嘆きの街道と「規格外」の盾(4)
ギィィ……と重苦しい音を立てて開いた扉の先は、かつての主の狂気を反映したような、歪な研究施設でした。
埃の積もった実験机、ホルマリン漬けの得体の知れない臓器。その最奥、ステンドグラスから差し込む月光に照らされた祭壇の上に、「それ」は鎮座していました。
「……あ、あれは……?」
ツーダは、全身の傷が塞がるのを待たずに駆け寄りました。 厳重な魔法障壁に守られ、あたかも伝説の聖杯か何かのように奉納されているのは、どう見てもこの世界の文明レベルには存在しない、塗装の剥げかけた「ステンレス製の水筒」でした。
「ツーダ様、お気をつけなさい。あれからは、とんでもない濃度の魔力を感じますわ」 ナベがナイフを構えて警戒します。
「何だい、ありゃあ……。ただの金属の筒には見えないが、異界の魔導具かねぇ?」 ライも大剣の柄に手をかけました。
しかし、ツーダには分かっていました。その水筒の底に貼られた、ボロボロのシール。そこには、前世の彼が深夜のネットオークションで落札した、当時大好きだったマイナーアニメのヒロインの姿がありました。
「(……これ、俺が会社に毎日持っていってた、あのアニメの水筒だ……。中身はいつも、アトピーに良いって信じて飲んでた苦いドクダミ茶だった……)」
ツーダが震える手で魔法障壁に触れると、拒絶反応が起きるどころか、障壁は懐かしい飼い主に撫でられた犬のように、キラキラと光の粒になって霧散しました。
「認証……成功。おかえりなさい、マスター」
どこからか、合成音声のような声が響きます。
「ひっ……! し、喋った……!?」
ツーダが水筒を手に取ると、驚くべきことが起きました。 水筒の中から、かつて注がれていた「ドクダミ茶」の残留思念が魔力と混ざり合い、緑色の光となって溢れ出したのです。その光がツーダのボロボロの肌に触れた瞬間、激しい痒みが一瞬だけ引き、継ぎ接ぎの隙間の炎症がみるみるうちに引いていきました。
「な、ナベさん……これ、効く……! 僕の肌が、痒くない……!」
「まあ、その汚らしい肌に、少しだけツヤが……。ツーダ様、それは聖遺物などではなく、貴方の魂の『触媒』だったようですわね」
しかし、感動の再会は長くは続きませんでした。 水筒を手にしたことで、城全体の防衛システムが「再起動」してしまったのです。
「マスター……警告。不正な持ち出しを検知。聖教会のバックアップ・サーバーがこちらを認識しました。異端審問官の精鋭部隊『剥離の処刑人』が、この座標に向かっています」
水筒の底からホログラムのように浮かび上がったのは、ツーダがかつて愛したアニメのヒロイン……ではなく、どこかナベに似た冷徹な顔立ちの「創造主」の立体映像でした。
「(……えっ、これ、俺の推しキャラじゃない!? 誰だよこの怖い女の人!)」
さらなる衝撃の真実が、ツーダを襲います。




