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嘆きの街道と「規格外」の盾(12)

廃駅の奥、眩いほどの魔導灯に照らされた特設の「研究室」から、コツコツと小気味よい靴音が響きました。


現れたのは、あの古城のホログラムで見た、冷徹な美貌を持つ女性。彼女はこの世界の聖教会における最高神官の一人であり、禁忌の魔導技師、ドリー・アトポス。


「ようやく帰ってきましたか、ツーダ。……いえ、個体番号404号」


ドリーは優雅に歩み寄り、ツーダが構える右腕の魔導砲を、まるで汚物を見るような目で眺めました。


「不快な匂いですね。その水筒……私がかつて、あちらの世界からサンプルとして持ち帰った『不老長寿の秘薬(ドクダミ茶)』の容器が、まさかそんな無骨な武器に改造されるとは」


「……あ、あの、あなたが……僕を、こんな体にしたんですか?」


ツーダの声が震えます。肩からは緊張でドクダミ・スチームが「ピューッ」と情けない音を立てて噴き出しました。


「ええ。この世界の人間の肉体は、遺石の魔力に耐えられないほど脆弱です。だから私は、異世界から『過酷な環境(現代社会と重度のアトピー)に耐え抜いた強靭な魂』を召喚し、継ぎ接ぎの肉体に定着させる実験を行いました」


ドリーは平然と言い放ちました。


「40年間、誰にも愛されず、痛みに耐え、ただ孤独に磨かれた貴方の魂は、私の理想とする『神の器』に最も近かった。……ボロボロの肌は、単なる魂の拒絶反応。私の手元に戻れば、完璧な美しさに整えてあげますわ」


「断る!!」


叫んだのはツーダではありませんでした。 ライが巨大な剣を地面に突き立て、ドリーを鋭く睨みつけました。


「この若造はねぇ、確かにボロボロでコミュ障のゾンビだ。だが、自分の痛みを知ってるからこそ、他人の痛みも救える。……あんたが作ろうとしているのは、ただの綺麗な『置物』だろ!」


「あら、野蛮な老騎士。……ナベ、貴女からも何か言ってあげたらどうです? 貴女こそ、私の元でこの『器』の管理を学んだ、最高の助手だったのでしょう?」


ツーダは凍りつきました。隣に立つナベの横顔が、かつてないほど無表情になっていたからです。


「……ナベ、さん……?」


「……お久しぶりです、ドリー先生。そして、ツーダ様。……黙っていて、申し訳ありません」


ナベは一歩前に出ると、スカートの裾を掴んで完璧なカーテシーを披露しました。


「私は、先生の実験に絶望して出奔しました。ですが、ツーダ様を拾ったのは偶然ではありません。……先生が作った中で最も『不器用で、醜く、しかし人間臭い』貴方を、私は先生への復讐のために、世界で一番立派な『主君』に仕立て上げたかったのです」


ナベの手には、いつの間にかドリーの急所を狙う銀針が握られていました。


「(……えええ、僕、やっぱり二人にとって実験体とか復讐の道具だったの……!? ショックだ、おっさんのガラスのハートが粉々だよ……!!)」


ツーダはパニックで右腕の魔導砲を振り回しますが、その時、ドリーが不敵に指を鳴らしました。


「いいでしょう。ならば、どちらの教育が正しいか、証明しましょうか。……目覚めなさい、405号。貴方の『上司』だった男の魂を込めた、最新型です」


背後の巨大なカプセルが開き、中からツーダよりも一回り大きく、全身を黒い重装甲で覆われた「継ぎ接ぎの戦士」が踏み出してきました。その兜の隙間から、聞き覚えのある声が響きます。


「……ツーダ君、。……こんなところで油を売っているのかね。……残業代は出ないよ」


「か、部長おおおっ!? 部長まで重騎士に改造されてるううっ!!」


「ツーダ君! 君の今月のタイムカード計算はどうなっているんだね! 報告書も出さずに異世界でゾンビ遊びとは、無責任にも程があるぞ!」


重騎士と化した部長が、黒い大剣を振り回しながら詰め寄ってきます。その声は、かつてツーダの精神をゴリゴリと削り取った、あの「毎朝の会議」のトーンそのものでした。


「(ひ、ひいいいっ! 脊髄反射で謝りそうになる……おっさんの悲しい性だ……!)」


ツーダの肩から、ストレスで凄まじい量のドクダミ・スチームが「シュゴォォォ!」と噴き出します。


「いいですか、ツーダ君。組織というのは歯車だ。君のような不規則な動きをする歯車は、全体を壊すのだよ! 大人しく私の指示に従って、ドリー様のパーツになりたまえ!」


部長の剣がツーダの魔導砲と激突し、火花が散ります。かつての上下関係による「精神的デバフ」で、ツーダの動きが目に見えて鈍くなります。


「ほら、どうした! 君はいつもそうだ、肝心なところで腰が引ける! だから独身なんだよ! だから肌もそんなに荒れるんだ!」


「……っ、う……」


ツーダの目が、うっすらと赤く光りました。それは怒りというより、40年間積み重ねてきた「理不尽への反逆心」の点火でした。


「……部長。……それ、パワハラですよ」


「何だと!?」


「組織は歯車……。確かにそうかもしれません。でも、ガラクさんに言われたんです。僕のこの継ぎ接ぎの体は……不規則で、歪で、だからこそ、既存の設計図にはない『奇跡』を起こせるんだって!」


ツーダは右腕の魔導砲を部長の胸元に突きつけました。


「それに、部長。……あなたはいつも、資料を見る振りして変なサイトばかり見てましたよね。あれ、時間の無駄だってずっと思ってましたあああ!!」


精密再現フルアーカイブ……『定時退社・一斉掃射フル・バースト』!!」


ツーダの脳内に浮かぶのは、山積みになった未処理のタスクが、一瞬で「済」のスタンプに変わっていく爽快なイメージ。


ドォォォォン!!


水筒から放たれたのは、粘液弾ではなく、高純度のドクダミ魔力が結晶化した「オフィス用品(のような形状の魔力弾)」の嵐でした。


「ぐわあああ!? なんだ、この生産性の高い攻撃は……! 私のロジックが、論破されていく……!」


部長の重装甲が、ツーダの「正論(魔力)」によって次々と剥がれ落ちていきます。


「部長、今の僕は……あなたの部下じゃない。ナベさんの『主君』で、ガラクさんの『実験体』で、ライさんの『弟子』なんです! ……有給、消化させてもらいます!!」


最後の一撃が部長の胸にクリーンヒットし、巨大な黒い鎧がガラガラと崩れ落ちました。中から出てきたのは、ツーダと同じように継ぎ接ぎだらけで、しかしどこか憑き物が落ちたような顔をした「おっさん」の姿でした。


「……ツーダ君。……いい、プレゼンだったよ……」


部長(405号)は親指を立てて、そのまま静かに気絶しました。


「……ふう。……勝った。僕、上司に勝っちゃった……」


ツーダが膝をつき、肩から「プシュー」と力ない煙を出していると、パチパチと乾いた拍手が響きました。


ドリーが、冷ややかな、しかしどこか愉悦に満ちた目でツーダを見下ろしています。


「素晴らしい。社畜の情念が、これほどの出力を生むとは。……ですがツーダ、一つ忘れていませんか? ここは私の研究所。……部長は、あくまで『前座』に過ぎないということを」


ドリーが巨大な魔法陣を展開しました。


「さあ、最終選別を始めましょう。ナベ、貴女が育てた『最高傑作』、私が直接解体して差し上げますわ」


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