繋がってない! 俺はね! 俺は‥‥‥ずっと家族が欲しかった! 俺の事を愛してくれる母と父が欲しくて‥‥‥ずっと、ずっと一人で悲しかったんだ! あんた方が俺を愛してくれたことなんてないから!」
「愛してる!」
「愛してない! ずっと、ずっと、愛されたことなんかない!」
怒りを発散するつもりなどはなかった。ずっとこの家族への怒りを募らせたまま、大人になったら東京に出て、それで生きていくつもりで、それまでの辛抱をしていた。
けれど、一度壊れた堰が直らない。
「あんた方が愛しているのは『滝清子』であって、『星太郎』じゃないんでしょう。あんた方は、血の繋がった娘だけが好きで‥‥‥何処の誰とも分からない、息子もどきなんざ今まで見向きもしなかった!」
「星太郎!」
「俺のッ‥‥‥母さんは何処!? 父さんは何処!? 弟はいるの!? 妹は!? 姉は!? 兄は!? なんにもわかんない! 俺の本当の苗字がなんだったのかもわからない! 俺がほんとうは何処で生きて、何処で死ぬべきなのかもわからないんじゃ、俺が本当に生まれてくるべきだったのかも‥‥‥」
そう言うと、父が「星太郎」と怒鳴りつけて、現れた。
「あんた方は親じゃないんだから‥‥‥今更俺に文句をつけてこないでくれよ‥‥‥頼むから! 親のふりをしないでくれ、できないんだから! したことなんてなかったんだから! 今更、この期に及んで親なんて‥‥‥」
ビンタ。思わず‥‥‥どういう訳か、手が出た。清子は口を手で押さえ‥‥‥母も同じようにした。
「俺は、十年間、ずっと‥‥‥あんたらに、父親と、母親をやってほしかったんだ。俺の事を心配して、見てくれれば、それでよかったのに。あんたは、そうやって‥‥‥拳ばかり振るうから‥‥‥」
その瞬間だった。
「ここに‥‥‥来てる‥‥‥!? 危ない!」
父を突き飛ばすと、天井を突き抜けて、天使が落ちてきた。
「シ、ネ‥‥‥クロベコ‥‥‥!」
父は「エッ」と心臓に冷や水をかけられたような気になった。
「死なんから、クロベコなんだ‥‥‥ろうに!!」
星太郎は油機を出し、天使の顔面に蹴りを入れながら変身した。その姿を見て、父は‥‥‥滝大悟は、絶望した。
「シネ‥‥‥シネ‥‥‥!」
「お前たちは‥‥‥こんな事、してる時代じゃないだろ!!」
「ウルセェエエエエ!!」
天使と星太郎の拳がぶつかり合う。
星太郎の拳が、脚が、赤く染まっていく。
「殺し合いなんて、してる場合じゃないのに」
「殺シ合イハイツモイツデモダ!」
天使を蹴り飛ばし、外に突き出すと「警察」と小さく叫んだ。夕子に通報がいくと、「滝家!?」と驚きながら、すぐにパトカーが出た。到着すると、天使が見えたので夕子はすぐに発砲し、立ち上がろうとする天使を足止めした。
「た‥‥‥クロベコ! できるか!?」
「ああ!!」
大悟の目の前で、かつての自分と要が‥‥‥天使と戦っている。頭痛、息切れ、動悸、目眩。すべてが襲ってきた。
息子に生きて欲しくて。
ただ生きていればいいこともあるから。
大人になったら、岩手を出ていって‥‥‥挫けた自分を受け入れてくれる人と‥‥‥幸せになってほしくて‥‥‥を
ただ、それだけのためで‥‥‥息子を、いじめて。
でも、何の意味もなかった。
当たり前だ。
だって。
「要の息子だから‥‥‥」
思わずつぶやく。
「困ってる人を見過ごせない奴が、クロベコになるんだ」
目の前で、天使が人に戻った。そこに笑顔はなかった。




