嘆きの街道と「規格外」の盾(3)
霧はさらに深く、冷たくなっていきました。 たどり着いたのは、断崖絶壁にそびえ立つ古城「アトポス」。石造りの外壁はひび割れ、そこから赤黒い蔦が血管のように這い回っています。
その巨大な鉄門の前に、そいつは座っていました。
全身が真鍮の歯車とネジで構成された、人間サイズの自動人形。しかし、その頭部にはなぜか「陶器製の赤ん坊の顔」が三つ、三角形に貼り付けられています。
「……あ、あの……ごめん、ください……」
ツーダが恐る恐る声をかけると、自動人形の歯車がキチキチと嫌な音を立てて回り始めました。
「認証……開始。魂の波長を確認。……不合格。不合格。不合格」
三つの赤ん坊の顔が同時に口を開き、金属的な声で告げます。
「貴様は『失敗作』だ。皮も足りない、肉も腐っている。創造主様は仰った。『美しい完成品以外、この門を潜るべからず』と」
ナベが前に出て、冷ややかな笑みを浮かべました。
「あら、うちの主を失敗作呼ばわりですか? 節穴にも程がありますわね。ツーダ様、こいつを黙らせなさい。これも貴方の『お仕事』です」
「えぇっ!? また僕!? 無理だよ、あんなの絶対強そうだし……!」
ツーダがパニックになりながら後ずさりすると、自動人形の胸部がカパッと開き、そこから蒸気と共に複数のガトリングガンのような銃口が突き出されました。
「(……あ、あれって……前世で見た、近接防御火器システム(CIWS)!? マジかよ、中世ヨーロッパ風の世界観じゃねえのかよ!)」
ターゲットロックの赤い光がツーダの胸を指します。
「排除を開始する。汚物には死を」
「若造、死にたくなきゃ考えろ!」 ライが叫び、ツーダを前方に突き飛ばしました。
ツーダの脳裏に、かつて徹夜で組み立てた「重装甲人型機動兵器」のプラモデルの構造図が、爆発的な情報量でフラッシュバックします。
「(……CIWSの射線は……弾道計算は……! 構造がわかれば、弾けないはずがない……!)」
ツーダの継ぎ接ぎの体から、青白い魔力の放電が始まりました。
ツーダはガタガタと震えながらも、目の前の「鉄の塊」から放たれる圧倒的な威圧感に、ある種のデジャヴを感じていました。
(……これ、あの地獄のような高難易度ゲームで見た、初見殺しのボスキャラだ……!)
赤ん坊の顔をした門番が、銃身を高速回転させ始めます。
「排除……掃射開始」
「ナベさん、ライさん! あのガトリング、予熱動作があります! 最初の3秒は、右側の銃身が……あ、あの、たぶん、少しだけブレるはず……っ!」
ツーダは叫びながら、ナベに教えられた通りに包帯をきつく締め直し、前方へ飛び出しました。
「ほう。若造、言うようになったじゃないか!」
ライが不敵に笑い、ツーダの背中を蹴り飛ばすようにして加速させます。
「ツーダ様、信じていますわよ。貴方のその、無駄に頑丈な体が『盾』になることを!」
ナベはそう言うなり、ツーダの影に隠れるようにして超低空で走り出しました。
ドドドドドッ!
激しい火を噴くガトリングの弾丸が、ツーダの体に次々と着弾します。普通の人間なら一瞬で肉塊になる衝撃。しかし、ツーダは脳内の「物理シミュレーション」を全開にしていました。
(……衝撃を逃がす! 継ぎ接ぎの隙間で、圧力を分散して……あ、痛い、痛いけど死なない! 僕は今、最高級のリアクティブ・アーマー(爆発反応装甲)だ!!)
ツーダの体から火花と膿が飛び散りますが、彼は一歩も引きません。その「肉の壁」が作り出したわずかな死角を、ライとナベが見逃すはずはありませんでした。
「せいっ!!」
ライが空高く跳躍し、大剣を門番の頭上から叩きつけます。門番が上を向いた瞬間、その足元から影のようにナベが滑り込みました。
「失礼しますわ。その旧式のベアリング、お掃除が必要ですね」
ナベの手には、ツーダがさっき「弱点」だと呟いた関節部分を正確に狙う、極細の鋼線が握られていました。
ギギィィィッ!!
ライの一撃が装甲を砕き、ナベの鋼線が駆動系をズタズタに切り裂きます。 三つの赤ん坊の顔がバラバラな方向に回転し、門番は蒸気を噴き出しながら膝をつきました。
「……致命的な、システム……エラー……。不完全な、はずの、個体が……なぜ……」
「不完全だからですよ」 ナベが返り血を拭いながら、門番の頭をヒールで踏みつけます。 「完璧な人形は、痛みを感じて震える主君の背中なんて、追えませんもの」
「ひ、ひいい……し、死ぬかと思った……痛い……もう帰りた……」
地面に転がり、全身から煙を上げているツーダ。 しかしその継ぎ接ぎの傷口からは、霧のような魔力が溢れ出し、猛烈な勢いで肉を繋ぎ合わせ始めていました。
「ガハハ! よくやったよ若造。さて、門は開いた。この中に、お前さんの『肌』を治すヒントがあるのか、それとももっと酷い真実があるのか……」
ライが重厚な鉄門を力任せに押し開けます。 霧の奥から、冷たい風と共に、懐かしくも忌まわしい「消毒液」のような匂いが漂ってきました。




