第86話 久しぶり
「エスト! しっかりして!」
どこからか、おれの名前を呼ぶ声がした。そう思ったら、いつの間にかおれに刺さっていたクロワールの腕は抜かれていた。
だがそこから血が抜けていくのをかすかに感じた。何だ……おれの身体が誰かに揺らされている。クロワールはどこだ?近くにはいないようだ。次第に視界がはっきりしてきた。
「うッ……セリアか……。何……で……」
「嫌な感じがしたから来たのよ。クロワールは今リンシャさんが止めてくれているわ。それより大丈夫? ……大丈夫じゃないわよね」
セリアが目に涙を浮かべながら早口にそう言った。おれの傷をなんとかしようと試みているようだが、簡単にどうにかなるほど浅い傷ではない。
「大……丈夫だ……」
おれは傷口に手を当てて魔素を流した。魔素で血の流れる道を作り、一時的に出血を止めた。傷が治るわけでもないし、痛みが引くわけでもないが、おれの高い治癒力があればそのうち塞がるはずだ。
……そうだ。おれはクロワールを殺さなくては。じいちゃんを殺すのではなく、じいちゃんを解放するために。
「エスト、無茶しないで。……大英雄って、エストのおじいさんだったんでしょ……? 無理に戦わなくてもいいから……」
「……いや、おれがケリをつけないと。……手伝ってくれるか?」
「…………もちろんよ……!」
おれとセリアは急いでクロワールの元に向かった。クロワールはダメージを負っている。だが、それでもリンシャは押されていた。首を掴まれ、いよいよ抗う力も残っていない。
「放せよ……クソジジイが……!」
「くッ……!」
おれはクロワールの腕を蹴り、リンシャを放させた。セリアがリンシャを受け止めて、再び戦闘体勢を取った。
「流石にあの程度では死なないか。……お前を前にすると身体が抵抗するから嫌なんだ……。だが、お前は俺を殺せない。人はそう簡単に変わらねぇよなァ!?」
「『魔天楼』!」
突進してくるクロワールに、火柱を上げて対抗した。アイツはもうそこまでの力は出せない。おれもそろそろ限界が来るが……セリアもいるし、おれ達の方が有利だ。
セリアが炎の剣で牽制し、おれが重い攻撃を繰り出す。だがどうしても、思う通りに力を出せなかった。……躊躇するな……! コイツはじいちゃんじゃない。
「はぁ……はぁ……」
「『魔天爆』!」
「うぐッ……! はぁ……そろそろ限界じゃねぇか……! エストォ……!!」
「『豪炎裂剣』!」
おれが拳を爆発させ、セリアが炎の剣を振った。だが威力が落ちている。ダメージにはなる。だが決め手に欠けていた。……今は隣にセリアがいる。上手くいくかどうか……いや、試すしかない。
「セリア!」
「!」
おれは手を伸ばしながらセリアを呼んだ。セリアも何かは理解していないだろうが、おれの声に彼女は応じてくれた。
互いの右手を繋ぎ、セリアの魔力と能力の魔力回路を一時的に吸収した。
「“鬼炎舞”……!」
「わしを殺せるのか!? 育ての親を!!」
「……ッ!」
どうしても、ほんの一瞬遅れてしまう。だが、それは相手も同じだったようだ。クロワールの中のじいちゃんが、身体を押さえてくれている。当てられる……!
「『豪炎』……!」
「ぐがッ……ァあああ!!」
全ての魔素と魔力を刀から放出した。一切の加減なし。出し得る全ての力をこの一撃に込めた。
炎の嵐が大地を飲み込み、一帯を消滅させた。だが……まだ殺しきれていない。クロワールの本体は精神体である上に、あまりにも頑丈な身体であったため死ななかったようだ。
だが、いくらなんでも身体は限界だろう。おれとセリア、2人分の力をもろに喰らったのだ。もう身動きは取れないはずだ。あとはアイツの魂を完全に消滅させれば……。
おれは炎の中に突っ立っているクロワールの元へ向かい、顔を掴んだ。
「その身体……返してもらうぞ……」
「『反魔法』……!」
「かッ……ァあああ…………」
クロワールの魔力を対消滅させ、能力を完全に停止させた。魔力を滅したら、生きてはいられない。ボロボロと身体は崩れていった。
もうこれで終わったか、そう思った。だが、崩れゆく身体は再び動き出し、おれにもたれかかってきた。一瞬警戒した。まだ生きているのかと。しかしこれは、クロワールではなかった。
「……久しぶり……じいちゃん……! …………会いたかったよ……」
「……すまんかった……。辛いことをさせてしまったな……。……ありがとうな……」
「……話したいことがいっぱいあるんだ……。仲間も出来たし……友達もいっぱい出来たんだ……。強くもなったよ……。……いっぱい……いっぱい…………頑張ったんだよ……」
「ああ……よくやったよ……。わしもたくさん聞きたいが……もう時間がないな……」
おれは泣きながらじいちゃんに抱きついていた。あれやこれやと話したいことがあったが、何から話せばいいのか分からなかった。
そんなおれを、じいちゃんは優しく背中を叩いて落ち着かせてくれている。でも、じいちゃんの身体がどんどん脆く、薄くなっていくのを感じて、また悲しくなった。
「…………わしから一つだけ……わしの元に来るのは出来るだけゆっくりにしておくれ……」
「うん……うん……! ……そうだ……おれも一つだけ……おれの仲間、セリアって言うんだ……」
おれは急いでセリアを紹介した。じいちゃんが死ぬ前に、いや、既に死んでるのかも知れないが、とにかくちゃんと紹介しておかないといけなかった。
「……! 初めまして……! 大英雄様……。私は……」
「あぁ、バルザート君の子孫だね……。…………そうか。エストをありがとう。これからも頼むよ」
「……! ……承知しました……! ありがとうございます……!」
じいちゃんはそのまま灰になって消えてしまった。おれは手に残った灰を強く握り締め、泣き叫んだ。
おれが殺してしまったんだ。違う、解放したんだ。どうしようもなかった。
どうしようもなかったことは確かなんだが……おれは心が締め付けられる思いだった。
セリアがおれを抱きしめてくれて、おれはセリアの腕の中で声を殺して涙を流した。
「ははッ! クロワール君も死んじゃったか! エスト君も生きてたなんて! どうだった!? 久しぶりの再会は!?」
「……! お前……!」
クロワールを倒してから数分後、森の奥から少年が飛んできた。デスバルトだ。
「お前はグラ達が……バンリューが相手してたはずだろ……! なんでここにいるんだ!!」
そう聞くとデスバルトはかすかに笑みを浮かべた。もうおれは思うように身体を動かすことは出来ない。
セリアもそうだ。怪我と疲労で限界が来ている。おれはセリアの前に出てデスバルトを見上げた。




