EPISODE 1 少年
少年がいた。滝星太郎という少年だ。
少年はいじめられっ子だったが、常に笑顔を絶やさなかった。
「笑っていればいつか報われる」という考えがあった。
しかし‥‥‥少年のそういうところは、気味悪がられ、味方なんていうのは、ひとりもいなかった。
『それでもいい』
星太郎は痣になった腕を撫でながら笑みを浮かべた。
「それでも、いい」
はっきり言ってしまえば、星太郎に元気はなかった。
いつもの笑顔もから元気で、心には虚無感があった。
そんなある日、高校の帰りに、近くの廃屋から物音がする。何かあっては迷惑だが、もし浮浪者が病気にでもなって死にかけているんでは可哀想だと思った星太郎はその廃屋に忍び込んだ。
そして、その物音のほうに言ってみると、そこには黒い化け物がいた。
まるで、カマキリのような大きな角を二本もち、そして、赤い眼をギョロギョロとさせていて、不気味。
しかし、どうやらケガをしているらしい。
「大丈夫ですか」
星太郎はその化け物に恐れながらも駆け寄って、自分のバックパックの中から応急処置のための救急箱を取り出すと、手当てをし始めた。
黒い化け物はそれを凝視しながら、星太郎に敵意がないのがわかると、脱力して、隙間風のような声を漏らした。
「助からない」
「えっ」
「君は優しい人間だ。‥‥‥力を授ける」
黒い化け物は工業部品を組み立てて構成されたような、小さな──ライター程度のサイズの、鉄の箱を星太郎に渡し、「力が欲しけりゃ、油機を使え」と言い残し、塵になった。
手の中でその油機を転がして、星太郎はしばらく呆然とした。
帰宅すると、自室にこもった。
親とはあまり仲がよろしくなく、ナヨナヨしていてヘラヘラしているばかりの情けない星太郎より、男勝りで溌剌した清子とい妹を優遇していた。
清子は星太郎に対しても明るい態度をとっていたが、そんな妹が苦手で、表面的なやりとりだけをしていくようになった。
ベッドに横になりながら、油機を天井に掲げて、「なんなんだろう、これは」とつぶやいた。その言葉は霧のように消えて、しばらくのうちは、それ以上言葉を使わなかった。
夕飯になると、清子の「今日の思い出話」大会が始まるので、テレビに集中できなかった。「うるさい」とも言えないから、ほんとうに‥‥‥。‥‥‥。こういうところが、いけないのだろう。
「お兄ちゃん」
風呂に入って、寝ようとすると、清子が部屋のドアを掴んだばかりの星太郎を呼び止める。
「今日、元気ないね。大丈夫?」
いつもだよ、と言ってやりたかった。
「いつもとかわりないですよ、清子さん」
星太郎は部屋にこもった。
翌日、学校は土曜日で休みだったので、一日中部屋にこもっていようかと考えたが、シャープペンシルの芯がなくなったのを思い出して、嫌々ながら家を出た。
文具と本屋が一体になっている店が、家の近所にある。
そこまで向かっていると、ギィンというような‥‥‥不愉快な感覚に襲われて、思わず顔をしかめた。
次の瞬間、本屋から白い化け物が飛び出してきた。
その化物はどうやら人を殺したらしく、星太郎は驚いて腰を抜かしたあと、化け物の向う先に高校のクラスメイトがいる事に気がつく。
なんでこんな時に限って。
「危ない!」
化け物が踏みつける動作を行う直前、寸前のところで星太郎は化け物にタックルをして、怯ませた。しかし白い化け物はすぐに星太郎の腹に拳を打ち込む。
星太郎は自分が人間であることを疑うレベルで軽々吹き飛ばされ、本屋のガラスに激突した。
「ウ、ウウ‥‥‥!」
呼吸ができない、口の中から血の味がする。
色々な情報が星太郎の頭のなかで、花火のように咲いては散っていく。
グ‥‥‥グ‥‥‥と身体を転がして、ぼやけた視線を細ませて白い化け物を睨み据えた。
〝逃げろ! 殺されてしまうぞ!〟
本来であれば理性と称される、星太郎の中のもうひとりの星太郎が頭のなかで叫んでいる。
星太郎はなんとか立ち上がり、勢いをつけて大きく呼吸をすると、手には油機があった。次の瞬間、白い化け物が星太郎の顔面を殴った。
本屋の中に突き抜けて、星太郎の身体が変わっていく。
ガラガラガラ‥‥‥ドンドンドン! ドンドンドン!!
不思議な音が全身から鳴り響いて、星太郎の身体は黒い化け物になった。そして、自分の身体が牛なのだと気がつく。
星太郎は立ち上がり、拳を握りしめる。
黒い強化皮膚、赤い瞳‥‥‥。
「ハァ‥‥‥スゥ‥‥‥ハァ‥‥‥スゥ‥‥‥」
白い化け物が星太郎の鳩尾に蹴りを叩き込む。星太郎はまた転がり、しかしなんとか途中で床にしがみつき、今度は自分も踏み込んだ。
右腕を引き絞り、白い化け物の顔面を拳を打ち込む。
しかし、奴には効いていない。
「エッ!?」
星太郎の腹に奴の拳が入り込み、次に蹴りが叩き込まれた。
星太郎は地面に倒れながら、上からは白い踏みつけが襲いかかる。
「ウウ、ウウ! ク、ソ‥‥‥!!」
〝このままじゃ殺される!〟
「わかってる!!」
ナヨナヨしている人間がいきなり戦えるようになるわけがない!
「方法が、あるはずだ‥‥‥これは‥‥‥力なんだろ!?」
思い切り身体のバネを全力で使い、踏みつけの瞬間、身体を一瞬ずらした。すると、宇宙のようなキラキラとした光のある閃光が走った。身体がグルンと回転し、攻撃の瞬間が生まれる。
「これだ!」
理屈はわからないけど、宇宙色の閃光が走った。これが発生すると、攻撃ができるようになるんだ。そして、その攻撃は、通常の自分の二倍から四倍の威力を持つ。
この隙を殺して、ならない!
星太郎はレジスターを持ち上げ、奴の頭部に叩きつけ、奴が倒れたところで、二十発の拳を打ち込んだ。
しかし、二十一発目の拳が入った瞬間、宇宙色の閃光が走り、そして星太郎は吹き飛んだ。二倍から四倍のパンチが横腹に叩き込まれたのだ。
「まだだ‥‥‥まだだ‥‥‥!」
せめて警察が来るまで‥‥‥せめて、みんながここから逃げ切るまで‥‥‥せめて、せめて勝つまで、戦う。戦うために立ち上がる。
「ク、ロ、ベ、コ‥‥‥」
「クロベコ‥‥‥!? そうか、クロベコか!」
「セ、キ、ユ‥‥‥ニハ、‥‥‥カ、テ、ン」
「セキユ‥‥‥? 石油? いや‥‥‥違うか‥‥‥?」
奴はユラユラと立ち上がり、ダッと星太郎に向かった。星太郎は本棚を引っ張り、奴の頭に叩きつけると、蹴りを首に叩き入れた。
「グ、ウウ!!」
前のクロベコが言う「力」は‥‥‥宇宙色の閃光だけではないはずだ。ではなにか‥‥‥!? では、なにか‥‥‥!?
頭の中に、「破壊の力」という言葉が浮かんだ。
次の途端、星太郎の拳に炎が宿り、星太郎は直感的にその拳を奴の胸に叩き入れた。すると、奴は途端に苦しみだし、爆発四散した。そしてそこに、全裸の男が現れた。
「これは‥‥‥もしかして、こいつも油機で変身していたのか‥‥‥!?」
パトカーのサイレンが近付いてくる。
星太郎は慌てて変身を解いて、本棚の間に隠れた。
警官が出てくると、星太郎も姿を現して、保護された。




